カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

音楽が好きならチャンスはある   ワン・チャンス

2018-04-30 | 映画

ワン・チャンス/デビット・フランケル監督

 ポール・ポッツを扱った映画であることは知っていた。もちろん知っている人がほとんどだから制作された映画だろうし、そういうことで意味のある物語なんだろうとも思われる。ポール・ポッツとスーザン・ボイルは、日本でいうとネットで爆発的に啓発されて躍り出た2大スターである。そしてきわめて英国的なスター誕生物語が、全世界に飛び火して成功したもっとも顕著な例だろう。
 子供のころから歌が好きで聖歌隊などでも歌っていた少年だったが、小太りでおとなしい性格などが災いして、工業地帯のマッチョな少年たちが住む町では、もっぱらいじめられっこだった。青年になってもうだつは上がらなかったが、音楽が好きなことだけは相変わらずであった。しかし、どういうわけかネットで知り合った小太りの女性とも付き合えるようになる(この子がいい子なんである)。イタリアで音楽修業を積める機会に恵まれイタリアに渡るが、緊張の為か歌っているのをババロッティに酷評されて(このババロッティが単に見る目の無い馬鹿にしか見えないが)失意のどん底に落ち、帰国後仕事も上手くいかず彼女とも振られそうになったりする。しかし何とか結婚にこぎつけオペラの舞台にも立てるチャンスが巡ってくるが、本番の前日に盲腸の手術、本番は痛みをおして出演するも舞台で倒れ、甲状腺の腫瘍もみつかる。術後半年して声がだいぶ出るようになって喜ぶが、交通事故にみまわれ1年半にわたり失業し、税金も滞納するなど借金まみれになってしまう。そういう中一発逆転を賭けて、あの番組の出演を決意することになるという訳だ。
 まるで漫画のような上がり下がりの人生である。歌が一定以上の水準であることは、小さい社会の中ではよく知られていたことのようだ。しかし小太りで気が小さく、鉄鋼の町にあってマッチョが苦手、友人たちも人はいいのかもしれないが外れもののいい加減な人が多い。うだつがあがらない下町風情の面々に囲まれた底辺の環境の、更に霞んだ存在だったという事だったのだろう。
 それにしても歌の力の強さとは何だろう。見た目とのギャップで、人々はここまで感動できるという事で、やっぱりそういうのも英国的かもしれない。いや英国人はこれでも認めないというのがあるらしいから、アメリカナイズされた世界観が広がっているという映画かもしれない。もっとも僕のように子供のころからいわゆる洋楽ばかり聞いていた人間からすると、東洋人より変な人たちがちゃんとロックを歌ったりするのが当然なんで、ショックは少ないとはいえる。僕はいまだに西洋人が東洋人よりカッコよかったり奇麗だったりするという感覚はよく分からないし、日本人にもそんな人がいるのはなんだか田舎臭いなという感覚しかない。意外性だから凄いというのはその時の演出であって、やっぱりポッツのようにずっと音楽好きで良かったな、という映画だった。
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コリアンタウンなど

2018-04-29 | 散歩
 新宿区役所。ゴールデン街もすぐそばです。



 たぶんこの先の方だよな。



 稲荷鬼王神社。皮膚病とかにご利益があるとか。



 だんだん雰囲気が出てきましたね。



 飲食店も、独特のにおいがするんですよね。



 焼肉屋が圧倒的に多いんだけど、いろんな店が軒を連ねております。



 やって来たのは新大久保のコリアンタウン。コリアンだけでなく、ベトナム系の店も結構ありましたね~。



 この日は土曜日。既に結構な人だかりになってました。



 キムチはもちろんたくさん売ってあったけど、免税店もあって、やっぱり外国の人が多いのかな。日本人は若い人が多いという感じだろうか。なんか買おうかとも思ったけど、迫力があってかえって立ち寄れない感じもしました。



 新大久保駅に着いてしまった。



 やっぱり新宿に戻ってみよう。一駅2分だし。



 やっぱ人多いわ。



 広い地下道も、どんどん人が湧いてきてあふれていくような感じになってくる。



 ともかく地上にのぼってみよう。



 飲み屋さんの通りはさすがに人少ない感じになってたけど、昼間から飲んでる人も居たようですね~。まあ、土曜だしな。



 昼には早いけど、蕎麦屋なんかはもう人がいっぱいでした。



 実は荷物は出来るだけ持ってくるなと言われていて、赤坂のホテルに預けてきたのでした。ということは戻らなければならないので、丸ノ内線で戻ってから飯にすることにしたのでした。
 でもまだ昼には早くて、店が開いてなかったんですよね。
 暑いからラーメンも食いたくないし。蕎麦屋はあったけど立ち食いだったしな。
 ということで、なぜかサイゼリア。まあ、いいか座れるなら。



