スーパーボール1000倍のセレモニー
スーパーボール1000倍のセレモニーを地上波がやっている。ツタヤが流行るはずだ。
国民の代表が首相とは。指原はAKBそのものと同じ。どうりで品がない
アテネの新しい図書館
アテネに新しい図書館ができた。港の近くらしい。パブリックではなく、プライベートだそうです。なんとなく、納得。
アテネ空港までくれば、一週間ぐらいは案内するとのこと。ギリシャの電車の本数は少ないらしい。多分、ストライキも多いだろう。
アレキサンドロスの墓のありか
アレキサンドロスの墓がどこにあるかを議論していた。ソホクリスが話し相手になってくれた。私はアレキサンドリアにあってほしい。彼の生前の行動理念に合っている。
いくちゃんの写真集
ソホクリスにいくちゃんの写真集をプレゼント。喜んでくれた。アテネでこの類いの本を公衆のエリアで見ていると捕まると言っていた。意外ですね。
10.1 他者から個
1.多くの人がいる
①他者がいる
②他者との関係
③他者の世界
④他者と関わる
2.人を生かす
①情報共有係数
②共有している
③知恵が集まる
④個人が分化
3.存在の力
①依存してきた
②意思の力の支配
③個の自立
④存在の力を発揮
4.個を生かす場
①個は分化する
②個を生かす
③個の状況把握
④個をまとめる
10.2 哲学の世界
1.哲学者
①ソクラテス
②ヘーゲル
③ハイデガー
④3つのなぞ
2.歴史哲学
①自由に至る
②啓示を得る
③平等が目標
④平等な社会
3.存在のなぞ
①依存が格差を生む
②個の存在と全体
③存在から考える
④新しいつながり
4.哲学が先行
①存在を見直す
②家族から個人
③生き残る教育
④仕事の意味
10.3 数学の世界
1.存在は無
①今・ここにいる
②宇宙がある
③無限次元空間
④無を扱かう
2.点は集合
①集合は点
②個は全体
②中間がある
④中間のみが実体
3.個は超国家
①国家は中間
②EUは超国家
③個と全体の数学
④数学は先行する
4.個の意識
①歴史の中の個
②個が自立する
③個は分化の集合
④平等な社会
10.4 歴史の世界
1.歴史の主人公
①宗教者
②指導者
③哲学者
④ルサンチマン
2.歴史を解釈
①自由を獲得
②歴史の空間認識
③ツールの進化
④個人の武装化
3.今を語る
①生きている
②歴史の重み
③時間は加速する
④今しかない
4.宇宙の歴史
①137億年
②多重宇宙
③試される人類
④歴史の変節点
10.5 私の分化
1.きっかけ
①14歳のトラウマ
②本質は何か
③好き嫌いで判断
④皆の幸せ
2.未唯空間
①手当り次第
②思いをまとめる
③何が言えるか
④組織を攻撃
3.空間から拡張
①循環で見る
②数学で見る
③コミュニティ発想
④個の影響力
4.個から全体
①コンパクト性
②行政を使う
③企業を使う
④自立する
10.6 私の統合
1.与えられた見識
①企業の動き
②コラボのカタチ
③メディア活用
④新刊書で世の動き
2.未唯宇宙を展開
①企業の変化
②都市での実験
③社会と統合
④宇宙に展開
3.変革と捉える
①個から全体
②周縁と中核
③家族・教育・仕事
④開かれた世界
4.個が全体を含む
①個の自立
②シェアード
③超国家とつなぐ
④平和を為す
10.7 全てを知る
1.知の出発点
①知るために
②生活規範
③私の世界
④空間を表現
2.全てを知りたい
①全ての範囲
②ここにいる理由
③何を知りたい
④存在するとは
3.知ってどうする
①私がいない世界
②問われれば応える
③山を下りる
④次の頂きへ
4.私の宇宙
①配置の世界
②共有する世界
③位相構造
④宇宙に展開
10.8 とりあえず
1.独我論
①用意された偶然
②数学・歴史・哲学
③宇宙を超える存在
④語らない
2.宇宙の旅人
①内なる世界
②他者の世界
③未唯宇宙
④今・ここにいる
3.存在は無
①孤立と孤独
②多くの真理
③存在は無に含む
④私は存在する
4.どうでもいい
①大いなる意思
②生まれてきた
③存在と時間
④自己肯定
『データ資本主義』
仕事を要素に分割せよ ベーシックインカムとデータ納税
「分配」と「参加」というトレンド
UBI--ユニバーサル・ベーシック・インカム
スーパースター独占企業
〈データ納税〉
雇用への税額控除
データ時代の本質
『フランスではなぜ子育て世代が地方に移住するのか』
移住者の「生き方」を支援するカドネ村の戦略
1978年に最後の寵工場が閉鎖した村で人口が2600人から4254人に
移住者を受け入れる村・カドネ
都市部の若者を囲い込む
なぜ人口が倍増したのか
交通事情の改善
少子化対策と女性の社会進出
高等教育と都会志向の薄さ
村づくりに貢献する移住者の生き方
村の市街地整備を担うアーキテクトは移住組
小さな村の合意形成
食を活かした産業振興に関わるオリーブ精製工場オーナー
移住者を受け入れ、支援する村
NPO活動を通した地元への統合
小さな村役場はどのように成長していくか
ネオルーラルと旧住民が混在する新しい社会現象
村の将来への展望
隣村・ルールマラン村に見る抑制的な土地利用と公共
空間魅力化による「アートの村」づくり
158の「フランスの最も美しい村」と郷土愛
農村観光のあり方
どんな小さな村にもある「マルシエ」のしくみ
村が管理する公共広場と道路空間
『資本主義と倫理』
資本主義経済をつくる--体制転換三〇年を振り返る--
体制転換とは何か
経済政策が危機の引き金に
崩れた楽観シナリオ
国家資産の略奪者が資本家に
ロシア流の雇用調整
世界経済に組み込まれる移行国
社会主義の遺産は緊張を緩和する
育たなかった中間層
変化を回顧する
政府の移行に失敗
文化や宗教は変わらない
到着地は国家資本主義と新しい産業革命
老いるロシア
難しい挑戦
『プラットフォーマー』
プラットフォームの未来
働き方はどう変わるか
マネジメントはどう変わるか
シェアリングエコノミーは進展するか
複雑化するエコシステム
進化する「モノのプラットフォーム」
サイドの自動化
新技術がビジネスモデルとしての可能性を引き出す
世界的な課題を解決する
9.1 課題
1.不平等
①人は不平等
②富の偏在
③資本主義の構図
④生きるが一番
2.地球温暖化
①何が問題か
②エネルギー問題
③地球の歴史
④国での対応
3.循環していない
①戻らない仕組み
②一方通行
③静脈が不活性
④高齢者処理
4.分配の機能不全
①集中は効率的
②分配は効率悪化
③効率的な分散
④地域に分散
9.2 多様化
1.国での対応
①画一的な対応
②依存する国民
③多様な要望
④国は大きすぎる
2.地域での対応
①分散のメリット
②市民主体活動
③都市で実験
④共有意識でつなぐ
