カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

印象と事実は違うのではないか

2007-09-27 | 雑記
 知らなくて葬式も失礼していたお宅に訪問して、線香をあげさせてもらう。
 亡くされたのは奥さんである。特に病気とも聞いていなかったので不審に思っていたが、お話を聞くと具合が悪くなってから10日あまりで亡くなられたという。病院には別の件でかかっていたらしいが、ちょっと検査をしたほうがいいといわれた矢先だったらしい。そうして一部見てもらって、次は別の病院で正式に検査を、という時に自宅で吐血した。吐血してもちっとも本人はつらくない様子で、ご自身で「やっぱり調子が悪いのだろうか」などといっていたぐらいだそうだ。そうしてそのまま入院となる。そうなると確かに状態はかなり悪くなっていたらしいけれど、やはり本人はぜんぜんつらくないといっていたらしい。少なくとも死ぬ程度のこととは思っていなかったのではないか、ということである。しかしながら病状は一気に悪化していき、あっという間に亡くなってしまったそうだ。
 やっとふたりになって、合計で170歳ぐらいにはなろう、といっていたらしい。旅行にも行ってなかったな、とおっしゃっていた。
 今は息子さんの嫁が自宅にいるとのことで心配はないそうだが、いつまでもいるわけではなかろう。なんというか、男というのは弱いものだな、と思わずにいられなかった。

 それにしてもやはり日中は暑い。これはなんという熱気だろうか。とても身動きできない。ひきこもりになりたい気分だ。

 夜はPTAの専門部会。
 研修会を企画しているのだが、なかなかとらえどころのないテーマで、話し合いは難航する感じだ。まどろっこしいなあ、と感じていたが、結局、いまどきの親に問題が多いということが共通認識らしい。そういう具合に話がいくと、先生方を含め一気に場の空気が納得したようなものになる。僕も一部は納得がいくのだが、本当には同意する気になれない。差し出がましいので黙っていただけである。話し合いが速く終わることが先決だ。
 だいたい、何と比較して、今の親は駄目になっているというのだろう。話し合いの中で出ていたが、運動会での駐車場のマナーの悪さだとか、テントの利用の仕方の悪さだとか、タバコののみ方だというか問題は、以前に比べて悪くなっているということなのか。
 僕も正確なデータがあるわけではないから同じことだが、僕の印象としては、それでも僕の親世代と比べると、格段に今のほうがマナーがいいとは感じる。未熟な人がいることは確かだけれど、それはそれである。以前の運動会は、酔って喧嘩する人もいたし、子供に罵声を上げる人も珍しくなかった。おかげで子供も野蛮だったけれど、大人の方が立派に凶暴だった。まあ、そういう時代だったわけだが、比較対象が悪すぎるのだろうか。
 もちろん現状をすべて肯定するつもりはない。悪い人は断固として存在しているし、はっきりいってかなり迷惑だ。先生方の信用も、世論的には失墜している。本当に悪いのかは実際にはかなり不透明だけれど、それで了解できるほどには世論的には悪くなっているということは理解している。
 それでもやはり、以前に比べると、少しづつでも今のほうが良くなっているという実感を持っている。先生はおおむね親切になったし、礼儀正しい。以前の先生はおおむね尊大で不親切だった。僕らに理解も求めていなかった。
 今の親の方も子供の教育に熱心すぎるほど熱心だ。たぶん暇なのではないかとさえ思えるほどだ。父親も家に帰るし、ちゃんとお風呂にも入れてやっていると聞く。休みには一緒に遊んだりするのだろう。僕の感覚ではスーパーマンに思える。父親と一緒に住んでいるということさえ、よく分からない少年時代だった。まあ、それも当たり前の時代だったようにも思う。たぶん比較が悪すぎるのであろう。
 しかしながら会議のほうは、なんと言うことはなくなってしまった。ある人の提案で講師候補者が決まると、一気に話し合いは終焉した。案があるんなら出し惜しみしないで早く言って欲しいものだ。話し合いというより、ただの愚痴り合いではないか。

 先日ウチの子と近所の子とで、少し小競り合いのようなことがあったらしい。先方の親から連絡を受けて、学校の方で改めて双方に話を聞いたらしい。結果としてはウチの子が悪いという事になったらしい。納得はいかなかったが、謝らされてしまったそうだ。そういう結果に不満足だからいうのではないけれど、どうも声の大きいほうに仲介の先生が流されているように思えた。納得いってなかったのは分かったが、そうさせてもらったというではないか。子供のすることだからどのようなことが起こるのかは明確にはしづらいとは理解はしている。自分の子を信用したいという心情があるのも確かだ。しかし、納得がいく前に結論を急ぎすぎて、早く結果を出したがったのではないかという疑念が残った。こういう問題なら、最初から仲介などしないほうがいいのではないか。子供のけんかに親が出るようで不快である。
 しかし考えることは止める。これも不毛な問題だ。不愉快にはつきあわない。不快な親がいるということが分かっただけでも収穫としなければならない。ご近所だが、はなれて暮らせばいいのである。
 しかしこういうことでも先生の信用は失墜する。教育問題を考えるなんて、僕には最初から無理な相談なのであるようだ。
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まさに名月だ

2007-09-26 | 雑記
 会議のために長距離ドライブ。音楽が聴けて非常に良かった。
 こういう一人の時間というのは大変に貴重だ。ガンガンロックを聴きながら、自分の考えていることの整理が出来てよかったと思う。仕事の関係とJCのお陰で、今後の予定が混沌としている。圧倒的に時間が足りないということだけが良く理解できる。そういう中で自分の時間が取れたことは、ものすごく収穫になった。会議場が物理的に自分の住んでいるところと遠いというのは、あんがい利点にもなるということか…。
 しかし、福江のメンバーは、毎回当然のようにこの移動時間を確保することを強いられているわけで、ブロックとしては、福江を中心に運営を考えるべきであるとは思う。僕は十年ほど前から、長崎ブロックの会員会議所会議の半分は福江で開催すべきだと主張してきた(飲んだ席だけど…)。まともに取り合ってくれる人はいないけれど、それが出来て初めて公平な立場と態度を取ることができるのではないか。出来ないのであれば、やはりそれなりの配慮はすべきなのである。せめて協議会なのだから、役割を徹底して福江に配慮するのは最低限度必要だろう。
 少なくとも、自分が移動して大変だと感じた人がいたのなら、まず最初に福江のことを思い浮かべるぐらいのことは、人間として必要な資質なのではないかと僕は思う。議論というのは、そこの先にあるはずなのである。
 まあ、すかしっぺになりそうなので止めます。僕としては余裕がなくても時間がとれてよかったというだけの話である。あえてよかったと考えているだけなんだけどね。

