▼月がとってもでかいから

1月15日朝。
月がとっても大きく見えるのでデジカメで撮影。
月だけを撮影してみたけれど大きく見えないので
横にサンシャイン60を添えてみた。



そうすれば写真に撮った月も確かに大きく見えるのだけれど
サンシャイン60を隠してしまうと月は大きくなくなるので
この写真は地平線近くの月が大きいことの証明にはならない。
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▼店名の誘惑

新橋から霞ヶ関まで歩く脇道にて。
港区虎ノ門1-11-10 浜田ビル地下1階の洋食『ボリューム』。
豚が鶏を料理する絵も含めて
うーん、素晴らしい。



美味しかろうが不味かろうが
量が多かろうが少なかろうがどうでも良くなるほど
『ボリューム』という店名がぐっと胸に迫るのは
ごく個人的な体験によるものかもしれないけれど。
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▼駒込駅上空

JR駒込駅南口駅前に建設中のホテルと
北口駅舎を結ぶ連絡橋改装もほぼ完了している。



月刊誌『RikaTan』2月号の特集は大気圧。
無事、表紙入稿を終えて空を見上げる。
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▼父と子のヘリコプター

昼食のパンを買いに出たら空を次々にヘリコプターが飛んでいく。
帰宅して義父母の住まいから通りを見たら
サイレンを鳴らした消防車が次々に走っていき
ヘリコプターが飛んでいく方角と同じなので
大きな火事があったらしい。



清水の友だちのブログ『私のなべ四器(規矩準縄)』を見たら
静岡科学館「るくる」で行われた親子工作教室に息子と一緒に参加し
レオナルド・ダ・ビンチのヘリコプターを作ってきたという。
とはいえダ・ビンチの絵の通りの物を作っても実は飛ばないので
雑誌『大人の科学』付録についていた改良型を作ったという。

表紙デザインを担当している雑誌『RikaTan』の編集会議で
編集長の左巻健男さんと話していたら
日本では学校で流体力学を教えないので
飛行機がなぜ飛ぶかすら説明できない人が増えているという。

レオナルド・ダ・ビンチのヘリコプターは
彼が描いたスケッチ通りに作ってもなぜ飛ばないか、などと聞くと
流体力学の基礎も知らないからそんな質問をするのだと
博学な大人から笑われるかもしれない。



六義園上空を火災現場に向かって飛んでいくヘリコプターを
デジカメで撮影すると羽は静止して見える。
こんな写真を子どもに見せて
「どうしてこのヘリコプターは落ちてこないの?」
と聞かれたとして、それに真剣に答えることはとても有意義で
「どうしてダ・ビンチの木ねじは空に向かってねじ込めないの?」
という疑問を子どもと一緒に真剣に考えるのと同様、
軽々しく笑えない大切なことなのだと思う。
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▼成人の日の朝

1月12日成人の日の朝。
日本海側では雪の朝を迎えたそうで
そういう日の関東平野は快晴のことが多い。


   ▲六義園上空午前8時半

清水の友だちから
「清水は風がすげぇです」(原文ママ)
というメールが届き、清水に比べて無風の東京は冬型の気圧配置がゆるいな…
と思ったら午後から雪雲のような黒い雲が空を覆ってきた。

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▼カボチャ開きの夜

カボチャ開きをした日の夜は当然ながらカボチャの煮付けが出る。
年寄りのための食事なので小さく切って煮てある。



妙な品種改良をされる前の昔の野菜は美味しかったと思うけれど
昔より今の方が美味しいと言える数少ない野菜がカボチャだと思う。

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▼カボチャ開き

年寄りの介護に追われて年越しをすると
あれこれ忘れてしまったことも多くて
鏡開きの頃になって今年はお供え餅を飾り忘れたことに気づいた。


   ▲カボチャ

昨年、新潟の友だちが送ってくれた自家製カボチャを
義父母の住まいに転がしておいたので
新春にあたりカボチャ開きを執り行うことになった。


   ▲二等分したカボチャ

新年早々怪我をしたらつまらないので
小笠原流秘伝による包丁さばきでしずしずと行う。


   ▲四等分したカボチャ

「カボチャ開きとは、正月に転がしておいたカボチャを割リ、
煮たり味噌汁に入れて食べ、一家の円満を願う行事である。
「開き」は「割り」の忌み詞(いみことば)。
カボチャは円満を、開くは末広がりを意味する。
また、カボチャを食すことを「尻固め」という。
これは、食物繊維を食べ、腸を丈夫にして、年神様に老人の快便を祈るためという」
(Woosoopediaより)