3.市民の力
①市民が自立
②市民の活動
③市民を支援
④国を分割
4.地域で生き抜く
①全体を考える
②先を見ていく
③個の力
④合意形成
9.3 グローバル化
1.国の方向性
①日本はローカル
②モノつくりに固執
③EUは超国家
④各国の方向
2.日本の選択肢
①思考停止のまま
②モノつくりの幻想
③アジアと共に
④先端を目指す
3.国を超える
①国境はなくなった
②ポスト・アメリカ
③経済の選択
④超国家を選択
4.超国家
①国は中間の一つ
②EU・地中海
③インド洋・シナ海
④アメリカ大陸
9.4 循環する
1.4つの機能
①Facilitation
②Empowerment
③Interpretation
④Realization
2.4つの役割
①Local Think
②Local Act
③Global Think
④Global Act
3.思考する
①内なる思考
②生活者意識
③外なる思考
④全体を企画
4.行動する
①内なる行動
②提案する
③外なる行動
④共有意識
9.5 全体を意識
1.全体を見る
①全体を考える
②危機意識
③他者に寄り添う
④技術を活用
2.地域と接点
①地域インフラ
②ユニット活動
③合意形成
④領域確保
3.全体を取り込む
①内にライブラリ
②外に意見発信
③ネットでつなぐ
④影響を与える
4.全体を動かす
①課題を解決
②使いこなす
③超とつながる
④クライシス対応
9.6 変革
1.個を生かす社会
①市民要望を反映
②コミュニティ融合
③地域構成を意識
④インフラ再構成
2.家族制度
①地域の自立
②個人の自立
③家族制度が弊害
④家族形態の変化
3.教育制度
①生き残りの教育
②国のための教育
③個の育成
④個が自立
4.仕事のあり方
①個の自立を反映
②分化する組織
③シェア社会
④マーケティング
9.7 社会構成
1.歴史から見る
①137億年の物語
②国民国家に至る
③国家の限界
④市民主体の世界
2.配置に変える
①市民の役割
②パートナーの存在
③内なる世界を拡大
④生きる姿勢
3.共有がベース
①消費者から生活者
②所有から共有
③共有社会
④社会の位相化
4.自由と平等
①配置による平等
②平等の仕組み
③平等の意味
④女性が主導権
9.8 知の世界へ
1.知を展開
①地域の位相
②地域のリソース
③社会保障
④国家形態
2.市民が解決
①市民で構成
②徹底した利用
③地域で雇用
④高度サービス
3.持続可能性
①所有から共有
②所有権放棄
③下流から循環
④企業を取り込む
4.知の世界
①知の生活
②存在の力
③歴史を転換
④知で変革
『プラットフォーマー』より プラットフォームの未来
シェアリングエコノミーは進展するか
シェアリングエコノミーの活動を支えているプラットフォームは、今後もまちがいなく成長しつづけるだろう。現在、シェアリングエコノミーは大きく次の5つに分類できる。
・物品のシェア--中古品を再流通する(イーベイ、クレイグズリスト)、ひとつのものを共有して使用する(P2P自動車レンタルのトゥーロやドライビー、ライドシェアのブラブラカー、自宅賃貸のエアビーアンドビー、自宅交換のラブ・ホーム・スワップ)など
・知識のシェア--大規模公開オンライン講座(Moocs)のように世界中の学生と大学を仲介する(edx、FUN、コーセラ)
・資金のシェア--プロジェクトが資金調達するクラウドファンディングやクラウドレンディング(キヴァ、キックスターター、レンディングクラブ)
・時間やサービスのシェア--臨時あるいは定期的に他人の時間や専門知識を借りる(ストゥーティ、タスクラビット、サムタック)
・コンテンツのシェア--アマチュアアーティストとリスナーを仲介する(サウンドクラウド)、ユーザー生成コンテンツを共有する(レディット)
本書で取り上げたプラットフォームの多くは、大規模なベンチャーキャピタル投資を受けている民間営利企業である。そのビジネスモデルは、獲得する価値を最大化し、それに応じて株主に報いるように設計されている。GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)の初期投資家なら知っているように、成功したプラットフォームは投資家に莫大な利益を還元する。参加者が利益を得られないプラットフォームでも、運営者は提供しているサービスから相当の利益を得られる。効率性が待ち望まれていたからこそ、その市場で変化を起こした大手プラットフォーム企業は発展できたわけだが、「シェアリングエコノミー」の推進者としての可能性は損なわれたという見方が高まっている。プラットフォーム支援者が共有してきた環境に優しい「共創」や「共同消費」という夢はもう覚め、労働者や資産からますます価値を吸い上げるプラットフォーム推進型資本主義経済に取って代わられたようだ。
こうした議論には次のようなものがある(注8)。①営利目的であるため、富を再分配せず、集中させている。②独占を目指してライバルを駆逐している。③消費を刺激するため、環境配慮は名ばかりである。④差別的バイアスを解消せず、むしろ増幅している。⑤既存の法律に違反して(あるいは回避して)労働者を搾取している。⑥製造リスクを企業から参加者に転嫁している。⑦参加者のボトムアップではなく経営者のトップダウンで管理されている。
多くの議論は的を射ており、私企業のプラットフォームは株主のために富を蓄積しているようだ。また、プラットフォームは社会の差別的バイアスも投影している。ある調査によれば、エアビーアンドビーでは、アフリカ系アメリカ人のホストの自宅のレンタル料が白人のホストに比べて平均12%低く設定されているという。また、宿泊費を抑えて旅行回数を増やそうとするなど、消費を刺激して炭素排出量を増加させている。
このように、プラットフォームは多くの面で既存の社会問題をそのまま反映している。問うべきは、プラットフォームが全体としてプラスの影響を与えられるかどうかだ。プラットフォームがもたらす影響にはプラスもマイナスもあるため、市場破壊がもたらした実質的な効果が重要となる。多くの既存企業や関連する仕事が危機にさらされているという議論がある一方、他のイノベーションと同じく、プラットフォームは雇用を創出し、価格を押し下げている。何百万人という利用者の利便性を高め、よりよい選択肢を提供しているのだ。そして、おそらくこれが、プラットフォームヘの見方を二極化させている理由だろう。一部の関係者が勝ちを収めている陰で、他の関係者は悪影響を受けている。
