みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

覚え続ける

2021年04月08日 | 歴代誌第一

歴代誌第一 7章1−19節

 きのうは、長い間交わりのある方々といっしょの祈り会に出席しました。私たちは「隔離生活」中ですので、オンラインで…。他にも8年ほど前移住した長野県から参加された方もおられ、感染症によるパンデミックをきっかけにしての集まりかたの変化を改めて思ったことです。

 きのうの祈り会でも、「みことばの光」のその日の箇所をいっしょに読みました。人の名前が連なる箇所を、出席した方々はいつものように読み、そこから得た1つ1つのことを分かち合っていたのに、そして、その1つ1つが「なるほど!」「そうなのか!」と思うことばかり。とても勇気づけられました。

 きょうも、その、人の名前が続きます。ここは、イッサカル、ベニヤミン、ナフタリ、それからマナセ部族の系譜です。ここに挙げられているのはイスラエルの民がカナンに定住した頃の人々。これらの人名リストを最初に聴いたのは、捕囚から帰還した民です。なぜ、彼らがずっと以前の自分たちの父祖たちの名前、そのエピソードを聞かなければならなかったのか、ということを考えるのです。

 「みことばの光」が書いているように、捕囚後のイスラエルの中心にあったのは、ユダやレビでした。ここで挙げられている部族の多くは、ほとんどが過去の人々だったと考えられます。けれども主は、イスラエルを12の部族だとして変わらにおぼえておられるのです。

 かつてはいっしょに礼拝をし、聖書を読み、祈り合った人たちの中には、信仰から遠のいたかのように見える人もいます。私は覚え続けているのだろうか…。神は覚えておられます。


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