カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

落ちつきのない人

2006-11-30 | 雑記

 幸運にも今年二回目の養老先生の講演を聴くことができた。いそいそと夫婦で出席。
 流石に面白くて、熱中してしまう。まあ、知っている話が多いのだけれど、声を聞いてしぐさを見て考えられるというのが仕合せなんだろう。楽しい話がありがたかった。式典から座りっぱなしだったので腰が痛くなったけれど、お話が終わるのは惜しいのであった。
 養老先生はあんがい落ち着きのない人で、マイクを持ってうろうろしながら話す。手話通訳の人が、そのうろうろに合わせて少しずつ移動する。お気の毒である。前のボタンをはずしたりつけたり、ズボンのベルトをいじったり、マーカーを手のひらの上でごろごろ転がしたりしている。そのくせ話を途中で端折ったりする。前後の事情を知っているので何をいいたいのかは分かっているが、知らない人は放り出されてしまうのではないかと心配になった。でも、めんどくさいのでやめる、というのであった。不親切でなかなかいい態度だと後で思った。今は、親切すぎる時代なのかもしれないからだ。
 話の中ではいくつも思うところあったのだが、石油の話からいろいろと現代社会を考えていくしつこさが、まさに養老先生の持ち味で、凄いものだと思う。普通の人はこんなにしつこく考えない。執念深い性格なのかもしれない。僕は根性がないなあと反省するのである。途中でわかるは、勘違いかもしれない。分からないほうがいいのだろう。うんうん唸って、そうして最後に「ユーレカ!」と叫ぶのである。
「金がないから仕事(研究)ができない」と若い人がいうので、「じゃあ、その仕事は金がやったものか、てめえがやったものか」という問いかけは、なんとも耳の痛い話であった。お役所はもう少し何とかしてくれないかと、いつも仕事で言っている。俺の仕事は何だっけ、ということだ。まあ、儲からないことをやっているので、てめえが働くより仕方がないのだろう。
 今回の講演の話ではないが、「評論家は何が無いこれが足りないといってできない理由を言う専門家で、クリエーターはそこにあるもので作り上げる能力のある人だ」という話を聞いたことがある(若しくは読んだか)。例えば料理なんかで考えると分かりやすいが、主婦の料理はだからクリエイティブで、男の料理はウンチクばかりで実用的でない。発展していって素材を求める気持ちも分かるが、あるものを料理する心掛けが大切なのではないか。本当にクリエイティブな仕事は、不足にあるのかもしれないとも思う。満ち足りたものも必ずしも否定できないが、そういうヒントは不足の方が力強いものがありそうな気がする。少なくとも、そこから考えていくことを厭わない態度を養いたいものである。
 今日は飛行機で帰るというので空港で待ち伏せしようかとも思ったが、それではまるでストーカーである。遠くで私淑するにとどめておこう。また近くに来てくれるか、なんか大部の著書でも著してもらいたいところである。
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良心的馬鹿

2006-11-29 | 雑記
 昨日、馬鹿馬鹿と書いたが、馬鹿というのも勘違いしている人が多い気がする。馬鹿は東大出てたって馬鹿である。勉強できないのも世間的には確かに馬鹿というのかもしれないが、本当に馬鹿とは限らない。ブッシュ大統領だってちゃんと大学を卒業したのだろうし、本当に頭が悪いわけではなかろう。しかし彼は世界を代表する馬鹿であることは間違いがない。足りない馬鹿を馬鹿にする気にはなれないが(まあ、時々やってしまうな)、了見の狭い奴は馬鹿にするしかないのではないか。
 呉智英が批判されているようだが、僕は批判している人たちの多くが馬鹿に見えて仕方がない。こういう良心を信じている人たちは、やはり直らない病気のようなものではないのだろうか。
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表記にうるさい

2006-11-28 | ことば
 朝から会員会議所会議に出席していた。
 役員会で「私達」という表現に「達」はひらがなで表記するように注意があった。なんとなく聞きそびれたが、どうしてなんだろう。もう以前に漢字の話は書いたことがあるので詳しく繰り返さないけれど、漢字だからいいというものでもないし、ひらがなだからいいということも日本語ではありえない問題である。言葉は音であって、表記は借り物である。そうはいっても漢字表記を使うと読むのに便利というだけではないだろうか。まあ、理由を聞きそびれたので、本当の理由はわからない。その方が見栄えがいいという意見なら、僕はそれなりにそれでもいいと思うが、変な理屈を言うようなら、ちょっとした喧嘩になりかねない気もした。それで休憩時間にも蒸し返すのを断念した。結局僕は、意気地がないというか、平和主義者なのである。
 僕は長い間この種の会議に出ているが、表記について、けっこうきつく持論を展開する人がある。これはなんだろうな、と時々思う。
 一時期PTAで、子供は「子ども」だときつく言う人がいたものだが、たいてい青年会議所の関係者だったりする。まあ、ごちゃごちゃうるさいので最近は「ああ、そうですか」と特に反論する気力を失っているけれど、はっきり言って馬鹿なのだろうと思う。僕はひそかに軽蔑しているので、そのうち軽蔑リストでも作成して公表でもしてやろう、なんて考えたりする。もちろん気が小さいので実行はしないだろうけど。
 これは修正されたので別にいいんだけど、「考える」と「思う」も勘違いしている人が多い。「思う」だと弱くて、「考える」が強いだとか言う人がいる。「考える」はいろいろあるものがまとまっていなくて、「思う」がひとつのことに近いのだから、強弱は逆である。まあ、大野晋がそういっていて、僕も受け売りでそういっているだけなんで、ちっとも偉くないんだけど。
 今日の会議の話ではないが、人権擁護局というのがあるらしく、そこである人が「片手落ちは」差別用語だから使ってはいけない、と注意されたという。こういうのもひどい馬鹿である。差別語も何とかならないかなあ、と思うが、なんともならないのだろう。差別語は文脈で判断すべきで、差別語があるといって差別語を作ってはいけない。頭が悪いので、早く判断したくて、乱暴を言っている馬鹿である。こういう正義のイデオロギーは、暴力的なので嫌いである。
 ああ、そういえば、多分こういう感じと、表記にうるさい人は似ている感じもする。人にきつく説教したい病なのではないか。人がひれ伏して謝るので、快感を覚えるのではないか。偉くなったような気でもするのだろうか。そうであれば一種の変態である。
 いじめ問題で自殺者が出ると、その学校の校長先生などが会見を開いて謝ったりしている。あれもやめたほうがいいと思う。謝るのはいじめた子を持つ親のほうが先である。先に教員のほうが謝るのは筋違いである。そういういじめを助長する大人のいじめがあるから、構造的にいじめがなくならなくなるんじゃなかろうか。
 言葉いじめで楽しむ人は、何か過去に言葉でいじめられた経験があるのだろうか。絶対的に正しい表現というものを求めたいのだろうか。それは多分、原理主義の芽生えである。根っこのところは、そういう問題じゃないかとひそかに疑っているのである。

