日々のことを徒然に

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変る節分

2007年02月04日 | 生活・ニュース


ローカルTV放送で視聴者から届いた「我家の節分」について紹介されていた。地域や年代、家々に続く楽しみ方などを面白く観た。

子供のころ節分といえば、鰯と蒟蒻と柊(ヒイラギ)の小枝、主役の炒った大豆だった。
豆まきが終わったらまいた豆を拾い、その豆を紙に包み、人に見られないように十字路の交差点へ置く、こんな風習があった。訳を知らぬまま、町内に1箇所しかない四辻へ何度か置きに走ったことが懐かしい。我家の玄関前は交差点だ。昨年は十数個の包みが見られたが今朝は1包み、それも車の洗礼を受け砕けていた。

広辞苑によると、立春・立夏・立秋・立冬の前日も節分と称す、つまり季節の移り変る時の呼称という。特に立春の前日の称と説明されている。また、炒った大豆は鬼打豆と称するとある。

大阪商人が考えたという「恵方巻き」が大流行だ。恵方とは、正月の神の来臨する方角、後に歳徳神(トシトクジン)のいる方角を指すそうです。歳徳神はその年の福徳をつかさどる神。この神の在る方角を恵方といい、万事に吉とする、と書いてある。誰が見たのか今年は北北西にその神があるとされた。恵方巻きの発案に微笑みながら納得もし、その方角へ向いてかぶり付いた。

我家の鬼打豆は、注文した恵方巻きへお供してきた1袋、何かの付録についた小袋を仏壇から下げて節分を済ませた。どんな福が訪れてくれるか、これからの心がけ次第か。
(写真は恵方巻きへお供してきた鬼打豆)

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