酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ザ・ストーリー・オブ・トミー」~トミーとはすべての聴き手

2014-03-03 22:36:02 | 音楽
 治安維持法制定直後、生活実感に根差した争議が燎原の火のように広がった。農村や工場での身を賭した闘いを支えていたのは、貧困や格差への怒りだけでなく、傾奇者意識やパンク精神である。

 3・11後の今、80年前に似た空気が醸成されつつある。都知事選では様々な分野のアーティストが工夫を凝らし、宇都宮支持を訴えていた。「週刊金曜日」の特集「今こそ抵抗の歌を」で中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)は、<宇都宮さんの賛同人リストは素晴らしかった>と語っている。政治的高揚と革新的な文化が重なった時、<空疎ではないリアルな革命>が立ち昇ってくる。

 昨年は俺にとり〝ロック豊饒の一年〟だったが、今年は一度もライブに足を運んでいない。CDも数枚購入したが、ブログで紹介するほどの感銘は受けなかった。残念なニュースといえば、グリズリー・ベアの活動停止だ。インディーズとはいえ全米アルバムチャートで10位前後を記録し、ツアーやフェスでも人気を集めている。「ロッキンオン」で彼らの年収が1000万円に遠く及ばないという記事を読み、ロック界のシビアな現実に愕然とした。

 ポール・マッカートニーやローリング・ストーンズは対照的に、日本でも莫大なギャラを稼いでいる。ビートルズによってポップミュージックに目覚め、10代半ばの頃はストーンズが夢に頻繁に登場していたが、今の彼らに興味はない。敬意を抱くからこそ見ないというのが本当のところだ。

 ようやく、本題。WOWOWでオンエアされた「ザ・ストーリー・オブ・トミー」を録画して見た。1969年に発表されたロックオペラ「トミー」の制作過程を、生き残ったピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーら関係者が振り返るドキュメンタリーである。

 「トミー」以前のフーは〝暴力的なポップバンド〟で、デビュー当初からライブパフォーマンスに定評があった。時流に乗って人気を拡大したが、ドアーズらアメリカのバンドと比べると、知的というイメージはなかった。自分たちの実力を証明するために挑んだのが「トミー」である。ピート自身のDV、児童虐待の体験が作品の下敷きになっている。

 ヒッピームーヴメントや導師ミハー・ババの影響を受けたピートは、三重苦の少年トミーを主人公に据える。三重苦といっても肉体的な障害ではなく、他者との間の壁に弾かれ、自分の内側に閉じこもっていた。現在では当たり前になったトラウマや引きこもりの克服というテーマを、45年前に先取りしていたのである。制作するうちに研ぎ澄まされ、個のレベルから飛躍し、<疎外からの解放>がアルバムのテーマになる。

 「ピンボールの魔術師」に実在のモデルがいたことも興味深かったし、実際に起きた事件やエピソードをストーリーに取り入れている。「ザ・フーは3人の天才(ピート、ジョン・エントウィッスル、キース・ムーン)と1人の凡人からなるバンド」とピートに酷評されていたロジャーがトミーになり切り、バンドの声として認められた。

 ケン・ラッセルの映画(75年)は、絢爛でカリカチュア化された嫌いもあった。アルバムや映画の後半でトミーがカルト教団のリーダーになったかのような印象を受けるが、ありふれた思春期の少年の精神遍歴として受け止めてほしいとピートは語っている。

 ラストに繰り返し現れる“You”について、トミーを導く絶対的存在と解釈していたが、ロジャーはウッドストックやワイト島の大観衆を前に歌ううち、構図の顛倒を覚えた。即ち“You”とは高みに聳えるのではなく、共感し熱狂するひとりひとりの観衆であると……。「トミー」はバンドから離れ、聴き手のものになった。

 「トミー」発表後、レナード・バーンスタインはピートに抱きつき、「やったな」と祝福したという。産声を上げたばかりのロックは数年後、文化の域に達し、最も才能に溢れた若者を吸収していく。「トミー」もまた、この流れに大きく貢献した一枚といえる。

 昨日2日、「渋谷に福来たる」に足を運び、「古典モダニズム」と題された立川志らくと桃月庵白酒の二人会を堪能した。キャパ700人の会場で最前列の真ん中という特等席である。オープニングの軽妙なトークで場を和ませ、白酒「喧嘩長屋」→志らく「やかん」→白酒「明烏」→志らく「親子酒」の順で高座が進む。白酒の自虐とパワー、志らくの毒と才気に圧倒された2時間だった。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「ダラス・バイヤーズクラブ... | トップ | 「クラウド 増殖する悪意」... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
マスコミ内反体制文化人 VS インディーズ文化人 (BLOG BLUES)
2014-03-05 11:52:56
こにゃにゃちわ。中川敬もまた「鼻の利くバカ」の一人ですね。チンドン屋サウンドで「インター」カマしたり、沖縄のジミヘン、登川誠仁の畢生のアルバムに客演してんだから、イカしてます。

『宇都宮さんの賛同人リストは素晴らしかった』。もう、僕の知らない人ばっかでさ。マスコミを相手にしてない人たち。上昇志向とか権威主義とかの持ち合わせはハナっからなくて、So What?ってなもんなんでしょうね。

細川さんの賛同人は、これと好対照で。上昇志向とか権威主義とかから自由になれてない人たちなんでしょうね。だから「知名度」に縋っちゃった。

僕自身も世代的に後者で、助平根性が吹っ切れてはいないのだが♪~だれど それではァ きっとダメなんだァ そうだろ~とは思い至る。近頃の若いもんの後に、ついていきますか。
返信する
自由の気勢は (酔生夢死浪人)
2014-03-06 21:40:16
 果たして今後に繋がるのでしょうか。確かに、一部の若者は面白い動きを見せている。でも、この流れをどう広げていくのか、なかなか道筋が見えない。

 でも、その辺りをしっかり見据えている新しい水夫はいるはずです。
返信する

コメントを投稿

音楽」カテゴリの最新記事