 まあしかし、僕の文書はわかりにくかったと評判が悪かった。久しぶりに意見をもらう立場になって、それなりにドキドキしてしまった。でも、別にその腹いせでこういうことを書いているんじゃないのであしからず。ちゃんと修正するかわからないけど、もう一度よく考えてみます。
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復活おあずけかな

2006-11-27 | 雑記
 イベントどっぷりの4日間。朝8時から夜9時まで会場に張り付いていたので、それ以外の時間の余裕がなかった。ほとんど立ちっぱなしだったので、体の方もガタガタである。最終日はヨサコイも踊ったりして体が痛いを通り越してしまった。内容的なものを書き出すときりが無いのでやめておくが、売り上げも最高額を記録し、大成功といえるのではないか。各店舗の製品の内容も充実していて進化したものだと思う。そういう総合的な成長があって本当に力をつけてきたのだという気がする。
 こういう少し大きなイベントを終えると気が緩んでしまうものだが、今日も会議2本、明日も一日会議で、その次もイベント参加で会議も入っている様子。正直に言って「うわー、続くなあ」としか言いようがない。ブログのほうも完全復活できますかどうだか…。書くことはストレス解消になるのでいいんだけど、パソコンの前にいられるかどうかという環境なのでどうにもならない感じである。しかし疲れているので眠りが深いという感じで、体の方が勝手に調整しているのかもしれない。我が事ながら偉いもんだと思う次第である。
 では、いってまいります。
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得したのだか損したのだか

2006-11-22 | 雑記
 米つきにいく。自宅の30キロと離れのお袋の分約20キロの2袋。身内とはいえ世帯が違うので厳密性を必要とするところである。
 近所の個人精米機械を置いてあるところに車を横付けし、しばし思案。こういう機械は、基本的に約10キロで100円という料金設定になっている。精米したことがある人は実感として理解してもらえることと思うが、100円で約10キロということになっているが、たぶん10キロより余計に精米できる仕組みにはなっている。公表すると精米機械屋の営業に多少なりとも影響があるかもしれないが、30キロの袋を2袋連続で精米すると、600円でなく500円でできる程度の余裕がある。そういうことは分かっているが、30キロと約20キロ(お袋の証言のみで、正確に計量していない)という組み合わせがなんとも微妙ではないか。
 先の例で考えると2袋60キロで500円だから、最低でも12キロ分は100円で精米できる訳である。しかし今回は2袋で約50キロである。100円で12キロなら400百円で48キロ精米できる計算だ。それってほとんど50キロではないか。たかが100円の節約だが、こういう場合の100円は非常に大きな100円に思えてくる。
 続けて機械に玄米を入れてしまうと、世帯の量が分からなくなる。後で計量しなおすという方法もあるけれど、はっきり言って煩わしい。これはつなぎをすばやくやるしかない。前のが切れた瞬間を見極めた作業が必要だ。精米を始めて精米された米が出てくるタイムラグで見極めは可能だと判断し、切れた瞬間に第一の袋に落とし込んで、次の袋を機械に投入するという動きをしなくてはならない。まあ、単なる気合で何とかするしかない。
 とりあえず機械には300円投入して30キロの方から精米を始める。当たり前だが順調である。第二の袋も口をあけて投入口の前において準備を整える。考えていたより切れ目ははっきりしており、第一の袋に落とし込んで次の袋を投入するタイミングは容易であった。厳密にいうと精米している時間のロスはあったかもしれないが、気にならない程度のタイムラグだったと自負できた。
 ところがである。最初の300円でけっこう精米できるのである。表示ランプで残り1(つまり100円)になっても粘り強く機械は動いてくれている。玄米は見る見る機械に吸い込まれていき、これはひょっとするとたったの300円でもいけるのではないかという期待が膨らんできた。もともと20キロとはいっていたが20キロも入ってなかったのかもしれない。30キロの方だって、きちっと30キロではなく、28キロとかだいたいの感じだったのかもしれない(実際米を作っている立場としては、米袋の玄米はそれなりにいいかげんである)。
「300円がんばれ」という気持ちで、期待を込めて残量をドキドキしながら見つめていたが、こぶし程度の玄米が残った時点であっさり機械は止まってしまった。
 これだけの玄米を残して帰るわけにもいかないので、諦めて残りを精米すべく新たに100円を投入した。惜しいという気持ちがあるので、かえって100円損した感じだ。
 精米し終わって袋の口を閉じて車に詰め込んでも、機械はうんうん唸って空の精米を続けるのであった。
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赤い首輪のビーグル犬(♀)

