酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「人工知能の核心」~羽生が見据えるAIの未来

2018-02-09 12:46:07 | カルチャー
 スポーツ観戦と同じ感覚で将棋や麻雀の対局番組を楽しんでいる。将棋といえば、藤井聡大がC級2組で9連勝し五段に昇段した。杉本昌隆七段との師弟対決(王将戦1次予選)も楽しみだが、何といっても注目は、羽生善治竜王との朝日杯準決勝(⒘日)だ。羽生を破り決勝も制したら、六段に昇段する。

 その羽生はA級順位戦を6勝4敗で終えた。現状3位で、久保利明王将と豊島将之八段がともに最終戦で負けない限り、挑戦の目はない。最終戦で耳目を集めるのは、渡辺明棋王と三浦弘行九段の対決だ。羽生全冠永世位獲得の伏線になった竜王戦を巡る因縁を、両者は超えることが出来るだろうか。

 羽生は若かりし頃、「将棋はゲーム」と広言した。猛反発し羽生バッシングに走ったのは「将棋は人生」と主張した先輩棋士たちだが、その実態は……。10年以上も前のこと、NHK杯で解説を担当した山崎隆之八役は、青野照市九段を「将棋界にまれな人格者」と紹介し、聞き手の〝暴言女王〟千葉涼子女流四段に悲鳴を上げる。

 47歳になった羽生が人格者かはともかく、謙虚な〝孤高の求道者〟であることは言うまでもない。羽生の奥深い思索が行間から滲み出た「人工知能の核心」(HNK出版新書)を読んだ。羽生は2016、⒘年に放送された「人工知能 天使か悪魔か」シリーズでホストを務めた。世界を飛び回った羽生のリポートを、NHK取材班が補強する形になっている。

 右脳と左脳をフル稼働させる羽生は、これまで詩人、哲学者、科学者らを言葉で唸らせてきたが、知性と感性の燦めきで人工知能(AI)の最先端の研究者たちに感銘を与えたエピソードが、本書で紹介されている。帯に記されているように、<人間にしかできないことは何か>が羽生のモチーフで、取材を進めるうちに、<AIを知ることは、人間の脳の働きに迫るため>というテーマを研究者と共有するに至った。 

 囲碁や将棋のトップ棋士を破ったAIの能力の背景は、<ブラックボックスス化したディープラーニング>だが、経験に基づく汎用性には欠けている。知らない家でコーヒーを淹れることは人間にとって簡単だが、AIは戸惑う。坂の上から転がり落ちたボールが、止まっているボールと同一であるという判断を下すのに難渋するのは、時間を正しく把握出来ないAIの問題点を示している。

 羽生が繰り返し言及しているのが、AIが持たない<美意識>だ。かつて羽生世代は〝実利を重視する新人類〟とベテラン棋士に揶揄されたが、羽生は「優れた手でも、美意識に欠けると感じたら指せない」と記している。映画に関して、「AIをフルに活用しても、人を感動させる傑作は生まれない」という羽生の指摘は的を射ていると思う。

 医療において、AIは既に成果を挙げている。蓄積されたデータを分析し応用するのは得意分野だからだ。一方で、介護の現場はどうか。厳しい現場ゆえ、介護ロボット導入を求める声は強いが、汎用性と時間認識に欠ける点が実現への壁になるかもしれない。

 本書に重なったのは、今世紀末の超知能社会を舞台に描いた奥泉光著「ビビビ・ビ・バップ」(16年、講談社)だ。格差と貧困は絶望的に拡大し、1960年代新宿の混沌そのままの蜘蛛巣地区の住民は、AIやロボットとは無縁だ。AIの御利益は一部の特権階級のみに限られるのではないか。

 見逃してしまったが本日未明、「プリ・クライム~総監視社会への警告」(BS1)がオンエアされた。恐らくAIも監視のツールとして悪者になっているはずだ。羽生は取材の過程でソフトバンクの開発室に赴き、AIと花札に興じた。負け続けたAIは、羽生に驚嘆する〝仲間〟の笑顔に感応し、喜びを表現するようになる。

 この親和力をとばぐちに、AIが良心や倫理観を備えることが出来たら、人類の未来はバラ色になるかもしれない。それは羽生の、そしてAIに関わるすべての人たちの希望でもある。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「操作された都市」~斬新な... | トップ | 独自性と普遍性~緑の党が目... »

コメントを投稿

カルチャー」カテゴリの最新記事