酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「フリアとシナリオライター」~リョサが仕掛けるスラップスティックコメディー

2024-05-27 22:24:01 | 読書
 前稿でダービーを予想した。4頭挙げ、⑮ジャスティンミラノ、⑬シンエンペラーは2、3着だったが、勝った⑤ダノンデサイルは全くのノーマークだった。同馬は皐月賞をゲートイン直前に回避した。輪乗りの段階で横山典騎手が違和感を察知したからである。安田翔伍師とスタッフは翌日、打撲痛の症状を確認し、ダービーに向けて調教を積み、栄冠に輝いた。

 横山典は〝感性の騎手〟と評される。56歳で3度目のダービー制覇で、検量室ではトップジョッキーである息子の和生、武史と抱き合っていた。一方で安田翔伍師の父は名伯楽(GⅠ・14勝)の安田隆行前調教師である。騎手時代はトウカイテイオーでダービーを制しているが、調教師としてのダービー制覇の夢を息子が叶えたことになる。競馬は〝ブラッドスポーツ〟であるが、関わる人たちも血と絆で紡がれている。

 さて、本題……。入り口は太宰治だったが、読書に親しむようになってから四十数年が経つ。最も感銘を覚えた作家を一人挙げるなら、マリオ・バルガス=リョサになる。今回は読了したばかりの「フリアとシナリオライター」(1977年、野谷文昭訳/河出文庫)を紹介する。<全体小説=取り巻く現実とともに人間を総合的に表現する>を掲げるリョサは、複数の視点で1950年代のリマを描き出している。

 リョサの作品の多くは重層的でシリアスだが、自伝的作品である本作はポップな色調でユーモアに溢れている。18歳のマリオが32歳で離婚歴のある叔母のフリアと恋仲になる。結婚に至るドタバタと並行して描かれているのは、マリオが勤める系列ラジオ局に招かれる天才脚本家ペドロ・カマーチョとの交遊だ。キーワードはボリビアで、フリアもペドロもともに当地からリマにやってくる。ペドロのアルゼンチン人への嫌悪、キューバ革命への過渡期も描かれていた。

 作家志望で短編を書きためているマリオは、ストイックに魅力的なシナリオを生み出すペドロに驚嘆して惹きつけられ、理想的な作家像を重ねていく。リマの地図を参考に、様々な情報をシナリオにぶち込むマリオに狂いの兆候が表れてくる。登場人物やストーリーが錯綜して収拾がつかなくなるのだ。煌めいた才能が廃人に転落した様子はラストに描かれていた。

 550㌻を超える長編ながらリョサにしては読みやすいと感じてページを繰るうち、俺もまた混乱を覚えるようになった。「アンデスのリトゥーマ」、「ささやかな英雄」の主人公である警察官のリトゥーマ軍曹は本作にも繰り返し登場する。マリオに加え、リマのスキャンダルや事件を俯瞰の目で観察する冷徹な語り手がいて、さらに作家として成功したリョサ自身も冒頭とラストで語り手に加わっている。ペドロが提示する脚本は<劇中劇>の様相を呈していき、虚実が入れ子構造を形作るさなか、現実はカタストロフィーを迎える。

 解説の斉藤荘馬氏は本作に自らの青春時代を重ねて綴っていた。リョサの入門編にはもってこいのスラップスティックコメディーだが、それでも様々な仕掛けが講じられた作品だ。リョサは歴史に造詣が深く、リアリズムを追求する作家と評される。平易に思える本作だが、メタフィクションやマジックリアリズムの要素も濃い。俺が囓っているのは巨大な蜃気楼の端っこに過ぎないことを実感させられた。
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