2006-11-21 | 雑記
 今週は少し大きめのイベントを控えており、朝からいろんな確認の電話なんかをする。一応先週に大方の方向は確定して詰めている感じはある。あくまで確認なんだが、僕も出張なんかが重なったりして、肝心なところは人に任せたりしていたのである。確認していって改めてわかったことだが、ちゃんと動いていて凄いなあというのが実感。中には先に問題になりそうなところまで押さえてあったりして、嬉しい限り。みんなあんがい(失礼!)仕事できるんだね。
 仕事とはいえ、時間配分は無理してやんなきゃいけないところも多い。休みを返上してでてくれる人もいるようだ。もちろん事業所によっては温度差も大きくて、本当に理解して協力してくれているとは限らない環境の中、孤軍奮闘してがんばっている人もいる。既に三年もこのイベントをやってるんだけれど、不思議な連帯感が生まれているという感じである。
 情勢が不安定で、今後も続けられるかは不透明で、正直言うと僕自身の事業所内でも見直しの声もささやかれてはいる。しかし、やるだけやるしかないじゃないかというのが、正直な気持ちだ。不確定なものにおびえるより、今はやれることをやるしかないのだ。実はけっこう体力的にもしんどいのだが、改めて気持ちを引き締めている。少なくとも悔いを残さないようにやってやろう。

 ビーグル犬が迷い込んできている。赤い首輪で牝のようだ。いつの間にか「びーちゃん」と呼ばれている。おとなしい割りに愛嬌もあり、あちこちかぎまわって忙しい。
 飼い主もさぞかし心配だろうから、有線放送で迷い犬の案内を出す。有料だというので、なんども出すのはどうかということになり、近所の派出所にも相談したんだそうだ。そうすると「犬ですか」と困惑気味らしい。その態度に事務長は憤慨して飼い犬の重要性をとくとくと説いたらしい。警官もお気の毒である。しかしながらその結果、警察の方から無料案内の相談を持ちかけるということに決まったらしい。まあ、少し勝利である。
 さて、そうではあるが、いまだに連絡はない。いったいどこから迷い込んできたものか。有線を聞かないというのなら町内の人ではないのかもしれない。いのしし狩りの猟師さんだろうか。遠方から来ていて、たまたま車から遠出してしまったのだろうか。憶測に過ぎないが、段々「びーちゃん」はなじんできてアイドル化している。こうなると別れも辛そうで複雑な心境なのである。

 飯を食った後に思い立って散歩にでる。小学校の校庭を横切って歩いていると、ダッシュでこちらにかけてくる人がいる。真っ暗な中「ダダダッ」という音が近づいてきてかなり驚いた。ジャージの色が暗いのか、人体の輪郭もはっきりしない。その後もその影は「ダダダッ」といって向こうに駆けていった。夜中に陸上の練習をする人って、ちょっと迷惑である。いや、散歩をする人も迷惑かもしれない。
 僕が学生の頃はジョギングしているとわざわざ何をしているかと呼び止められたものだが、今は田舎の人の生活も多様化した。公園で遊んでいる人も最近は増えているように思う。時代は変わってしまったなあ、とつくづく思うのである。今は田舎はなくなったのかもしれないと思う。この感覚は、都会の人にはわからないだろうなあ。寂しいところだから田舎なのではない。人が都会化しているのであろう。
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過酷な条件と挑戦

2006-11-20 | 雑記
 サッカーの影響で腰痛がひどい。その前の理事会も響いているかも。まあ腰痛だけでなくいろんなところが筋肉痛で、膝の外側が妙に痛いのも気になるところ。ぶつけた記憶は無いし、ちょっと不可解だ。体を動かすメカニズムで、なんかの瞬間に大きく負荷がかかったのかもしれない。試合中ボールと関係ない場面で足首をひねったのだが、ひねった方と逆の足首の方が今は痛い。人体の神秘だ。

 東京女子マラソンをテレビ観戦。悪天候の中過酷なサバイバルレースとなった。高橋の失速は痛々しい感じもしたが、結果的に優勝タイムも伸びなかったことを考えると、天候が大きかったと改めていえるのではないか。
 土佐という人はなんとなく地味な感じもしないではないが、今回のレース展開では非常に力強さを感じた。なによりマラソンのトップという世界で非凡でない人などないだろうが、日頃の地獄のような練習の苦労を感じさせない非凡さという面でも変わったキャラクターといえるのではないか。どこかとぼけた感じも匂わせて、テレビの期待を裏切っているところがなにより好感が持てる。すれていないということだろうか。ピュアということだろうか。日本陸上界のこういう選手層こそ、実力の底上げになっていると思う。
 高橋は確かに国民的なスターには違いないが、スターのみの実力頼みは、結局テレビドラマ的な脚本でしかないのではないか。超人的な力を持っているものでもそう簡単に勝てないマラソンという世界だからこそ、人の心を動かすドラマを生むのだろうと思う。

 高校駅伝のほうも各地区大会が開催された模様。流石に佐久長聖が伸びてきて不気味な存在をアピールしている。全員のタイムが底上げされて見事である。そうして諫早もすごい。一年生も伸びているようでいいじゃないですか。もう僕の期待はどうしようもなく盛り上がってしまって浮き足立つ気分だ。女子のほうは千原台が意地を見せて雪辱したということか。こういうレベルの高さは代表にも刺激になるに違いない。
 なんとなく興奮してきてジョギングでもしたくなったけれど外は雨。まあ、それでよかったんじゃないかという気もする。僕が興奮しても始まらない話だしね。

