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つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

小説を短歌に

2025-08-26 | 短歌
 昨日の岐阜新聞短歌欄に辛うじて入選しました。最近ドフトエフスキーを読んでいるので、それをテーマとしました。伏屋さんは特選に入られて素晴らしかったです。テーマはお孫さんのために創られた恐竜の童話。

神の有無三次元では解けぬとふドフトエフスキーは小説の中で

「恐竜の本一緒に作ろうよ」「なぜ絶滅したかも入れよう」 伏屋さん

最近ドフトエフスキーを読み、いろいろ学ぶこともありましたし、成人した孫たちとそのテーマで話すこともありましたし。

岐阜文芸を書かれているのは、笠松町在住の俳人大野氏です。テーマは、高田城。


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岐阜から宇宙へ

2025-08-25 | 岐阜県
 昨日、岐阜大学と岐阜の高校生、事業家などで、超小型人工衛星「らいちょう」が米国で打ち上げられ成功しました。フロリダ州のケープカナベラルへ岐阜から出かけ見守られました。その様子が笠松町の公民館にも中継されたので、夫と出かけました。成功して本当によかったです。笠松町には岐阜工業高校があり、ロケットに携わっているのです。億単位のお金は事業家から寄付されています。研究は3年越しに続けられ、最後にはJAXAから許可されました。これから通信などに応用されるでしょう。日々暑いのに夫は行きたいと言うので、二人でタクシーで出かけました。夫は会社にいたときロケットの設計にも携わっていて、種子島の宇宙センターへも出張しました。中継の映像には思わず拍手しました。成功してよかったです。私たちの冥途の土産になりました。岐阜大教授も冥途の土産とスピーチされ思わず皆笑っていました。









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ブラタモリ・東大

2025-08-24 | わが家
 昨夜のブラタモリタモリは東大。来週も続くようです。息子と孫と娘婿が東大のため何度も赤門に行きました。日本武道館での入学式にも二回。保護者は2名招待されるだけです。夫は会社を休んでまでも出ない、というので母を連れて行きました。母は冥途の土産と言い、感動していましたので、その日のことを息子は記憶していたらしく、孫の分のチケットを私にくれました。二度とも結構祖父母の姿が多かったです。次男の慶大入学式にも出たのですが、ここが違うところです。
 赤門は加賀百万石に徳川の溶姫が嫁いだ時建てられたことは知ってたのですが、戦災で燃えるところを東大生がバケツリレーで守ったことは知らなかったです。姫が亡くなると赤門は処分されるはずでしたが、明治維新まで生きられて、姫が長命だったため壊されずにすみました。赤門の瓦が徳川の葵紋であることは気づかなかったです。三四郎池が高地にあり、関東大震災の火災の火消しに使われたとは初耳です。迎賓館にあたる懐徳館庭園は東大のママ友のTさんと訪問していますので、存在は知っていました。これも冥途の土産となりました。
ところで昨日の阪神ヤクルト戦は、延長12回2:2の引き分けでした。
高校野球は、沖縄尚学が日大三を3:1で下し、初優勝しました。





懐徳館庭園
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県岐阜商決勝に進めず

2025-08-22 | 岐阜県
 昨日の高校野球準決勝で県岐阜商は、日大三校に延長10回タイブレークで4x:2で惜敗。残念ながら69年ぶりの決勝進出は叶いませんでした。69年前、中学生の時テレビの前で、応援していたのに、決勝戦で、平安高校に2:3で逆転で敗れ、準優勝となりました。あの時は本当に残念でした。あの時の県岐阜商の清沢投手はプロ野球に入らず、慶大に進み、六大学野球でプレーしました。卒業後は住友金属、都市対抗野球でプレー。後に高校野球甲子園で長く審判員をされました。今は87歳です。柴田投手はこれからどんな人生を歩むのかしら。生きている間に再び劇的な試合を見られてよかったです。あの日と同じく劇的な試合でした。もうああいう場面には出会わないと思っていたのですが。いずれにせよ敗戦は残念でしたが。県岐阜商の野球部は創部100年。中日の高木元監督は清沢投手の2年後輩です。
写真は地元名鉄笠松駅東口

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何と県岐阜商がベスト4に

2025-08-20 | 岐阜県
 昨日の高校野球準々決勝で意外にも県岐阜商が昨年春優勝した横浜高校にタイブレーク延長11回で、8x:7で勝ちました。サヨナラゲームとは、予想外のことでびっくりです。まさか4回も校歌を聞けるとは。シーソーゲームで目が離せなかったです。恐らく歴史に刻まれるよい試合だったと思います。ヒット数が16で相手チームの3倍近くもあり、もっと楽に勝てる試合のはずでしたが、これは数値では決まらないようです。これまで高校野球は県岐阜商以外は見なかったのです。16年見なかったということです。残念ながら東洋大姫路は沖縄尚学に2:1で惜敗。もう一本のホームランを期待したのですが。ここは43年ぶりのベスト8。そのころ兵庫県にいましたので、強いと言う印象が残ります。
阪神は中日に5:4で勝ち、3連勝。
下の写真は8/20付けの日経新聞

下の写真は8/20付けの岐阜新聞


下の写真は友人宅のグロリオサ

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県岐阜商がベスト8に

2025-08-18 | 岐阜県
 専門家は予想していたのかもしれないですが、まさか県岐阜商がベスト8になるとは思わなかったです。16年ぶりの快挙。7校の公立高校は大方敗退し、県岐阜商だけ勝ち残りました。昨日も手に汗握る好ゲーム。大分の明豊に3:1で勝ちました。優勝とかの欲は出さず、一戦一戦応援してゆきたいです。何しろ夏の大会の岐阜県勢の優勝は90年前に遡ります。その時活躍された県岐阜商の松井投手は戦死されています。応援していた東洋大姫路も西日本短大付属に3:2で、逆転勝ち。また校歌をきくことが出来ました。
巨人阪神戦も阪神が3:1で勝ち、贔屓のチームが全部勝ち、縁起の良い日になりました。阪神の石井投手は40戦連続無失点という新記録を打ち立てました。
写真は我家で収穫したいちじく

