酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ドリーム・ホース」~夢と希望を紡ぐ奇跡のお伽話

2023-01-11 20:00:54 | 映画、ドラマ
 王将戦第1局は藤井聡太王将が羽生善治九段を91手で破った。柔らかい空気を感じたのは、両対局者の互いへの敬意ゆえかもしれない。勝負手が連発される一進一退の攻防も、藤井がジワジワ優勢を拡大する……。といっても、表示されるAIの数値に頼っているだけだから、偉そうなことはいえない。解説の森内俊之九段が感嘆していた藤井の6六桂~7七桂あたりから、形勢は傾いたようだ。

 独創的かつ最速の指し手で〝レジェンド〟を破った藤井の進歩のスピードに驚かされる。トップクラスの棋士の殆どはAIを導入して研究しているが、なぜ藤井だけが他を圧倒しているのだろう。<自身の絶対的な強さに壊されるとしたら、悲劇的な結末>と悪い予感を前稿に記したが、藤井の壁を揺るがす若者の出現を心待ちしている。

 東山は決勝で敗れたが、京都の高校サッカー界はレベルが上がっているらしい。来年度以降も代表チームの上位進出は可能だろう。正月スポーツは一段落したが、競馬は初夢から遠かった。そもそも、66歳の年金生活者なんて、東京ぼん太風にいえば、「夢もチボウもない」存在だ。夢の欠片でも見たいとタイトルにつられ、映画始めに「ドリーム・ホース」(2020年、ユーロス・リン監督)を選んだ。封切り直後なので、ストーリーの紹介は最小限にとどめたい。

 炭鉱で栄えたが、今は寂れたウェールズの小さな村が舞台だ。主人公は40代後半のジャン・ヴォークス(トニ・コレット)で、昼はスーパーのレジ、夜はパブのバーテンダーと仕事を掛け持ちしている。夫のブライアン(オーウェン・ティール)はリストラされ、関節症を患い家でゴロゴロしている。介護している両親とも口論は絶えない。

 「自分は何のために生きているのだろう」……。そう自問自答するジャンはかつて、鳩のトレーナーとして活躍していた。パブの客で馬主経験のある会計士のハワード(ダミアン・ルイス)にインスパイアされ、ジャンは競走馬の生産を思いつく。活躍馬を出していない牝馬を購入し、種付けしてドリームアライアンス(夢の同盟)が生まれた。ちなみに、ハワードの妻アンジェラはかつての失敗を理由に、再び競馬に関わろうとする夫と距離を置く。

 近所で20人を集め、週20ポンドで馬主組合をつくる。求めるのは儲けではなく<胸の高鳴り(ホウィル)>が決め事だった。預託先も決まり04年、デビューを果たす。大出遅れで4着だったが、少しずつ実績を重ねていく。冴えない日々を送っていた組合の仲間たちも生きる意味を実感するようになる。

 彼我の競馬文化の差に驚くしかない。ドリームアライアンスが出走した障害レースは、平地を凌ぐほど人気がある。〝農園の馬〟ドリームアライアンスが富裕層の持ち馬を大レースで破るなんて、現実に起きた奇跡のお伽話だった。翻って日本の競馬界は、社台系が調教師、騎手まで支配する極端な格差社会である。本作の肝というべきは緊迫感あるスリリングなレース映像だ。
 
 興味深かったのはウェールズの文化と精神だ。ウェールズ語に誇りを持ち、イングランドへの対抗心が強い。サントラにはマニック・ストリート・プリーチャーズ(マニックス)、スーパー・ファーリー・アニマルズらウェールズのバンドの曲が収録されている。エンドタイトルでは出演者たちがリレー形式でトム・ジョーズの「デライラ」を歌っていた。彼もウェールズ出身である。

 大けがを乗り越えてドリームアライアンスがウェルシュナショナルに挑むラストに加え、俺にとって本作のハイライトは初レース後、平均年齢が50歳超の組合の連中がチャーターしたバスの中で、マニックスの「デザイン・フォー・ライフ」を合唱するシーンだ。ウェールズに限らずUKで〝労働者階級のアンセム〟と評されている同曲は直訳通りの〝人生の設計〟とは内容が異なるが、マニックスがいかに愛されているのかを実感出来て、胸が熱くなった。

 本作はくすんだ俺に初夢をくれた。トニ・コレットの繊細な表情も作品を際立たせていたし、ジャン夫妻、ハワード夫妻の絆の再生も描かれていた。夢、希望、セカンドチャンスの意味を問いかけてくる、年初に相応しい作品だった。
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