カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

だんだんとしあわせの道を行く   日曜の夜ぐらいは……

2024-07-12 | ドラマ

日曜の夜ぐらいは……/新庄毅彦・朝比奈陽子・高橋由妃・中村圭良監督

 皆生活に不満があるというか、なんとなく恵まれない境遇にあえいでいる状態にある3人の女性を中心にお話が進む。三人は、あるラジオ番組が企画した聴視者を集めた旅行に参加することにより知り合う。そこでは普段の生活を忘れさせる楽しさがあり、友情が深まり、いわば特殊な人間関係が育まれる。そうして三人は、思い付きで宝くじを一枚ずつ買うが、その中の一枚が、それぞれの不幸な境遇にいる三人を変えることになるのだったが……。
 一人は車椅子の母と共に、バイトをしながら公営団地に住んでいる。とにかく普段から、笑顔になることはほとんどない。一人は祖母と共にちくわぶ工場に勤めている。嫌な上司もいるし、友人は皆無。過去に家庭の事情を抱えている様子である(後にひどい母親の存在が明るみに出る)。もう一人はタクシー運転手。元ヤンキーで本来は明るい性格のようだが、客との会話はちぐはぐになり、思うような接客や運転ができない。これも過去に何らかの家庭内の事件があるようだ(家出か?)。
 一人は車椅子の母の代理だが、他の二人はふだん聞いているラジオ番組の番外編のバスツアーに参加することになる。最初はぎこちないところもあるのだったが、気が付くと爆発的に仲が良くなり、これまでに感じたことのない充実感と楽しさを満喫するのだった。しかしバスツアーが終わると、当然元の生活に戻ってしまう。そのギャップが怖くて、三人は連絡先も交わすこともなく分かれてしまうのだったが……。
 ところが再度三人を引き合わせるのは、宝くじのあたり券だった。団地娘が律義にも、当たった券の賞金を三等分することを伝える。彼女らは一人一千万円ずつ手にすることになる。それだけでも凄いことなのだが、そもそも三人ともろくな境遇に無い。最初は無駄な支出をせざるを得ないことになり、なんだかそのままでは何にもならないことを身をもって知ることになる。だが幸い最初に少し無駄にしたにせよ、一人一千万だ。三人は共同して店を開くことにするのだった。
 見終わった今になって考えてみると、観ているときには少しくらい危うい感じの事件も起こっているにもかかわらず、何かとても平和で、満ち足りていて、いい人ばかりが居たような印象を受ける。宝くじで大金を手にするだけでもずいぶん危うい話なのに、これ以上健全な展開は無いのではないかとさえ思えてしまう。
 そうしてこれだけ年頃の男女がたくさん出てくるにもかかわらず、何か恋愛めいた展開がまったくないのである。いや、発展してもいい感じにもなるのだが、いわゆるセクシーな方には行かないというか。そういうドラマではないというのは分かるが、ここまで徹底して恋愛を排除した物語というのも、珍しいのではあるまいか。
 とにかく不思議なテイストがありながら、いつの間にか最後まで見続けてしまった。それはもう、面白かったという事になるのだろうか。
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僕は金曜です   何曜日に生まれたの

2024-07-01 | ドラマ

何曜日に生まれたの/大塚恭司・岩本仁志・松原浩・演出

 野島伸司脚本。漫画家の丈治は、唯一の連載が打ち切られることになる。生活も困る訳で、なんとかならないか編集部に頼み込むが、連載の条件として人気作家の公文と組んで作品を書くことを提案される。さらにこの公文の条件が、丈治の娘の実体験恋愛を題材にしたいということだった。しかしながら丈治の娘は高校時代の事故がきっかけで、10年もの間引きこもり生活をしているのだった。そういう事情があってもなお、作家の公文は、そんな過去のいきさつを詳しく聞きたがり、物語にすることを決意する。ちょうど娘の黒目すいは、同窓会の案内を受けていた。それに出席することと、携帯電話を与えて、実はその携帯から盗聴をする、という計画なのだった。
 出だしはまあ、そんな感じで、推移する。しかし当時すいはサッカー部のマネージャーをしており、その主要選手と大切な試合前日にバイクで事故を起こし、その責任を感じて転居し引き込もったということだったのだ。だんだんとその経緯は明らかにされるものの、人間関係は10年の時を経て、すいの不在の瑕を背負ったまま変化をしていたのだった。
 9回の連続ドラマだが、最初のころと最後の変化は、おそらく誰も予想できないのではなかろうか。ミステリとしてもそうだが、恋愛物語としてもめまぐるしく変化する。いや、観ているものには、そのように見せかけられているということかもしれないが……。
 最初は引きこもりの娘すいと、人気作家だがエキセントリックで何でも先を見通しているような公文の病的な感じが目を引いていたが、実際には過去のサッカー部内の複雑な恋愛劇と、事故をめぐる隠されたミステリの謎解きが重層的に展開されるのだ。ほのぼのとしたオタク・テイストもあるのだが、しかしそれは、病的な宿命に対するアンチテーゼであったりもする。連続ドラマとしてのキャラクターの設定がそれぞれ個性的で、裏切りがあったり秘密があったりしながらも、最終的には見事にまとまりを見せるのだからしてやられました。スゴイもんですね、ドラマって。いつの間にか心情的に皆を応援している自分がいて、そういう感覚もなんだか不思議だった。ちょっとあり得ないかな、という思いもあったのだが、この物語の為ならそれでいいのである。素晴らしいのである。
 そういう訳で、数日間家に帰って観るのが楽しみだった。これをリアルで毎週見ていた人は、大変だったんじゃないか、とも思った。ドラマはなるべく連続して見ないことには、先が気になって仕方ない。それで時間的に区切らざるを得ず、日常生活で苦しむ。まあ、それが醍醐味ってことかもしれないのだが……。
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奇妙な動機の一致点   彼女たちの犯罪