 夜はおでん。油断してしまったのか、食いすぎた。ダイエットに失敗すると、一週間の禁酒を宣言している。最初は罰金をつれあいに払うと言っていたのだが、それでは敵対関係になってしまうので実現が難しいのではないかということになった。協力関係無しに事業は成し遂げられない。代わりに提案されたのが禁酒だった。僕はその提案にかなりひるんだが、それぐらいの恐怖感がないと、確かに本気になれないかもしれない。そういうわけで、ほんの少し自己嫌悪の朝だった。
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案内看板を無視する

2006-11-19 | 雑記
 サッカーの試合のため、島原の百花台公園へ行かねばならなかった。僕は何度か行ったことがあるような気がするので、K村君のお隣でナビゲーターである。
 10年程前には島原半島の山の中には仕事関係で何度も行ったことがある。ほとんど道しるべとかはなくても、電話で大体の感じを聞いて出かけたものである。それでもそんなに間違うことはなかった。こんなにさびしい道で不安だなあと思っても、人は住んでいるものである。僕の都合で目的地は決められない。そんな風に思ったものだ。
 僕は知らない場所で目的地を探すのは上手いほうだと勝手に信じていたが、最近は鼻が利かなくなっているのかもしれない。ちょっと前にも長崎のうどん屋「とも也」は見つけられなかった(まあ、時間もなかったのだが…)。出張中も時間があると歩いて場所を探すが、地図などを頼りにしなくとも以前は勘が働いたものだが、今は地図がなければどうにもならない。車の旅であっても、なんだかナビゲーションがなければ不安になることも多いような気がする。文明の利器は、人の能力を退化させるのかもしれない。
 まあしかし今回はかなり僕が悪い。案内の看板が出ていて方向は記されているにもかかわらず、どんどん違う道を行くように指示してしまった。なんだか以前来たときと違うような気がする。ただそれだけで、看板のほうを間違いと断じてしまった。
冷静になって考えてみると、看板を無視するほうがどうにもおかしな判断である。目的地に導くために看板は設置されているわけで、自分の感じと違うからといって、勝手に間違っていると主張しても、どうにもならないものはどうにもならない。
 散々K村君にも嫌味を言われて、言い訳も苦しい。ただ、勘違いしていたとしか言いようがない。間違いましたといってるんだからもういいじゃないか。開き直って態度も悪い。
 実は、こういう感じのことはけっこう繰り返しているような気もする。うすうす気づいていたが、僕の性格なのかもしれない。間違っているとほとんどわかっている場合でも、何とかならないかと理由を探してしまう。負けを認めたくないのだろうか。
 少し時間がたって、素直に反省する気持ちになると、どうしてそんなに意地を張っていたのか自分でも不思議なのだが、意地を張り出すと張り通すという強引なところがあるようである。こちらの言葉でドツボにはまるというやつだが、ドツボにはまってももがき通してしまう。まことに見苦しい。本当に困ったものだ。これでは自分のプレーのミスを認めないTきちゃんと同類である。
 そういうわけで苦労して会場には着くことができました。試合は助っ人君達のおかげで体面を保つという感じで、島原のお仲間が腐るのも申し訳ない限りである。そういう本心から悔しい人が、結果的には伸びる人だと僕は思う。選手層を厚くするか、練習を重ねるしか方法はないんだが、やはりロートルが立てるステージを探すことのほうが必要な感じもする。思えば全体のレベル自体もずいぶん高くなっているのではないか。年をとるといろんなことが感慨深い。次の鹿島戦目指して基礎体力を何とかしよう。
 帰って風呂に入ったら、やっぱりビールを飲んじゃってダウンしてしまった。松原くんちは失礼してしまって、なんだか申し訳ありませんでした。みなさんお疲れ様でした。
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醤油ラーメンがまずくて嬉しい

2006-11-17 | 
 夜はセミナー受講。僕は講演好きなので大変楽しみにしていたが、録音して聞いても面白い講演だったと思う。大変失礼な言い方だが、期待していた以上の面白いお話だった。いろんなヒントとして考えさせられることも多く、なんとなく得した感じだ。委員会事業として講演会だけでいいものかというささやかな疑問もあるけれど、まあ、それは欲張りに求める委員会活動という視点からである。取り組み自体としてはよくがんばったのだろうし、結果的に選択も良く、お話自体は面白かった。講師の方はご近所なので、会いに行くのもいいかもしれない。息子さんは是非、ご入会を。