 会議のほうはたくさんの審議事項があって、担当としてもそれなりに緊張感を味わいました。委員長ほどではないにしろ、理解と協力があって承認の声を聞くことが、心より嬉しかった。ちょっとあぶないところもあったとは正直に感じるけれど、そういう危うさも含めて信用してくださったのではないか。信託に応えるべく、頑張っていこう。

 それにしても長時間はやっぱり疲れた。
 帰りは何故かビートルズの「ドライブ・マイ・カー」が印象的だった。今まで気づかなかったけれど、なかなかいい曲である。ポールも僕は好きなんだなあ、と思った。
 対照的にマリリン・マンソンも良かった。僕の趣向性は自分でも謎に満ちている。どちらもドライブに快適だと思う人が、世の中にどれだけいるものだろうか。そういえば、ちあきなおみのCDもアマゾンで買ったのだった。まだ聞いてないけど非常に楽しみである。僕の音楽ライフだけは充実した毎日なのである。

 帰りに車を止めて少しだけ散歩する。ほぼ満月で、見事な月だった。ああ、そういえば、と、このとき初めて気づいたのだった。それぐらい人をひきつける月の季節ということなのだろう。そういう意味では、やはり昔の人は偉いものなのかもしれない。
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絶滅してなかった

2007-09-24 | 雑記
 運動会のお弁当作りのため、つれあいも朝が早い。そうすると当然のように杏月ちゃんも早く目覚める。そうして僕はついでに早く起こされてしまう。目が覚めたらせっかくだから長めの散歩に出ることになる。眠くてふらふら歩いて、早朝から既に軽く八千歩である。あんまり運動するのは体によくないので、適当に切り上げて帰る。汗びっしょりになっているので、冷たいシャワーが気持ちいい。

 そういうわけで運動会である。
 放送部のアナウンスがいちいち面白くて、思わずくすくす笑ってしまう。もごもごはっきりしないアクセント。もたついて紹介し終わらないうちに競技が終了。やる気の無い棒読みコメント。思わず突っ込みを入れたくなるようなボケた状況説明。もちろんプロじゃないんだから下手で結構である。しかし、それにも勝る脱力ぶりがあったりして、この年代の精神的空気が読み取れる。勘違いかもしれないけれど、僕らの時代には変なやつもいるにはいたが、大人顔負けの妙に上手いアナウンスが聞かれたものである。適材適所ということが、最近は少ないのかもしれない。これは深読みかもしれないけれど、妙な平等観があって、本当に上手な人が、表に出られないのではないか。まあ、うがった見方だろうけれど…。
 ワイヤレスの感度も悪くて聞き取りにくい。準備という点で、なんとなく不十分が読み取れる。予定時間もどんどん割り込んで、段々と時間が押してゆく。競技と競技のつなぎが悪くてまどろっこしい。午前も午後も結局大幅に終了時間が遅くなった。まあ、こういう世界なのかもしれないな。

 中学生といってもかなり発育のいい子がいて、特にこの年代の女の子というのも大変だな、と思った。そうとう意地が強くなければ、一所懸命に走れないのではないか。本来それなりに体力に自信があっても、だんだんスポーツに注ぎ込む情熱が薄れていくのではないか。体の変化は、要するに大きく外見を変えるので、自分自身より外の世界の方に影響を及ぼす。自分が考えている以上に、他人からの視線に注意を払うように忠告を受けることだろう。そうして結局外からの声に耳を傾けざるを得ない。考え方にもおそらく影響があることだろう。男と女の趣向性の違いというものにも、この次期の体の変化は、重要なファクターになっているのであろう。
僕は男だったので、そういう苦労はほとんど無かった。運動会が特に好きだったわけではないけれど、思いっきり走れるという爽快感は、自分の万能感にもつながっていたように思う。何か自分に対する期待のような、結果的に残念になろうとも、走る前には何事かをやれるような気分になっていた。それは、おそらく今でも続いていて、やってみなけりゃわからんじゃないか、という根拠無く行動に移せる動機になっているようにも思う。もちろん、それがいいことであるとは限らないのだが…。

 最近ではすっかり珍しくなったダボダボズボンのヤンキー君集団も、バイクをビービー言わせて走り回っていた。いるところにはいるものである。あまりにも珍しく恥かしい生物なので、まじまじと見入ってしまった。よく見ていると、ちゃんと女の不良もいて、絵に描いたようなだらしなさだ。これだけかっこ悪いと、えらいなあとかえって感心する気持ちになる。自分に対する一種の信念を持っているので、迷惑だがバカなりにえらいのである。これからもいろんなところとぶつかって苦労する人生を歩むことだろう。気の毒といえばそういう存在なのかもしれない。まあ、自分で選択したことだ。不愉快を楽しんでくれたまえ。
 高校の教師だったY野先生が、どうしようもない不良に限って卒業後に必ず学校に遊びに来るのが不思議だ、といっていたのを思い出した。在学中は学校が嫌いで仕方が無い、というようなことばかり言っていたくせに、矛盾しているのではないか。むしろ学校では活発に生徒会活動などをこなすような比較的優秀な生徒は、卒業しても二度と学校に遊びに来ることなど無いという。まあ、そうかもしれない。
久しぶりに学校に来て見ると、校舎は驚くほどボロボロである。まあ、それは古いせいで仕方が無いのだが、そういえば僕らの時代から随分汚かった。途中トイレを借りたのだが、大のほうの扉はちゃんとついていた。僕の時代の中学校というのは大変に荒れていたので、職員室以外のトイレの扉がちゃんとついていることは無かった。
 昔より今のほうが少しよくなっているのかもしれない。何しろ男子は坊主頭ではない。僕らの時代には、生徒の方で坊主頭の方がいいということを言うようなバカな人間までいた。W崎という同級生だったが、成績はいいくせにどうしようもないバカだと思った。まだまだ制服はなくならないでバカな空気は残っているのだろうけれど、馬鹿さ加減は少しだけ薄まっているのであろう。
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問題のすり替えだ