プラットフォームをはじめとする革新的な企業がもたらす生産性の向上は、経済の不均衡を増幅させ、政府の介入を誘う可能性がある。たとえば、失業率の悪化が見込まれていることから、派閥を超えた大勢の政治家と経済学者が無条件のベーシックインカムを導入するよう呼びかけている。
プラットフォーム自身が、より共同的なガバナンスを採用することもできるかもしれない。たとえば「協同組合」の進化版だ。ただし、貢献した参加者間で価値をシェアするというコンセプトは魅力的だが、協同組合制では資金調達が難しいだろう(株価が額面固定のため)。また、動機づけが異なる関係者に報いるのは簡単ではない。したがって、このモデルは普及しづらい。
利用者のコミュニティがプラットフォームを共同所有する(イブリッドモデルも登場している。このモデルに近いプラットフォームは以前からある。たとえばレディットは2014年9月に5000万ドルを調達した際、新規株式の10%を参加者と共有すると発表するところまで踏み込んだ。しかし、規制との関連で不透明な部分があるうえ、共同所有に伴う法律と税制の問題もはらんでいるため、いまのところ進展はないようだ。
こうした問題が多くの国々に影響することから、政府と立法府にはプラットフォームに配慮した政策を立てる役割がある、と私たちは考える。そうなれば、価値と株式を参加者とエコシステム全体で共有できる、より柔軟なプラットフォーム型組織が生まれるかもしれない。
数は少ないが、シェアリングエコノミー関連のプラットフォームのなかには、この難問に答えを出そうとしている企業もある。エッツィーやジュノ、キックスターターなどが採用している「ベネフィット・コーポレーション」という企業形態がそれだ。キックスターターは2015年にベネフィット・コーポレーションとして再出発した。その使命は、第一に創造的なプロジェクトをかたちにすることであり、利益は二の次である。そのための指標として、キックスターターでは、付加価値の原動力となる「プロジェクト成功率」を用いている(プロジェクトが失敗する確率はわずか9%)。
シェアリングエコノミーを推し進めようという活動のなかで盛んに提唱されているように、共有型ガバナンスモデルを採用した、よりオープンで分散型のプラットフォームが、大企業に制御されない新たな形態を確立する可能性も十分にある。まだ登場したばかりだが、オープンバザール(OpenBazaar)は、完全にオープンで非営利のP2Pプラットフォームで、幅広い種類の製品やサービスを売買する機能を提供している。また、違法ではあるが、シルクロード(Silk Road)のような闇サイトの存在も、広告収入に頼らないボトムアップのプラットフォームが成り立つ(そして商品・サービスの売り手と買い手をクリティカルマスに到達させられる)証拠だといえるだろう。
世界的な課題を解決する
本書の最後に、不平等や疾病、食料や水の供給、地球温暖化といった世界的な課題に対してプラットフォームが解決策を示す可能性について述べる。これらの課題に対して、政府は既存の官僚システムの限界を露呈している。非政府組織がその空白を埋めることに一定の成果をあげているが、全体的な取り組みとしては不十分なままである。資金と資源の配分はとかく非効率で、マッチングは適切でなく、助けを提供する側と必要とする側の橋渡しは何重もの仲介を経なければならない。
近年の最も大きな前進は、裕福な慈善家が世界的課題にビジネスの考え方を取り入れたことかもしれない。彼らは、その絶大な資金力を明確な目標に沿って効率的に使うことを求める。プロジェクトは現場で慎重に選別され、追跡、監視される。しかし、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が行っているような高度で先進的なプログラムにおいてさえ、いまだ多くの課題を抱えており、運営手法や技術は決して満足のいくものではないと思い知らされているという。
「世界で最も深刻な問題」と「寄付が集まりやすい問題」のあいだにも、いまだ大きなズレがある。レディットの「何か質問ある?」のセッションで、いま対処すべき課題は何かという質問に対し、ビル・ゲイツは最近こう答えている。いまはまだ、人々の共感を呼べないほど遠い国々に住む貧しい人たちのニーズに関心を持てるようにするために、技術を使うことができていない。できるはずだが、必要な創造性が欠けている。
ジェレミー・リフキンも、世界的な課題を解決するには「共感する文明」が重要だと指摘している。そうした課題への対処に必要な特徴を多く備えているのがプラットフォームだ。リフキンが重視している共感的つながりを創造する方法も見つけられる。たとえば、ロールプレイングゲームのアプリはどうだろう。実際の統計を使ってランダムに生成されたキャラクターを操り、現実世界の課題を解決するという内容だ。キャラクターが「死亡」すると、ゲーム内で稼いだ財産は直接、あるいはスポンサーを通じて、キャラクターが死亡した原因と関連性の高いチャリティに支払われる。プラットフォームの一方のサイドにプレイヤーが、もう一方のサイドに慈善団体が集まるのだ。寄付は後者に支払われるが、ゲームをする過程でプレイヤーとキャラクターのあいだに強い共感が生まれるだろう。
実際に私たちは、このモデルには価値があると感じており、この本の印税はすべて、こうしたモデルを追求している非営利のプラットフォーム・プロジェクトに寄付することに決めている。本書で述べた民間プラットフォーム企業を支えるコミュニティの力が、世界的な課題の解決に応用できない理由はない。
結局のところ、プラットフォーム戦略は誰にでも必要なのだ。あなたはどんな戦略を描くだろうか。
『資本主義と倫理』より 資本主義経済をつくる--体制転換三〇年を振り返る--
到着地は国家資本主義と新しい産業革命
歴史が示すように、資本主義をつくるということはグローバル化の新しい変動を伴う。旧社会主義国の資本主義の形成過程もまたグローバル化変動の中で起きたことでもある。かつてフランシスーフクヤマは著書『歴史の終わりと最後の人間』(邦訳『歴史の終わり』三笠書房)で、体制転換を、民主主義と自由主義が勝利し、ソフトパワーがハードパワーを倒した結果ととらえ、リベラルな資本主義への収斂が始まると書いた。しかし、たとえ政策が新自由主義指向であっても、形成された資本主義がリベラルに分類されるほど簡単な結果ではなかった。
現実にはリチャード・ボールドウィン『世界経済 大いなる収斂』(日本経済新聞出版社)が指摘するような新しい形のグローバル化が進んでいる。具体的には、貿易コストとICT(情報通信)コストの低下や対面コストの上昇によって、世界経済の重心が先進国から中国、韓国、インド、ポーランド、インドネシアなどの成長国へ移ってきている。つまり、資本主義経済をつくる過程には、新興市場経済など新しいグローバル・プレーヤーを創出し、そのなかで国家資本主義化と経済制裁など紛争の増加、イノベーションをめぐる世界的な競争の激化といった現象も観察される。