2024-06-29 | ドラマ

彼女たちの犯罪/菊池健雄・高橋名月・古畑耕平監督

 裕福な医者に嫁いだ女と、その医者と不倫関係にある女と、不倫女の大学時代の後輩で今は刑事の女と、医者の嫁の友人で自殺願望のある女が、その利害関係の中にあって人の入れ替え自殺を行う、というミステリを軸に展開される人間ドラマである。医者の男は学生時代から憧れの人だったようで、不倫女はそのまま結婚したいと望んでいる。男も妻とは別れて結婚すると言っているが、そうはしない。一方妻の方は、夫婦関係は冷めているのみならず、姑などの関係に疲れていて、慰謝料さえもらえれば、むしろ離婚したい。基本的にはその利害が一致する状況に自殺願望の女がいるので、自分とすり替えて成りすまししてもらうと、お互いに希望が叶うのではないか、という訳だ。そのプランを発案したのは警察の後輩で、後に何故そんなことをしてくれたのかも明かされることになるのだった。
 最初は会社内の人間関係のいざこざがあったり、嫁姑の嫌な感じがあったり、自殺願望のアンニョイな感じだったり、女であることの大変さのような物語なのだが、すり替え自殺が実行されると、一気に警察の捜査が意外な方向に発展し、皆が窮地に陥ることになる。しかしながらそこからが実際のドラマの展開の意外な真相にも発展していく訳で、なるほどドラマ的な尺でなければ語ることのできないミステリだと言える。
 実際に殺人的なすり替え自殺だったのだが、もう後戻りすることはできない。計画通りなら警察の捜査が及ばない筈なのだが、奇妙な証拠が見つかり、警察の女の上司がことのほか優秀で、さらに警察内にも奇妙な情熱のある刑事が居たりして、計画が狂いまくる。しかし物語はその入れ替え殺人の謎解きだけに留まらず、医者の先輩や彼女らの学生時代にまでさかのぼった怨念にまでつながっていたのである。さらに妻にはまだ秘密があって……。
 さすがに複雑な糸が絡まりすぎている感はあるが、そうでなくちゃこんな手の込んだ計画を、そもそも実行する動機にはならなかったのかもしれない。途中で女たちの思惑が一致したりもするわけで、ちょっと変なところもある。終わりもこれで良かったのか、正直言ってよく分からない。もっと罪を償うべきは、もっとそれなりの罪のかぶせ方があったのではなかろうか。
 とはいえ、観ているときはとても面白い。ドラマを見続ける動機を維持する仕組みは、このような展開あってこそのものであろう。
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絡まっているが、辻褄は合う   時をかけるな、恋人たち

2024-06-22 | ドラマ

時をかけるな、恋人たち/山岸聖太・山口純太監督

 タイムトラベルが普通にできるようになっている未来からさまざまな人がやって来て、過去を改竄してしまう事件が頻発している。当然それでは困ることになるので、タイムパトロールを任務としている人々がいる。捕まえて、つじつまを合わせ、記憶を消すことができるようだ。ふつうに働いていたOLが、突然この任務に任命されることになり、さらにそのタイムパトロール隊の一人の男から、熱烈に言い寄られることになるのだったが……。
 一話22分の11本。一応そういう筋に沿ってそれなりに一話完結が続きながら、ラブコメが展開される仕組みになっている。実際に過去が変えられるようになると重大なことが起こることは確実なように思われるが、あまりまじめな話では無くて、時代を超えた恋のいざこざのあれこれである。ふつうならそれは良くないことだが、真剣な恋の行方もあったりして、主人公たちは時を超えた恋愛の行方を応援したい気持ちに傾いていく。もちろんそれは、自分たちの恋も含めてのことなのだが……。
 観終わってみると、さまざまな伏線の回収も含めて、いわゆるよく出来たドラマの塊というべきか。ポップな感覚のコメディ要素もあるが、恋愛の真剣さは実直である。それがウリというべきことかもしれないが、ちょっと気恥しくもなるというか……。しかしながらいくつもの過去の出来事と、自分たちの行動は辻褄があっていくことにもなっていて、ある意味で運命である。もうこんがらがっているので、それを修正するなんて不可能ではあるまいか。
 タイムトラベル物は、現在過去を自由に行き来できるので、お話の辻褄やパラドクスを楽しめるのだが、生き帰りができなくなると、深刻である。さらにその間消えた自分はどうなるのだろう。自分が二人同じ時間にいることも、やはり何か不自然である。ということで、お話で楽しむよりほかに無いのではあるまいか。だからこそ、こういう物語が作られるという事なんだけれど……。
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皆若いです   ケイゾク特別編~死を契約する呪いの樹