2007-09-22 | 雑記
 それにしても暑い毎日だ。外に出た瞬間ドッと汗が噴出す。車になんかとても乗れない(もちろんそれでも乗るのだが)。三十何℃あるか分からないが、真夏より暑いんじゃないか。なんかやってらんねぜ、という気分だ。日差しの圧力に屈して日陰に逃げる。そういえばセミは鳴かなくなったな、とふと思った。夏は終わってしまったのだろうか。今は暑すぎる秋なのだろう。

 いろいろあるのにばたばたと移動して着替えに帰ると、ひっきりなしに電話を受ける。話が終わらず玄関から中にはいれない。ようやく用件が済むと、とても会議の時間に間に合いそうにない。仕方がないが急いで着替えて会場へ。もちろん遅刻で隠れるようにするりとドアの中に入る。F川君が席を譲ってくれて、何とか座れる。順番に挨拶があって、会議というよりスピーチ会である。まあ、それはいい。
 しかし、ある方が言われた「もったいない」の話だけは、僕には解せない。懇親会のたくさんの残り物についての言及である。世界には飢えている人もいるのに、などというよくある話だ。たくさんの残り物は確かにもったいないが、根本問題はすり替えだと思う。そもそも宴会をやめればいいのだ。人が集まらなければいいのだ。どうしても効率が悪くなって、正確な量のオーダーを賄えない。結果準備しすぎ作りすぎ余らせる。残さないというのは倫理かもしれないが、つくられた食料は、胃に捨てるのもゴミ箱に捨てるのも、根本的には同じことである。もったいないの解決は、最初から作らせない努力にかかっていると思うのである。池田信夫の言うように、地球温暖化なんて架空の騒ぎに講じてないで、貧困問題にストレートに取り組むべきだ。認識と勉強が足りない発言だと思ったが、偉い人の発言なので、あきらかな勘違いにもかかわらず文系社会では文句は言えない。後片付けをする精神性は偉い人には違いないが、そういう精神を他人に強要すると卑しくなる。こういう人間が年をとり説教を垂れ流すのだろう。若いうちからこうなんだから、もう救いはないな。あー、卒業が嬉しいな。
 だんだん睡魔に襲われてどうにもならなくなり大変に困っていると電話がまたかかってくる。他に所要もあったのでついでに会場を失礼して抜け出した。

 夜はPTA。ここでの出番はあんまり無し。部長さんが気の利いた人で、僕の出る幕がないのである。
 会議の内容はほとんど詰まっており、確認を取るという感じ。いちおう役割をふって、組織固めをする。みなさん羊のように柔順に従っておられた。
 僕のほうは事業実施日と出張とが重なっており、また不義理をしなくてはならない。人形劇とミニコンサートの予定であるが、僕には崇高かもしれない。これも神の思し召しであろう。ありがたく欠席させてもらおうと思った。

 小飼弾さんの座右の銘は「Si Vis Pacem, Para Bellum」なんだそうだ。「汝平和を欲さば、戦いの備えをせよ」。K村君がよろこびそうな言葉だな、と思ったが、やはり、これは自分自身を鍛えなければ、ということだろう。努力といえばべたべただけれど、なかなか洒落ているではないか。僕も座右の銘に加えることにしよう。
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命名のセンス

2007-09-21 | ことば
 大相撲が開催されているが、今場所はまったく関心がわかない。別段朝青龍のファンだったわけではないが、日本社会が嫌になったのかもしれない。やんちゃ坊主がいて、何が悪いのだろう。あの社会は許容の範囲が狭いのだろうと思った。まあ、それを要求したマスコミがもっと悪い気もするが…。僕もいろんなものを許容しないが、時々息苦しくなる。多くの人はそうならないのだろうか。
 ところでしかし、朝青龍という四股名はあんまり好きではない。僕は敬愛する高島俊男の影響で、ちゃんとした和語の四股名の力士を愛している。高砂親方は、愛嬌のあるいい力士だったし、なんとなく好感を持っていたのだが、その上確か大学卒業のはずだが、四股名の朝にこだわりすぎて失敗しているのではないか。この際指導力より、知性のほうをどうにかして欲しいものだ。高砂という部屋の名前が泣いているぞ。
 どういうわけだが外国人力士の曙や小錦、武蔵丸などはいい響きだった。日本らしさを出そうとすると、やはり和語でなくてはならないようだ。最近の力士の四股名は、音だけで脅しているようで、センスがないような気がしてならない。
 そういうわけで福岡出身の魁皇も応援したいが、名前がいけない。今は覚えたからいいようなものの、音だけ聞いて名前の見当がつかない。どうもその頃からこういう傾向が強くなって、いい名前のお相撲さんが少なくなった。取り巻きの連中が意見する感覚もなくなっているのであろう。

 相撲ではないが、そういえば芸人の名前のセンスも変わってきた。以前と比べるとこちらの方は普通っぽくなっているようにも思う。野口五郎はどうかと思うが、郷ひろみとか西城秀樹っぽい名前の人があんまりいなくなった。正直にいうと今の人たちがどういう名前か思い浮かばないぐらい疎いのだけれど、玉木宏という俳優の名前を聞いた時、なんとなく時代が変わったように思った。普通っぽくて二枚目らしくない響きだけれど、彼は端正な二枚目であった。
 僕らの頃には氷室京介という人がいてかなり気持ち悪かったが、ここまで来ると普通のバカではないという気もしてくる。その上あれは僕にとってはロックではない。しかしながら年をとるのはいいことで、いつの間にかいなくなってしまった。まあ、宝塚じゃないんだから、芸能人であっても普通でいて欲しいものだ。
 芸人ではないが、最近の子供の名前はずいぶんな惨状になっており、名簿などを見ると知性のかけらも感じられない。少女漫画にはかなり以前から変わった名前が見られたが、そういう世代がお母さんになって、子供に変な名前をつけてしまうのではないか。僕の名前は祖父が名付けたそうだが(だからといっていい名前ではないが)、今の世代は人の意見を聞かずに名前を考えているのであろう。
 それにしても書いてある名前が読めなかったり(少なくとも知らなければ読めない)、不規則な状態であるという国があるのだろうか。おのずと命名にはセンスが表れるものだろうけれど、センスという基準が変わってしまったということか。まあ、よく考えて見ると米国の特に黒人の名前もずいぶんへんてこで笑えるので、国際的傾向なのかもしれない。
 そうとはいえ、一般大衆の知性はかなり低くなったのではないかと心配だ。格差社会だとかいう以前の問題ではないかと思う。あの名前を読まされる先生方は可哀相だ。ときどきグレても仕方ないのではないか。
 とはいえ、名前なんて記号なんだから実はどうでもいいという気持ちもある。違いが分かれれば都合がいいだけの話で、あれこれいう人が特に嫌いである(既に自分で言ってしまってるくせに)。
 特に姓名判断というのがどうしても好きになれない。勝手に信じている分には趣味だからかまわないが、意見をいう人は呪われて死ねばいいと思う。
近所に姓名判断か何かで社名を変えたという会社があって、そういう会社の信用さえ怪しいと思ってしまう。たとえ必要になっても、そういう会社に仕事を頼みたくない。
 名前や漢字の字画に左右される人は、容易に別の影響で左右されるということだ。信じている人には悪いが、そういう人が近くにいるのは迷惑である。
 ああ、しかし許容できない人間ははじかれる運命だ。朝青龍よ戻っておいで。お前がふてぶてしく世間を変えてくれればいいのだ。
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お金がたまるらしい