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【小さいこともいいことだ】

【小さいこともいいことだ】

郷里静岡県清水の後輩とメールで話していて、テレビというものは実際より綺麗に写ったり、面白くもないものが面白く感じられると、時間のむだ遣いにつながって困るので、必要最低限の小ささのものを購入していると話した。


■我が家のトリニトロン

我が家にはSONYのカタログを見て選んだ一番小さなトリニトロンがあると書いたら
「小さいこともいいことだ」
と題したメールが届き彼の家には今でも動く6インチのトリニトロンがあるという。


▲後輩のトリニトロン

なんと見たこともないGPS付きの携帯車載用トリニトロンで、清水本郷町の映光カメラで13万円もしたという。
我が家のトリニトロンと同じ管かと思っていたのだけれど写真を見たらもっと小さいので調べてみたら我が家のトリニトロンはは9インチなので大きさでは完敗した。

製造シールを見ると彼のトリニトロンは94年製だけれど我が家のトリニトロンは91年製なので
「古いこともいいことだ」
と強がってみたけれど勝ったことにならないか……。

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▼駒込橋

郷里静岡県清水にある清水橋の上はかつて
静岡鉄道清水市内線の路面電車が轟々たるたる音を立てて
東海道本線の上を渡っていた。



JR駒込駅脇にある駒込橋の上も
僕が小学生の頃は都電の路面電車が轟々たる音を立てて
山手線の上を渡っていた。

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▼ロウバイの香り

昨日、大学時代の同級生から年賀状が届き
自由業の造形作家として頑張ってきたけれど、
都内の某大学で教授への昇進が決まったという。
同級生の中でもっとも相応しいと昔から思っていたので
わが事のように嬉しいと返事を書いた。



ポストに投函に行った帰りに文京グリーンコートの区画を散歩したら
フィットネスクラブ東急スポーツオアシス脇の道で良い香りがするので
遊歩道脇に植えられていた植木を見たらそれらはロウバイなのだった。
これも花の季節に通りかからなければそうとは気づかない出会いなのだろう。

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▼冬の夾竹桃

白壁に落とす影が綺麗だなと思ったら
夾竹桃が常緑で冬でもそこにあることにあらためて気づいた。
冬の夾竹桃は影と似ている。



花が咲かなければ存在を意識しない植物と
花どころか枯れ葉いちまい枝にないのに
存在を強く感じる植物もある。

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▼100……猫と再会


近所を散歩していて
「(ああ、この猫を何年か前にも見て写真に撮った)」
と思い出し
「(猫というのは長生きなものだな)」
と思うことが多い。
友だちが飼っている大病をして手術を受けた猫も
交通事故でズタズタになり這うようにして帰ってきた猫も
今も元気にしていると聞くとやはり
「(猫というのは長生きなものだな)」
と思う。



人間の場合だと
「(ああ、人間ってあっけないものだな)」
と思うことが多いのと対照的だ。
犬の場合でも
「(犬の生きられる時間ってなんて短いんだろう)」
としみじみ思うことが多いので、どうして
「(猫というのは長生きなものだな)」
と再会するたびに思うのかが不思議だ。

もしかすると良く似た先代と間違えている場合もありそうで
「(猫は代々、付き合いも代々)」
なのかもしれないとも思う。

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▼隔年結果

年末に郷里静岡県清水からみかんが届いたので礼の電話をしたら
「今年は不作らしいな」
とのことだった。



近所を散歩したら民家の柿の木が大豊作で重みで枝がしなっている。
果実には「隔年結果(かくねんけっか)」といって
一年おきに豊作と不作があり表年・裏年とも言う。
ネットで「柿の実 豊作」で検索したら、やはり日本中のブログで
今年(2008年)は柿が大豊作だという書き込みがあった。



柿を目当てにたくさんの野鳥が集まってきており、
カメラを持った怪しい散歩者が早くあっちへ行かないかと待っている。
夕暮れが近いので早々に立ち去ってやることにしたが
鳥たちにはありがたい冬になっている。

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▼駒込富士神社のカヤノキ

毎年親たちと一緒に初詣に来る駒込富士神社。
境内にある巨大なカヤノキには戦後60年以上も経ったのに
投下された焼夷弾による焦げ跡がいまだに残っている。



焼けこげた樹皮のままここに立ち続けているわけで
大したもんだなぁと思い、毎年初詣に来るたびに実は心の中で
拝殿よりもこちらのご神木に手を合わせているように思う。

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▼浅嘉町のたばこ屋と犬小屋

とてもユニークな窓の飾りで帽子をかぶっていないけれど脱帽した。



窓の開口部から顔を出すとスヌーピーと小屋の中に同居しているように見えるわけだ。

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