2024-06-21 | ドラマ

ケイゾク特別編~死を契約する呪いの樹/堤幸彦監督

 そういえば昔観てたな、と思って配信の中にあったので。おそらく観ているはずなのだが、ほぼ記憶に無し。熱心に観ていた時代は、あんがいに怪しい。
 ドラマの延長線上にある特別版なので、そういう伏線はありそうだが、主人公の柴田は、記憶喪失になっている様子である。しかし死ぬような重傷を負っていたけれど奇跡的に助かり、八王子の警察署長に出世する。以前の捜査二課には、東大卒でなく京大卒の変な男がやってきて、柴田のように犯人が分かったと称するが勘違いで、しかしその勘違いがもとで犯人がみつかるなどが起こる。そういう不真面目な演出が続き、名前を書くとその人物が死んでしまうという呪いの樹の殺人事件が発覚する。さて、このからくりはいったいどうしたものであろう……、という大筋である。
 思い出したが、あんまりまともさを追求しても始まらないドラマだったのだが、一応いろいろ辻褄は合うような展開があるのだが、この特別編は未消化という形で終わるのが残念だった。なにやかっつけ仕事だったのかもしれない。それともその後が一応考えられていたという事なのだろうか。もう昔のことなので、よく分からないのである。
 当たり前なのだが、演じている中谷美紀も渡部篤郎も、ものすごく若い。ちょっとオーバーアクトなのだが、それは若さでちょうどよくなっている。何しろ演出がそうなのだから、控えめではダメなのだ。90年代は斬新だったのだな、という映像美が随所に見られて、その後もこれが基本になっていたことが改めて感じられる。謎解きはそれなりに辻褄が合うところもあるが、最後は結局よく分からないで終わってしまった。そういうものなのか、とも思うが、おそらく本シリーズで終わったものは、蒸し返すことができなかったのだろう。
 考えてみると、その後トリックも熱心に見ていた記憶があって、曲がりなりにも追いかけて観ていたということになる。これはやはり、過去の記録のようなものなのかもしれない。
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定期便でお願いします   きのう何食べた? 2022正月スペシャル

2024-06-18 | ドラマ

きのう何食べた? 2022正月スペシャル

 スペシャルの内容は三部構成になっていて、それぞれお話は独立している。一部目は,史郎の実家の家計事情があまりよくなく、堅物の父親から仕送り(後で返すとは言われるが)をするよう頼まれる。これには事情があって、母親が度重なる浪費を長年にわたり繰り返していたためらしい。しかしその理由が、史郎が同性愛から目覚め(そのように母は捉えていたということ)るために、悪徳業者から怪しい壺や宗教団体への貢ぎ物などをやっていたためだということを、史郎は知っていた。複雑な心境がありながらも、それは自分の所為だという気持ちもあるのだった……。
 第二部は同じゲイの友人カップルの小日向と航くんの、マゾ的恋愛の在り方講座である。献身的にわがままを受け入れることに快感を覚える小日向と、自分を安売りせず、相手をコントロールしながら束縛することに快楽を得られる航との、その関係性に呆れさせられることになる。
 三番目は、弁護士の仕事が超絶忙しくなった史郎に代わって、賢二が家計を任され日々の料理をすることになる。うっかり浪費しそうになりながらも、なんとか史郎のようなやり繰りを果たさそうと奮闘する。しかしながら史郎のあまりの忙しさのために、二人は完全にすれ違いの毎日となってしまう。そうして、とうとう爆発して好きなものを贅沢して作ろうと、逆転して思い至るのだったが……。
 三作ともなかなか構成的に素晴らしい。つれあいは一度見たはずであるというが、僕も実はそんな気はしないではなかったが、実のところその顛末がどうなるのかよく覚えていなかったので、問題なく楽しめた。ゲイのカップルの物語なのだが、基本的に男女のすれ違いと何ら変わりはない。ゲイであることの社会性というものに、おそらくもっと強い圧力はあるのだろうとは考えられるが、コメディなので、それは自然に描かれた世界観になっている。観ている方も了解できているので、うーん、そうだよなあ、という共感をもって観られるわけである。その上に料理のコツのあれこれも分かる。アサリは砂抜きして冷凍保存して使えるのである。加熱するとちゃんと口も開く。なるほど。
 そういう訳で、また久しぶりに楽しんだということになる。こういうドラマは、なんとなくお得感がある。知識も増えて良識も高まる。実際はどうなのかわからないけど、定期的に続けられていくべき物語なのでは無いだろうか。
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コミュ障を克服する料理力   あたりのキッチン!

2024-06-16 | ドラマ

あたりのキッチン!