2007-09-20 | 散歩
 目覚めが早くて、平日だけど少し遠出したくなる。池田の堤を回って、自衛隊脇を通る。
 車のクラクションはI田先輩。時々お目にかかるが、どういうわけかいつも車が違うような気がする。何台も所有しているのだろうか。それにしてもランニング姿でどこに運転していくつもりだろうか。
 気温がぐんぐん上がっていって、少しへばる。やはり帰ろうと思って適当な路地を曲がって方角を自宅方面へ定める。
 犬がワンワン吠えて女の人の騒ぐ声がする。帰る方角だからそのまま近づくと、首輪の外れたワンちゃんが、もう一匹の散歩中のワンちゃんにじゃれついて騒いでいた。襲われている(感じのプードル)方は非難がましくリードを引いて身動きしない。その回りに大き目のシュナウザーのような犬がワンワンいってくるくる回る。そのシュナちゃんをオバサンが「こらだめよ」とかわめきながら追いかけている。動きがやたらに機敏で、つかまりそうになってもするりとかわして逃げてしまう。僕が近づいていくと少し僕に興味が移ったが、後ろに目があるようにオバサンの手をくぐり抜ける。これは困ったことだと思うから、なんとなく係わり合いになってしまって、一緒に追いかける。しかし、二人がかりでもとてもつかまる気がしない。あきらめておばさんが手をたたきながらよそへ駆けていくと、一緒になってやっと離れた。そのままオバサンとシュナちゃんは、手をぱちぱちワンワンいいながら遠くへ行ってしまった。
 この騒動を近くで見ていたおじさんが、ちょっと来いという。なんだと近寄ると天体望遠鏡を見ろという。別に見たくなかったが「見るのはタダだし何秒かのことだ、見てみろ」とうるさい。のぞくと三日月のようなものが見える。明けの明星、金星である。朝だがすっかり青空で、探すのに苦労した、とまたおじさんが言う。せっかく見つけたので、僕にも見せたくなったらしい。おじさんは「金星を見るとお金がたまるぞ」と笑った。まあ、期待することにしよう。
 フィニッシュの坂道を登っていると、朝日がまぶしくてとても前を正視できない。前から歩いてくる男の子がフンフン鼻を鳴らしている。誰かと思ったら息子であった。運動会の練習で早くから登校するらしい。僕が気づかないのが面白かったのだろう。やっと気づいたからニコニコして坂道を下っていった。
 田んぼの畦にはすっかり彼岸花が咲いている。この暑さなのに季節が分かるらしい。時々狂い咲きをするお仲間もいるようだが、分かる奴には分かることなのだ。植物という連中は偉いものだなあ、と思った。
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豆乳としあわせ

2007-09-19 | 
 僕のつれあいは豆乳が大好きである。しかし調整していないものに限る。甘いのが苦手というわけでもなさそうだが、豆乳は無調整のものに限るようだ。
 実は一緒になる前には、豆乳というのは甘い味付けのものだと思っていた。子供の頃の記憶では、豆乳はビニールに入ったものを噛み切ってから飲むものだった。甘ったるいが、豆腐よりはましだ。子供にとってはそういう認識だった。今は大人になったので、しっかりした豆腐の方がましになった。もうあの世界に戻ることなど出来ない。
 豆腐は食うものだから、特に未完成の豆乳を飲む必要もないように思える。しかしながら、そういう考えは一方的な偏見であったことが判明した。僕も付き合って豆乳を飲んでいるうちに、たかが大豆の搾り汁なのに、実に多彩な世界が広がっていることが分かった。そういえばこの汁ににがりを入れただけの豆腐の世界も、まるで宇宙のように広い。原料が多彩な世界だからこそ、加工後も多彩になるのであろう。そういう単純ながら幅のある世界が、また僕らをひきつけてやまない魅力なのかもしれない。
 つれあいは豆乳を飲んだ後に、必ずといっていいほどうっとりとして「おいしい」と感嘆の声を上げる。まあ、確かに旨いのだが、そういう意見を聞くとさらにおいしいと感じるのは確かだ。ソムリエという役割は、やはりワインに必要なように。だから豆乳を飲んでみたい人は、つれあいと一緒に飲むといいと思う。目の前の白い液体が、この上なく美しくいとおしく見えるだろう。そしてコクのある大豆の味の広がりを堪能することになる。まさしく大地の恵み。生きているとはなんとすばらしいことだろう。
 それほど魅力的なものだったのなら、付き合う前に知っておくべきだったと思う。豆乳を利用して、誘惑すればよかったのだ。今は自分で買ってきて、いつも冷蔵庫に備蓄してある。過ぎ去った日々はかえらないのである。残念だが、今のしあわせも大切だ。これからも変わらぬ小さな喜びが確実に目の前に存在する。それは風呂上りの冷えたビールのように、ささやかで確実な人間の喜びなのである。
 豆乳は飲んで旨いだけでなく、なんとなく欲望を抑制するような気がする。少なくともかなり精神的に安定感を与えてくれる。のどの渇きを癒すというだけでなく、ささやかだがしっかりとした満足感が広がるのである。
 僕は朝から豆乳と野菜ジュースを一杯づつ飲むことにしている。さらにヨーグルトだったりスープだったりはするが、ベースとなるのはこの二杯。これは実感としてかなりの満足感である。出張などでホテルの朝定食などを食べるのだが、それはそれで旨いには違いないが、御飯と味噌汁よりも、豆乳と野菜ジュースだったらどんなに良かったかと、あとでかなり後悔する。摂取カロリーが低いから、昼や夜に十分に食事が取れる。そういう安心感も手伝って、本当に頼もしい存在だと思うのである。
 味には好みもあるので何を薦めるというのはあまり意味がないかもしれないが、広島の「やまみ」の豆乳は特に旨いと思う。調整豆乳も作っているので、好みに合わせて選ぶと良い。北海道の豆を使った、特に濃い種類もある。実は今朝初めて飲んだのだが、これまでのものも十分濃いと思っていた認識が、まだまだ甘いものだと思い知らされた。これだから豆乳は止められないのである。
 朝は豆乳で夜は男前豆腐に枝豆。それこそ完結した完全人間の姿ではなかろうか。僕はそういうわけで、確実な満足を知っている。だから勝手に人類の幸福を祈ろうと思う。みなさんどうぞおしあわせに。
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曇りは早く晴らせたい

