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今年は正月準備はなし、ですね。

未唯へ。お母さんはまだ、起き上がれません。今年は正月準備はなしです。別に構わないですよね。

久しぶりに歩いて豊田市まで行きました。右手にICレコーダ、左手にはワンセグ・ウォークマンで「未唯への手紙」のスライドを表示しながら、サファイア循環を考えて、それを録音していました。

豊田市駅前のスタバでバリスタさんのYUKさんに福袋の確認を行ったら、2日の8時から先着40名だそうです。今年は寝坊して、手に入れられなかったので、来年は早起きします。唯一の正月らしいことです。

スタバで「未唯への手紙」の再構成のアイデアを確認できました。7つのテーマ(自分、数学、社会、歴史、仕事、本、生活)に対して、4つのサイクルを回します。

 一つは自分の中でのサイクルです。仕事では電算部での巨大データベース⇒東富士での多様なシステム⇒名古屋のローカルな基幹系システム⇒販売店全体のインフラというグローバルなシステムでの二回りです。
 二つ目はそのテーマそのもののサイクルです。数学だと、ローカルでのユークリッド空間⇒グローバルでのデカルト平面⇒ローカルでの多様体⇒グローバルとしての社会の多様性への活用で二回りです。
 三つ目はサファイア循環でのサイクルです。歴史だと、覇権主義から平和に向かうサイクルです。
 四つ目は具体的に2008年と2009年に行うことのサイクルです。仮説・実証の世界です。その中での具体的なパートナー、発信の仕方などの考察です。

この全体概要を書き表すことと、今までの項目の再編成を行います。それらも全て、ブログの中に記載していきます。その中でμさんとの会話と「μからのメッセージ」につなげましょう。

まるで何もないとさびしいと言うことで、5時過ぎに近所のスーパーへ買出しに行きました。紅白のかまぼこ500円、黒豆150円、田つくり150円、生ハム、海老天200円×3、コロッケ80円×2、天津甘栗980円などを自費で買ってきました。例年になく、スーパーの品揃えが悪いですね。安売りもありません。正月を祝うこともなくなってきたのでしょう。

ちなみに、夕食は豪勢に宅配ピザで、2000円分食べてしまいました。奥さんも起きてきました

生態系に拘束されていた時代と生態系崩壊の時代との幕間に生まれてきた意味を求めて、あと2年間活動しましょう。
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『地球を冷ませ!』の新交通システム分析

未唯へ。あなたを土橋駅まで送迎したけど、あそこは車をとめるところがなくて苦労しました。

夜は子ども3人とも友だちとの外食で、奥さんは風邪で一日寝ているので、私は一人で松屋で夕食でした。奥さんは全然食欲なしです。

2時半ぐらいに妹とギリシャから里帰りのREIちゃんがあんころ餅を持ってきたときには、エイデンにいたので会えずじまいです。来年の2日ぐらいにスタバでおしゃべりすることにしました。

午後から、『地球を冷ませ!』451.85モンを読んでいました。副題は「私たちの世界が燃えつきる前に」で、環境の本です。かなり、辛らつです。現状認識にしても、我々は生態系に拘束されていた時代と生態系崩壊の時代との幕間、歴史的にみれば、ごく短い幸福な時代を生きている。温室効果ガスを八〇パーセント削減しない限り地球温暖化の暴走をくい止めるチャンスはないと述べたが、それを実現したイギリスの様子は第三世界の最貧困国になることに気付いていない自分自身であきれている。

この八〇パーセントと言うのは枝廣淳子さんも講演で述べていたが、二・〇度の温暖化を避ける唯一の条件です。だけど、日本は京都議定書の▲六%の約束に対して、△六%になっている。

その本のなかに、新交通システムの関する考察が載っていたので、43頁OCR化して分析することにした。これも最初の定義と同じで、今まで制限されてきた移動の自由をエネルギーと環境のために制限できるだけの政治ができるかです。今がピークの時に、それを謳歌したいし、もうちょっとは謳歌できるのに、それを止めることができるかです。その結果の痛みをどこまで現実のものにできるかです。

「自家用車利用を大幅に削減したり、自動車の加速性能を落としたりすることが気に入らず、自動車のメタファーを何とか温存したい自動車メーカーと政府は、代替燃料に白羽の矢を立て始めている。液体化石燃料を「バイオ燃料」や水素に転換すれば、現在のように車を運転しつづけながら、生物圏を保全できるというのである。」