資本主義経済はリベラル型と調整型に分類されがちであるが、移行国は多かれ少なかれ調整型であり、先進諸国の経験と比較して、遺制を基盤にして特殊な資本主義をつくり出している。こうした経済は二〇〇〇年代初頭以来、成長・消費潜在力を評価して新興市場と呼ばれてきたが、世界経済危機以降の国家介入の強まりのなかで、とくに中国、ロシアを対象として国家資本主義へとその呼び名が変わっている。これは、「政治が経済に主導的な役割を果たし、主として政治上の便益を得るために市場を活用する仕組み」であり、要は政治・国家の影響力が強い資本主義にほかならない。先進諸国におけるトランプ現象やブレグジットに代表的なポピュリズム現象、経済制裁に代表的な政治による経済への介入を考慮すれば、国家資本主義化は世界的な共通傾向とも読むととができる。
さらに、資本主義をつくる過程が産業革命と緊密に結びついていた事実を勘案するならば、体制転換による資本主義の形成にもその観点を欠落させるわけにはいかない。これまで体制転換の原因は社会主義経済における生産力基盤の弱体化に帰せられてきたが、実際に技術・生産体系の変動に関し経済学者は十分に実証研究を行ってこなかった。自動車に代表的であるが、概して東欧は欧州先進国の分業下請け地域、ロシアはエネルギー供給地の位置づけに置かれた。
しかし、二〇〇〇年代の変動を振り返ると、ロシアでは実際にイノベーションヘの政策が打ち出され、投資を増やしてモノカルチャー経済からの脱却が指向されている。中国は知財保護の問題にもかかわらず研究開発支出を急増させており、世界でその影響力を一段と強めている。体制転換の結果として資本主義経済をつくるときに、今日注目される新しい産業革命に対する視座を欠くことはできない。
老いるロシア
体制転換が途上国の開発と大きく異なるのは、成熟社会と共通する人口問題に直面していることである。多くの東欧諸国は同じ傾向を示している。たとえばバルト海の小国エストニアでは、二〇一八年に、人口は一三二万人にすぎないが、一九九〇年に比して人口は一六%減少し、六五歳以上の高齢化率は一二%から二〇%に急増している。移民を受け入れて人口を確保しているロシアでも高齢化は深刻化している。
図表は、ロシアの人口と高齢者比率の推移を示している。人口減少が進む一方で、高齢者比率(老齢年金受給資格者比率)が急速に高まっている。直近の高齢者比率は、二五%に達している。人口減と高齢化という先進国病が急速にロシアを襲っているのである。
ロシアで高齢者といえば、年金を受けている人々のことである。ロシアの年金受給の開始年齢は女性五五歳、男性六〇歳である。この年齢から上の世代が布局上がりで増えている。プーチン政権は財政制約から年金の受給開始年齢を引き上げようとしているが、国民の反発は強く、着地は困難にも見える。
体制転換による資本主義化とは、社会主義時代にあった人口増加と安定した若年層の存在という条件とはまったく異なる、人口減少と高齢化という先進国の病という条件のなかで行わなければならない事業にほかならない。
難しい挑戦
制度の形成面でもグローバル化への適合面でも、資本主義経済をつくるという課題はすでに完了しているように見える。東欧の一部はEUに加盟し欧州回帰している。ロシアに代表される国家資本主義も大きな制度変化がないという意味では安定的である。焦点は、つくられた資本主義の個性、型に移っている。
本講演のまとめとして、三点を指摘しておきたい。いずれも、資本主義をつくるという挑戦の難しさ、熱狂で始まった体制転換の重荷を指し示しており、それぞれの国の個性・型を考える手がかりを与えてくれる。
一つ目は、市場経済移行には移行時点で考えられた以上にコストを要する点である。社会主義の遺産、転換コスト(制度構築や価値観の転換など)、それに資本主義市場の社会コスト(失業や社会的不満)の三つが移行国の肩に重くのしかかる。同時に、コスト負担のあり方は、資本主義の個性に結晶する。
二つ目は、移行は市場さえ形成すれば自動的に資本主義が形成されるという性格の過程ではなく、多重的、多義的な意義を含む点である。社会主義が工業化と経済統合を推し進め、福祉国家であった以上、移行とは新しい工業化・国際秩序と福祉システムヘの移行を含む。
三つ目は、歴史を無視して移行を考えると大きなしっぺ返しを食う可能性である。資本主義経済をつくる場合にも過去の歴史が消えることはないのは言うまでもない。しかも、普通の資本主義経済が形成されたとしても、先進国と同じ「分断社会」への挑戦は残る。格差もリスクも大きくなることはあっても解消することはない。一党支配の経験・慣習・記憶から、市場経済移行国は、低信頼社会であり、信頼醸成こそが欠かせないのはそのためである。
それだけに、新しい産業革命への適合など資本主義化した後の挑戦課題は大きく、かつ難しいと見てよいであろう。
『資本主義と倫理』より 資本主義経済をつくる--体制転換三〇年を振り返る--
体制転換とは何か
一九八九年の東欧革命により社会主義諸国がなだれを打って体制崩壊してから、二〇一九年で三〇年になる。欧米の資本主義国が三〇〇年ほど前から経験してきた事柄を、東欧やロシアはこの三〇年間でやり遂げようとしている。こうした東欧やロシアの経験は、見方を変えれば、どのようにすれば資本主義を形成しうるのかに関する貴重な社会実験と見ることができる。しかもこの実験は、過去の経験同様に、単に資本主義経済を構築するだけでなく、グローバリゼーションの新しい流れや今日に至る新しい産業革命の技術変化を取り込むという複合的な過程でもあった。
こうした資本主義化のプロセスを振り返る場合、二つの点をあらかじめ指摘しておきたい。
一つは一九八九年という特定の時点だけを考えるよりも、より視野を広げて歴史の線上で考える必要があるという点である。ソ連のペレストロイカにおいて代表的であるが、社会主義時代の経済改革の経験が資本主義化の前提にある。もう一つは、一般的に資本主義が当該諸国でどのように受け止められてきたかという点である。中東欧諸国にあっては欧州の先進国をモデルとすることは文化的に自然な選択であり、体制転換はそのまま欧州回帰を意味する。しかし、ソ連にとって欧州は異なる文化圏であり、欧州との間に「壁」を感じずにはおかない。
ここで言う移行とは、ある経済システムから別の経済システムヘの移行過程を指し、より具体的には一九八○年代末以降の旧ソ連・東欧の体制転換(市場経済移行)、社会主義計画経済から資本主義市場経済への転換を意味する。これらの国々では二〇世紀の初頭まで後発であっても資本主義を形成してきたが、その後に社会主義を経験し、再び資本主義へ回帰したと言い換えてもよいであろう。