 原作漫画があるらしい(※1)。コミュ障で対人関係の苦手な辺清美だったが、絶対味覚の持ち主でもあり、食べたものの原材料や調味料を自分の舌で言い当てることができる。なんとかアルバイトをやりながら、病的な性格を修正し、得意の料理を活かせないかと「阿吽」という定食屋で働くようになる。そうして、そこの家族や仲間たちに支えられながら、得意の料理の腕も伸ばしていくことになるのだったが……。
 対人関係に難があるので、注文聞きにまず大きな問題がある。目を見て話すことができないので、近視の眼鏡をはずして注文を取りに行ったりする。そのようなハチャメチャはあるものの、料理を行う際の準備など、手際や理由についての飲み込みは早く、店主が何を考えて調理をしているのか、瞬時に見破る。高価な食材を使って、繊細な料理を作る店では無いが、客の好みに合わせて、一つ一つ丁寧に作ることを店主はモットーにしている。それに清美に対しても非常にやさしい。事情を汲んで、彼女ができることを十分に伸ばせるように配慮し、さらに的確なアドバイスもする。神である。
 ここに高校生の店主の息子清正が絡んできたり、大学での先輩で医学部の食の細い桜との関係も生まれる。そうしてこの桜に惚れたために、清美に協力を求める秋斗などが現れる。面白いのは、それぞれが何となく食べ物への問題であったり、奇妙なこだわりが強かったりしているわけで、彼女彼等は共通して支え合うような関係になっていることかもしれない。
 後半は料理に対する将来性を考えるようになり、謎の小学生が清正のライバルとして立ちはだかることにもなる。清美の知られざる過去も明かされ、彼女はこれからどう生きていくべきかという、人生の大きな選択を迫られることになるのだった。
 出てくる料理は、確かになんとなく地味な面もないでは無いが、ちょっと食べたいかもな、という絶妙さが感じられる。晩御飯も食べに来ているようだが、客が酒を飲んでいる風ではないのが、なんだか僕には不思議だ。ビール一本、お銚子一本、などルールがあるんだろうか。そもそも酒は置いてないとか……。うーん、ちょっと考えられないのだが、お話なので仕方なかろう。店主は、仕事の終わりにビールを飲んでいる。すべて片付けてアテは無しのようだ。こういうあたりが、酒を飲む僕にとってはミステリな訳である。それで生活が成り立つ人々というのは、本当に可能なのだろうか。
 しかしながらいつの間にか見ハマっていたという感じで、奇妙さもあるけれど面白かった。ゆるい人間関係だけれど(誰の恋愛が進展するか、すべて不透明だ)、それがほとんど保留的にも感じられるが、彼女らには長い将来がある、ということなのであろう。今を頑張るよりないのだから、これでいいのだろう。

※1 実はネットで少しだけ読んでみた。漫画なので少し設定が違うが(息子の清正が野球をやってるなど)、なるほど基本的にはドラマも同じようなキャラクターになっている。漫画なのでギャグ豊富な展開ではあるにせよ、主人公のコミュ障であるとか、料理のエピソードは、だいたいにおいて同じである。それに、やっぱり漫画として面白い。ドラマ化されるのは、当然のことだったのかもしれない。
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悪徳は退場して欲しい/正直不動産2

2024-04-04 | ドラマ
正直不動産2

 何らかの呪いで嘘のつけなくなった不動産営業マン永瀬が、嘘が常態化していると思われる業界にありながら、正直に問題点を話すにもかかわらず営業成績を上げる(?)物語の第二シリーズ。このドラマが何故NHKなのかと多少疑問にも感じていたが、要するにスポンサーのある民放では、業界批判の本当の話が混ざっているこのドラマの脚本が、通らないためかもしれない。もちろんドラマなので内容はデフォルメしてある訳だが、訳アリ住宅が何故建てられ、そうして流通しているのかということが、それなりに勉強になる。もちろん勉強のために観ているわけではなく、それらはギャグとして楽しめるのであるが、だいたいは大都会の事情とはいえ、なるほどな、と思うことが毎回情報として入っている。第二シリーズなので、どうも客側の問題点も結構混じってて、営業としてはさらに最悪だが、なんだか心を打つところもある。人生にも踏み込んでいるのである。
 とはいえ営業の競争においては、あくどい不動産の方が有利に描かれていて、騙された客の多い方が生き残る構図というのもあるのかもな、とは考えてしまう。モノの値段としても特に高いのが不動産なので、一生のうちに一度の買い物の人が多数である人生を思うと、いまさらながらに身につまされる思いがする。そんなのに当たる可能性があるからこそ、やっぱり慎重さが必要なのである。
 そういう訳で、物語の背景になっている不動産事情がいろいろと絡んでいて、契約とはいえ情報の非対称のある商品である不動産には、うまい話にはほとんど罠があると考えて差し支えないようなことであった。誰にでもよい条件であるというものは誰かが手放すはずが無く、それなりに事情があるから安かったりするし、お手頃と言っても単に投資のためであるとか、その後の資産運用であるのならば、素人では歯が立たない。当たり前と言えば当たり前のことなのだが、その当たり前を改めて考えずに売買がなされている現状が、実にたくさんあることなのだろう。業者だけが悪いともいえないような妙な客もいることだし、その思惑に巻き込まれる人も当然いるのである。だから信用できる不動産屋がいることで、実際の多くの問題はクリアできるはずなのである。しかしその正直さというものを、客は容易に判断できない。これは極めてむつかしい問題なのである。
 これに緩いながら恋愛のような人間模様もあって、今回はちょっとはぐらかされたようなハッピーエンドである。物語としては、多少悪い人間がちゃんと成敗されないと、不完全試合のような気分にもなる。社会的にも是非、そういう事になって欲しいものである。
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超人は助けを借りて礼を言う ラストマン  全盲の捜査官

