つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

21号台風

2018-09-05 | 災害

 昨日は、伊勢湾台風時の猛威を思い出すような21号台風が日本を横断しました。岐阜に25年前に帰郷し、はじめての猛烈な台風でしたので恐怖を覚えました。死者こそ9人と少なかったのですが、関西空港は閉鎖となり、3000人もの人が動けなくなったり、損害額はかなりな額に上ったことと思います。被害に遇われた方にはお見舞い申し上げます。我が家の被害は、4本の倒木だけでした。

 伊勢湾台風は、昭和34年ですから相当過去ですが、神戸のOさんのことを思い出します。彼は、都市ガスのガス漏れ検査で定期的に訪問する人でしたが、決まって伊勢湾台風で子供を亡くした話をするのです。台風で小学生だった二人のご子息を亡くし、以来、名古屋にいられなくなり、神戸にやってきたと言うのです。思い出すのも辛くて、郷里を捨てられたのです。神戸にいた昭和42年には、もう台風のことは過去形になっていた私は、まだ十字架を背負っている人がいるのかと驚きました。死者は6000人という前代未聞の台風でしたから、トラウマを生涯背負う人もあるのです。

 昨年9月に続いて今年も、長良川スポーツプラザで、生き方セミナーが9/1と9/2にありましたが、地元親睦会に出たので2日目しか出られませんでした。レストランのオーナーは、明治初期に描かれた金華山の浮世絵を見せながら、150年前の説明をしてくれました。長良橋はまだ木製でした。前日は金華山を案内し、岐阜ははじめての講師M先生にとりよい思い出となったと思います。なおこの会場では、昨年大相撲信長場所が開催。幕内力士のサインと手形もあります。6階レストラン北の窓より斎藤道三の墓近くの鷺山が見えます。

 

 

会場北の窓より見える鷺山                            150年前の金華山浮世絵 長良橋は木製

御嶽海の写真とサインと手形 右は高安のサインと手形

コメント (4)
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