 それにしてもここ、安すぎるね。申し訳ない気がしてドリンクバーまで頼んでしまった。まあ、休憩するにもいいかな、という感じですか。なんか勉強のようなことしている人もいるし、怪しいカップルなんかも談笑しておられました。





 昼になったら、もうこれは猛暑という感じで暑いです。



 できるだけビルの日蔭側を歩かなければ。



 そうしてまた、三分坂を登ります。サンブではなくサンプンと読みます。急な坂道なので車代を銀三分割り増した、といういわれがあるそうです。



 ホテルで荷物とって、また赤坂駅からどこかに行こうかとも考えたんだけど…。



 とにかく暑くてもうあんまり歩きたくは無くなってきました。ネクタイも外してしまった。



 そこで時間つぶしの作戦に出ることに致しました。



 向かったのはこのホテル。
 実はサウナがあって、一時間1200円。
 男たちと汗だくになって、その後長椅子(別部屋にソファがあるのです)で横になってました。すごいいびきの人も居ました。みんな疲れてるんだろうね~。



 後は帰るだけ。新橋で乗り換えて。





 羽田に着きました。

 


 花見組の人達もたくさんいました。かなり飲んでる風の人も居ましたね。あれからずっと飲んでたんだろうか?
 そういえば寝不足だったはずだけど、サウナのおかげなのか、かなり元気になってる気分でした。
 今回もだいぶ万歩計の歩数は伸びました。二日間で4万歩越え。素晴らしいです。
 おかげで疲れはしたけど、満足です。それにやっぱり散歩するには東京はいいところですね。いたるところに何か人の痕跡が残ってるので、スマホで検索してふむふむと勉強になります。そのせいで、電池は毎回ギリギリになってしまいますが(不安になる)。
 このような花見があるとは今まで知らなかったんだけど、毎年来てる人は来てるらしいです。たいへんではあるけど、みなさんそれなりに楽しみにしてらっしゃるのかもしれませんね。いろんな人とお話も出来たんで、僕としても収穫はありました。政治の世界がどうだというのは特に触れませんが、こういうものが支えているのは確かなことかもしれません。面白い人には、ものすごく面白いことなのかもしれませんね。
 それではみなさんごきげんよう。

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力いっぱい過激な世界   男の条件

2018-04-28 | 読書

男の条件/原作梶原一騎・画川崎のぼる(集英社)

 巨人の星のコンビが、同時期に描いた作品だそうだ。復刻版が出てまた読めるようになった。何か再評価のきっかけがあったのだろう。
 どうも真剣に描かれたマンガ道であるようだが、最初はギャグ漫画ではないかと思った。主人公たちが生真面目で軌道を逸しており、バカにしか見えないからだ。しかしながら読み進むうちに、何か本当に真剣になりすぎてこじらせて考えすぎている事が分かってくる。そうしてどういう訳か、そのような生真面目さのようなものに少なからず心が打たれていくような心持がしてくる。漫画的な過剰な生真面目表現が、この世界では成り立っていることに改めて気づかされ、描いている人たちの情熱のようなものが伝わってくるのだろう。考えてみると同じコンビが描きだした「巨人の星」という名作漫画であっても、客観的な視線でみると、多くの人が繰り返し茶化していたギャク性が満載なのであるが、それは他でもなく過剰な情熱が生み出した、本当にストレートな思いが強すぎるからなのであろう。多かれ少なかれ真剣になって物事に取り組まないことには、本当に本物のものは生み出されることは難しい。漫画を一般の人々に伝わるように描くという事は、描いている人もそのことを真剣になりすぎるくらいに考えて実行していくことなのだろう。そういう意味では、これこそが真実の物語という事なんだろう。
 そうはいっても既にいろいろと斜に構えて世間と長らく付き合ってきた身としては、やはりこれは無いなあ、と素直には思う。面白いけれど、それはやはり虚構だからという感じだろうか。彼らのような人々が、漫画を離れて何かものをいうようなことになると、煙たいばかりでなく、非常に害悪がありそうにも思う。受け取る側としても、一定のデフォルメをもって解釈し直す必要があるのではないか。
 しかしながら僕自身は、この漫画のように本当の男として生きるのは、まっぴらごめんだな、と素直に思う。もちろんそんなこともできやしないし。そうなんだけれど、もう少しくらいは、ある程度は実直な考えも持った方がいいのかも、とは考える。今さら遅いという事を別にするならば。
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葉桜見てきた

2018-04-27 | 散歩
 集合場所にやって来たのは、結局ギリギリになってしまった。



 ちょっと移動して、首相官邸の中に入りました。エレベータで行ったり来たりして、この部屋にやってきました。



 当り前だけど、テレビと一緒でした。みんなで順番に記者会見のまねごとして遊びました。大人も子供みたいですね。その後本当に記者会見があるとのことで、時間的にタイミング良かったです。