2007-09-18 | 雑記
 まだまだ社会復帰前という感じだ。こんなに長い間職場にいなかったのも久しぶりだったのである。思ったより書類は溜まってなかったが、メールは全部見るのをあきらめた。メルマガを含め気が乗らないものはサクサク削除。後悔はあとですればいいのだ。
 先の予定も段々詰まってきた。一日にいくつか会議が重なる日もあるようだ。行事期間の重なったものもある。もうどうしようもない。どちらか失礼しなくちゃ。代理を立てるものと中座するものなど整理する。ダブルブッキングでも何とかなりそうなものもあるようだ。まるで八方美人だな、とも思うが、別に嫌われたくないからでもないような気もする。ただまじめなだけなのである。
僕は性格は良くないかもしれないけれど、妙にまじめな人間なのである。時々冗談さえ分からない。漫画を読んで苦労して笑いを覚えたクチである。いまだにバラエティ番組は良く分からない。あれを苦労して分かる労力がわかない。
 土建業の人がきつい冗談を言い合うのを聞いていると、仲間にならなければ分からない世界があるのだな、と思う。そういう世界とも疎くて、つまりあんまり友人がいないのかもしれない。群れるのは嫌だけれど、孤独は寂しいという感覚は理解できる。しかしいつの間にか孤独で、そしていつも勝手に孤立するのかもしれない。
 政治的に画策するというのが嫌いなのは、そういう性格があるせいだろうとも薄々気づいていた。特に人事は苦手だ。人事権を持っているのだが、妙なところでしばらく悩む。大抵はそれなりに落ち着いてくれるからいいけれど、ひとつ片付くと青空がまぶしく見える。心のわだかまりが解けて爽快なのだ。もちろん、受けるほうもそれなりにくもりがあったはずだと考える。お互いの譲歩の上で了解が生まれる。そのラインが果たしてどこなのか、というのが永遠のミステリーなのだ。

 昨夜は久しぶりにサッカーをした。湿気もひどかったせいか、ものすごく汗をかいてしまった。Tシャツがべったりまとわりついて動きにくく、そのときは大変に不快に思ったのだが、終わってみると気持ちよかった。かなり体力的にも消耗したが、ゲームの局面では面白い場面もあって、それなりに満足である。
 重たいTシャツを着替えてしぼると、ジャーッと汗が滴り落ちる。これだけの水分が体から流れて、なおまだ体の中に水分の蓄えがあるのだろうか。自分の体がスポンジのような海綿体のようにも思えてきた。これが水じゃなくって脂肪分なら言うことはない。少しでも混ざっててくれればいいのに。
 最近は歩数も安定して運動できる体力も整ってきたと思っていたのだけれど、これだけ激しい運動はまた別の話である。本当に年齢的にきつくなっているのかもしれない。グラウンドの広さが恨めしい。体力が落ちると、世界はどんどん広くなっていくのであった。
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順番が戻ったけれど

2007-09-17 | 時事
 出張で岡山に行っていて、いろいろと勉強してきた。皆さんご存知のように安倍首相が辞任して、勉強してきたことのほとんどは無駄になってしまいそうだけれど、また気持ちを新たに取り組みなおさなければならないという感じである。このままではまったく先行きの暗い閉塞感があったので、政治的には希望を持った人もいるのかもしれないけれど、そうは簡単な問題ではない。日本という国は事実上破綻しているわけで、そう簡単になんとかなるわけには行かないのである。国民の同意は得られにくいが、税金で何とかして欲しいと個人的には思う。保険で乗り切ろうとすると、結局は破綻の先延ばしに過ぎなくなってしまう。厳しい方を選択する人が、次の人であって欲しいものだ。まあ、福田さんで決まってしまっているのだけど…。
 僕にはものすごくわからないのだけれど、彼は次の選挙をどうするかというのが役割の人なのに、何で民主党と話し合うというのだろうか。相手が都合のいいことを言うはず無いじゃないか。もちろん民主党にとって最悪のタイミングを見切るという事にすべての注意を傾けるはずで、そういう意味では嘘ではないのかもしれない。まあしかしマスコミ混乱対策としたら、そういうものなのだろうか。

 急な大雨で、パソコンの調子が悪くなってしまった。窓を開けて外出してしまったのだ。一度乾かして動かしてみると、形の上では何とか動くが、キーボードからの文字が出なかったり出すぎたりする。後4年はもって欲しい計算であるので、電脳生活に支障が出そうである。

 出歩きの方は、なかなか順調。出張中もなんとか目標歩数をキープすることに成功した。会議を抜け出して歩いたり、ホテルに帰ってからまた出歩いたり、涙ぐましい努力であった。
 僕にとって最大にニュースが飛び込んできた。なんと我が尊敬すべき先輩であり朋友であるO塚さんが万歩計仲間に入ったようだ。パソコンのせいでまだ確認は取れていないが、どれぐらい張り合えるものだろうか。これからの毎日が楽しみである。
 台風の影響か朝から気温が高くて歩きにくいが、そのかわり帰宅後のシャワーは爽快だ。この時期を乗り切ると、散歩には快適な秋の季節になる。ゆっくり歩いて見るには楽しい世界が待っている。こつこつと歩みを刻んでいきたいものである。
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朝晩涼しくなったと挨拶するが