2024-03-05 | ドラマ

ラストマン 全盲の捜査官

 アメリカのFBIから日本の警察との交流が目的で、皆実(みなみ)という盲目の男がやって来る。彼は最初は迷惑視されていたが、日本で騒がれている難事件をことごとく解決し、だんだんと認められるようになる。皆実は全盲なので、移動等手引きしてくれる人を必要とする。その役にあてがわれたのが護道心太朗という刑事で、殺人犯逮捕に異常に情熱を傾けるかたわら、過去に暗い事件の影を宿す男だった。さらに皆実も、視力を失ったきっかけは両親とも殺され家が放火されるという過去の事件があったためで、最終的には、その過去の事件の解決を求めるという大きな伏線をはらんだ連続ドラマになっている。
 基本的には漫画的かつ漫才的なコンビによる刑事ドラマなのだが、コメディとして楽しめるだけでなく、難事件の謎解きやアクションも含んだ展開を見せる。脚本はよく練られていて、実際は行き過ぎているものが無いでは無いが、それなりに破綻なく事件の辻褄は合うようにできている。伏線もふんだんに張ってあり、それらを紐解く楽しみも、回を追って展開される。心太朗を養子に受け入れている護道家は、警察官僚エリート一家で、その関係そのものも、後の展開に生きてくる仕掛けである。日米交流なのだが、どういう訳か日本人ばかりなので、おおかた日本語だけで楽しむことができる。乗っているのはアメ車でバランスをとってはいるが。
 科学捜査やIT技術も駆使して、盲目の皆実もアクションができる設定である。うまく行かないように見える時もあるが、それはそれで策を練ってある。皆実はまるで、未来の見える男のようだ。嗅覚も鋭く、味覚や記憶、聴覚も超人的だ。そうして当然頭も冴えている。人々にはお礼を言い、ある意味ではたぶらかし上手である。しかし独自の人間哲学を持っており、恋愛論には理由を必要とせず、人間関係に血縁などの運命論を否定する。そのような考えが科白の端々に観られ、現代風の啓蒙活動者のような様相を呈している。障害者が必ずしも善人でないことも言わせていて、絶妙のバランス感といったところだろうか。しかしながらこの超人には皆が期待し、そうして納得せざるを得ない。他の警察関係者においても、皆実の登場によって、ある意味で警察の捜査そのものを見直すことになったのではなかろうか。
 正直に言って観はまって、連日楽しみに家に帰ることになった。主役の二人を演じる福山雅治と大泉洋の特にファンでもないのだが、その掛け合い自体を楽しんで観たというのは大きかったかもしれない。最後は韓国ドラマのような感じも無いではなかったが、そもそも日本の昔のドラマは、そういう設定は多かった。そういう意味では子供のころに観ていたドラマの再現のような気分もあったかもしれない。出来すぎたエンタティメントかもしれないが、それこそが連続ドラマの醍醐味ともいえる。期待されるものを素直に盛り込んで、素直に料理したということなのであろう。
 実を言うと僕は、連ドラのそういうベタなところが何となく苦手になって、長らく見なくなっていたのだったが、当然面白いものをその長い間に見落としている事も事実なのであろう。人間の成長と共に、時代の流れとともに連ドラはあるはずで(映画だって小説だってそうだけれど)、そういう意味では回帰してもいい頃かもしれない。
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そんなに悪女でもなかった   悪女について

2023-08-04 | ドラマ

悪女について/

 原作の有吉佐和子の小説は読んだことがある。はっきり言って名作である。ドラマを先に観た人でも読んでみるべきではないか。きっと楽しめるので。
 何度かテレビドラマ化されているようで、原作を知っているので、まあ、そうかもな、とは思う。それくらい面白い題材だと思うし、もちろん主人公の公子を誰が演じるのか、という事で映像化が面白いともいえそうだからである。じつは今回見たのは田中みな実演じる公子だったのだが、確かにそうかもな、ということなのである。公子という存在がこの物語のキモなので、演じるひとの印象で公子像というのは当然左右される。実際の演技がどうだというのはあるのだが、キャストの段階でこのドラマのたくらみはだいたいわかるというものだ。
 原作の小説の設定だと、少し前の時代の物語ということもあって、そういう時代の持つ不孝というのがあったのだが、今回のドラマの設定は現代になっていて、そういうあたりはだいぶ違うかもしれない。さらに公子自体をだれが語るかということで、公子の実像がずいぶん変わるというトリックがあるのだが、映像なので、そのあたりはずいぶんストレートに作り替えられている。別段不満ではないけれど、仕方のないことなのかもしれない。また、公子についてずいぶん好意的でもあって、公子の持つ深い闇というか、心の中の不幸というか、そういうあたりはちょっと希薄だったかも、と感じた。それがあっての悪女なので、結構重要という気もしたのだが……。
 女が成功して生きていく困難としたたかさが公子の魅力であるけれど、公子の基本は、それを乗り越えるための努力でもある。そういう意味でサクセス・ストーリーであるはずで、怪しさはあっても、そんなに簡単に人に文句が言える筋合いではない気もする。著名人というものは、おそらくそういうものが含まれていて、しかし他人は注目するあまり揶揄してしまう。だから時代性が変わると、公子像も変わらざるを得ないのかもしれない。そうしておそらくこの物語は、また作り変えられる可能性があるのかもしれない。
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マイ・ディア・ミスター~私のおじさん/③