 吹き抜けの中庭には、竹が植えてあります。ドローンが落ちたこともあるそうです(だから上空はネットが張ってありました)。



 とにかく立派な〈しかし妙なつくり)の建物でありました。豪華な部屋もあったけど、撮影禁止でした。閣僚が話をする部屋もいろいろあって、政治家がこの場所を目指して選挙を戦い、そうしてこの場所で誇りを感じるであろうことが理解できる気がします。たとえ雑談であっても、この国の中枢であるという雰囲気があるようです。まあ、いい経験でありました。



 いったん夜の宴会まで、解散です。僕もホテルのチェックインに行きました。



 宿泊予定のホテルは、ものすごい坂の上にあるのでした。



 ほえー、しんどかばい。



 部屋からの眺めは、ま、こんなもんです。



 その後宴会があって、いろいろお話をして、まあ、仕事もやることも増えたなあ、という感じですか。サクサクと頑張ろう。僕がここに呼ばれた意味もあるんでしょうしね。



 その後、銀座で K 村君と合流して、大村出身のバーで飲んで、新橋で呑みなおしたり致しました。こういうところで改めて飲むってのも楽しいですね~。



 まだまだ電車動いてるし、便利でいいなあ。



 電車の中は、みーんな酔っ払い。大声で談笑している人々の喧騒で、昼間の電車とはまったく違った空間になってました。まさに日本ですなあ。



 赤坂もまだ飲んでますね。吐いてる人もいて、危険がいっぱいです。



 でもホテルは坂の上、だいぶ登らねばなりません。



 ピンボケは酔っぱらってるからでしょうね。



 コンビニもないし、静かなところだよ。



 結局寝たのは4時間ちょっと。読書したりネットで遊んだり、そうして朝から散歩して朝飯の時間まで時間つぶししました。



 ということで朝飯は一番乗り。僕の後はものすごい行列になってて、けっこう人が泊まってたんだな、と思いました。



 目的の場所まで30分もあれば余裕だろうと思ってました。



 でも、なめてましたね。

 新宿御苑前は駅の構内から凄い人だかり。ぜんぜん動かんです。人が多いのが一番ですが、途中で停まったりするような人々が動脈瘤のように人々の移動を妨げるのです。約束の時間に3分ほど遅刻してしまった。ごめんなさい。



 会場はものすごい人だかり。芸能人なんかもたくさん来てるようでした。オリンピック選手なんかも居たようですけど、僕はよく知らなかったよ。フィギュアスケートの宮原何とかいう人は分かったな。小さい人でした。あと梅沢富美男は分かった。でも人だかりが多すぎて、よく見えないんですけどね。





 SPの人達も背広びしっと決めてあちこち走り回ってて、仕事とはいえ大変だよなあ、と思いました。何しろほんとに暑かったのです。安倍さんも頑張ってくださいね~。



 ということでしたが、僕はいつものようにお腹の調子が悪くなって離脱。やっと落ち着いて、さてここは新宿ですので、やっぱり歩くしかないです。



 最初は映画でも観ようかな、と思いながら歩いてたんですが、いまひとつピンとこない感じだったんですよね。



 こんな時は何も決められない自分が顔を出してきます。



 さてさて、今行くならどこだろう?





 電車に乗って別の場所に行くべきか、これもピンと来なくなってきたな。



 昼飯にはまだだいぶあるしなあ。



 あ、そういえば行ったことないところあるよ。やっと心が決まってきました。

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こんな人と一緒に仕事をしたい   横井軍平ゲーム館

2018-04-26 | 読書

横井軍平ゲーム館/牧野武文構成(ちくま文庫)