 さて、余談のように話された長崎での「醤油ラーメン」と「蕎麦屋」が無いという指摘に同意すると共に、ちょっと視点的には事情があるということも併せて感じた。確かに文化の違いで、まったくないのも寂しいことかもしれないが、全国どこでも醤油ラーメンや蕎麦屋があるのはどうかと思うからである。
 僕が初めて醤油ラーメンを食ったのは小学校も高学年になってからだと思う。父の出張についていって上京した。実際輪郭がはっきりしないのだが、普通の大衆食堂のようなところでラーメンを食ったように思う。しかし強烈な印象は残っているので、食ったことは間違いない。真っ黒なスープに麺が沈んでいて、それだけでかなり驚いた。匂いも本当に醤油のもので、ウッと息詰まるような感じだ。もちろん啜ってみて麺は食えないこともないと思ったが、スープは酷いと思った。こんなものを食べている都会の人はかわいそうだとさえ感じたものだ。駅の構内で温蕎麦も食ったが、これもどんより黒く最悪だった。ラーメンのスープより醤油がきつく、飲むことさえできなかった。父はサラリーマン時代は東京で働いていたそうで、駅の蕎麦は懐かしいといって喜んでいたが、僕はすっかりげんなりしてしまった。東京の人たちは貧しくてこういうものを食わなければならないのだと勝手に勘違いしたほどだ。電車などに乗らされて、いつも金を払わなければならないので、金がどんどんなくなるのだろう。そういう風に父に感想をいうと、実に楽しそうに「そうかもしれない」と同意してくれた。
 その後も醤油ラーメンは食っているが、いつも寒いからとか仕方なく食う品物に過ぎなかった。九州以外では醤油味が多いというのも、段々認識できるようになっていった。基本的にはちゃんぽんがないので仕方なくラーメンを食ってしまうしかなかった場合だけである。
 高校生になって福岡(北九州だったか)に住んでいたという奴がいて、長崎には(ラーメンやうどんなどの)醤油スープがなくて残念だという話を聞いてびっくりした。熱いスープから香る醤油の匂いがたまらなく食欲をそそるのだという。僕は福岡の奴がそんなことを言うことと共に、とんこつの技術が未熟で都会では仕方なく醤油スープを飲んでいるとばかり思っていたので衝撃を受けた。あれは仕方なくではなく好きで食べていたのか…。
 それからはけっこう意識的に醤油味のスープであっても飲むことにした。それまでは飲めなかったのだが、言われて見ると不味いなりに飲めないこともない。長崎の思案橋に「よこはま」という中華料理店があって、そこのラーメンで初めて、醤油でもうまいラーメンがあると知った。しかしながら、正確にいうと、だいぶ慣れた頃なのだと思う。
 正直に言うと僕ら長崎人にとって醤油味は、慣れなければ旨いとは感じない代物なのだと思う。どう考えたって醤油よりもとんこつの方が味は旨い。しかし、それはあくまでベーシックな味覚がそう感じさせるだけなのだと思う。もう少し言うと、ラーメンよりちゃんぽんの方が旨い。白濁スープには麻薬が入っているのではないかと思うほどだ。
 最近は確かにラーメン屋も増えたが、基本的には旨いラーメン屋がないという意見は筋違いだと思う。どこの店でもあんまり変わんないようなちゃんぽんの方が旨いと感じる舌をベースにした地元民にとって、ラーメンは邪道に過ぎないものだし、旨くなくてもいいものなのだ。ラーメン文化の育つような場所へ変貌するという時代の趨勢になったのなら仕方のないことだけれど、育たないから価値のある土地だったはずなのである。
 そういう訳で、この地方で求めても仕方がない食い物があるということの方が大切だと思う。今は出張に行くと、特に若い人が、どこのラーメンがお勧めなどと教えてくれる。ラーメンもいいけど、名物がラーメンというのは悲しくないか。むしろ文化の荒廃を感じてしまう。いや、本当にラーメンが名物のところがあってもいいんだけれど、観光客が喜ぶからにわかにつくられた名物に喜ばされいるということが、なんとなく悲しい。少なくともそういうものを求める風潮が悲しい。
 違う地方の方がこちらに来て、なじみの醤油ラーメンが好きで、それを求めるという心情は良く理解できるものの、それは単なるないものねだりに過ぎないと思う。そういう人は米国にいっても美味しい梅干がないと国に文句が言えるのかと意地悪に思う。
 繰り返すことになるが、おいしい醤油ラーメンが育たないからこそ長崎という場所が特殊で素晴らしいという証明だと言いたい訳だ。ここでもやっぱり醤油が育つようになった時、ひとつの文化は崩壊に向っていく象徴となるのではないかと思う。もうそこは長崎ではなく、ひとつの地方に過ぎない「まち」なのではあるまいか。
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少食家

2006-11-16 | 
 昼飯は三色寿司という寿司飯だった。散らし寿司のなりそこないのようなもので丼に入っている。見た目より量があったようで、小鉢をパスして吸い物だけで食べた。
 前で食べていたKゾウさんの箸が止まっている。どうしたのか尋ねると、苦しいからじっとしているのだという。少しでも満腹になると苦しくなるのだという。もう少しで食べ終わるので我慢して食べていたら、苦しくなって動けなくなってしまったようだ。満腹になるより空腹でつらいほうがまだましだという。まったく理解できないことだが、本心なのだろう。
 人の体質というのは不思議なものだと思う。つれあいのお母さんは、ほとんど食事をとらないのだという。超がつくほど食が細いようだ。三食とることはまれなようだし、食事の時に二三口箸を動かして終わってしまうのだという。それでもちゃんと動いて生きているのだから不思議である。カロリーを上手に燃焼して体を動かしているのだろう。ある意味で効率がいいということもいえそうである。エネルギーを最小限しか必要としないのだから、災害などの避難生活にも有利かもしれない。
考えてみると、腹一杯というのも味覚のひとつという感じもする。学生時代は腹一杯になることがなにより嬉しかった。諫早のドラゴン食堂のようなところが理想的な食事である。多少の難があっても量が補ってくれる。しかしながら、そういう満腹感自体が苦痛であるなら、食事の楽しみが半減するのではないか。
 子供のころに近所の池田地区にお好み焼きとたこ焼き(確か魚屋の近辺だった)の店があって、どういうわけかたらふく食って家に帰って戻したことがある。ものすごい胸やけになって、本当に苦しかった。その時に母から、こうなるから大食い競争などには参加してはならない、というような説教を受けた。確かにその通りかもしれないと思ったので、テレビのフードファイターなどを見ると、その次元の違いにも驚くが、親不孝な人たちではないかと勝手に思ってしまう。彼等が僕と同じように親から説教を受けているはずもないのだから筋違いなのだが、悪い人たちという印象がぬぐえない。
 まあ、しかしなんとなく面白いのも確かで、たくさん食べるというのは、それなりに楽しいのではないだろうか。わんこ蕎麦などは、参加しているのは苦痛だけれど、見ている分にはなかなか楽しい。多少いじめっぽいところはあるが、まじめな人ほど目を白黒させて食べている。落語の「うわばみ」でも蕎麦を食っていたようだし、蕎麦なら食いすぎてもいいのかもしれない。
 話を戻すと、僕はお好み焼きやたこ焼きはなんとなく苦手なのだが、恐らく子供の頃のこの胸やけに原因があるような気がする。苦手な食べ物を作ってしまうのだから、食いすぎはやはり罪でもあろう。
 考えてみると、あのときのたこ焼きのような苦痛がKゾウさんにはあるのかもしれない。そういうことであると、本当にお気の毒な気がしてならない。
 晩御飯には何を食べるのかと聞いたら、食パンをひとつかじって酒を飲んでいるんだそうだ。なるほど経済的である。食べ物がいらなければ、貯金もできそうである。いや、彼が貯金に精を出しているのかは不明だが、有利であることは間違いなかろう。少食家という人たちがなんとなく羨ましいような気もしてきた。太りようがないというのは、それだけも羨望に値する。人は見た目ではないというが、日本人は見た目を重視する。やはり生存上有利な存在なのではないだろうか。
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究極のダイエット方法