2023-06-14 | ドラマ

 観終わった。一話80分とか90分ものの連続ドラマなので、満腹感がある。それにロスも。非常にまとまりのいい終わり方をするのだが、それだからもう絶対に終わりなのだと思うだけで切ないというか……。
 一番の会社のゴタゴタの行く末は、そうなるだろうな、という結末には落ち着く。そうではあるが、結局おじさんは会社には執着しなかったという事か。しかし部下はごっそり連れて出ていくので、倫理問題としてはどうなのか? と日本の会社人間の僕は、考えてしまったりする。独立は一人でやった方がいいし、別に雇った方がいい。ふつうの生き方というのは、そういうものである。倫理というか仁義というか、結局業界で生きていくというのは、そういうものなのである。もちろんそうでない人がいるから、そう思うのだけど。
 後半の一番の大きな物語は、ほかならぬ一番兄の欲望が満たされることにある。人のために尽くすという図式ではあるが、それは立派な葬式をあげることなのである。要するに見栄であって、そういう満足感に浸っていることを、周りがちゃんと認めてあげることである。お金はたくさん使うが、しかし他人の葬式である。感謝はしてくれると思うが、生きているときにしてやった方が、ずいぶん違ったことだろう。やはり日本人の僕は、そう思ってしまう。生きているときの関係があって、葬式もある。その方がずっと自然である。
 家族の問題もある。裏切りの代償はあったと思うが、僕は最初からおじさんは、不倫されても仕方のない人間にしか見えていない。寂しい妻を無視し続け、自分の悩みの中に閉じこもり、しかし兄弟と飲み歩いてばかりいる。そういう自分との関係から遠ざかってしまう近しい人に、失望を覚える妻の方が自然である。不倫相手はそれでよかったのか問題はあるが、不倫なんだからそんなもの選んでいても仕方なかろう。つまりは最悪の人間だったから、戻れもしたのかもしれない。計算できるものだったとしたら、ずいぶんな才能だけれども。息子の問題もあるし、家族としてはそれでいいのかもしれないが、必ずしも元には戻らないだろう。それがおじさんと派遣社員の恋の顛末に寂しさをたたえさせている。そういう選択でいいはずの無い本当の恋があったのに、彼らはそれを選ぶことができない。彼女はそれを強く望んでいるにもかかわらず、やはり答えてはくれないおじさんがいる。最後まであくまでいい人すぎるから、つまるところはそうならざるを得ない。しかし、そんな人間だからこそ、深く愛してしまったことに抗うこともできなかった。そう解釈するのが、このドラマの本流だろう。そう思わなければ悲しすぎるわけだし。
 という訳で、本当に終わってしまった。また韓国ドラマを観るべきか、それとも映画生活に戻るべきか。僕にとっては韓国社会は突っ込みどころが多すぎて、自分なりに疲れるのだけど、やはり感情を動かされるという意味では、見事な物語構成だったというしかないだろう。そういうものを、全体として浸るものが、ドラマの力なのであろう。
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マイ・ディア・ミスター~私のおじさん/②

2023-06-09 | ドラマ

 このドラマは一話が90分あるんで、その分余裕をもって内容を掘り下げている感覚はある。登場人物の掘り下げ方が、詳しくなる感じかもしれない。主人公は建設会社の部長(ただし厳密にいうと、日本の会社の場合だと部長というより課長に近い感じの働き方であるが。)と派遣社員の女の物語が中心であるはずなのだが、部長の兄弟やその周辺の人にまでエピソードの細部までたどる感じがある。うだつの上がらないお兄さんの事情もそれなりに分かるし、中盤に来て、下の映画監督だった弟の描写も多くなってくる。ただしこの弟君は、ある意味で韓国の男の典型であるようで、すぐに怒ったり地団駄踏んだり騒いだりする。そうして誰かを殺してやると言って、走り出したりする。それは愛する家族である兄の為であったりする。そうして、自分の過去と向き合う鏡のような美しい女優には、いつまでも冷たい。そういう男性像というのが、やはり韓国の男性像なのではないか、と思われる。非常に面倒くさいのだが、分かりにくいなりに、いい奴なのである。単純なところが多いので分かりやすいはずなのに、少なくとも僕ら日本人には、分かりにくくなっているのではないか。しかし兄の会社では、実際は兄に使われている立場でありながら、兄よりはよく働いている感じはする。文句はいつも言っているようだが。
 次男の部長さんは、会社では常務に昇進する流れになっている。もちろん会社では陰謀も含めてごたごたが続いているのだが、社長を含めての悪党軍団は、必ずしも能力が高くない。要するに詰めが甘いところが散見され、何か強力に不条理に苦しめられている感じがしなくなってきた。それというのも派遣社員の工作員が、段々と部長の味方になってきている感じが透けて見えるからである。さらに借金取りとの関係において、部長が重要な行動に出る。これに恩義を感じない人間が居るとは思えない。つまり大筋の流れとして、これは結論の道筋が見えたと言っていいだろう。さらに妻と社長の不倫騒ぎも解消の道筋になり、そうなると妻は社長と対立する方向に傾いていくのだった。
 観ている人間からすると、派遣社員は必ずしも悪人では無いことを最初から知っている訳だけれど、しかしながらドラマの人物たちからすると、この若い女は得体がしれないだけでなく、態度も悪いし、嫌われて当然という感じの人物である。廻りに打ち解けようという気もさらさらない。もちろん精神的には部長には気を許してきているが。金を受け取って様々な工作を仕掛けただけでなく、部長の携帯電話に仕掛けをしていて、常に盗聴もしている。部長が善人なので自分の悪口を言わないだけのことで、ふつうの人間なら、もっと悪く言っても当然のことを散々している。しかし、盗聴において様々な秘密を知っている存在なので、人々の行動を陰でコントロールできる力も発揮できる、ということなのかもしれない。また彼女の弟もそういう裏工作に関しての役割は、熟知している。普段はゲームオタクで、いったいどうやって食っているのか不思議な兄弟であるのだが。
 基本的には慣性で見ている感じもだんだんしてきたが、さすがにここまでくると最後はどうなるのか気になってきている。もはや、それが最大の関心になっているかもしれない。それというのも、最後に感動したという感想を述べる人のコメントを、どこかで読んでしまったこともありそうだ。そういうのってものすごく気になる。しかし感動できなかったら、自分はどうなってしまうのだろう。そういう気分も、なんだか不安なところなのである。
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マイ・ディア・ミスター~私のおじさん/①

