日々のことを徒然に

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無人は不気味

2020年09月28日 | 生活・ニュース

 近くにある図書館へは1週間か10日置きには足を運んでいる。本の借りのほかにもう一つ目的がある。それは閲覧室で購読以外の新聞や雑誌などを読む、いや見る程度かもしれないがとにかく利用、といっても長くて30分ほどだが静かに文字を追う。散策の中休みとして立ち寄る知人、いつも顔を見る常連さんもいる。コロナ禍で制限があり、椅子の半分ほどに✕がついているが利用者は多い。

 ある週末の日、アルコール消毒をして入室したら閲覧室に誰もいない。いつもの様に新聞のエッセイを選んで読むなどして30分余り居て帰ろうと腰を上げて気づいたが部屋には私一人だった。誰もいない静まり返った閲覧室、真っ昼間で年齢に不足のない身でありながら、その静寂さ、音・人の気配のないにことを不気味に感じた。

 「無人」は人がいないこと、人が住んでいないことなどの意味がある。無人駅、無人島、無人探索気などが例示される。TVのローカル旅ではこの無人駅がよく紹介される。SNSで全国に知られた駅員不在の駅は無人駅として紹介されるが、来訪者の多さに無人返上ではと冗談に思うことがあるが、状況にもよるが本当に無人状態は不気味である。

 無人駅がその走りかもしれないが、働き方改革がさらに進めば多くの職場が無人となるのではと思っている。コロナ禍で都会の賃貸オフイスの解約が増えリモートワークに変わっている。都会のネオンが何年か先ではまばらになる、現実になるかもしれない。急速な人口減少の日本、無人が当たり前になる、想像だけでも不気味だ。
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