必要なのは、交通領域でも全体で炭素排出を九〇%以上削減する覚悟です。問題なのは実現可能性ではなく政治です。やはり、どういう状態ならば、持続可能になるのかをAct Globallyでバックキャスティングして、Think Locallyでいかに実現するかです。
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奥さんが38.9℃の熱を出したけど、騒がないのは

未唯へ。奥さんが熱を出している時に、りんごを剥いたということを聞きました。

老人ホームに行きました。母はぶつぶつ文句を言っていました。昨日はギリシャに住んでいる姪のREIさんが来たときには、テンションがあがっていたそうです。だから、半分寝ながら本を読んでいる間に3時のおやつの時間になったので、出てきました。

帰りに、喫茶店で続きの本を読んでいたら、奥さんからCメールが届きました。内容は「熱が高くて夕飯が作れそうにないから、何か食べてきて」というものでした。あの人は本当に忍耐強いので、「熱が高い」というのはかなりのものだと思い、家に帰って聞いたところ、「38.9℃」ということです。私ならば、完全に死んでいますよ。救急医療に行くことにしました。地域医療センターに聞いたところ、やっているということで、クルマで向かいました。

方向的には分かるのですが、地理には全然自信がないので、ナビゲートしてもらい無事たどり着きました。世の中、インフルエンザが流行っているので、救急医療の患者で一杯かと思ったけど、さほどでもありません。だけど、マスクをかけた人が半分ぐらいです。それにしても、奥さんはだるいとか、熱いとか、横になりたいとか一切言いません。聞いたところ、「言ってもしょうがないでしょう」と言うことでした

医療センターの中を色々探索をしようとしたら、「ウロウロしないで」と奥さんに文句を言われました。どこでも、新しいところに行ったら、探査するのが癖です。ドアは開けられるかチャレンジします。開いたら、とりあえずは中に入ってみます。掲示板は全て見ます。この性格のおかげで、バークレーの大規模図書館にも入れたし、ブラッセルの図書館も発見できました。この間の豊田スタジアムへの侵入も果たせました。メガネが犠牲になりました。

だけど、今回は病院でインフルエンザを拾ってくるとやばいので、一通り、検査室などを内部探査してから、クルマのなかでワンセグ・ウォークマンを聞きながら、本を読んでいました。検査の結果はインフルエンザではなくて、風邪だそうです。注射がなく、クスリだけです。

明日は、子ども3人とも外食だそうです。それなりに友だちがいてよかったですね。私は忘年会も送別会もなく、今年は終わります。多分、新年会も出るつもりはありません。その前に誘いが来ないでしょうけど。
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「ハイエク」は「ハイテク」ではなく、複雑性につながる思想です

未唯へ。あなたは明日までお勤めですね。ご苦労さんです。午後は『自由をいかに守るか ハイエクを読み直す』331.72ワタを読みながら、そのなかのハイエクの『隷従への道』のキーワードのOCR作成を行っていました。

ここでいう「ハイエク」というのは「ハイテク」みたいな造語だと思っていました。ハイエクは人の名前です。『隷従への道』を第二次大戦のさなかにロンドンで書いて、その中で、ナチス・ドイツとイギリスはお互いに敵として戦っているが、その経済体制は本質的に同じ方向を目指しているのだ、という衝撃的な事実を述べた。国家が経済を統制すれば、それは必ず思想の統制に及び、国民の自由の全き喪失につながると言うことを明快に示していると、Wikiには書かれています。

今までは、こういう本を読んでも「そんなもんなんですね」ぐらいだったけど、「サファイア循環」ができてからは、こういう本に対して、照合をするのが癖になっています。経済において、グローバル主体の政策は共産主義であろうと、全体主義であろうと、民主主義であろうと、ローカルを圧迫して、ローカルを隷従させ、行き場のないところに持っていく。それを回避するのは、ローカルがグローバル(共産主義、全体主義、民主主義にかかわらず)を使いこなすことです。これはポータルの進み方の方向性と同じです。そんなことを感じました。

「ハイエク」という単語で、雑記帳データベースでは、雑記#194(1999年)で、複雑系仮想研究所の北川さんの『全知全能の合理的人間像を前提として、「最適化原理」と「均衡理論」の上に成り立っている新古典派経済学は、現在、厚い壁にぶち当たっております。この壁を打ち破るのが、経済を「複雑系」として捉える「複雑系」の視点と、「複雑系」の方法論ではないか、と考えております。この足がかりを得たのは、学生時代、「隷従への道」を読み、ハイエクの「人間は、全体主義者たちが云うように、神のごとき全知全能の無限の合理性を備えた、<合理的な経済人間>たり得るものではない。」という言葉に接したときです。「複雑系」の経済学は、ハイエクの延長線上にあるように感じております。』がありました。