2023-06-08 | ドラマ
マイ・ディア・ミスター~私のおじさん/①

 雑誌のコラムで角田光代が紹介していた。好きなドラマということだった。それがきっかけで見だしたのは確かだが、最初のちょっとした謎めいた展開ときょうだいのグダグダのバランスがよく分からず、戸惑った。それに11話くらいなら、と思って観始めたにもかかわらず(しかしそれ以上あると後に分かるのだが)、一話が90分あるのである。ドラマを見だすと、一日に数話続けて観る醍醐味があると思うが、とてもそんな芸当は出来そうにないのだった。何度か断念しそうだったが、今も途中であるが、なんとか見続けている感じかもしれない。
 韓国のドラマがどのようなものなのか、というのは、実はいまだによく知らない。僕が知っているのは「冬のソナタ」であり、何話か宮廷もののようなのは見た覚えがあるが、それが何だったのかはよく分かっていない。要するに知識が古い。韓国の映画はあんがいよく見ているのに、ドラマを観ないのはどういう訳だろう。もっとも日本のドラマも、そこまでよく見ていると言われるほどではない。大河さえ見ないし、朝ドラもほぼ見ない。そういう事とも関係あるのかどうかは自分でもわからないが、最近「エルピス」は見たので、そういう一連の趣向の流れというものがあるのかもしれない。
 さて、マイディアであるが、やはり派遣社員の謎の感じ悪い女こそが、お話の基本のようだ。だんだんと明かされるが、過去に人を刺して殺したことがあるようだ。もっともそれは、自分の祖母をひどく殴る借金取りを刺したのであるが、その借金取りの息子に恨まれ、自分も執拗に取り立てを受けているという構図である。暴力も受けている。この女は借金返済のために、派遣以外にも皿洗いなどの仕事を掛け持ちし、祖母の介護もし、ゲームオタクのような弟もいるが、自分が主に苦労して、座ったまま眠るような極限生活をしている。そうして会社の人事のゴタゴタの裏工作も派遣会社の依頼を通じてやっているわけだ。その裏工作の罠にはまるのが、直属の上司である「おじさん」である。
 「おじさん」は明らかにいい人であるが、社長の先輩で出世し遅れている。美しい弁護士の妻がいるが、妻は後輩である社長と不倫をしている。兄弟仲が非常にいいが、兄は会社を辞めてうだつが上がらず見栄っ張りで、弟は才能はあったのかもしれないが、映像監督として何か失敗して干されている。「おじさん」は、そのような家族の援助もしているが、要するに妻とは冷たい関係になっていて、毎晩きょうだいとひたすら飲み歩いている。
 まあ、前半はこういうところでそれぞれの事情においての人間関係が描かれていく。
 韓国社会というのは、何か常識的に縦社会の縛りが非常に強いもののようで、ちょっとでも上のものになると、威張り散らして下に迷惑をかける。それで平然としていて、比較的いい人である「おじさん」も仕事関係では例外ではない。観ていてなんだか情けない人ばかりなのだが、そういうことを改めようと努力する人は皆無だ。妙なものを見ているな、とは思うが、そういう厳しい社会の中にあって、さまざまな罠にはまりながら、自分の強さも活かしていくトリックが時折みられる。やはり少しくらいは賢く勝負度胸もあるものが、勝者となっていく社会なのかもしれない。まあ、そんなのあたりまえのことだけれど。
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途中で観やめるものが多いけれど