2007-09-12 | 散歩
 最近では珍しく寝坊して、というか7時前にやっとおきて散歩は無し。新聞さえ読めなかった。
 やはり夜更かしはいけませんな。僕は酒飲みのクセに夜更かしが苦手である。速攻で酔っ払っておしまい、というスタイルが一番好ましい。二次会三次会と付き合うということは、後悔とイコールなのだ。といいながら、「次に行こう」などと自分から言うのである。ああ、自己嫌悪。
 そういうわけで昼飯をさっと済ませて昼に散歩。日差しが怖かったが、風が強くて何とか汗でびっしょり状態にはならなかった。
 現在は長崎県で三位につけているが、2位のgakuさんとは2万歩以上の開きがある。一日の平均歩数も6,000歩近く違う。たぶん追いつくことは出来ないだろう。
全国の動きでは一日に百番近く順位が変動する。だいたい300後半から400や500番台を行ったり来たり。そういう中だから明確に名前の分かるライバルのような存在を探しにくい。なんとなく励みになる目標がなくなって、自分との戦いという様相を呈してきた。
 O塚さんが僕の万歩計に興味を示し、購入したそうな顔をしていたことを思い出した。岡田斗司夫のレコーディング・ダイエットの本も買うと言っていた。ちゃんと本気なのか電話で確かめてみようか。僕は仲間が欲しい。孤独なのはつらいのである。さびしん坊なのである。
 全国一番のウルトラマンネクサスさんは明日にも100万歩に到達する勢いだ。マグロは泳ぎ続けないと死んでしまうという。彼女も歩き続けなければ死ぬような病気なのだろうか。映画のスピードみたいに止まれない事情があるのだろうか。
PTA理事会の出席するために歩いて学校へ。気温は低くなっているのだろうけれど、風がなく、体温が上昇するのが分かる。校長室に着いた途端どっと汗が噴出した。担当の部長さんと話をしながら汗をぬぐう。冷房が効いていたのに一人で汗をかく姿はなんとなく異様である。まだまだ受難は続く。冬の散歩が待ち遠しい。

 さて、しばらく岡山に出張である。今回も缶詰らしい。早起きして歩ける環境はあるのだろうか。
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嫌いが最初

2007-09-11 | 雑記

 最近調子が悪いというか、自分で優先したい仕事と勝手に優先順位の上がってくる仕事と精神的に葛藤することが多かった。なんと僕の悪い癖で、その両方からまず逃げてしまう。一度距離を置いて、まさに放置して違うことをしだすのだ。もうぎりぎりになって、どうしようもなくなって「しょうがない、やるか」と思ってやっと手をつける。やっつけ仕事なので、精度が悪い。しかし締め切りなんだからサヨウナラ。完全主義者ではないけれど、中途半端なことはよく分かっている。たとえは悪いが、トイレにはいったが、ほんの少し残ったままのような感じなのである。なんだかすっきりはしないのである。
 いい加減にしないと僕は駄目になってしまうのではないか。少なくともこんなことの繰り返しはうんざりだ。今日は嫌なことから断じて先に済ますぞ、と心に誓って、メモ用紙に書いてセロテープで机の前の壁に貼り付けた。逃げないという意思表示だ。
 ところが、これが効果的だということが判明した。目の前のメモを見て仕事をすると、見る見るはかどって、なんと午前中に予定の大半が済んでしまった。おお、気持ちいい。
 途中でくじけそうになると、目の前のメモに「がんばれ」と「実行」という文字を書き足した。まるで受験生だ。夜には例会があるので、「最後はビールだ」とも書いた。おー、なんとなくウキウキするではないか。オレって単純じゃん。いいぞ、いいぞ。
 嫌な仕事が済んだら、ついでに比較的嫌じゃない仕事がさらに楽しく思える。仕事自体が僕のご褒美みたいなものになった。なるほど、好物を後回しに食べるような、そんな開放感なのかもしれない。
 そういえば、嫌いなものから食べるようにすると、学校の成績が上がるという話を聞いたことがある。やっとからくりが分かったよ。そういうことだったのか。オイラ好きなものからバクバク食うもんね。だから太ったんだ。ま、それはまた別の話か…。
 とにかく嫌なことからするっていうのは、あんがい気持ちのいいことだとはじめて知ったような気がした。特に先に済んだという開放感がすばらしい。自分自身が誇らしくて嬉しい。そうしてこのように自慢までしたくなってしまうのだ。習慣化するようにがんばろうっと。
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UFOの塩

2007-09-10 | ことば
 散歩していると、以前から知っている人のお宅がここだったのか、と発見することがある。その人と微妙にイメージが違って面白い。家も人なり、ということか。いや、違うと思ったのだから、家と人は別物、であった。
 今回お宅の前で出会ったその方は、意外にご近所だったのだな、と僕は思ったのだが、「ずいぶん遠くまで歩くんですね」と言われる。特に返事をしなかったのだが、あとで反芻して考えると、僕の自宅を遠いと思ったわけであるから、恐らく勘違いしているのではないだろうか。JC関係で知り合った人なので、本町あたりに僕が住んでいると思っていたのではないか。それとも単純に違う人と思っていたのか。名刺を交換したのなら、職場と勘違いしたか。それならもっと驚いていいはずだ。いや、そういえば年賀状が来ているようだ。この方は筆書きされていたと記憶するので、住所を知っているはずではないのだろうか。距離的に歩いて10分程度のご近所なのだが、この程度はどのくらい遠いのだろうか。一度歩いておられるのを拝見したことがあるので、歩く距離感覚はわかっていると思うのだが、なんだか遠いというイメージがつかめない。まあ、単なる「張り切ってますね」という社交辞令なのかもしれない。こういう出会い頭の挨拶は、もう少し単純なものにして欲しいと思う。僕のような性格の人間には、謎かけのような言葉はいつまでも引っかかる。

 珍しく一人の朝だったので家に帰っても気合が入らない。野菜ジュースと豆乳を飲んで、新聞を読んで、というようなことは特に変わらないけれど、どこに行くでもないし、また散歩でもするかなあ、などと考える。外気はどんどん上昇していて、その上にさっきシャワーを浴びたばかりだ。すべてが面倒になってごろごろと本を読んだ。テレビをつけると松坂が満塁ホームランを打たれたばかりだった。みんな調子が悪いような気分になった。