複雑性は93年のエドガール・モランの『複雑性とは何か』以来のテーマです。サファイア循環のソリューションとして、つながってきました。
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年賀状を作りました。ついでに、今後2年の過ごし方も

未唯へ。年賀状を書いています。私は深夜の2時に書き終わりました。書いたのはキャノンのプリンターですけど。
結婚以来、年賀状は私の担当です。ふだん家のことは何にもしないのだから、これだけは「あなたの仕事」です。あとはおふろの掃除です。

相手先リストがなくなっていたので、4年前のリストを使いました、チェックしたところ、これで十分だと分かりました。ここ数年、送り先がまるで変わっていません。それと東富士のNAKさんからは早々と喪中はがきが来たので、今年はやる気がないのは確かです。

奥さんから、今年は全部で80枚と言うことになりました。家庭分と奥さん分が42枚あったから、私の分は38枚です。去年は50枚を越えていたので、かなり減らします。

38枚の分類は、会社以外=4名、電算部=14名、東富士=8名、名古屋=12名です。会社以外は大学が3名とお茶の先生です。現在の付き合いが本当に少ない。

年賀状は奥さんバージョンを基準にしています。干支を5匹書いて、それぞれに家族の名前をつける方式です。私はその構図の上に、自分の主張をいれることにしました。

今年のメッセージは『あと2年です。やっとたどり着いた「サファイア循環」で仕事、社会、歴史、数学、本の世界をまとめます。詳細は3年目に入ったブログ『未唯への手紙』で述べていきます』です。「あと2年です」の意味は、会社生活とか、失われる2年とかの意味もありますが、環境問題への日本の対応から見ると、ここ2年でかなりのことが起こると予測しています。日本が世界にアピールしないと、日本の存在理由が疑われる場面がやってきます。

真ん中は自分の意思表示です。かなり、重たいです。後半は、本当なら会社とか社会参画の場面で話し合いたいけど、それすらできない環境でどう生きているかを示している。ブログを意見発表の場ではなく、考えをまとめるために使っていきます。

そして、サファイア循環の絵を入れました。Sa-fire:Think Locally ⇒ (enpowerment) ⇒ Act Locally ⇒ (interpreter) ⇒ Think Globally ⇒ (realization) ⇒ Act Globally ⇒ (facilitation) ⇒ Think Locallyを表します。一種の暗号です。
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崩壊の中、室長のあいさつがあったが、全体構造が見えてこない

未唯へ。あなたの職場は小さいから無縁でしょうが、私の職場で後退が始まっています。

販売店のことを考えて、施策を進めていた室長が居なくなることで、「自分の仕事だけしかしない」人がぶり返しました。「できないものはできない!」(できないじゃなくて、しないだろ)と言っています。こんな近くに掌を返す人がいるんですね。

組織がミッションを失う現場に立ち会えて、観察者としての私は幸せです。だけど、販売店に思いをかけていたもの、販売店で変えようとしている人には不幸です。自分のことしか考えない人は独特の電波を出しているから、本当は近づきたくないけど、考えられる人との間を「小窓」でつなげていきましょう。

明日から年休推奨日のために、出向する室長のあいさつがありました。彼には2006年3月1日以降、蟠りが私の中にあります。名古屋の唯一の良さは慶弔だと思っていたが、私の父親のお通夜にも、葬儀にも室長は現れませんでした。他の人の父親がなくなったときは富山ま葬儀に出かけていきました。名古屋の慶弔が単に損得で動いている。それ以来、幻想が消えました。

あいさつの中で、この職場の現状分析がありました。「伝統」と「革新」の争いという認識です。ソフトの作成方式で「伝統」というのは、何年もかけて仕様を作成して、F社とかN社に作ってもらうというものらしいです。「革新」というのは、現場密着型で、その場で作り上げるものです。彼は最終的に「伝統」を選んだと言っていました。まるで、認識が表層的です。というよりも文科系です。

今、起こっていることは「グローバル」と「ローカル」の争いなのです。その大きな枠で考えると、「伝統」というのはローカルの中で考えてローカルで作るものです。「革新」というのはグローバルの道具をローカルに押し付けるものです。今回のシステム対象は活用系なので多様性が必要なので、ローカルに埋没している「伝統」では対応できません。お金と時間がかかるだけで、作る方と使う方とも不満が残ります。

「革新」を基本として、ローカルに押し付けるのではなく、ローカル(つまり、販売店)で考えてもらうことが多様性に対応できる方法なのです。そのヒントをポータルで提示しているのに、「伝統」の方にシフトして、さらに2年間をむだにする方針を立ててしまった。やはり、パートナーは大切にしないと!
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ピラニアの中に金魚が一匹。本当にムシできるのか!

