酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「哀しき獣」~血と呻きに彩られたクライムムービー

2012-01-27 03:51:27 | 映画、ドラマ
 前稿冒頭で小島貞博調教師の自殺について触れた。競馬界を取り巻く状況は記した通りだが、小島貞師の苦悩には個別の事情も加わっていたに相違ない。上滑りの論調を反省しつつ、あらためて冥福を祈りたい。

 悲報あれば、朗報も。内田博幸騎手が「即死の可能性もあった」(当人談)落馬事故を乗り越え、8カ月ぶりにターフで勇姿を見せる。復帰は大歓迎だが、POG指名馬ディープブリランテ騎乗の噂に、複雑な気分になった。「岩田とのコンビでダービーへ」が、俺だけでなくブリランテファンの正直な気持ちではないだろうか。

 テオ・アンゲロブロス監督が亡くなった。30年前に見た「旅芸人の記録」は衝撃的だった。縦横無尽に動く長回しのカメラが群衆を追う。俺は客席から向こう側に移り、歴史の証言者になった感覚に陥った。全ての作品で、一つ一つのカットがフリューゲルさながらの構図を持ち、壮大な叙事詩を築いていく。アンゲロブロスは時を超えたギリシャ悲劇の語り部でもあった。巨匠の死を悼みたい。

 新宿シネマートで昨夕、「哀しき獣」(10年、原題「黄海」)を見た。カップルには不適、血に弱い人にはNG、空腹時と満腹時は避けるべし……。1㌧を優に超える血でスクリーンはどす黒く染まり、BGMは刃が人を抉る音と呻き声だ。前稿に記したナ・ホンジン監督の前作「チェイサー」で対峙したハ・ジョンウとキム・ユンソクが、本作でも闇を駆け抜ける。

 <21世紀に甦ったシェイクスピア>と絶賛された「息もできない」を筆頭に、韓国映画は情念、叫び、恨、原罪、根源的な悪が坩堝で煮えたぎっている。韓流ドラマやK―POPとは別世界だ。背景には日本による支配、南北分断、独裁政権と光州事件の傷痕、格差が挙げられるが、「哀しき獣」の起点は中国の延辺朝鮮族自治州だ。

 タクシー運転手のグナム(ハ・ジョンウ)は莫大な借金に追われ、妻に逃げられた。麻雀でカモにされ、同僚には殴られ放題のグナムは、闇社会を仕切るミョン(キム・ユンソク)に借金帳消しを持ち掛けられる。条件は韓国での殺人だ。ミョンのお膳立てで密航したグナムは、ソウルでターゲットのスンヒョン教授を見張りながら、失踪した妻の行方を追う。

 殺人が不首尾に終わり、グナムがミョンに追われる展開を予想したが、ストーリーは複雑怪奇な方向に進行する。ミョンとソウルを牛耳るテウォンに軋轢が生じ、警察は失態を重ねる。事情が掴めないまま複数の敵に追われるグナムは、土地勘のないソウルを猛然と走り、冬山を越え、乱闘を機知で切り抜け、カーチェースで本領を発揮する。グナムは某国の特殊部隊の一員だった……なんてオチはない。内なる獣性を呼び覚まされたグナムは、疾走しながら考える。血なまぐさい殺戮の仕掛け人は誰なのかと……。行き着いたのは天使の貌をした悪魔だった。

 グナムの妻、教授の妻、テウォンの愛人、身元不明の死体……。登場する女たちに曖昧な印象しか残らなかったのは、俺の目が節穴だから? それとも監督の意図? ラストで黄海に捨てられる遺骨、エンドロール途中の謎めいた駅のシーンに余韻が去らない。

 緊張が途切れない作品だが、20人前後(330席)という寂しい入りだった。シネマート新宿は「痛み」と「超能力者」(ともに韓国映画)も上映する予定だが、経営が成り立つのか心配になってきた。


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2 コメント

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眼の海について (ito)
2012-01-27 23:25:39
大変申し訳ありせん。ブログの内容と異なりますが、酔生夢死浪人日記さんの、辺見庸「眼の海」に関する記事のご予定はありますでしょうか。

ぜひ。
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もちろん (酔生夢死浪人)
2012-01-28 05:58:18
 とっくに購入しているのですが、まだ読んでいません。3・11に合わせて記すつもりでいます。
返信する

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