 昼ごろにみんな帰ってきて一緒に買物に行く。とたんに気分はウキウキしだした。
 子供が「焼そばUFOの塩」を食べたいというので探す。いくら探してもないのでおかしいな、と思っていたら、「シーフード」を指しているということだった。ソースでなくて塩味なので、「塩」というらしい。僕はこのような細かい違いに騙されたと思うほうだ。今度からは「塩味のシーフード」なり正確に説明して欲しい。既に理解したので、まあ、「塩」でも良くなったのだけど…。
 そういえばこの「UFO」だって「ユーフォー」と発音するのは気に食わない。ピンクレディ世代なので、「ユーフォー」という歌は否定しないが(ここのあたりは自己矛盾)、はっきりUFOと表記しているものを「ユーフォー」と言ってはいけないと思う。JCはジェイシーだし、IMFはアイエムエフだ。WHOだって英語読みだって可能だが、ちゃんとダブリューエッチオーである。簡単に例外を作ってはいけないじゃないか。
 よしんばどうしてもまどろっこしいというならば、せめてごちゃ混ぜ読みはやめて欲しい。ローマ字読みなら「ウフォ」じゃないか。まあ、それもかなり間抜けだが…。
 実は昔村上春樹のエッセイを読んでいて、彼がおかしいと指摘していたので、僕もそれに習っておかしいと思うようになってしまった。彼は罪な作家だと思う。
ついでに今回買物に来たここのスーパーは「アボガド」と表記するのである。見るたびに書き直したくなって仕方がない。イチゴはイヂゴではないし、ミカンはミガンじゃない。東北の人なら仕方がないが、表記なのだから発音と関係がない。
 この店だけではないが、どうして間違った方が堂々と普及してしまうのであろう。僕自身は「アボカド」普及委員会を設立して啓蒙してまわりたいと(あんまり本気じゃないが)思っているぐらいだ。控えめな性格なので店に抗議の電話を入れる勇気はないけれど、誰か早く気づいてくれ、と心の中で願っているのである。
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心残りが減ってゆく

2007-09-09 | 雑記
 昼は淡々と仕事。土曜日だったので相手先が休みで連絡の取れないことが多かった。昨日までにやっとくべきだったとかなり反省。
 午前中は病院に行く人などけっこういて、半ドンのようなことはいまだに必要なのかもしれないな、と思う。平日に病院にいくのは気がひけるけれど、土曜日に通院するのはかなりOKという感じが確かにする。そんなに悪くないけれど気になる程度の具合の悪さには、土日に病院が開いていると非常に助かる。そういうニーズは少なくないはずだが、重篤な状態の救急医療しか開かれていないというのは、やはり構造的な問題だろう。医療関係は人件費が飛びぬけて高いので、改革の難しい分野なのだと思う。都市部では変わりかけているのだろうけれど、過疎地の医療はいまだに壊滅的な状態なのではないか。
 戦後すぐに地方の首長がまずやったのは、なんといっても医療と教育であったろう。どちらも現在は行政のものは財政的に悲鳴をあげている。大切だったのにそうでなくなったはずは無い。構造的にゆがんでしまって修正が効かないという問題があるのであって、どちらも不必要ではないのである。やはり改革がもっとも必要な分野らしい。

 夏越の議事録もさくさく。気分的に少し開放感がある。ひとつずつ片付くって、精神衛生上大切なことなのである。
 さて、もうひとつのこころ残り、子供提灯の撤去が行われた。夜からトラック持ちが集まっている。荷台班が登ってアーケードの両側のワイヤーにくくりつけてある子供提灯を粛々と取り外す作業をする。ワイヤーのような細いものでも、長年の埃で真っ黒に汚れている。飾ってある提灯(実際は厳密に提灯ではないが)も埃にまぎれてかなり汚れている。少し作業するだけで、手のひらを中心に真っ黒けになってしまう。うっかり額の汗もぬぐうことができない。
 K村事務局長が、撤去とはいえこの提灯を踏み潰す行為が心情的にしのびないとして改革を訴えていた。僕の作業中にも一人だけ提灯を取りに来た人がいた。せっかくの子供の作品を取っておきたいというのはまっとうな心情であろう。T田理事長も娘さんの作品を見つけて持って帰ったようだ。
 このような要望に厳密に応えるのは大変な労力であろうことは容易に想像できる。しかし、本当に不可能なのだろうか。いや、完全対応は不可能だろう。一般の人を作業に参加させるのも、やはり無理な相談だろう。役場なら、わずらわしいので止めるところだろうけれど(僕でも個人的には断固止める)、やはり思案のしどころではないか。また、実際には自衛隊に出てきてもらうなど必要なのだろうけれど、要請すると日時の問題も出てくる。頼んだからには、またなにか別の配慮も必要だろう。保管場所をどうするか。引渡しをどうするか。そもそもの材質はこのままでいいのか。破損はどう扱ったらいいのか。など問題は山積だ。
 しかしそうまでして回収しても、やはりほとんどは捨てられることにはなるだろう。捨てる前提で取り組んだほうが、やっぱり合理的なのかもしれない。今は合理的に撤去しているということなのだろう。
 根本的に違うけれど、訴えていた人が欠席でよかったのかもしれないと思う。この作業だってけっこう大変なんだよね。土曜の夜に粛々と参加している人の気持ちになると、センチメンタリズムは厄介だなあと思うのであった。
 ああ、そうそう。針金でくくる作業の前に、くくり方をしっかり指導したほうがいい。取り付け方がまちまちで、撤去の際に難航して腹立たしい。ある区間の針金をつけた人物を探し出して文句を言いたい気分になった。また、ニッパーなど補助の備品も必要かも。場所によっては格段に効率がよかった。
 さて、打ち上げは蛤亭でもうもうと煙に巻かれる。お疲れ様でした。
 二次会にも流れてカラオケ大会。E越君のロッカーぶりにはけっこう動揺した。本格派の登場である。それにしてもみんなよく歌う。知っている分野も幅広くて、興味というのは分散するものだなあ、と思った。
 そういえばカラオケ批判する人には、なんだかカラオケを歌う人を軽蔑しすぎるきらいがあるように思えてならない。とくに雑誌などで見る文化人という人たちは、カラオケはやらないと公言し、かつ辛辣に非難する人が数多い。カラオケを敵視することが、文化的水準の高さやインテリジェンスのある美的感覚だと信じているようでさえある。まあ、揶揄したくなるのも少しは分かるが、飲んで歌うほうが普通に楽しいから普及しているのだと単純に思う。飲まなくても歌うのは楽しい。それだけのことだ。知性など無くて、それでよろしい。
 いえね、選曲するのはけっこう知性があらわれるんですよ。この場にあった選曲ができるという社会性が試されているのです。歌の上手い下手でもない。その社会性が日本人の画一性でもあるのだけれど、世間の分かるリテラシーでもあるのだと思う。たぶん多くの文化人にはそこのあたりが欠如しているだけなのではないだろうか。
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罪悪感からは何も生まれない

