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アイルランド飢饉

『イギリスの歴史』より 中学校の教科書

(ここまでのことを書くんですね)

アイルランド飢饉

 19世紀のアイルランドは、イングランドと同様に、イギリスのー部を構成していました。ロンドンにあるイギリス議会に対して、アイルランド選挙区から国会議員が選出されていました。イングランド人地主は、アイルランドにあるかれらの地所に大邸宅を建設しました。アイルランド人のほとんどは農民でした。ある程度の大きさの農場を持つ農民もいましたが、多くの人びとはきわめて小さな十地しか持っていませんでした。

 アイルランドの人口は、1801年の520万人から1841年の820万人へと急速に増加しました。より多くの人びとが、従来と変わらぬ面積の上地に生活していたわけで、これは各世帯がしばしば4分の1エーカーかそれ以下の土地に頼って生き存えねばならないことを意味していました。ひとつの家族がいったいどのようにしたら4分の1エーカーの土地で食べていけたというのでしょうか。

 この疑問に対する答えはひとつしかありませんでした。すなわち、ジャガイモを食べるということです。ジャガイモはアイルランドの気候のもとでよく育ちました。 Iエーカーの土地で、毎年6トンから8トンのジャガイモを生産することができました。ジャガイモは、耕作のための労働がほとんど必要とされない、いわゆる「怠け者の地層」と呼ばれた大地で育てられました。前年度の耕作跡のうえに土が集積し、毎年種を播くことができました。貧しいアイルランド人家族の多くは、ジャガイモとバターミルクに多少のベーコンとキャベツで風味をつけたもの以外に何も口にしていませんでした。

 そうしたさなかに災難が起こったのです。1845年、ジャガイモの葉枯れ病がアイルランドにやってきました。畑のジャガイモは異臭を放ち、食べられないほどに腐ってしまいました。そんななかで貧しい人びとはどうして生き延びることができたのでしょうか。その年、かれらは食糧を購入するために持っている物をすべて売り払ってしまいました。 しかし、葉枯れ病は1846年に再びやってきて、1847年にも再度アイルランドを襲いました。ほとんどの人びとが売るべき物をすべて失っていました。種ジャガイモも食べ尽くされてしまいました。こうして人びとは、通りや家で餓死するようになりました。飢餓で弱った多くの人びとが、チフスやコレラのような病気で命を落としました。人びとが一文無しになって地代を払えなくなると、地主はかれらを強制的に家から退去させました。多くの人びとが地面に穴を掘って生活しました。亡くなったばかりの人間の身体を食べた人もいました。

だれが助けようとしたのか?

 当時のイングランドにはアイルランド人に対する差別が根強く存在していました。アイルランド人は怠惰、飲んだくれ、暴力的な怠け者として描かれていました。イギリス政府は、食料の施しをおこなうべきではないと信じていまいた。イギリス政府は、アイルランド人は施しを受けるのではなく、購入しなければならないと考えていたのです。飢えた人びとは、たとえ多くの人びとが空腹で弱っていたとしても、たとえば道路建設などの仕事をしなければならないとされました。

 慈善団体が事態に足を踏み入れたのは、このときでした。 とくにクエーカー教徒は活動的で、もっとも深刻な影響を受けた地域で給食施設を用意しました。西アイルランドの多くの町で、クエーカー教徒たちは来る日も来る日も人口の4分の3の人びとに食事を与え続けていました。

 飢饉はいかなる結果をもたらしたか?

  100万人が死亡しました。
  100万人が移住しました。イギリスに移住する者もいましたが、多くがアメリカ合衆国や、オーストラリアやカナダなど大英帝国に移住しました。アイルランドは人っ子ひとりいない土地となりました。
  長く続く苦しみだけが残りました。アイルランド移民は祖国を離れたいと思っていたわけではありませんでしたが、アイルランドでの生活はもはや絶望的に思われました。飢饉の救済に失敗したとして、イギリス政府に対する恨みだけがあとに残りました。
  イースター蜂起のあとで何が起こったか?