2006-11-15 | 雑記
 隣町嬉野温泉にて重度介護組の食事会。
場所柄もちろん風呂にも入るが、入り組んだ階段の多い構造で、付添い人の方が迷子になったりしている。
 ぬるめのお湯だったせいか、ショウタ君はじっくりつかってなかなかあがらない。一緒に付き合ってはいるMアキ君の足が真っ赤に変色している。ぬるいといっても限度がある。なだめすかしてもあがろうとしないので困ってしまったが、「起立」と号令をかけたら、ザバッっと立ち上がった。スイッチが入れ替わったのであろう。

 食事も上品で美味だったが、揚げ物などを少し残す。もちろんあえて残しているわけで、ちょっと悲しい。しかしながらデザートが出るとぺろりといつの間にか食べてしまって、中途半端な自制心である。もちろん成績も思わしくなく、目標数値の達成には程遠い。
 ダイエット方法はいろいろあって、それだけダイエットの成功は難しいものだということを証明している。しかし、やはり究極の方法はあって、ほぼ完璧に目標を達成することができるやり方は存在する。これは禁煙などにも効果があるが、誰もチャレンジしたがらない方法である。ほとんど100パーセント成功するのに取り組みさえしない方法なのである。
 ネタをばらすと、達成できなければ、法外な罰金を科せばいいのである。これは女優やモデルさんが実際に太らないことでも証明できている。彼女等は体型維持によって大きく収入が違う。それは結局罰金制度と同じメンタリティだと思われる。人前では食べてもトイレでもどすなどという話もあるが、それぐらいは当たり前であろう。
 さて罰金の方だが、できるだけ高額で、できるだけ自分とは関係ない他人にお金が渡るシステムだと尚いいそうだ。例えば罰金額が10万円で、家族以外で、少し意地悪なぐらいの人だと理想的だ。スネオみたいな人ですね。その人の前で、いつまでに何キロ減量できなければ10万円支払うと宣言できれば、ほぼ宣言した時点でダイエットは成功できたといえる仕組みである。禁煙も同じで、一本吸う毎に10万ぐらいの罰金なら、よほどの金持ちで無い限りバカらしくて吸っていられないだろう。
 もちろん、禁煙の場合隠れて吸ってしまうという場合があるが、ダイエットならほとんど騙しようが無いので、成功率はだいぶ違うだろう。これだけバカらしいことにチャレンジできるというのは、ある意味でその人がいかに本気かという証明でもある。つまり本気でない人はこの賭けを実行できない。逆説的にそういう人は最初からダイエットはできない人であるともいえそうだ。楽しくダイエットできない人生をまっとうすればいいのである。
 少し歩いているのに万歩計のカウントがあがらない。普通なら既に100キロカロリーは消費したはずなんだが、という感覚が、なんだかもったいない。僕の努力と青春を帰せという気分だ。ひょっとすると万歩計とズボンとに相性があるのかもしれない。振動の伝達がむつかしいポケットがあるのではないか。せっかく歩いても損したような気がしてきた。もう歩いてやんないぞ、と他人事のようにののしりたくなる。

 出張の仕事が入って、また気分が重くなる。昨年から続いている県の代表選手で研修を受けなければならないらしい。それをもとに、またみんなの前で今度は講師になって研修会を行わなければならない。けっこう煩わしい問題だし、責任も重く嫌になるのだ。研修を受けてどのように考えるか、とかいう問題なら得意なんだけど、そのまま伝達するというのが気に食わない。まじめに覚えなきゃいけないじゃないか。

 夜は新入会セミナー。独特の緊張感もありおおむねよかったのではないか。改めていろいろと勉強になる。これは話している方が勉強になっているとつくづく思う。大変だが結果的に役得なのではないか。
 青年会議所にはいろんな疑問を感じないではないが、それもまたこの会の魅力でもある。僕は教条主義を嫌悪しているが、決まりを守らない人間なのではない。つい守りすぎてしまうのだ。
 形としては長すぎもせず、今年らしい形式ということで捉えることとしよう。完全を求めない。イニシエーションとしての役割も分かるが、物理的な分別として、いい程度なのかもしれないとも思う。
 新人さんの刺激は、本当にいい活力になる。次代を担うのは、彼らなのだろう。
 二次会は久しぶりに大カラオケ大会。K柳君とT竹君とTき室長が特に張り合っていたな。変な意味で微妙なライバル関係の誕生ではないか。みていて面白いので大いに張り合ってください。
 ロートル組みの僕らは、わけの分からない若者言葉を意味を取り違えたまま話して盛り上がっていた。意味なんて無いさ、わかんなくていいさ。それでも、なんかよくなくない?
 Tダ次年度は楽しくて時間を忘れたといっていたが、気がついたら3時ですよ。流石に老体にはこたえているようで、体もだるく眠たいです。四十で卒業しなきゃならない理由は、つまるところそういう意味なんだろうね。
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インフルエンザの予防接種