図表は体制転換のイメージを示している。このプロセスを見るときに重要なことは、体制転換が急進的な市場改革によって市場(マーケット)を作動させるだけに限定されない点にある。そもそも市場の「主体」がつくられなければならない。加えて経済成長が低迷したとすれば近代化も必要となり、閉鎖的な国際経済関係も大きく変化する。社会主義体制下ですでに国家主導で「福祉国家」体制を構築していたが、市場形成に伴って、その福祉制度も変わらざるをえない。こうした多重の変化が、市場経済移行のプロセスを複雑にしている。それゆえ、体制転換とは以下を含むものと理解可能であろう。
①経済政策の実験・実習の場(安定化・自由化・民営化)であり、概してすべての国で後述するワシントン・コンセンサスと呼ばれる急進的な市場改革が実施された
②市場形成とはどのようなものかを観察する場であり、新しい経済主体が出現する
③資本主義のダイナミズムと特性を再考する場であり、経済成長の源泉が見直される
④移行経済は、後発国にとっては近代化こそが課題となり、市場化とともに二重の移行、さらに福祉体制も転換するという意味では三重の移行となり、多義的な課題が含まれる。それゆえ、既存の経済学にはない研究課題を提示している
何よりも、体制転換諸国はソ連・東欧という欧州の周辺部に位置するが、市場経済化という側面で言えば、中国やベトナムなどアジア諸国も含まれ、文化的のみならず経済的にも多様な水準の諸国が内包されている。
図表は、二〇一七年の一人当たり国内総生産(GDP)を示している。同じ移行経済であっても、著しい経済力の格差が存在することが明らかになる。タジキスタンは八一九ドルで最も貧しい水準になる。逆に最も所得が高い国の一つはスロペニアとなり、両者の格差はおよそ三〇倍になる。ただし、スロベニアはアメリカの半分以下であり、欧州平均の八割ほどになる。また、格差という点では、一九九二年の両国の格差がおよそ一八〇倍なので、移行の結果むしろ縮小している。移行国には途上国から中所得国まで、多様な経済発展水準の国が含まれている。改革開放により急成長した中国は八五八三ドルであり、移行経済全体ではほぼ中央に位置する。
経済政策が危機の引き金に
では、移行国はどのようにして資本主義経済をつくろうとしたのか。
何より政治は一党支配から多党制・民主主義へ移行し、国際関係も国際機関への参加率国際経済への統合などによる開放化とグローバル化を進める。国際通貨基金(IMF)や世界銀行への加盟、欧州連合(EU)への統合などは典型例になる。
国家の役割は縮小し、社会主義時代の介入度の大きさから過剰な退場さえもが求められた。市場を創出するために種々の政策が講じられた。大きくは、市場経済化の経済政策はSLP(I)の略称で呼ばれている。SはSustainablization、安定化政策を意味する。社会主義計画経済下ではカネがモノよりも過剰であったために(過剰流動性)、そのバランスを回復して物価を安定させる政策である。貨幣量を抑えるという意味では、デフレ対策の日本とは正反対に、インフレ抑制を目的とする。景気悪化を引き起こす副作用を持つのも確かながら、市場経済化へ向け安定化が最優先された結果である。
LはLiberalization、自由化政策である。社会主義は国家支配・独占体制であり、国家介入が当然視された計画経済であった以上、自由化こそが政策の中心に位置づけられた。自由市場の自己調節による生産回復を狙いとする。
最後のP/IはPrivatization、民営化(あるいは私有化)およびInstitution、制度形成を指す。すなわち、国有セクターを民営化して様々な経済の新しい民間の主体や市場が作動するために必要となる制度・組織を生み出すことを意図している。
もっともこの三つの政策は、必ずしも想定した結果をもたらしたわけではなかった。逆にそれぞれが危機を引き起こす原因となってしまった。特に、ソ連崩壊のような大規模な外的ショックに加え、誤った状況判断下での急速かつ拙劣な政策実施によって「転換リセッション」、すなわち世界大恐慌を上回る規模の経済危機を招いてしまった。後知恵と言われようが、こうした市場化に向けた経済政策を実施するときには、技術や成長の質、移行に伴う摩擦を吸収するための社会コストの大きさを考えておくべきであったし、何より政策の信頼を確保するという意味において政府の質は重要な前提条件であったが、転換時点に経済学者もまた体制転換という大規模な事業の「多幸感」に酔いしれて冷静さを欠いていたと言わざるをえない。
国家資産の略奪者が資本家に
資本主義経済をつくる政策を評価するうえでとくに重要な点は、いかにしてその担い手・主体をつくったのかにある。社会主義国にはもともと資本主義を担う階級である、資本家や労働者が存在していなかった。社会主義こそ「労働者の国家」であったが、その労働者は建前上生産手段の所有者でもあり、資本主義の労働者とは異なる存在であった。むしろ、彼らもまた党・政府の官僚の一翼を担っていた。
民営化と一連の制度形成こそ、資本家、経営者、労働者をつくる手順を内包している。まず、法律、制度、組織などを一からつくる。民営化によって国有資産を払い下げ、フェアに市場競争を組織する。所有者、利害関係者として特殊な位置にある労働者は、失業のリスクにさらされる以上、相対的に厳しい労働法によって守られる。
しかし想定されたフェアな形では、資本家や経営者、労働者は誕生しなかった。つまり、誰にでも等しいチャンスがあったわけではなく、「フライング」や不正を押しとどめることはできなかった。人的ネットワークを利用して、市場経済への移行以前から「政治資産」の「経済資産化」が始まっていたのである。権力にアクセスできる者は自分の権力・才覚を用いて国家資産を自分のものにするという略奪・払い下げが始まったのである。努力して蓄財した人が資本家になり、それがかなわなかった人が労働者になるという構図はもはや神話にすぎない。現実をリードしたのは、早い者勝ちと略奪の手を利用した資本家・経営者であったためである。
移行経済は正統性を確保するために無償・有償、旧所有者への返還、労働者への優先など様々な民営化手段を講じたが、公平さの確保に関しては想定外の結果に至ってしまった。
図表は、ロシアの民営化の変遷を示している。公平さとの乖離を示す好例である。何よりも、民営化はゴルバチョフ期の社会主義・ペレストロイカ(改革)の時代に開始された。自然発生的民営化と呼ばれる過程で、体制転換以前に資産の略奪が進行していた。官庁の民営化、国家機関のビジネス組織化、コムソモール経済(ノメンクラトゥ上フによる資本家の形成)など、まさに国家が主導して資本家が形成されるという意味で「本源的蓄積」(K・マルクス)に当てはまる事態が生じていた。
