酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

到達点はパンク?~極私的「椎名麟三論」

2005-08-06 04:33:14 | 読書

 椎名林檎がデビューした時、芸名の由来について議論したことがある。彼女は椎名麟三の大ファンで、<麟三→麟五→林檎>になったと主張する者がいた。ちなみに俺の説は、赤裸々さで衝撃を与えたフィオナ・アップルをもじったというもの。「フィオナ」と「椎名」は語感が似ているし、「アップル」は即ち「林檎」である。まあ、両説とも真実から遠いことは間違いあるまい。

 さて、本題に。小説を読み終えた時、必ずといっていいほど、異物を呑み込んだみたいに胃の辺りがチクチクする作家がいる。その代表格が椎名麟三だ。最初に読んだ作品は「懲役人の告発」である。学生時代のことだったが、当時(70年代後半)、世界に吹き荒れていたパンクロックに通じるエネルギーと斬新さを感じた。作者は数年前に亡くなっており、発表時(69年)、60歳近くだったことを知って驚いた記憶がある。

 主人公の長作は24歳の若さだが、希望のない隘路に閉じ込められている。飲酒運転で少女を死なせて下獄し、執行猶予中の身なのだ。長作が自らの人生を無意味と認識し、世界と疎隔感を覚えていることは、以下の抜粋部分で示されている。<おれは、自分の実感として、逆に世界から否定されている自分を感じているのだ。(中略)具体的にこの道路や曲り角やゴミ箱や、おれの出会う事物によって否定されているのだ>……。

 長作が工場で作り出したものは、形になるや彼から遠ざかり、逆に自分を支配する。長作にとって、世界は常によそよそしく、自らの矮小さを突きつけるものでしかない。感嘆すべきは、<疎外>という作品のテーマを、文体にまで敷衍させている点だ。文学では通常、思い、感じる主体を軸に世界が描かれる。だが、本作では<彼女の脳味噌がおれの指をつかんだとき>というように、主体と客体、動作主と対象の関係を逆転させる実験的な表現がちりばめられている。

 椎名作品で特徴的なのは、性に対する特異なアプローチだ。同じく戦後派の旗手と謳われた野間宏は、<愛と欲望の葛藤>を描いたが、椎名は<愛と欲望の乖離>を前提に物語を構築する。「永遠なる序章」で主人公の安太は、可憐な女性に強い愛を抱きながら、決して美しくない中年女との関係に僅かな余命を燃焼させ、恥じることがない。醜悪さをあるがままに受容するという態度は、他の作品でも貫かれている。

 「懲役人の告発」を悲劇的な結末に導くのが12歳の福子だ。福子は長作の父の再婚相手の連れ子だったが、養女として叔父の元に預けられる。裸で家の中を歩き回り、誰彼なく唾を吐き、首や腕に噛み付く。野生の獣のような福子の振る舞いが、暗澹たる人生を歩んできた長作の父を狂わせ、成功者の叔父まで破滅させる。繰り返し現れ、長作の虚無をイメージしたかのような<首のない黒い犬>が、次第に影から実体を伴い、物語を覆い尽くしてしまうのだ。

 椎名は10代半ばから工場で働くプロレタリアートだった。治安維持法で検挙され、獄中生活を送っている。実体験に基づき、観念ではなく皮膚感覚で下層階級、犯罪者、倒錯者を描いたことが、椎名文学の異質さ、怪物性を底支えしているのではなかろうか。

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1 コメント

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文学と音楽? (パンクキッズ★(ファッションパンク))
2005-08-07 02:26:49
たまたま見つけたんですが椎名林檎さんはそんなに文学的な人なんですか?

俺は青いケツの糞ガキですが、そういう理知的なアーティストの解読?みたいなのとか文学に関連してくるのは大好きです。(何言ってんだ?)



俺は15歳ってこともあって時計仕掛けのオレンジを読んでいるんですが、やはり音楽は人間に無くてはならないものなんでしょーね。

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