酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「新しい世界」~深淵と業に迫った韓流ヤクザ映画

2014-03-15 22:53:59 | 映画、ドラマ
 「JAPANESE ONLY」の横断幕を撤去しなかった浦和レッズに、無観客試合の処分が下った。「反レイシズム」を唱えるFIFAの意向に沿った厳罰とみられるが、根底には様々な問題が潜んでいる。

 掲げたサポーターは「日本人以外はお断り」→「JAPANESE ONLY」の言い換えで、表現を緩和できたと考えたはずだ。差別意識の克服ではなく、〝言葉狩り〟を避けるために今も自主規制を励行するマスコミの姿勢に、今回の一件が重なった。

 浦和フロントは横断幕を深刻に受け止めず、一部メディアは擁護する。ヘイトスピーチが規制されないことからも明らかだが、日本社会は今も昔も、差別や人権に極めて鈍感なのだ。関東大震災時、特高のトップだった正力松太郎(後に読売新聞社主)は、警察が「朝鮮人暴徒化」の虚報を意図的に流したことを認めている。その結果、6000人以上の朝鮮人が虐殺されたが、逮捕者の多くは市井の人だった。剥き出しの悪意だけではなく、無意識を蝕む差別もまた、鋭利な刃になって切っ先を血で濡らす。

 前置きは長くなったが、シネマート新宿で韓国映画「新しい世界」(13年、パク・フンジョン監督)を見た。本国で500万人近くを動員したというが、封切り終了間近でもあり、観客はキャパ(300人強)の1割にも満たなかった。イケメンは出演していないし、ヤクザ映画という点も大きかったのだろう。

 Vシネマはさておき、ヤクザ映画が制作されなくなって久しい。1960~70年代、鶴田浩二、高倉健、菅原文太、松方弘樹らに胸を焦がした方は多いが、1世代下の俺は、名画座やレンタルビデオでヤクザ映画に接した。その上で、優れたヤクザ映画の三つの条件を挙げてみる。第一は<組織を鋭く否定している>……。

 任侠物の主人公は義理と人情に殉じる。敵は利権を求めて蠢く大組織で、大抵は警察とつるんでいる。実録物も同様で、組のために臭い飯を食った主人公が出所するも、出迎えはいない。事務所に駆け込むと邪魔者扱いで、金儲けにいそしむ上層部と対立し、暴発して犬死にするというのがパターンだ。

 佐藤純弥監督作は、<大企業&警察連合VS労働者>の当時の図式を反映していた。主人公は当然ヤクザだが、心情は組合活動家、左翼学生そのものだ。第二の条件は、<反警察、反権力の心情に支えられている>……。長いものに巻かれる風潮が強くなった日本では、ヤクザ映画は成立しないのだろう。

 韓国ではヤクザ映画が数多く制作されている。「悪いやつら」(昨年9月の稿)はホームドラマの趣もあり、暴力は控えめだったが、「新しい世界」は血飛沫が上がる痛いシーンの連続だった。軍事政権下の記憶が生々しい韓国社会では警察への不信感が根強く、時に嘲笑の対象になっている。<警察≒悪>の図式が、本作でも鮮明だった。

 主人公のイ・ジャソン(イ・ジョンジェ)は韓国最大の犯罪組織「ゴールド・ムーン」に潜入した捜査官で、チョン・チョン(ファン・ジョンミン)の右腕として頭角を現す。ジャソンの上司でソウル警察のカン課長(チェ・ミンスク)は闇社会の掌握を目論み、権謀術数を巡らしている。チョン・チョンのライバルは暴走気味のイ・ジュング(パク・ソンウン)で、会長の謎の事故死によって跡目争いが激化する。

 闇社会には国境がない。「悪いやつら」では日本の暴力団との連携が描かれていたが、本作では中国との繋がりがキーになっている。血縁と地縁を重視する韓国社会らしく、ともに華僑であるジャソンとチョン・チョンは、駆け出しの頃から強い絆で結ばれていた。

 東欧映画(特にポーランド)と韓国映画の共通点といえば、悪魔がスクリーンを闊歩していることだ。近隣諸国に蹂躙された不幸な歴史、国内の厳しい弾圧体制、そしてキリスト教の影響が、悪魔を育んだといえる。本作の主な登場人物も、悪魔的な個性を秘めている。チョン・チョンは軽薄さと冷酷さを併せ持ち、支配に憑かれたカン課長は部下の無残な死にも決意は揺らがない。凶暴なイ・ジュングは、全身から狂気を滲ませている。

 いずれカン課長に使い捨てにされる……。ジャソンが自身の運命を悟った時、潜入捜査官であることが晒されそうになる。断崖絶壁のジャソンに変化が訪れ、内側で目覚めた悪魔が表皮を食い破る。「ゴッドファーザーPARTⅡ」を想起させる結末で、ジャソンが行き着いた孤独と非情は、マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)の写し絵だった。

 人間の深淵と業に迫り、底なし沼に引きずり込まれたような感覚に陥った。<チョン・チョンはなぜジョソンを許したのか>という疑問もラストシーンで氷解し、俺はカタルシスを覚えた。第三の条件は<絆と友情抜きにヤクザ映画は成立しない>……。「新しい世界」は優れたヤクザ映画であるための三つの条件をすべて満たし、さらに濃縮した作品だった。

 日本では文化遺産になってしまったヤクザ映画だが、監督を一人挙げるなら、やはり深作欣二だ。「仁義の墓場」、「県警対組織暴力」、「北陸代理戦争」が特に記憶に残っている。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« <3・11>から3年~蓋を吹... | トップ | 「ラッシュ」~対照的な個性... »

コメントを投稿

映画、ドラマ」カテゴリの最新記事