酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「かたちだけの愛」~夫婦で書いたラブストーリー?

2010-12-28 00:28:28 | 読書
 有馬記念は当然のように外し、大学ラグビーでも俄かファンの天理大が完敗……。疫病神が肩入れすればロクでもない結果になる。気分を変えて、本題に。

 今年前半は「クーデタ」、「ロサリオの鋏」、「喪失の響き」など海外の小説に親しんだ。秋になると日本文学に回帰し、「無限カノン三部作」、「悪貨」(ともに島田雅彦)、「俺俺」(星野智幸)、「掏摸」(中村文則)、「本格小説」(水村美苗)を立て続けに読む。甲乙付け難い傑作たちだが、今年のベストブックを選ぶなら詩文集「生首」(辺見庸)だ。五臓六腑から吐き出される言葉の切っ先は、何より深く辺見自身を抉っている。

 平野啓一郎の新作「かたちだけの愛」(中央公論新社)を読んだ。平野自身が<分人主義シリーズ三部作の締めくくり>と位置付ける本作は、良質な恋愛小説であると同時に、「高瀬川」の発展形というべき精緻なポルノグラフィーでもある。

 平野は<分人>という概念を、<他者とのコミュニケーションの過程で、人格は相手ごとに分化せざるを得ない(=分人)。個人とはその分人の集合体>と規定している。「決壊」の主人公は<分人>が整合性を失くして崩壊したが、「かたちだけの愛」はベクトルが逆で、感動的な結末に至る。

 主人公の相良郁哉(あいら・いくや)はプロダクトデザイナーだ。聞き慣れない職種だが、椅子、ソファ、コップといった生活用品全般をデザインする仕事と知る。平野の小説には、作者自身のカルチャー志向が色濃く反映している。哲学、アート全般について深い理解に感嘆させられることが多いが、本作は新聞小説(読売新聞夕刊に連載)ゆえ、ペタンティックは控えめだった。

 事務所近くで交通事故が起き、相良は現場に駆けつける。車の下から〝美脚の女王〟叶世久美子を救い出したが、チャームポイントの左脚を切断する重傷だった。相良が久美子の義足をデザインすることで、両者の関係は深まっていく。

 久美子の〝ふしだらな女〟というパブリックイメージは、相良の母に重なっていた。嫉妬から久美子を愛するようになった相良は、彼女の中に<素晴らしい分人>を見いだす過程で、自分を捨てた亡き母と心の中で和解していく。〝母の喪失〟を短編で繰り返し描いてきた平野は、結婚を機に、赦しの境地に達したのかもしれない。

 紫づ香(病院経営者)、三笠(実業家)、曾我(久美子の所属事務所社長)、淡谷(装具士)といった個性的な登場人物が歯車になって、予定調和的な結末へ突き進む。相良と接する時の紫づ香は<理想的な母という分人>、暴力的な三笠は<仲間を束ねるボスという分人>、久美子と接する時の曾我は<性を超越した父としての分人>を与えられている。

 俯瞰の目でシーンを繋げていくと、濃淡と陰翳に彩られたグランドデザインが浮き上がってくるが、挑発的なタイトルが意味するものを、まだ読み解けていない。

 平野は2年前、ファッションモデルでデザイナーでもある春香さんと結婚した。モード界に身を置く者しか知りえない空気が織り込まれた本作は、平野が奥さんと共に書いた、互いへのラブレターかもしれない。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« '10スポーツ回顧&有馬記念 | トップ | 〝第二の青春〟を謳歌した年... »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事