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孫たちの盆帰省

2025-08-17 | わが家
 昨日は、孫たちが盆帰省してくれて、墓参りもしてくれました。20代男子ばかり3人。一人はすでに10日に済ませてくれています。新潟や北海道の手土産も嬉しく、これも頂きながらいろいろ話しました。高校野球は残念ながら見ていない様子。今私が読んだドフトエフスキーについても少し。一人は「罪と罰」を買い求めているがまだ読んでいないとか。一人は手塚治虫の漫画で読もうかとか。手塚治虫は、ゲーテのファウストまでアニメ化していると聞いて驚きました。実は夫が「罪と罰」を20代で読了しているので、私は「カラマーゾフの兄弟」を図書館で借りて読んだところ。最下段の写真はこの春、京大博士課程を終えた孫から貰った博士論文の写し。全部英語で、111頁。制御に関するものらしいです。本文の後に少し日本語で研究業績が書かれてあり、国内外で学会発表しています。父と夫の学位論文は、緒言だけ英語で、あとは日本語でした。
昨日の巨人阪神戦は、巨人の長嶋の記念ゲームであるのに、阪神が3:0で勝利。実力差なのでどうしようもないですね。






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県岐阜商3回戦へ

2025-08-16 | わが家
 昨日8/15は80回目の終戦記念日。この日にふさわしい岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」をNHKBSで放映していました。過去にも見たのですが、そのたびに思うことが違います。余りにも立派だった鈴木貫太郎総理大臣の爪の垢でも煎じてのんでほしい今の石破首相です。昭和天皇は後姿だけでしたが、20代であの判断ができるとは稀なことです。終戦後海外の人は、天皇は処刑されると思ったらしいのに、各地で歓迎され驚いたようでした。

 昨日の高校野球県岐阜商の2回戦は東海大熊本星翔に4:3で勝ちました。最終回まで目が離せずよい試合で、相手チームも負けて悔いなしでしょう。両校とも三者凡退がなく、あの横山君も兄さんが応援に来ていました。東洋大姫路も、花巻東に8:4で勝ち、校歌が披露されました。懐かしい書写山や、播磨灘が歌われていました。両校とも3回戦に進めてよかったです。
ところが巨人阪神戦は、阪神が残念ながら6:5で逆転負けをしてしまいました。高校野球を見ながら、ネットで試合の経過を見ていたのですが。

写真は庭のヤナギバルイラソウ

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岐阜みやげ

2025-08-15 | わが家
 帰省中の長男夫婦が1泊で信州に旅して、帰りに岐阜周辺でおみやげを買ってきてくれました。まず関の刃物。包丁は、娘が嫁ぐときに一緒に求めた関の刃物ですが、もう30年近く使っています。今は進歩してステンレスにコバルトを合金したらしいモリブデンというもの。そして飛騨のサルボボ。さるぼぼの原型はおよそ1200年前の奈良時代に中国から伝わった「這子(ほうこ)」「天児(あまがつ)」だと言われています。当時は貴族社会でお産の際に安産のお守りとして産屋に飾られていたようです。時代が進み、他にいろいろと新しい人形が出てくる中であまり作られなくなり、今は岐阜県の飛騨地方でのみの風習となりました。そして、お母さんやおばあさんが娘や孫のために作るさるぼぼが、猿の赤ちゃんに似ていることから、飛騨の方言で「さる=猿 ぼぼ=赤ちゃん」で「さるぼぼ」と呼ばれるようになりました。
写真の右端がさるぼぼ




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放浪記

2025-08-14 | 映画・TV・演劇
 NHKBSで、1962年制作の林芙美子の自伝的映画「放浪記」を録画していたので視聴しました。昔原作は読んでいるのですが、忘却の彼方です。あんなにどん底であったとは知らなかったです。詩人だったことも。
昭和の初期。林ふみ子は行商をしながら、母と駄菓子屋の二階で暮らしていた。彼女が八歳の時から育てられた父は、九州から東京まで金を無心にくるような男だった。隣室に住む律気な印刷工安岡は不幸なふみ子に同情するが、彼女は彼の好意を斥けた。自分を捨てた初恋の男香取のことが忘れられないのだ。母を九州の父のもとへ発たせたふみ子は、カフェーの女給になった。彼女の書いた詩を読んで、詩人兼劇作家の伊達は、同人雑誌の仲間に入るようすすめた。まもなく、ふみ子は本郷の伊達の下宿に移ったが彼の収入だけでは生活できず牛めし屋の女中になった。ところが、客扱いのことからクビになったふみ子は、下宿で日夏京子が伊達にあてた手紙を発見した。新劇の女優で詩人の京子は、やがて伊達の下宿へ押しかけてきた。憤然と飛び出したふみ子は、新宿のカフェーで働くことにした。その間にふみ子が新聞に発表した詩を高く評価した人達があり、彼らは京子をつれてきて、ふみ子に女同士での出版をすすめた。伊達と別れた二人の女は、ふしぎなめぐり合わせの中で手を握り合った。こんなことからふみ子は福地と結婚したものの、貧乏と縁がきれない・・・(成瀬巳喜男監督、ふみ子-高峰秀子、伊達-仲谷昇、福地-宝田明)

ところで昨夜の阪神は広島に2:0で勝利し、M26となりました。

写真はまだまだ咲きつづく入谷朝顔

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