 任天堂でゲームの開発を手掛けていた横井軍平氏のインタビューを通して、その真髄を探ったレポートである。
 「枯れた技術の平行思考」という事が謳われている。使い古された技術であっても、組み合わせたり使い道の工夫次第では、新しいものを生み出すことが出来る。アイディアというのは、何かとてつもなく斬新であったり、独立して真新しいことを考え出すことでは必ずしも違うという事らしい。古い技術というのは汎用性があって、経済的なコストも安い。大量生産にも向くわけで(もともと大量生産されているものを使うという事もある)、さらに技術的にも信用できる。しかしやはりその工夫の仕方は、結局はひらめきというより試行錯誤という感じで、あんがいちょっとした違いに過ぎないことでも、なかなかたどり着けないことなのかもしれない。そういうものに面白みを持って取り組む姿勢そのものが、描かれているという感じだった。こういう会社でこういう上司の元に働くことが出来たら、仕事自体がものすごく楽しいのではないか。楽しい現場をつくることも、横井さんは大変に苦心しておられたという事も分かる。要するに当時の任天堂という組織は、横井さんというたぐいまれな才能を得て、大変に楽しい現場で楽しいヒット作を制作していたという記録である。もちろん読んでいても楽しい。でも、これはやはり容易なことでは無かったのだろうな、とも思う訳だ。
 実際にヒット作を世に送ることが出来て、会社はどんどん大きくなっていく。そうすると制作して作られた商品の社会的な責任もどんどん大きくなっていく。新製品の売れ行き次第で、会社の命運がかかってくるし、さらには日本や世界経済にまで影響を与えるような事にもつながっていく。現場としては大変な重圧に違いない。本人もそれは感じておられたようなのだけれど、だからこそあえて、遊びを忘れずに、現場はいつもお祭りのような状態であったらしい。書いてあることはさりげないのだが、これは大変に凄いことではなかろうか。
 そんな横井さんは、任天堂に拾ってもらったという意識を持っていたようだ。普通に一流企業に就職できた訳では無く、当時は社名どおり花札などを売っている小さな玩具メーカーだった。しかし横井さんはそんな会社である程度自由にやらせてもらったおかげで、人々が群がって欲しがるようなおもちゃやゲームを、次々に開発していくことになる。自分が面白いと思うものを、大衆にも面白いと思ってもらうように工夫し、他のメーカーが直ぐにまねをしてしまうことになっても、また新たに次の商品を開発してしまう。そういうダイナミックなことを連続して行い続けて、世界企業が育っていく。これが面白くない訳がないではないか。
 基本は簡単なことだけれど、これが誰でもできることでは無いことを理解すべきだろう。ダイエットのやり方は誰でも知っているが、成功する人は少ない。実行できる人があまりいないからである。結局横井さんはその実行の人である。だから凄いのである。なんだか元気になりたい人は、手に取るべき本だろう。
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芸術は爆発なんです

2018-04-25 | 散歩
 さてね。実はここに来た本当の理由であるのは、ここを見てみたかったという僕なりの思いがあったからなんですよ。
 この立派な邸宅こそが、そうなのです。



 中に入るといきなりこんな感じ。



 こんな模型もあったりして、とにかく変なんです。









 でもこれ見たら、一発であの人だ! ってわかるでしょ。



 岡本太郎記念館です。自宅兼アトリエ跡を記念館にしたようです。



 子供の頃には、何だこの変な人? ってくらいにしか思ってなかったけど、なんだか凄いというのは分かるんですよね。



 そのものすごく変な感じが、ものすごく変だけど凄い訳です。



 本人像も変ですよ、やっぱり。でも実物はもっと変だったに違いない。



 アトリエにはたくさんの絵があるし、蔵書もたくさん。ゴルフバックなんかもありました。酒瓶なんかもあって、ここでいろいろあったらしいというのは分かります。何か変だけどやっぱり迫力ありますね~。



 こんなふうにして作業しておられたのだろうか…。



 太陽の塔さんもベランダから覗いておられます。



 けっこう来館者も居て、今もその人気は衰えていない感じはしました。やっぱり偉大だよな、岡本太郎。



 僕は大人になってから彼の著書を読んで、ひどく共感したクチなんですよ。あんがいまともなことが書いてあって、そうして自由なんですよね。で、生まれたものがひどく大変に凄いわけです。これを日本の芸術として世界に示したという時代も、今となっては凄いことだと改めて思います。それだけ岡本がぶっ飛んでいたということでもあるんですけどね。
 


 さて、集合時間まで、まだ間があるんですよね。





 強い日差しに耐えながら、散歩は楽しいのでつい歩いてしまいます。



 東京来ると、改めて金持ちらしい人がたくさんいるな、と感じます。庶民もたくさんいるけど、金持ちもたくさんなんです。凄い車もたくさん見るし、金ぴかジュエリーのご婦人もたくさん見ます。よく分からんがびしっと決めてる人もいるし(結婚式って訳でもなさそう)、マンガみたいにバラのような花を胸にさしているような人もいるんですよ。変だけど、やっぱりそれがその人の自然さなのかもしれない。ホントに金持ちかは分からない問題かもしれないけど。



 金を持ってるから東京に来たがるのか、東京にいるから金持ちになったのか。そんなことを考えてしまいますね。この世に生まれてきて、この時代に一緒に生きていて、そうしてそんな人生が別に存在していることに、ちょっとだけ不思議な感慨を抱いてしまうというか。



 だから何だということもないし、自分が金持ちになるような事も無いだろうというのは分かるんですけどね。金が欲しくないと言えばうそになるけど、だからと言ってそういう生き方が自分にできるのかというのは、よく分からん問題です。



 で、やって来たのは青山墓地。



 有名な人の墓もたくさんあるらしいけど、あまりに墓が多くて、とても探す気にもなれませんね。忠犬ハチ公の墓なんかもあるらしいっすよ。





 ビルが見える中、広大な墓地群がある。それが東京らしいというか、人間のはかなさというか。生きている人も死んだ人も、ものすごくたくさんの人がそれらを支えているわけです。







 さてさて、最寄り駅まで来たんですけど、まてよ駅名からして観光できるんではないか?