一九九二年からのエリツィンの時代になると、実際に社会主義体制が崩壊し新しい時代へと変化していく。国家資産を小切手(バウチャー)という形で国民全員に放出したが、決してフェアに配分されることはなかった。インサイダー(企業内の経営者)と言われる階層の人たちがそのまま所有者に横すべりし、独占はそのまま自らを温存する形になった。ロシアの有力資本家としてメディアで指摘される「オリガルヒ(新興財閥)」はこうした民営化の最大の受益者であり、ロシアの資本主義化の過程で国有企業をただ同然で手に入れるケースも観察される。まさに、「国家捕獲」が行われた。
そして二〇〇〇年代以降のプーチン・メドヴェージェフの時代になる。企業の所有・経営・監督の分離傾向は続くが、この時期の最大の特徴は民営化の逆流であり、国家の影響力が再び強くなってしまった。国家コーポレーションがその代表事例であり、国家との癒着こそが企業維持の条件になった。ダイナミックな資本主義の技術革新をリードするような、当初期待された資本家の形成には必ずしも成功していない。
私にとってクライシス
従来とは異なるクライシスを見せるために存在している。3.11とか9.11のような観客でいられるものではなく、それぞれの根底に関わるクライシス。
食べたいものがない
食べたいものがない。えぷろんと7―11で4本100円のバナナだけ。夕食にしよう。
『フランスではなぜ子育て世代が地方に移住するのか』より 移住者の「生き方」を支援するカドネ村の戦略 1978年に最後の寵工場が閉鎖した村で人口が2600人から4254人に
NPO活動を通した地元への統合
旧住民から新住民への拒絶はない。逆に「来るな」とは言えない。「それを言えば、村は死ぬからだ」と、はっきりと村長は言った。同質の住民たちだけの集まりだけでは、自治体のダイナミズムは生まれない。現在、27人の村議会議員の半数がすでに新住民で占められており、村長自身もカドネ村出身ではない。村議会議員で経済担当の副村長ジョゼフさんは「私は20年前にこの村に来た。自分では村人だと思っている」と明言した。ここでも、村はよそ者ととも作ってゆくのだ。
村の新住民たちのほとんどはエクサンプロヴァンスで就労しているので、旧来の村人たちと職場での交流はない。新住民には子連れ家族が多いので、学校の行事や、子どもや親たちが余暇を過ごすNPOでの活動を通じて、新旧住民の交流が始まった。人口4254人のカドネ村には67ものNPOがあり、村役場も補助金を与えている。教育・社会・文化・福祉活動拠点となるホール、運動場、テニスコートなどのメンテナンスは、役場の予算で行っている。新旧の住民が最も交わる場は、サッカーや玉突き(ペタンク)などのスポーツイベントだ。NPO活動を通して、異なる年代、職種の新旧住民たちが、村でイベントを立ち上げたり、新住民受け入れ態勢を整備している。NPOは新住民に必要な情報を与え、村人との活動の共有を通して村への同化を助ける。
都市の規模を問わず、フランスのコミュニティにおけるNPOの存在は大きい。アソシアシオン(Association)と呼ばれ、1901年の結社法、24に基づいて、会長と会計係がそれぞれ1人ずついれば結成できる市民団体だ。岫広い年代を対象とし、活動内容もスポーツ振興、文化活動、教育や福祉への支援、環境保護など多岐にわたる。日本語の「ボランティア活動」の語感とは多少異なり、大型NPO機関の運営スタッフは、給与を得て仕事を行う職員である。また年金生活者が活躍できる社会の受け皿としても、重要な位置を占める。国民の3人に1人が、何らかのアソシアシオンに加入している。参加者たちは、「いずれは自分にも返って来るかもしれないサービス」を期待して活動しているわけではない。フランスには、社会的使命を担い広く全国スケールで社会福祉活動を行う大型NPOは数多いが、コミュニティにおける社会奉仕的な意味合いを持つ地域自治組織や、地域内扶助の機会でみられる相互支援活動は少ない。自分の時間を興味や関心の対象に費やして、地域とのかかわりやつながりを求める。共通のテーマに沿って、年齢、性別、職業を異にする住民たちが協働する集まりで、縦社会ではない。住所で参加先が決まる自治会や、年齢別で入会する老人会のようなコミュニティは市民にとって1つしかないが、複数の組織に同時参加できるNPOは重層化している。田舎暮らしには、都会のような選択肢はないが、地元のネットワークで様々な支援が得られやすい。最近日本では、「絆」「ふれあい」と表現されるが、戦後の日本人が逃れてきた農村コミュニティのしがらみはフランスには少ない。地元ネットワークとは、情報交換を目的とした、あるいは共通する趣味を通した交流と考えてよい。本書執筆時の2018年6月に、村役場の正面左の告知版に、日本映画「第三の殺人」の予告ポスターが貼ってあった。 NPOの映画クラブが上映を企画している。こんなところにも、都会からの住民が村で余暇を企画していることが窺われる。
小さな村役場はどのように成長していくか
新しい住民の村社会への同化を、村行政は全面的に支援している。移住者が最初に訪れるのは村役場なので、窓口対応を充実させ、新住民向け八ンドブックも用意している。村長は1年に1回新住民を招待して、簡単なおつまみと食前酒で歓迎会を行う。役職ごとにフルネームを記載した役所の組織表も公開している。小学校の給食担当や図書館員も地方公務員なので、職員数は65人。カドネ村の総務部長ジョレさんは、ボルドー市出身で、長らくエクサンプロヴァンス広域自治体連合総務部で管理職であった。カドネ村は村行政を刷新する必要性を自覚して、総務部長職の求人を一般のリクルート会社に託した。幾人かの候補の中から選ばれたのがジョレさんで、出身母体の自治体連合から出向の形を取り、今カドネ村で3年目だ。組織の開放性と、人材の流動性には驚く。書類の共有や、業務プロセスの再構成、業務全般のデジタル化など、役場行政の近代化を任されており、あと2年間カドネ村で勤務を続けるそうだ。
情報の透明化を徹底するために、村会議員たちが年2回広報誌を発行している。年間約7億8000万ユーロの村予算や決算報告、村の日常生活に関するあらゆる情報が満載だ。村役場には10人くらいの事務員しかおらず、広報誌作成まで手が回らない。広報誌には、次の選挙に備えて議員たちが実績を示す意図もあるが、掲載内容は客観的で政党ニュースは全くない。印刷代は役場持ちである。カドネ村規模の人口の自治体では、基本的に地方政治家の給与はゼロだ。ジョゼフさんをはじめ、助役たちは無償で広報誌の執筆と作成を受け持っている。
