2020年08月04日 中国新聞「広場 特集 被爆75年」掲載
60年ほど前、広島市であった核兵器禁止集会に被爆者の知人に誘われて参加した。私も父が被爆者であり、当時の若者の一人として無関心でいられなかった。
会場では核兵器禁止に向けて盛り上がっているというより、参加者同士が言い争っているように感じた。混乱した雰囲気で、一般参加の私には何か話し合われているのか分からなかった。事の次第がのみ込めないまま帰宅した。
後で、考えや方針の違いから核兵器廃絶の運動が分裂したと知った。政治的な思惑も入り込んでいたようだ。今も、そのこだわりが解消してないことを残念に思っている。
被爆7年を機に、関係する人たちは勇気を持って難題を超えて一つとなり、世界の核兵器廃絶の先頭に立ってほしい。それが高齢化が進む被爆者の願いに応えていく道だろう。
被爆国でありながら日本は核兵器禁止条約に参加していない。国も真の核兵器廃絶に向けて世界の先頭に立ってもらいたい。

60年ほど前、広島市であった核兵器禁止集会に被爆者の知人に誘われて参加した。私も父が被爆者であり、当時の若者の一人として無関心でいられなかった。
会場では核兵器禁止に向けて盛り上がっているというより、参加者同士が言い争っているように感じた。混乱した雰囲気で、一般参加の私には何か話し合われているのか分からなかった。事の次第がのみ込めないまま帰宅した。
後で、考えや方針の違いから核兵器廃絶の運動が分裂したと知った。政治的な思惑も入り込んでいたようだ。今も、そのこだわりが解消してないことを残念に思っている。
被爆7年を機に、関係する人たちは勇気を持って難題を超えて一つとなり、世界の核兵器廃絶の先頭に立ってほしい。それが高齢化が進む被爆者の願いに応えていく道だろう。
被爆国でありながら日本は核兵器禁止条約に参加していない。国も真の核兵器廃絶に向けて世界の先頭に立ってもらいたい。
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