 道路の構造のせいか、どういう方向で歩いたらいいか分かりにくいです。



 あれが乃木坂陸橋だな。



 ということで乃木神社でんな。





 とりあえず涼しくて助かりました。





 もちろん参拝もさせてもらいました。

 僕は基本的に何にも願ったりしません。後でそういえばなんか考えたらよかったかも、とは思うこともあるけど、なんも考えてないのでそうなってしまうのです。じゃあなんで参拝するのかってのは、僕自身のミステリでもありますね。



 さざれ石もありました。



 神社のお隣は、旧乃木邸です。



 思ったより見ごたえがあります。中には入れないけど、外から案内がちゃんとあるんですね。






 厩も立派でありました。



 で、当日の本番にやっと移動した次第であります。
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普通にスベっている   コップアウト

2018-04-24 | 映画

コップアウト/ケビン・スミス監督

 白人と黒人の警察官コンビによるコメディ。見ようと思ったきっかけはズバリ、ケビン・スミス監督作品だからだったろうけど(実際は忘れた)、率直に言って結構な失敗作だと思う。ぜんぜん面白くない訳では無いが、そんなに面白くない。黒人コメディアンは、おそらくあちらでは人気のある人だろうと思われるが、たぶん当時のギャグのセンスの為か、ほとんど面白くない。へまの仕方がどうしようもなくて、同情心が湧かない。単にドジでもいいかもしれないが、白人刑事が娘のために見栄だけでいいカッコしようとして奮闘する邪魔をしているだけで、その障壁としてちょっと以上に邪魔な感じかもしれない。
 でもまあそのオタク的な設定が笑えるのだろうというのは感じられはする。滑っているけど、それなりにそれでいいという事なんだろう。アメリカ人的にその程度がいいというのも分からないなりに分かるのである。しかしこの監督だったら、もっと困って驚くようなことが起こってもいいと思う訳だ。これまでの作品は、だから評価できたのだし、面白かったのだ。ここまで平凡に面白いのであれば、他の人が作ってもどうにかなった問題だろう。
 わざわざ適当に古いもので観そびれてしまったからといって、放置されていたものを掘り出す必要が無い場合がある。今回はそんな作品にあたってしまった。残念である。
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若者からご年配まで、の原宿。

2018-04-23 | 散歩
 この日はですね。春なのに真夏日。九州は朝夕寒いけど、関東はもっとすごいという報道でした。まあ、朝から陽ざしが強かったのは確かであります。



 前の日も、その前の日も飲み会で、多少睡眠不足。怒られるけど、そういうものなのです。調整や遠慮が出来るなら、最初から苦労しないのです。できないから、病気して調整するより無いというのが人間社会ではないかと。でもそういう考え方じゃ、やっぱりだめかもしれませんね。だから、本人が一番不安な旅立ちです。



 ともあれ、時間はそれなりにあります。いつもの出張(別もんだけど)より時間には余裕があります。



 ぜんぜん違う機会にもかかわらず、まあ集合場所は近いので、行動パターンは似たようなものです。



 でも時間あるから、ま、ちょっと寄ってみようかなと思ったところが、中学生(たぶんそれくらいの年齢でしょう)ばかりだった。



 ほらほら、ここです。



 毎日がお祭り。原宿です。



 とにかく、中学生(らしい集団)と外国人。そして僕らのようなおじさんが間違えてきてる街って感じです。



 しばらく喧噪で、やっと抜けました。なーんも買うもんないし。



 なんかやっぱりちょっと違う雰囲気はありますね。デザイン的なものだろうか。



 歩いてる若者も、なんとなくかっこよかったりします。自意識髙そうですね。



 それにしても凄い日差し。クラクラするよ。



 やっぱりみんな、この街で無いと、買い物満足できないのかもしれませんね。



 表参道の方に出ますと、新緑がまぶしいです。



 急に歩いてる人たちが大人になります。



 暑いけど、街路樹の影がたくさんあって歩きやすいです。



 神社もありました。



 ちょっと歩くと、向かいにもなんかあるな。


 
 ガラスの建物も、デザインはもちろん、ホントに金かかってる感じなんですよ。



 突き当たって来たのは根津美術館。



 玄関から入口に入るまでが、すでに美術って感じですよ。



 展示品は撮影禁止ですので省略しますが、尾崎光琳と乾山(陶器)とのきょうだい作品が展示されてました。菖蒲の屏風絵が印象的でありました。とまあ、写真としては残念でしたが、中から外を見ると、こんな感じです。