ネオルーラルと旧住民が混在する新しい社会現象
カドネ村は450人の子どもが学校に通う若い人口構成になり、村は発展した。生活様式が異なる住民がお互いに寄り添い、少しずつ新しい村の姿に近づいてきているともいえる。カドネ村には、この村の規模では珍しく大きな文化ホールがある。役場文化部の若いスタッフ・テキシエさん(写真11)によると、「旧来の村人だちとネオルーラルが余暇で求めるものには大きな差かおる。芝居は、余り前衛的でない限りは多くの人に楽しんでもらえるし、音楽も最近はラテンミュージックやスイング系のコンサートには、老若男女の参加が多い。だが、最大多数の村民の期待に応えるような文化活動の実施は難しい」。村出身でないテキシエさんに、村で仕事をしている理由を聞いてみた。フランスでは2018年、15歳から24歳までの若年層の失業率が20.1%と高く、就職しても期限付き雇用が多く、正規雇用契約にすぐたどりつけるわけではない。自分の出身地や住みたい希望の都市部だけに固執せず、仕事の供給地に移動しなければならない。20代の若者たちは仕事は村でも、夜は外出しやすい都会に住むケースが多い。結婚して仕事も落ち着く30から40歳の年代の人たちが、都市部からカドネ村のような農村部に移動してくる。
共同体としての共有の記憶、共同体への帰属意識は、村では変わってきているはずだ。現在カドネ村で起こっている新旧住民の混在は、実は南フランス全体で広く見られる現象だ。過去10年間で、自治体数963、人口500万人のプロヴァンス・アルプス・コートダジュール州全体において、かつては村であった87の村落自治体が都市化し、村落部全体の人口が18%増えた。特にマルセイユ、エクサンプロヴァンスを核とする一帯は、周辺人口が190万人に膨張した。50分間の通勤圏が、大都会のベッドタウン地域と本来の村落地帯との境界線といわれている。カドネ村の位置は、まさにその境界線の上にある。
ネオルーラルが増えた南フランスでは、2014年の選挙で右翼政党「国民連合」への投票率が伸び、村落によっては50%を超えた。従来は村落の地主たちで構成されていた村議会の議員構成が変化してきた。都会から来たネオルーラルたちが少しずつ土地を購入、地域のNPOを通じて地元に根付き初め、その中には村議会に参画する者も出てきた。女性が多くなり、年代が若くなってきた。この新旧住民の対立が、緊張と不安を生み出すこともある。「土地を手放した村の地主たちの、ネオルーラルに対する不安感が、右翼に投票させた」という解釈もある。それは、右翼政党以外に、不満を持つ旧来の住民を吸収する政党がなかったからだ。彼らは必ずしも右翼に賛同しているわけではない。外国からの移民層はすでに3代目に入って村社会に同化しており、既存の権力構造への脅威とはみなされていない。村落部では農業生産活動地域と、ネオルーラルの定着が進む住宅地域が混在する。ネオルーラルが村に移住することで、サービス産業や消費が活性化される。南フランスの伝統的農業であるブドウ栽培では、環境保全を重視するネオルーラルが反対する化学肥料がまだ多く土壌に施されている。ブドウ栽培では有機栽培は少数派だ。農業従事者にとっては土地は「クリエーション(価値を生み出す)」の場だが、都会からの住民にとっては土地は「生活する場であり、同時にリクリエーション(楽しみを供給する)」の場である。土地に対する見方やその扱いの相違から、ある種の軋轢が生じることも想像できる。ネオルーラルが土地に関心をもち、それが農業従事者たちの土壌処理に対する考え方を変えてきたともいえるが、農民の環境に対する意識の変革は、地域と個人によって大いに異なる。
こういった地方政治や土地を巡る新旧村人の間の緊張した人間関係の鎮静化には一世代かかるだろう。ネオルーラルの移住の結果、農村地帯である種のブルジョア化か進んでいると言ってもよい。カドネ村の位置するリュペロンの里山一帯は、州政府が管理する地域自然公園に指定された。ブランド化を通して、土地で出来るワインや地域全体のイメージが向上したために、地元の資産価値が上がった。その結果プロヴァンス地方でも、別荘地化か進んだブルターニュ地方の塩田地域と共通した現象がみられる地元の人が生まれ育った場所で住み続けることが困難になるくらい、地価が上がってきた。栄える村落の反作用は、思わぬ結果を旧村民にもたらす。 、
村の将来への展望
NOTRe法に準じて、カドネ村は16の村落が構成する南リュベロン村落共同体の一員となった。カドネ村長は41人の共同体議会の議員の1人でもある。各村落は、帰属先の村落共同体を選択できる。カドネ村は、同類の山間部の小規模な村落が集まる共同体を選択した。車で10分の隣村、観光地ルールマランは、著名な観光地であるゴルドやカバイヨンが参画する共同体を選んだ’32。自分たちの村のイメージを自覚して、行政業務を共有する共同体を選んでいる。ただし、余り地理的に整合性のない共同体への帰属は、地方において国を代表する知事の許可が下りない。村会議員たちにとってのカドネ村の緊喫の課題は、村中心部の小売商業店舗の存続だ。郊外の新しいスーパーマーケット建設には、村議会は建築許可を発行しなかった。店舗経営者交代の折には、行政が営業権をチェックできる権限を利用して*33、アパートなどへの転用を禁止して店舗数の減少を防いでいる。土地所有者は自治体の許可なしでは、自由に土地や建物の売買、賃貸ができない。村の南区に旧ワインセラーを改築したマンションが建築中で、その階下には店舗が入る。「村の中心部にはない種類の店舗の出店だけを認めた」と村議は語るが、それでも買い物客が中心部とこの南地区に分散されてしまうことを案じていた。小規模自治体の中心街活性化については、次の第6章でも触れたい。
カドネ村の将来の展望は、「人口を5000人以上には増やさず、小規模集落の良さを残し、人間らしいサイズの村で残りたい」ことだそうだ。それは議員たちの願いか、住民の願いかと聞くと、「議員たちの願いだが、議員は村民から選ばれているので、村民たちの願いでもある」という返事だ。フランスでは自治体が人口5000人を超えると、新たな学校施設の建設や給食の導入、浄水場や道路網の見直しなど、村に経済的負担がかかる業務の施行が、法律で義務付けられている。そして、「隣村のルールマラン村のように夏は人口が多いが、冬にはお店も閉まってしまう村には決してなりたくない」と、力を込めた答えが村会議員だちから返ってきた。カドネ村から車で10分のルールマラン村は大変美しい村だ。カドネ村と、どこが異なるのだろうか?