2006-11-14 | 雑記

 インフルエンザの予防接種を受ける。いろんなところに行く機会が多いので、利用者を守るためにも受けなければと思っている。
 しかしながら僕はいろんなアレルギーを抱える体質で、卵とか鶏肉とか豚肉などにアレルギー反応がある。実際子供のときに風邪薬を飲んで蕁麻疹ができて死ぬような(大げさだが)思いをしたし、大人になっても鼻炎の薬で大変な頭痛になったり(これは病院に運ばれて錯乱度何とかいう状態で大変だった)とか、やはり風邪薬で蕁麻疹の出ることもあるようである。
 前回のインフルエンザでは、接種後具合が悪くなり、しばらくダウンしていた。体がだるくなるというか、関節から軋んで外れていくような感覚になって、非常につらかった。
 だから注射を受けるというのは大変に勇気がいる。注射を受ける前に用紙にあれこれ記入しなければならないのだが、まともに書くと医者が注射を躊躇することになる。そういうことは過去にあったにせよ、そういうわずらわしいことを繰り返しても時間の無駄だ。遠い過去にはそういうことはあったけれど、現在はまったくそういうことはないことにした。嘘ではあるが、目的のためなら仕方が無い。
 それにしてもやっぱり不安である。できれば逃げてしまいたい。実をいうと採血されても具合が悪くなるので、単に臆病なだけで、精神的な影響がある可能性もある。それなら本当に具合が悪くなったとはいえないわけで、逃げてしまうとアレルギーとか何とか言い訳して逃げていると思われかねない。昼休みに散歩にでていたが、やはり逃げていると思われる可能性があるので、早めに切り上げて帰ることにした。
 看護婦の話ではワクチンが冷えているから痛いのだというけれど、今回もけっこう痛かった。緊張感と痛みで筋肉痛になってしまったほどだ。しかしながらとりあえずは難関を突破したわけで、このつらさをみんなに伝染させなければ損である。
そういうわけで、「いやあ、今回は特別痛いよ」などと後に並んでいる職員などを脅して楽しんでいた。そうやって、痛い痛いと吹聴していたのだが、廊下の向こうでおびえていた利用者のYちゃんが泣き出してしまった。あいや、しまったぜ。「うそうそ、ぜんッぜん痛くないよ」と嘘を言うのであったが、実際に注射をするとやはり痛かったらしく、激しく泣いている。大人気ない失敗で恥ずかしい限りである。
 しかしながら本当に注射は痛くて、僕だって泣きたい気分なんだよな。この程度でこんなにめげるんだから、僕には出産は無理だろうな、と思う。
 子供のころにはやはり注射は苦手で、列の途中で逃げ出して何度か受けなかったことがある。それでも何とか生きているので、本当にこういうことは必要なのかという疑問も無い訳ではない。しかしながら、集団生活を守るという観点からは、予防接種が防衛手段であることは仕方の無いことだ。自分自身にとっては大きな賭けであるが、今回も幸い生き延びることができた。夜にもサッカーで駆けずり回って大丈夫なので、峠は越したものと安堵しているところである。
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メジャーの新人賞

2006-11-14 | 時事
 メジャーリーグで城島選手の新人賞を逃すというニュースがあるが、日本で実績のある人がルーキーであるという認識の方がおかしいのではないか。
 世界の野球大会で日本が優勝したというのはどういうことだったのだと思う。そうであれば強弁すると下部リーグに下ってプレーしているということも言えるわけで、新人賞をとるなんてとんでもないことである。
 勝手の違う世界で活躍することは大変だとは思うけれど、日本のプロ野球はマイナーリーグではない。城島はいわば助っ人外国人として高い年俸をもらって海を渡った選手なのだから、最初からルーキー枠は外れるべきであろう。
 以前に新人賞をとってしまったベテラン選手は、単なるミスでもらったと歴史が証明している。それはそれだから、とらなかったことは非常にまっとうなことだという認識を持つべきなのではないだろうか。
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価値観の転換はどこか

2006-11-13 | 雑記

 楠のある道事業のお手伝い。K又君大活躍の事業なのだが、資料の充実ぶりがまた進化している。スゴイ。
 時間的にタイトなのだが、それでも流れるように展開するように感じる。完成度が高いのである。僕は周辺手伝いなんだけど、一緒に見学できて楽しい。歴史って切り口なんだと改めて思う。断片はその辺に無造作に転がっている(残っている)のだが、当時の気持ちになって想像力を膨らますことがどれだけできるかであろう。今の視点のままでは駄目なんだと思う。もちろん、今の要望が無ければかえりみないということもあって、そこのあたりに危うさを覚えることもあるんだけど、この事業はかなりいいところまで完成していると感じる。なんども手伝いをしているが、それなりに発見があって、意義深いと思う。こんなことをまったくボランティアでやっている僕らは、歴史の中のどこの辺りにいるんだろう。
 H本さんを迎えにいって、役得でいろいろお話を伺う。以前は技術的なことを中心にお話しになっていて、突っ込んだ戦争観についてはあえてふれてはおられなかった。しかしながらご自身の人生が95歳までと考えていたものが、実際に92歳になってみると、100歳まで生きられるような気がしてきたという。そうすると、人生観そのものが変わってしまったように感じられて、積極的に戦争のことを語る心境に変化したのだとおっしゃった。面白いといったら語弊があるかもしれないが、90歳を超えてもなお、人生観が変わるということがやはり面白い。それは一種の成長ということもいえるのではないか。お年寄りが頑固で変わらない価値観を繰り返すというのが、若い人の持つ頑固な価値観なのではないか。
 最近の情勢にも明るく、米国の選挙のこと、北の脅威に対する国の対応のことなども感想を述べられていた。戦争というものは一気に戦争になるのではなく、今のような状態が戦争というものを招く状況に似ているというお話は、傾聴に値するのではないか。戦争がどれだけ悲惨なものか、知っているからこそ語らなければならないという使命感が、お元気でいられる源なのかもしれない。
 さて、無事に事業も終えて食事をとる。アンケートの感想文も充実している。僕は、次はいつ実施されるのですか、と参加者に質問を受けた。やっぱりそういうことになると、どうなるんだと少し不安になる。果てしないのも考えものだなあとは感じる。いや、必要なら供給が生まれるということもあって、これが生きる業なのかもしれない。いづれにせよ、K又君が壊れないように事業が行われるといいんではないか。
 本当にお疲れ様です。協力したことでお土産も戴き、恐縮であります。