 
 そとの散策もなかなかいいんですよ。



 急にグリーンがたくさんなんです。





 川船の前ではカメが甲羅干ししてました。



 なんだろうね、この森は。



 ものすごく金のかかった遊びというのは分かるけど、最初から田舎に行けばいいのにね。



 一気にご年配の人々が散策しておられました。







 けっこう広いですね~。



 ということで、中身(今回紹介しようが無かったけど)よりもお庭散策で堪能できました。

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ぽかーんとしてしまう   かあちゃん

2018-04-22 | 映画

かあちゃん/市川菎監督

 貧乏長屋に忍び込んだ泥棒だったが、逆にうどんを振舞われ、その家の親戚として一緒に住むようになる。そういう家族を仕切っているのが、風変りだが芯の強いかあちゃんで、世知辛い世の中にあって、非常に人情に厚いのである。泥棒は心を打たれ、逆に家から逃げ出そうとするのだったが…。
 原作は山本周五郎の小説らしい。一応映画だが、舞台劇のような、それも大衆劇のような浪花節の世界である。長屋の狭い世界にあって、噂話や妬みがある中、皆貧乏で苦しみながら暮らしている様子である。そういう中にありながら、小さい家族ながら結束して助け合って、貯金をして人のために施しをしたりする訳である。あまりにもいい話過ぎて、現代人の感覚からすると、何かぽかーんとしてしまいそうである。いったいこれは何なんだろう。そういう話はフィクションではあり得るのだろうけど、死ぬか生きるかのその日暮らしをしているような江戸時代の苦しい一時期に、こんなことをしてしまえばひとたまりもなく皆死に絶えてしまったであろう。
 そんなことをどうしても考えてしまう能天気な作品なのだが、繰り返すが、まあ、いい話なのである。現代人の方が江戸時代の人よりずっと慈悲深い人が多いと思うけれど、あの時代にも奇特な人たちがいたのかもしれない。
 市川監督が80も過ぎてからメガホンをとったという事らしく、そういう幻想をもって死にたかったのかもしれないな、などと考えてしまった。まったくいい話は年を取ってから見るべきなのかもしれない。他の人には何の教訓にもならないし、若い人には多少の害悪のある話かもしれないが、そういうことを了解していれば観ても構わないのではないだろうか。
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丁寧でいい人かもしれないが仕事には向かない

2018-04-21 | culture

 最近はメールのやり取りが仕事の一部になっている。当然と言えばそうで、朝からメールチェックが仕事の始まりという人も多いことだろう。メールなんで休みの日も関係なく、個人で仕事のやり取りをする人も多いのではなかろうか。
 そういう迷惑なメールなんであるが、少し気になるのは、このメールの文章の長い人がいることかもしれない。時候の挨拶があるのはいいにしても(定型は型があるのかもしれないし)、何か文章として説明が長い。不必要に丁寧過ぎる修飾が多いようにも思う。結果的に文章の内容のわりに、何かスペースを埋める文字数が多いように感じられる。
 これは多少プレッシャーを感じないではない。返答する内容はイエスかノーかの二択なのに、その理由まで丁寧に書かざるを得ないような圧力を感じる。そうなると推敲するに億劫だし、単純に返答するのが何か軽々しく感じられるような、そんな心象があらわれるようにも思われる。返答は簡単なはずなのに、すぐに返事が出来ない。なにかベースそのものがざわざわと乱されるのである。
 と、いいながら、僕は基本的に短く返答するようには気を付けている。早く返答するにこしたことは無いと感じているからだ。複雑なものが含まれる場合は、メールの案件であってもしつこく電話で相手に連絡をする。ニュアンス的に誤解をまねくより、その方が安全と考えるためかもしれない。メールの文章は長いから理解できるというものではなく、かえって不安をあおるようなものを含んでいるような気配がある。そういうものは直接聞いて確認するより無いように思われる。
 ということで、僕のメールの返答はそっけない場合の方が多いと思う。確認は「了解」(近年はこれを「承知」と書くべきなどの馬鹿なビジネスマナーがはびこって閉口するが)で済ませるし、できるだけ意見を書かないように心掛ける。相手が余分に考えを巡らせないように、逆に配慮しての結果である。まあ、正直言って面倒なだけだけど。
 でもですね。メールの基本は簡素のすべきと思いますよ。たとえ相手が偉い相手でも、メールであるならばそうすべきだ。もっともそもそも依頼など、最初にメールですべきことであるか考える必要はあるだろうけど、メールである以上は、本来的にそうすべきなのである。メールで一日の仕事に支障があるのであれば、メールなんてのは止めるべきなのである。
 ということで基本はメールのやり取りで済む案件はそれでいいのだから、簡単にやりましょう。長いやつは警戒心が生まれるだけで、むしろその丁寧さで、仕事の気力を阻害する。そういう人と仕事が本当にしたいと思うか、よく考えた方がいいのではないだろうか。
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賢いから知り得たことでは無い   マネーショート 華麗なる大逆転