『フランスではなぜ子育て世代が地方に移住するのか』より 移住者の「生き方」を支援するカドネ村の戦略 1978年に最後の寵工場が閉鎖した村で人口が2600人から4254人に
交通事情の改善
人口が倍増した第1の要因は、交通事情の改善だ。近隣の都市、エクサンプロヴァンス、アヴィニョン、マルセイユなどから、山間部の村まで車で1時間以内の通勤圏となった。マルセイユ国際空港や、アヴィニヨンTGV駅まで1時間以内という距離が、パリやリョンなど大都会への出張が多い管理職も惹きつけた。大きくなり過ぎた都心から逃げ出したい人や、プール付きの家を求める中流富裕層の人たちの、里山村落部への移住が1990年代から始まった。エクサンプロヴァンスでは小さなマイホームかマンション住まいだが、クルマで30分走れば村落部でもっと敷地の広い邸宅を購入できる。次に移住に必要なのは、学校と医療だ。
1976年設立の中学校の拡張工事を行った2000年代から、カドネ村の人口が増え始めた。村には2歳以下の30人の子どもを預かる保育所や、150人の児童がいる幼稚園、生徒が300人の小学校もある。村の中学校には600人が、スクールバスでカドネ村周辺の小さな自治体からも通学している。若い世帯には、村の充実した学校施設が大きな魅力となった。日常生活に必要な内科医や歯医者、産婦人科医がいる診療所と薬局もそろっていて、15km離れた人口2万のペルチュイ村に、高校と大きな病院がある。まとまった買い物には、カドネ村とペルチュイ村の中間地点にあるドライブインサービスを備えた大きなスーパーマーケットが便利だ。
少子化対策と女性の社会進出
親世代に素晴らしい仕事と住居が用意されても、都会からの移住で躊躇する原因の1つが、子どもの教育だろう。村落に移住するフランスの親たちは、里山の学校に子どもたちを転校させることに不安は感じていない。都会のような麻薬への誘惑などがなく、交通事故や誘拐の心配も少なく、自然環境が良い村での子育てを好ましいと考えている。教師などの教育関係者も、同じ考えで村に移住する動きがあるので、村の学校レベルが都会のそれと大きく異なることはない。
専業主婦が成人女性の6.7%しかいないフランスでは、待機児童問題がほとんどない。保育所が完備しているだけではなく、多様な形の預け先が確保されているからだ。中でも、家庭で子どもを預かる保育ママ制度が、働く親たちの大きな味方だ。3歳児の95%が、自治体が運営する幼稚園に行く。両親の就労タイムに合わせるためにどの自治体でも、午前の7時から始業時の8時20分まで、また終業時刻の4時から7時まで「学童保育クラス」を運営している。幼稚園終了後は保育ママの家で両親が引き取りに来るのを待ったり、シッターが子どもたちを自宅に連れて帰ったり、と夕方の時間の過ごし方は様々だ。小学校卒業までは、子どもたちを決して1人で登下校させない。社会全体に子どもを1人にしないシステムとサービスが整っている。フランス人にとっては、「子どもがいるから仕事を辞める」という選択肢はほとんどない。 45%の結婚が離婚に至るので、自活できる力を持ち続けなければならないという事実もある。75%の離婚が女性側からの申し立てだ。1人の人間として、社会とのつながりを持ちながら生きてゆくことが当然と考えられている。専業主婦が少ないので、母親の無償労働を期待する学校側の態度も全くない。母親も労働を通して社会に貢献しており、そこには余計な負担をかけない。PTA組織はあるが参加は任意で、順番で役員が回ってくるしくみではない。母親も父親も独立した人格として、いかに自分のキャリアと子育て、家族との時間を調整するかに腐心している。管理職に占める女性の割合も30%を超え、数値は毎年上がっている。法曹界や医学界では女性の数が男性を超えた。45歳以下では一般医の58%、30歳以下では一般医の66%を女性が占め、看護師なども含めると病院でのスタッフは女性の方が多い。弁護士も55%が女性だ。地方政治の議員職や行政職でも女性が半分を占め、社会で就労する女性が当たり前になり、女性が働き続けやすい環境がこの30年間に整ってきた。
フランスで2016年に誕生した新生児の59.7%が、婚外子(事実婚カップル、未婚の母など)である。結婚する5組に対して、4組のカップルがパックスと呼ばれる、結婚よりも制約の緩いパートナーシップ契約を結んでいる。結婚と出産を切り離し、子どもは次世代を担う国の資産として、母親の既婚・未婚を問わず、子育てを支援するシステムをフランス社会は提供してきた。親を軸にせず子どもの権利を中心に据えた制度設計がなされている。欧州内でも女性の就労率が高い北欧やフランスで出生率が高く、幼児の保育システム整備が比較的遅れているイタリアやドイツで出生率が低い。女性の高学歴国では子育てと就労を両立できる制度を確立しなければ、出生率が下がる事実を示している。地方が元気になる必要条件の1つは、バランスの取れた人口構成である。就労する女性も子どもを産み、育てやすい社会環境の整備が、地域が栄えていくことの大前提でもある。
高等教育と都会志向の薄さ
就労する両親にとって、子どもを迎えに行くためにどちらかが早く帰宅する必要がある期間を乗り越えて、子どもが中学校に入学すると楽になる。その折に、クルマで連れていく必要がない距離に学校施設があることが、住居探しの大きなポイントになる。カドネ村では、人口に比して大規模な中学校の整備が人口増加の大きな要因の1つとなった。学校は学問を習う場であり、スポーツ活動や音楽の習得は、地域のNPO組織で行うのが大半だ。子どもたちは、学校の授業がない水曜日や土曜日には、地域で自分たちが選んだスポーツや音楽活動を行う。カドネ村にはテニスコートや陸上競技場もあり、子どもたちの充実した余暇活動が可能なことも、移住組にとっては必要不可欠だ。
高等教育に関しては、地方都市にも充実した高校や大学が多い。大きな地方都市の進学校の高校では、エリート養成機関・大学校(グランゼコール)に入学するための準備コースも置かれているので、地方在住でもパリの難関教育機関に入学できる可能性はある。私立大学は少なく、基本的に国立・公立大学の教育費は無料なので、教育の機会は均等だが、フランスはその結果には厳しい。出身大学のランキングで初任給に極端な差が出るのは周知の事実で、就職生活の初期は最終学歴にかなり影響を受ける。しかし、ごく一部のフランス人をのぞいては、大都会の有名校を卒業、大企業に就職というコースを子どもに過度に期待する風潮は見られない。必ずしも大都会志向ではなく、地方都市で充実した生活ができることを、1つの事実、生活の選択肢として捉えている。それは自分が生まれ育った故郷を誇りに思っているからであり、そこには勝ち組、負け組という発想はない。教育とは、子どもたちが自分にふさわしい職業を見つけるプロセスを支援するものだ、と考えている。子どもたちが幼い間は、塾や部活で親と顔を合わせる時間を奪うのではなく、家族で過ごず時間を優先し、一般家庭では夕食時に両親が揃う努力をしている。だが子どもが小さい時は、就労している両親にとっては綱渡りのような、時間との競争の毎日である。だからこそ週末くらいは心身をリラックスできる田舎暮らしを求める、とも言える。