2007-09-08 | 
 味噌作りの打ち上げにバーベキュー。肉屋から差し入れもあったらしく分量は十分。なんとなく食うのをごまかそうと思ってひたすら焼き係に徹しようとするが、やはり少しは食ってしまう。いや、食うのは我慢する必要はないのだが、食い止める努力は必要なのだ。しかし、焼き係というのは、当然かなりの誘惑を受けることが判明。ジューシーにベストタイミングのロースやブタバラの姿は、めまいがするほど魅惑的なのであった。特に食いたくない葱間をひっくり返すなどごまかしにかかるが、視界からこれらが消え去ることはない。さっさとつまんで皿に移して遠くに追いやる必要があるようだ。
 しばらく焼いていてふと思ったのだが、いっそのこと焦がしてしまうのは効果的であるということに気づいた。僕は焼きすぎた肉が不快である。一気に食欲が減退する。肉汁したたる肉だからこそ美味いのであって、干からびてカリカリになるとそれはほとんど炭のいとこである。せっかく焼いているのにもったいない話なのではあるが、ある程度焼きすぎた肉をそのまま見せしめにおいておくと、ジューシーな肉と対比して威力を発揮するのであった。つまり抑止力となる。他人に食わせるのは肉汁で、僕が食うのは炭だと思うと、心の平安は守られた。夜ならアルコールが抑止力の枠をはずしてしまうが、昼には抑止力を破壊する物質が大量に供給されることもない。
 何とか難を乗り切ったはずであるが、片付ける時にちょうど手羽先のこんがりと色つきがいい姿に騙されて手にとってしまった。手に取ると軟骨まで食べてしまう習性がむくむくと芽生え、まあ、美味であった。
 しかしながら罪悪感や反省からは何も生み出されることはない。これは僕の言葉ではなく、50キロ減量に成功した岡田斗司夫の言葉である。まだまだ僕には達観される道に達していない。いないが、共感している。そういう自分を真正面から目をそらさないということが、一番大切な心掛けなのであろう。

 そういうわけで目をそらしたくなかったのだが、夜には長崎で記念式典に参加して懇親会でなんとなく魂の伝承のようなことをしてしまって、二次会にも行ってN島理事長のありがたくも大変に美味しすぎるピザの差し入れが残っていてもったいないと思ってつまみすぎて、そんでもって解散と思っていたのにフィニッシュラーメンにまでつき合わされて、替玉煮卵など注文してないのにサービスを受け、あと一歩で汁まで完食という事態まで滑り落ちる自分の姿を見ることは辛かった。ああ、しかしこれは記録します、夜だけで1500キロカロリー。来週は毎日200キロカロリーぐらいは減らしたいところだけれど、無理をするほうが危険なので100ぐらいづつ夜の分を返済することにしよう。そうすると二週間のスパンが遅れる計算になるので、僕のダイエット期間は11月までづれこむ予定となりました。
 言い遅れたが、僕がこの団体で培ってきた脂肪分を卒業までに返済する計画を立てているのである。何年かにわたって試行錯誤はあったが、既に13キロは返済した。残り7キロあまり。僕の楽しみはこの返済の毎日に変わった。卒業までみなさんどうぞよろしく。
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テロには無視を

2007-09-07 | 雑記
 朝焼けで空がピンク色に染まっている。今日もいい天気になるのだろうか、と思いながら歩いていると、ぽつぽつ雨が落ちてきた。西の空には大きな虹がかかっている。半径15キロぐらいはあるのではないか。そのうち本降りになってきて、外に出て庭先の手入れみたいなことをしていたおばさんが、「あれー、雨なんてきいてなかったなあ」と大声でわめいていた。僕もすっかり濡れ鼠。つれあいが心配して電話をくれたけれど、家に帰ればどうせシャワーを浴びることになるだろう。かまわずそのまま歩いてみることにした。気温はそれなりに下がってなかなか気持ちがいい。西の空の虹は相変わらず大きな半円を描いたままだ。なんとなく面白い日だなあと思いながら歩いたのだった。

 長年使っていたバッグの取っ手が破けて外れてしまった。なんという気もなしに使い続けていたのだけれど、使えなくなってしまうと何だかそこはかとなく寂しい気分だ。外れたひも状の部分を掴んでかろうじて手に提げて歩く。少しくらいは握力のたしになるかもしれない。
 つれあいが気遣って新しいバッグを買ってくれた。シンプルで一回り小ぶりになった。全部中身を入れ替えて見ると、ライターが3個も見つかった。印鑑も三本。歯ブラシ一本。ボールペンも三本。胃薬4袋。なんと二万円も見つかった。小銭も220円。いつも持ち歩いていたのに、自分自身でも知らないことだった。

 夜は夏越の合同反省会。
 僕が日本人について不思議に思うことは、均質化の要望が強すぎることだ。交通渉外の反省意見と要望で、「出店業者がつれてきた子供には、保護者がついているという証明として目印の札をつけるなど処置をして欲しい」とあった。夜間の徘徊生徒の補導に支障が出るとのことである。
 まあ、いいたくないが、そういう発想は本当にバカな人間のものだと思う。青少年健全育成か知らないが、祭りの時間を規制するべきだとか、前からうるさいことばかり言う団体があることは知っている。世の中に自分達がバカだといいふらして楽しいのだろうかと思う。ある教育関係者は、これだけ毎年要望しているにもかかわらず、祭りの終了時間が10時なのはけしからんことだ、と会議で発言していた。僕はそういう要望に付き合っているだけでも十分偉いことだと思うのだが、その上に要望どおり言うことを聞くことの方がけしからんことだと思う。人々の平和としあわせのために、テロに屈服するのは如何なものだろうか。彼らは本当のテロリストなのだ。

 はねて一角寿司で慰労会(だっけ?)。次年度ブロ長のK村君の仕切りで楽しく過ごすことが出来ました。本当に偉いのはそういう態度だと僕は心から思う。日本を動かす階段を登って欲しいものであります。みなさん、本当にありがとうございました。
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