2018-04-20 | 映画

マネーショート 華麗なる大逆転/アダム・マッケイ監督

 サブプライムローンの破綻により米国銀行の倒産劇は、現代の我々からすると誰でも知っていることで、いわゆるバブル崩壊の顛末を描いた作品という事では、ドキュメンタリー的な面白さがあるのかもしれない。が、ドキュメンタリーでは無いので、映画的な視点としては、いろいろと考えさせられる点があった。
 第一点目は、このローンの問題点にいち早く気付いた面々が、それなりに変な人たちばかりという事かもしれない。そうでなければのるかそるかの大勝負に賭けられるわけがないし、ある種の変人的な正義感があり、なおかつ自分を信じられるほどの偏屈さが必要だったという事かもしれない。問題点に気づいてもなお、なかなかまわりの人間を説得することはできない。そのことで、それぞれそれなりに窮地に立たされることにもなる。だからこそ最後に大逆転が待っている訳だが、そういう結末は僕らは既に知っている。本当はそういう逆転があると信じていてもなかなかその時はやってこない訳で、それが何と言っても逆張りの難しさだという事かもしれない。
 よく日本のバブルがはじけるときに、誰もそのことに気付かなかったなどと現代の目で語る人がいるけれど、僕は当時高校生だったが、普通にその時はバブルと言われていて、いつかははじけると普通に皆が語っていたことを知っている。いつかははじけるには違いないが、今はまだそうでは無い。だから乗らなければ損な訳で、はじけたら皆が途中下車したらいいだけのことだ、くらいの感じの方が適切だったようにも思える。はじければ大変だけど、どれだけ大変かなんて特に考えないのがバブルな訳だ。米国の住宅ローンで踊っていた人も、皆が馬鹿だからバカ騒ぎしていたという感じが出ているではないか。気付いていないなんてことは無くて、その時期かどうか、又はそれでも乗り切れる喧騒と堅実さが肌身に感じて分かる人々は、いつまでも乗っているより仕方がないのであろう。
 そういう意味ではバブルだろうとそうで無かろうと、そんなに違いがある訳では無い。今現在であっても軽いバブル期はあるし、経済の問題で考えると、特に日本なんかはいつ破綻してもおかしくない状況である。誰もが賢くふるまえるわけはないし、そんなことを理解していたとしてもその時の人間が逆張りを仕掛けるほどその時を知り得る訳では無い。結果を知っている人がいても、それがいつかは分からないから、この世の経済は成り立っていると言える。そういう意味では、ちゃんと破綻出来て良い事例を映画化したものでは無いだろうか。
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またしても靖国参拝

2018-04-19 | 散歩

 四ツ谷駅に来たけれど。



 しばし逡巡したのは昼飯の問題。食べてから移動しよう。

 でもなんとなく何も決まらず歩いてて、お、カレーうどんか。



 のら豚(とん)と読むそうです。



 あっつ熱で食うのに苦労しました。お客さんも気合入って食ってる感じの店でした。



 ということで腹の問題は解決したけど、四ツ谷から乗り継いでも50分くらいで羽田には着いてしまう。まだ、ちょっと早すぎるかな。麹町、半蔵門あたりまで行こうかな。





 このあたりはオフィス街はもちろんだが、なんだか学校も多いような気がする。まあ東京はどこにでも学校はたくさんだけどね。人が住んでいると、学校もたくさん必要なんだろう。











 結局靖国神社まで来てしまった。市ヶ谷に行くか九段下か。



 境内に入ってしまうと、九段下だよな、やっぱり。





 軍服着てサーベルさしているような爺さんもいて、なんか行事なんだろうか?



 まあここはそういうところだけどね。





 武道館では入学式やってたみたい。



 日本橋で乗り換え。そのまま空港まで行けるみたいだな。



 羽田に着きました。多少歩き疲れました。





 乗り場変更、まあ長崎行はだいたい辺鄙な場所に行かされるんだよね。





 今回行きも帰りもある方とばったり会いました。まあ、行き先と帰り先が同じなんだし、そういうこともあるわけです。でも、普段は会議なんかで会うだけなんで、いろいろお話しできて良かったです。意外な接点もあったり致しまして、世間は狭いですね~、って話しました。お疲れ様でした。



 そういえば飛行機の中で長谷川健太さんが乗ってました。今はFC東京の監督さんなんですね。空港に着いたら写真撮る人がけっこういて、移動も大変だなって思いました。どっちも頑張ってくださいね~。
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展開は興味深かったけれど…   ソロモンの偽証