2023-05-16 | ドラマ

 ドラマは時々見ているのだが、近年は便利になってネットで連続して観ることができる。僕は基本的にはせっかちなので、そうでなければ観る気にもなれないのだけど……。しかしそうであっても、結局結末までたどり着けずに断念してしまうということも起こる。つまらなかったからそうなったというよりも、何かもう先を観続けることを断念した、という感じかもしれない。
 例えばだが「イカゲーム」は、一本観てすぐにやめた。これは母がちょっと嫌がったからで、観ても良かったのである。しかし嫌な予感があるのも確かだ。合っているかどうかは分からないのだけれど、日本の漫画で福本伸行の作品を思い起こさせられた。そういうのは嫌いでは無かったはずだが、これも長すぎて、ちゃんと最後まで読んだわけではない。いつまでもそんなことが続くと、つらいのである。
 続いて「地獄が呼んでいる」も断念した。興味が無い訳ではない。しかしこういうものの納得いく回収って、可能なのだろうか。確かめもしないでそんなことを言ってはならないこともよく分かる。しかし同時に、そんなことで、という思いもしたくない。それに、そういった展開には、あまり時間をかけないで知りたい気持ちがあるのかもしれない。
 「ペーパーハウス」は、ひとシーズンの終わりくらいまでは、連続して観ていた。なるほど、面白いのである。仲間割れなどもあるが基本的には計画的で、頭脳戦が堪能できる。しかしいずれにせよ観やめてしまったのは、作り物の頭脳戦の中、ちょっとあり得ないな、というものが増えすぎたせいではなかろうか。考えてみるとこういう設定は、ちょっとしたことで破綻する。そういうものに無頓着な人が多すぎる。それが国民性と言われれば、そういうものかもしれないけれど。
 だいぶ違う世界だと、「深夜食堂」は中断しているとはいえ、観続けてる部類なのかもしれない。ものを食べる物語では「井之頭五郎」のものもいいのだけど、あれはドラマとはいえないところもある。深夜食堂はベタベタの昭和感のような価値観が残っていて嫌なところもあるが、まあ、そのあたりの人に分かりやすければいい、という作りなんであろう。
 ドラマに見ハマっている多くの人達は、実際何をそんなに観ているのだろうか。恋愛ものはどうでもいいし、サスペンスも長引くと困る。基本人間ドラマだからいいのだろうと予測は付くものの、それらのキャラクターが長い間どのように動くのかが、ドラマを観続ける楽しさの一角だろう。設定も重要なのだが、トリッキーなだけでは、もう結末はいいかな、と考えてしまうのかもしれない。長くそのようなものを見るより、やはり尺の短い映画でシャープにそのあたりは楽しみたいものである。もう少しチャレンジしてみて、そこのあたりを確認してみたいところである。
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希望、あるいは災い。まさにそうかも   エルピスー希望、あるいは災いー

2023-05-07 | ドラマ

エルピスー希望、あるいは災いー/大根仁ほか4人演出

 テロップにも少し出ているが、題材になっている元ネタは「足利事件」を下地にしているものと思われる。また、冤罪を扱う弁護士の木村は、おそらく今村核弁護士がモデルではないか(後でなんとなく違っていたが)。政治的な背景は、自民党の副総裁などをモデルに用いている様子がある。今の社会のしがらみの背景を使って、テレビ局で働く人間の苦悩を描いている、という図式になっているものと思われる。
 ある程度の評判は聞いていたが、これほどとは。観終わった実感は、本当に充実していた。こんなに面白いドラマは、生涯でもベストかもしれない。おおげさだが、ほんとに見ている時間そのものが面白かった。
 疑問に思わない点も無い訳ではない。創作ものであるから、都合というものはある。しかし、練られた構想と伏線。人間模様の在り方や、人物などの掘り下げも、実に見事である。何度も書くが、それがじわじわ面白さとして伝わってくる。僕は長澤まさみに叱られているような気がしてきて、何故だが日頃を反省した。つらいことがあっても頑張っていこう。
 物語は冤罪事件をめぐって、日本社会にあるどうしようもないしがらみや圧力と戦いながら、なんとか自分自身に忠実になろうとし、そのうえでかかわりのある人たちや、その中で苦しんでいる人たちを、ちゃんと見つめていこうとするお話である。それをグダグダした空気の読めない男と、ちゃんとした正義感の中、自分も傷つきながら強くなっていく女性を中心に描いていく。
 毎回、あっと驚くような出来事があり、しかしどん底に落とされるような絶望感もある。確かに日本の縮図だし、しかし酷い職場環境だ。それがしかし華やかなテレビ局周辺なのである。日本の司法がクソだというのは分かり切った現実だが、これが僕らの生活を守っていることも確かだ。多くの人の平和は、限られたほんの少しの人たちの、救われない激しい苦痛の上に成り立っている。そういうものは救える道があるはずだが、それをいまさら救うことは、多くの犠牲をさらに増やすことになる。しかし、本当にそれでいいのか? 救われない人は、人生を奪われ、死ぬより安楽の無い世界であるのに。
 僕はまともな生き方をしてきた人間では無いのかもしれない。それでも、そのままで生きていていいはずがないことは知っている。目の前にこのような絶対的な不幸が無かっただけのことであって、それを見て見ぬふりをして生きていくつもりはない。
 僕の正義感の為だけではない。人間がまっとうに生きていくには、どうするか。そのほとんどすべてが、このドラマには詰まっている。観ていないのなら、迷っている時間が罪である。しかし、純粋に面白いので、止められなくなるでしょう。お楽しみあれ。
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