未唯へ。あなたは来年何をしますか?

来年始めのポータルで何をするかをMIZさんと話し合い。サファイア循環をベースに販売店が知恵を出してもらうことが一番のポイントです。これを理解できる人は、本当に困っている販売店の人と我々だけです。だけど、より多くの販売店には、つながるはずです。単なるアイデアではなく、大きな方向であり、方向は間違は間違っていません。

そのためには、1月・2月でさまざまな販売店を仮説を元にで選び出し、チラシの「小窓」のとっつきやすさを示しながら、販売店の改善グループ・システムグループに参画を呼びかけます。「小窓」のすべての機能を使える販売店はありえないので、「小窓」を「こんなものが欲しかった」を気に入って使いこなしてもらう販売店をいかに選ぶかです。と同時に、彼らのアイデアをコンテンツとしていかに目に見えるカタチにしていくかです。

そのメッセージを他の販売店に示してもらうと同時に、チラシの「小窓」に実例として反映して、我々の思いを深化させていきます。つまり、ファシリテーションしていくことです。個々のローカルからグローバルのさまざまな活用を、グローバルからローカルへの活用例として拡げていくことです。

この話をしている時も、ファシリテーターになりえなかった枝廣淳子さんの立場などとの比較もしていました。枝廣さんはグローバルの立場に慣れてしまい、グローバルで何かを作ることの魔力に魅せられてしまい、ファシリテーション(グローバルからローカルへの先導者)からリアライゼーション(グローバルでのものづくり)に変身してしまった。だから、枝廣さんには、政府などを動かすところで活躍してもらいましょう。

こういう風に、全体の流れの中で、さまざまなプロのあり方が見えるようになり、その将来が見えるようになったのは、サファイア循環のおかげです。これがなかったら、私もどこかのエレメントに入り込んでしまい、そこのジレンマだけを感じていたのでしょう。また、プロの圧倒的な力(私にはない力)のために、思考停止に陥って、好きなように誘導されていたのでしょう。

基幹システム作成者のように、ものつくりだけすればいいと言う人たちに、どのようにして、全体を見えるようにしていくかをそろそろ考えておかないと、来年はやばいです。私のような金魚の周りは全てピラニアです。
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枝廣淳子さんでは社会は変わらないかも

未唯へ。この間から私の中では枝廣ブームでした。今日、枝廣ダイアリーを見て、ブームは去りました。そこには自分が影響を与えることだけが書かれています。何を感じたのかが書かれていません。話をすれば、相手も感じるけど、自分も感じます。それを書くから発信の意味があるのです。

 「怒濤の1週間が終わった。」
 「でも思うんだけど、「怒濤」って慣れてくるのね。まえだったら考えられないほど、1日いくつも仕事をしているのだけど、それも慣れちゃえば、「どとう」というより、「どう?」ぐらいの感じかも。(^^;」
 「22日は、朝6時に家を出て、豊田市へ。10時前に着いて、午前中、講演。お昼を食べながら、取材。そのあと、帰京。17時半に着いて、JFSのボランティア・クリスマス会へ。」

豊田市の町へ来て、それなりの感動を与えたのに、豊田市に対する何の感想がない。これでは単なる出張に過ぎません。東京・NHK・日経みたいなものが中心であり、そこにいかに自分を露出するかが中心の活動になっている。

私は地方の販売店に出張したときには、その町を知ろうとします。そこの市民からの視点を得るために、市立図書館へ行ったりします。現在の枝廣さんにはローカルから見る目がなくなっている。

これでは単なるマスコミにすぎない。このマスコミが悪の根源の一部を占めている時代に、Act GloballyをそのままAct Locallyにぶつけています。刈谷での真後ろに座って感じたグローバル意識は間違っていませんでした。これでまた「環境」というものが嫌いになりました。

深夜放送の「24」が佳境に入っています。米国大統領が中央アジアの石油利権を確保するために、テログループに化学兵器を流した。その時のせりふは「バレル100ドルを越えて、国民が暖房もクルマも使えなくなったら」というものがあります。テロとエネルギー問題がつながっています。これも「不都合な真実」です。

ワンセグ・ウォークマンで字幕一覧を使うと、「字幕」からその場面を選択できます。録画画面が情報として使えます。

「24」の番組の主役はケータイです。それぞれの人間がケータイで多様につながっています。ケータイが「小窓」になり、バックボーンとつながり、知恵とつながっていくのでしょう。ここにこそ、社会を変える力があるような気がします。
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二日遅れの図書館新刊書探しでの収穫