2018-04-18 | 映画

ソロモンの偽証/成島出監督

 雪の朝に通学すると、同級生が雪に埋まって死んでいた。どうもいじめにあっていたらしく、いじめっ子集団から殺されたのではないかという疑惑が持ち上がる。しかしながら警察の捜査では、あくまで自殺という事で片づけられてしまう。いじめの問題は複雑に絡んでおり、また自殺した少年と生前から絡みのあった生徒たちを中心にして、事の真相を自ら明らかにするために、学校内で裁判を行うことになる。
 原作は宮部みゆきの小説。映画は前編・後編とあり、合わせて4時間半あまり。それなりに原作を忠実に再現するためにこの長さになったものと考えられるが、はっきり言って映画としてはかなり失敗していると感じる。あらすじを追うだけでは映画としてはダメかもしれないが、もう少しまとめようがあるとも感じるからだ。単調という事では無く、表情のアップの多用さや、学校で行う裁判の再現のための学芸会的な雰囲気に時間がかかりすぎている。また、それぞれの苦悩を描くためのエピソードが多すぎるので、やや演劇めいた科白のくどさが残ったようにも思った。映画としては失敗しているが、話の興味はあったので観ることが出来たが、それは原作のストーリーの運びが良いからだろうと思う。登場人物の行動には疑問が多かったけれど、この話の特殊性がそうさせているのかもしれない。
 不良少年が法廷で暴れたり怒ったりするが、結局いじめの張本人で、これだけの事件の発端であることから、罰せられることに厳しさが必要であったとも感じる。ちょっとこの世界では、彼に甘いのではないか。また生徒たちが大人に対して礼儀正しすぎる。こんな気持ちの悪い生徒の多い学校は、不気味である。死んだ生徒の考え方も、やっぱりあまり説得力は無いように思える。苦悩の末に逆恨みするのは勝手だが、結局いじめっ子の思想と同じようなものなのではないか。
 ひねた人間とまっすぐすぎる人間とが、あまりにも違うコントラストを描いていて、そういうものが青春像として面白いとはいえるのかもしれない。妙に考えさせられるのは確かで、そういう文学的な面白さを再現させたかったのだろう。やっぱり妙な話ではあるのだが。
 映画館で両方を観るためにお金を払った人には気の毒に感じるが、僕のようにテレビ放送を録画して観る分には、いい映画かもしれない。映画よりもテレビドラマで再現した方が、向いた作品なのかもしれないが。若い俳優たちの演技合戦としては、それなりに観られる作品であった。
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赤坂離宮、行きました

2018-04-17 | 散歩

 妙な建物は信濃町煉瓦館。



 閑静な住宅街を抜けていきました。





 線路わきの坂道を下ります。



 出羽坂っていうんだって。



 ガードをくぐって。



 鮫ヶ橋せきとめ稲荷がちょこんとありました。



 公園になってて、親子で遊んでいるのが楽しそうだった。



 警備してた婦人警官に道聞いたら、この上だって教えてくれました。



 学習院初等科。



 西門から入ると団体客がぞろぞろいて渋滞中。目的は赤坂離宮迎賓館なのです。荷物のチェック受けて、入場券買って、先に中身見学。写真はNGでしたが、豪華絢爛すごかったですばい。



 都心の中に広大な敷地でごみ一つなくきれいに整備された庭。凄いところでがんす。

















 前庭の方にも廻ってきました。





 後はもう帰ります。事前申し込みが必要なためか(迎賓館の中などは)、東京にしては珍しく外国人が少ないな、と感じました。高齢率は高かったですけど。







 さて、外に出たら昼すぎです。どうすっぺかな~。



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俳優たちが生きている   ケンとカズ

2018-04-16 | 映画

ケンとカズ/小路紘史監督

 チンピラ風の男たちは、修理工場で働くかたわら地元ヤクザの下請けのような形で覚醒剤の密売をしている。一人は妻が身ごもっていて金が要る。一人は痴呆症の母親をかかえている。ヤクザから預かっている覚醒剤を横流しして、新たに資金獲得に乗り出す。敵対するグループとも裏で手を組んだりする。もともと地元の学校の先輩でもあるヤクザの元締めにバレると、大変に危険である。そのようなヤバい状況の中、二人は仲たがいしていくのだったが…。
 はっきりいって、傑作と断言していい。著名な俳優は出ていないし、かなりの低予算の映画であることは間違いないが、だからといって映画としてちんけな部類や映像では無い。しっかりしたカメラ回しだし、この無名の俳優たちの演技も大変に素晴らしい。特に主人公の一人である毎熊という俳優は、本当のチンピラにしか見えない。しかし演技も上手いのでチンピラではあり得ない。地元の小さい社会での底辺の人々の描写は、これが今のヤクザ社会なのか、というリアルさがビシビシと伝わってくる。様々な展開があってクライマックスの修羅場は、クラクラするような緊張感と映画の醍醐味を伝えている。物語としても非常によくできている。
 もちろん暴力場面の多い犯罪を描く映画だから、気持ちの良い気分になるような映画では無い。映画が好きで、なんだか普通の商業映画に飽き足らない人が求めて感動する映画なのだと思う。このような傑作はめったに作られるものでは無い。小路監督の初作品だというが、今後もこのような映画をつくることが出来るのかというのも未知数だ(ぜひ作って欲しいが)。これまでにも下地になっている数々の映画がある事と思うが、この作品の影響力で、また新たな境地が開かれていくような高揚感も覚える。それだけ観るものを捉える力のある作品である。しっかりかみしめて観てもらいたいものである。
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