酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「波紋」~壊れる者、壊す者の境界に広がる

2023-06-01 19:29:24 | 映画、ドラマ
 前稿末でダービーを予想した。急に気になった馬として挙げたドゥラエレーデがスタート直後に落馬して競走中止。◎▲△が2~4着も、勝ったタスティエーラを外していたのだから仕方ない。レース中に急性心不全を発症したスキルヴィングがゴール直後に死亡した。動物虐待と非難する声も上がっているが、サラブレッドは〝経済動物〟だ。9割以上が殺処分されているという過酷な事実の上に成立しているのが競馬というゲームである。

 藤井聡太竜王が渡辺明名人を下し、史上最年少名人と7冠を達成した。後手藤井の6六角を渡辺は同金と取らずに長考。2三桂を打った時点で形勢は五分になった。あとは〝藤井曲線〟でリードを広げて押し切った。合理主義者の渡辺は諦念を滲ませていたが、3日前に叡王戦で藤井に挑んだ菅井竜也八段は2局の千日手の末に敗れた後のインタビューでも悔しさを隠さなかった。

 最初の指し直し局で菅井が6一歩を打っていれば回避出来た。菅井がやや有利との分析もあったが、時間も切迫する中で千日手を選んだことを「死ぬほど後悔している」と話した。藤井について感じたことを聞かれ、しばし沈黙した後、「将棋に真っすぐに接している」と答えた。〝真っすぐ〟は同様の菅井は今回の叡王戦でファンの心を掴んだ。藤井とタイトル戦で再度戦う日を心待ちにしている。

 新宿武蔵野館で「波紋」(2022年、荻上直子監督)を見た。先週末に公開されたばかりなので、ストーリーの紹介は最小限に感想と背景を記したい。昨年10月に紹介した「川っぺりムコリッタ」以来4作目になる荻上ワールドで、本作でも生と死の淡いはざま、家族や絆の在り方を描いていた。

 「波紋」の起点になっているのは3・11だ。原発事故による放射能汚染を伝えるニュースがテレビから流れている。東京郊外の須藤家では依子(筒井真理子)が夫・修(光石研)、長男・拓哉(磯村勇斗)のために夕飯を用意していたが、ありふれた家族の日常は突然、崩壊する。修が失踪し、拓哉は九州の大学に進学する。

 それから11年。依子はスーパーでレジ打ちのパートをしている。彼女の心象風景を象徴的に表すのが全編に織り込まれた雨と波紋、自転車で滑走するシーンで、赤が映像を引き締めていた。修が丹精込めて造り上げた庭は波紋状の砂の上に構成された枯山水に様変わりしている。修が前ぶれなく帰ってきて、「父の仏前に手を合わせたい」という。依子が看取った修の父は半年前に亡くなっていた。

 がんに冒されている修は、室内の劇的な変化に驚く。仏壇にはガラスの球体が飾られ、ペットボトルが並んでいた。緑命会という新興宗教に入信して依子は、緑命水を大量に購入していた。会の集まりで代表役のキムラ緑子や会員役の江口のり子らとともに依子が踊る予告編に、宗教がメインテーマと勘違いした人もいるだろう。

 寛容を説く教祖だけでなく、依子にはもう一人の〝先生〟がいた。レジ打ちのパートをしているスーパーの清掃員である水木(木野花)だ。一緒にジムで泳ぐようになった水木は依子に男(修)への復讐を勧める。プールで体調を崩して搬送された水木の自室を訪ねた依子は汚部屋に衝撃を受けた。<あの大地震の後、何事もなかったように世間が流れるのに違和感を覚えた>と語る水木にとっても3・11がターニングポイントだった。

 壊れそうで耐える女……。そんな依子のイメージが変化していく。修に対してだけでなく、レジでクレームをつける老人(柄本明)への対応でも自身の思いを貫くようになる。帰省した拓哉が婚約者として紹介したのは年上で聾者の珠美(津田絵理奈)だった。壊れる者、壊す者の境界があやふやになり、拓哉の言葉で依子もまた壊す側であったことが明らかになる。

 現在62歳の筒井真理子の存在感に圧倒される。学生時代は第三舞台に所属し、その後は刑事ドラマ、2時間ドラマの常連になる。50代半ばで主演した「淵に立つ」と「よこがお」は映画祭で高い評価を受け、「アンチポルノ」ではヘアヌードを披露している。本作でも荻上監督は筒井の魅力を引き出していた。喪服で雨の中、フラメンゴを踊るラストが記憶に残る。長い女優生活で内面を磨いていたからこそ飛躍出来たのだろう。
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