  パトリック・ピアースとかれの友人に1916年のイースター蜂起を決行させたのは、アイルランドの歴史においてイングランドが絶え間なくおこなった介入に対する怒りと、ここで見てきたようなアイルランド飢饉の記憶でした。蜂起を支持するアイルランド人は、はじめのうちはごく少数でした。しかし、それから立て続けに起こった出来事が、人びとの考えを一変させることになりました。イギリス政府は蜂起に参加した人びとを簡略裁判にかけ、ひとりずつ銃殺刑によって殺していきました。ジェームズ・コノリーという男性は、負傷によって死の淵にありながら、椅子で身体を支えられて銃殺刑に処されました。イースター蜂起に参加しなかった数百人ものナショナリストたちが逮捕され、投獄されました。
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豊田市図書館で29冊

未唯へ

 パートナーの靴が見えなくて、TMの靴が見えるのはなぜなのか。座っている位置とか前傾姿勢のためなのか。

銀河宇宙

 宇宙銀河は、ニュートンらしく、イラストで書いているけど、あれは偽者です。宇宙は多層的です。闇でした。私の概念の方を優先しましょう。

ネットでの新刊書予約

 新刊書で取りそこなったものは図書館サイトの新刊書で調べて、予約します。枠はあと、4冊残っています。

豊田市図書館を変えるには

 この図書館を作った三浦さんに5階で会いました。私同様に、図書館のあり方に文句が言いたいということです。一市民の立場から考えている。だけど、自分の時代は終わったと言うことです。私とほぼ同じ年代だから、図書館を変えましょう!

 豊田市図書館は三浦さんが作ったときから、あまりにも変わっていない。職員はその意識さえない。どう変えたらいいのか分からないから、考えないのでしょう。その循環を変えないといけない。何をしたらいいのかは、世界に見に行けばいい。世界には考え、行動している人たちが多くいます。

 それが難しいのであれば、国内の100館ぐらい見ていけば、ヒントが生まれます。私の思考のレベルは図書館単独から、市民の活性化に上がっています。

スタバのバリスタから先生に

 駅前のスターバックスで長い間、馴染んできた女性が去っていきました。小学校の先生になる為の教育実習をしていると聞いていた。先週は新人の教育を行っていた。

 この時期に、居たので、「いつまで」と聞いたら、「今日まで」とのこと。よりによって、最終日です。この辺のタイミングは私の場合は多いです。偶然がついています。

散歩の風景

 午後からの散歩に出ました。土日の運動をしないと、メタボの危険が増します。

 「営業日の変更のお知らせ」「営業日 毎月1日~15日、定休日 毎月16日~月末」一応、コーヒーショップらしい。

 勝てないですね。

歴史のドラマ 「世界の歴史 50のドラマで見る」歴史はこんなものではなく、もっとドロドロしている。それと循環で見ていかないと、未来の歴史が見えてこない。

 折角、個人と国家という対比を持ちながら、その関係がどうなっていくのかまで、言及していない。単なるドラマで終わっている。

豊田市図書館

 なるべく早く、病院を終えて、図書館に行くために、8時半より、スタンバイ。単に薬を貰うだけなのに、9時40分になっていた。図書館に直行。第4金曜日は休館なので、土曜日の10時に新刊書が出ます。
 10時に着けるとは思わなかった。諦めたはずなのに、なぜ、こんなに焦るのか。おかげで。29冊借りれました。先週借りた宇宙銀河は残したので、30冊満杯です。
 375.33『世界の国々を調べる』
 601.1『都市の地域ブランド戦略』地域経営の新しい視点
 518.8『都市成長管理とゾーニングの経済分析』
 007.35『デジタルコンテンツ法制』過去・現在・未来の課題
 493.76『21世紀の新型うつ病』「非定型」うつ病との向かい合わせ方
 392『2012年版世界軍事情勢』
 141.5『アイデア・バイブル』創造性を解き放つ38の発想法
 601.1『国土と未来』アジアの時代における国土整備プラン
 209『50のドラマで知る世界の歴史』
 312.1『この国はまだ大丈夫か』
 913.6『碧海の玉座』
 332.1『レジーム・チェンジ』
 377.9『大学の思い出は就活です(苦笑)』大学生活50のお約束
 361.7『ローカリズム原論』新しい共同体をデザインする
 233.05『イギリスの歴史』イギリス中学校歴史教科書【帝国の衝撃】
 104『100の思考実験』
 369.36『原発避難論』
 827.8『中国人が日本によく聞く100の質問』
 492.9『ケアの根拠』看護の疑問に答える180のエビデンス
 336.3『学習する組織』
 210.7『昭和史の天皇3』
 517シバ『水で世界を制する日本』
 335.13『孫正義名言録 情熱編』
 141.5『思考を鍛えるドリル』
 335.2『世界のビジネス・アーカイブズ』企業価値の源泉
 312.1『政治の混迷と憲法』政権交代を読む
 133『世界を変えた哲学者たち』
 361.1『夢よりも深い覚醒へ』
 134.9『現代ドイツ思想講座』
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