カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

男女間の友情の件

2013-08-20 | 境界線

 先日飲み会で少し若い人たちの円陣の話題で、「男女間の友情は有りか無しか」という話題で盛り上がっていた。何となく懐かしい。若い頃にはこれは問題なんでしょうね。
 まず有る派の主張だが、実際に異性の友人がいるから、というもの。だからと言って恋愛の対象では明確に違って、友人としてちゃんと成立している事実があるらしい。部屋に泊まりに行ける(その人は女性。つまり相手は男性)が、もちろん性交渉は無しだそうです。ふーん。
 無い派の主な主張は、そういう関係が成り立っているのは、実はどちらかに恋愛感情があるはずだからだ。ということに尽きるようだ。片方は友情と思っていても、ひそかに恋愛に発展する期待があってこそ同調できるということがあるはずだ、というような事を言っていた。泊まりに行ってセックスが無いと言っても、プラトニックを否定することはできない。事実性愛が必ずしも同じだという発想がナンセンスだということも、主張の中には有るようだった。なるほど。
 これは一般化できる問題なのかどうかはよく分からないのだが、有るか無いかという問いの立て方にはそもそも公平ではないとことはある。有る方は一つだけでもあればいいから断然有利で、事実自分の体験がそうだという事実ひとつで、たとえそれがいかに異常であるかどうかを問わずに勝てることになる。つまりこれは最初から有る方が勝ちということになる。
 しかしながら、普通に考えてこれは一般的な男女間において、友情が成立することは普通の事かどうか、という読み変えをすると、少し事情は変わってくるだろう。友情の成立するような事は稀である可能性というのは否定できないし、または実はごくあたりまえである可能性も無い訳ではない。この飲み会での話の展開は、むしろそういう争点になっていると考えた方がいいだろう。
 結論までは聞いて無かったが、まあ、それはいいでしょう。こういう話題がトピックにあがるというのは、それはそれで健全な証拠という気はしますね、僕のような不健全な人間の目からすると。やはり若いというのはいろいろ大変なんでしょうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする