朝のIスタバの会話 3分間
金曜日と土曜日のスケジュールを間違えて、迷惑を掛けました。休みなのをTさんに伝えてもらった。スケジュール調整して、土曜日に出勤した。
明日は別のスタバにいる。11時から居て、一回で二日分ぐらい、働くことになる。
そこに居たKさんは先月、辞めてしまった。
今日は12時までです → では、昼休みは直行します → お待ちしています。
行ってらっしゃいませ。
昼の会話の録音は忘れてた
なぜ、Tさんが撮影会のことを知っているのかを聞いてみた。
アンケートでの握手会のことを聞かれた時に、2回、行ったことを言った後に、撮影会のことを話した。思惑は撮影会の時に手伝ってもらうため。
私は★二つのIさんを写すことを考えていたけど、どうも、一緒に写してもらうイメージみたいです。そこで、チームの協力が得られるように考えたそうです。
ブラックエプロンが戻ってくるまで、2か月ぐらいあるから、その間に、ジャンケン大会を入れることにしました。といっても、何をするのかノーアイデアです。
総選挙をやっても、センターは決まっているからと言ったら、そうですね。
スタバの会話はライフログとして残すことにする。
内なる力と存在の力
性善説では、内なる力が備わっているから、生まれつき社会生活に対応できている。だから、調和しながら生きていける。最初から性善説があるかというと、そんなことがないから、内なる力を埋め込めばいいということになります。
この辺のところは、私の存在の力とよく似ていることは似ている。内なる力を埋め込むのが、社会となると矛盾を起こします。
社会があって、社会の中で育つことで、人間が光を埋め込まれる。光を埋め込まれた人間が意思の自由をハッキリすることで、秩序だった社会ができる。そこで育つ人間がまた、光を埋め込むという循環。これが社会学の考え方です。
存在の力になった時に、その循環が成り立つかどうか。もっと根源的なところからしなくてはムリでしょう。内なる光を宿す自由な存在がある。「内なる光」を「存在の力」に変えてみた。存在の力を宿す自由な存在がある。「存在」がダブっています。
自由とは
欲望に支配された状態が不自由の典型だとしている。やりたい放題こそが不自由だという。欲望に縛られているのは、意思の自由ではない。意思の自由は欲望に抗う時にこそ生まれる。
金曜日と土曜日のスケジュールを間違えて、迷惑を掛けました。休みなのをTさんに伝えてもらった。スケジュール調整して、土曜日に出勤した。
明日は別のスタバにいる。11時から居て、一回で二日分ぐらい、働くことになる。
そこに居たKさんは先月、辞めてしまった。
今日は12時までです → では、昼休みは直行します → お待ちしています。
行ってらっしゃいませ。
昼の会話の録音は忘れてた
なぜ、Tさんが撮影会のことを知っているのかを聞いてみた。
アンケートでの握手会のことを聞かれた時に、2回、行ったことを言った後に、撮影会のことを話した。思惑は撮影会の時に手伝ってもらうため。
私は★二つのIさんを写すことを考えていたけど、どうも、一緒に写してもらうイメージみたいです。そこで、チームの協力が得られるように考えたそうです。
ブラックエプロンが戻ってくるまで、2か月ぐらいあるから、その間に、ジャンケン大会を入れることにしました。といっても、何をするのかノーアイデアです。
総選挙をやっても、センターは決まっているからと言ったら、そうですね。
スタバの会話はライフログとして残すことにする。
内なる力と存在の力
性善説では、内なる力が備わっているから、生まれつき社会生活に対応できている。だから、調和しながら生きていける。最初から性善説があるかというと、そんなことがないから、内なる力を埋め込めばいいということになります。
この辺のところは、私の存在の力とよく似ていることは似ている。内なる力を埋め込むのが、社会となると矛盾を起こします。
社会があって、社会の中で育つことで、人間が光を埋め込まれる。光を埋め込まれた人間が意思の自由をハッキリすることで、秩序だった社会ができる。そこで育つ人間がまた、光を埋め込むという循環。これが社会学の考え方です。
存在の力になった時に、その循環が成り立つかどうか。もっと根源的なところからしなくてはムリでしょう。内なる光を宿す自由な存在がある。「内なる光」を「存在の力」に変えてみた。存在の力を宿す自由な存在がある。「存在」がダブっています。
自由とは
欲望に支配された状態が不自由の典型だとしている。やりたい放題こそが不自由だという。欲望に縛られているのは、意思の自由ではない。意思の自由は欲望に抗う時にこそ生まれる。