 帰ってだらだらとテレビを見る。やしきたかじんって言う芸人は昔からいるようだけれど、初めてじっくり顔を見た。面白いということが今ひとつ分かりにくい人だが、大物感はなんとなくある。いったいそれはなんなのか。分からないが、まあいいか。
 雑誌もパラパラ熟読。今は教育問題に関心が集中しているらしいな。教師に能力主義も考えものなんだが、いったいどうなっていくんかね、今の世論は。成果を求めて、自分の首を絞めていくのではなかろうか。期待にこたえる子供が増えるというのは、たぶん究極の幻想だと僕は思うんだけどね。第一今はそんなに不公平なんだろうか。米国や中国よりずっと公平な社会だとは思うけど、確かに少しの不自由さはあるな。
 茂木健一郎が典型的なアメリカ人というジョークを紹介している。
「私は父が英国で、母が仏国出身です。私は典型的なアメリカ人です」「私の祖先はアフリカからの移民で、現在はニューヨーク在住です。私は典型的なアメリカ人です」「私の両親は香港からの移民です。私は典型的なアメリカ人です」
さまざまなバックグランドを持つ誰もが典型的なアメリカ人なのである。さて、日本はどうか、ということなのかもしれない。しかし、実は単純な社会はそういうものを統一したいというグローバル・スタンダートにあらわれているのではないかとも感じる。もともと異質なものの集合と、均質なものとの広がりとの違いなのではないか。日本はもともと公平だが不自由で、彼らは自由で不公平なのだ。しかし、そういう見方も画一化されすぎかもしれない。スタンダートなんて、ただの都合主義だろう。

 散歩していて迎えに来てもらう。ちょうど給油するんだそうだが、いつものスタンドと違うようだ。どうしてかと聞くと、以前のところは最近サービスがよくなったので、無愛想なところにかえたのだという。相変わらず面白いことをいうもんだと思うが、その気持ちはよく分かる。
 実際サービスがよいというのは皮肉で、なんとかスタンプをするとか、カードを作れとか、うるさい店が多くて困る。そういうものを作ることがお得だということだろうが、住所を書かせられたり、ダイレクトメールなんかが届いたりして、煩わしさが増えるだけである。確かに実際に割引などもあるにはあるのかもしれないけれど、そういうごみが増えたり、時間をとられることのほうが、無駄なのではなかろうか。
 よく行く店などは、普通そういうことが省略されてなんとなくよくなるものなんだけど、最近はバイトのマミュアルかなんかが徹底しているらしく、いちいち無駄な会話をしなくてはならなくてとても疲れる。ファーストフードなどはポテトがどうだとかサイズがどうだとか持ち帰りがどうだとかうるさくて、食べる前にウンザリしてまずくなってしまう。頑固オヤジで客をしかりつけるのもどうかとは思うが、普通にしている店が繁盛しなくなって、そういう過剰なサービスがはびこっていくのではないか。客が神様だと思っているような本当のバカを生産するだけで、ますます住みにくい世の中になっていくようで、面白くないことこの上ない。普通の人が普通に暮らせる国というのは、画一的な過剰サービスの上に築かれていくのは無い。まさに、いろいろな人がいるものを自分から選択できることが大切で、与えられるものではなかろう。無愛想な店が繁盛するといいんだけど、それも確かに難しい問題だ。均質な商品を売る業界は、淘汰されてしまう運命なのだろうか。
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はかない無常観

2006-11-11 | 雑記
 Fさんの葬儀に参列する。享年55歳ということである。
高校卒業後地元の信用金庫などでOLとして働いていたという。25歳のときにテレビを見ていてなんとなく目がチカチカすると感じて病院にいくが、難病で治療できないといわれそのまま失明してしまう。おそらくそのショックもあったのだろう。精神的にも病気を抱えてしまう。
 失職後も入退院を繰り返していたようだが、5年前からうちに来ることになった。軽作業ではあるが、毎日ちゃんと仕事をするまじめな人だった。中途失明の方なので、歩行が得意ではなかったが、ゆっくりゆっくり確かめながら移動する姿が印象的だった。僕とはよく話をするほうで、変わったことがあると、少し大げさに「へえー」っと声をあげて驚いたり、感心したりするのであった。
 お兄さんが挨拶をされていたが嗚咽で言葉が聞き取れなくなってしまう。時々妹さんが面会に来られる程度しかご家族との面識がなかったが、転勤等で地元に帰れず、心に引っかかったまま距離を埋めることができなかったのかもしれない。不憫でならなかったという言葉は、お兄さんの複雑な心境そのままなのであろう。
Fさんは団体旅行に行くことになっていて、夜の宴会でカラオケを歌うつもりで新曲を練習していたのだという。その前日にあっさりと亡くなってしまった。人の一生がこんなに儚いとは…。
 僕は出張中で死に目に会うことはできなかった。いまだに釈然としないが、人間というのはつくづく不条理なものだと思わずにいられない。こうした無常観は、真理ではあるのかもしれないけれど、割り切れないのも人間というものだろう。
 死後の世界は信じていないけれど、ご冥福を祈らずにいられない。合掌。
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