未唯へ。先週渡した『動物看護師になるには』649.07イノは読んでいますか? あなたのことだから、受け取ったところに、ホイと置いたままなのでしょう。今日、図書館から催促されたので、明日返しますので、持ってきてくださいね。あなたには、単なる動物の看護婦さんだけでなく、ちょっと高邁な目標を持ってもらえたらと思っています。私はあきらめません。あなたが社会に目を向けた時には、このブログが役立つでしょう。

金曜日に図書館にたどり着けず、土曜日はエコットでのキャンドルナイトまで付き合ってしまったので、日曜日の10時に図書館へ。金曜日の「はげたか」(私もその仲間ですが)、土曜日の図書館マニアがさばくった後なので、めぼしい本はなくなっています。予想通り、来週の新刊書のアップはなく、次は1月5日(土)の朝からです。年末・年始の読書計画が大きく狂いました。

それでも、27冊借りました。月曜日に10冊ぐらい借りて、年末・年始の足しにします。今回はフェアトレードとか環境の本も借りてきました。今は視点を変えられるものが欲しいのですが、なかなかないですね。今回のなかでは『満鉄四十年史』『ブダペシュト史』のような歴史と地理が一緒になった本が好きです。こんなところに興味を持っている日本人がいて、それで現代に提案してくると言うのはすばらしいことです。

いつものところに、借り出し本の情報をエクセルに入力したところで、累計にまとめました。締めは3月末ですので、今回は暫定です。

4月1日からの集計は冊数=1149冊、金額=204万円で、来年3月末の予想は、4/3倍して、冊数=1532冊、金額=272万円です。2000年4月からの累計は2830日で、冊数=8681冊、金額=1559万円です。1万冊予定は2008年7月17日で、金額2000万円予定は2010年3月10日です。結婚記念日です(何が記念だか分からないけど)

『高々、5万冊』と言う本を読んだが、その通りですね。その人の計算では1年に千冊で50年間で5万冊です。

今日は深夜2時から5時まで、「24」の三話を録画しながら、見てしまったので、かなり眠たいです。午後から、老人ホームへ行くクルマで寝てしまいそうになりました。母の隣で『17歳からの聖書の読み方』を読んでいる間に寝てしまいました。明日は、録画にしましょう。
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環境市民フォーラムでの枝廣淳子さん

未唯へ。枝廣さんの講演があるので、8時に家を出ました。その時に奥さんからは、「そんなところに行く暇があった、家のことをしなさい」と言われました。

開場の1時間前に到着していました。おかげで、枝廣さんを向かいに行く役割を得ました。市役所が運転するが、駐車場がないので、駅に迎えに行っている間、車で待機する役割です。これなら、枝廣さんと話せると張り切って行きました。

エスコートして、後部座席に座ってもらったので、助手席の真後ろです。話しかけにくい場所です。それでも話しかけました。最近のEda Blogが「不思議なめがね」という内容であったので、この間の片目のレンズの話をしました。本当はもっと話したかったけど、遠路豊田市に来られたので疲れているのでは、と思い、なるべく短時間の会話にしました。

講演テーマは「私が変われば社会が変わる」です。私が運営ワーキングで提案した時は、「若い女性のきっかけ作り」をイメージしたが、今回の客層はかなりバラバラです。ハンドベルの発表会の後に行ったので、前列はその関係者で占められていた。その点では「環境」でない人も含まれていたのはいいことです。

講演の中で、人の思い込みのケースとして、「片目のレンズでも皆が気付かなかった」という、私が車の中で話したことが出てきて、びっくりです。さすがに理知的です。適応力はすばらしいです。

講演後に事務局前で、T-GALsのJURさんとKUSさんが来ていました。3人で集まるのは本当に久しぶりです。何となく、分かり合えるので気持ちいいですね。3人で、用意されていた弁当を食べてから、焼却場の見学とローソクの製作をしていました。

4時のハンドベルの演奏まで1時間半あるので、老人ホームに行くつもりで出たけど、道に迷ってしまったので帰ってきました。ハンドベルはクリスマス特集でした。ハンドベルはクリスマスは合っていますね。あまりにも演奏者が真剣な顔でした。笑うとかわいい中学生だから、笑顔で演奏できたら、日本一になれるような気がしました。付き添うの人に提言していました。

4時半から外でキャンドルの中でのハンドベルでした。関係者はそれなりに満足している様子でした。本当に準備は大変だったと思われます。キャンドルに対して、μさんは冷ややかでした。枝廣さんにはかなり満足です。理解は深まりました。
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