ローマ人への手紙 8章31-39節
近づいてきた教会の修養会の準備をしているのですが、そんな時に限って心に突然浮かぶのです。そうだ! 部屋の模様替えをしようと思い立ち、きのうの午後は仕事部屋の移動をやってしまいました。追い込まれると別のことに夢中になってしまうのはバランスをとろうとしているのかな、と納得したりしています。
この箇所について、「みことばの光」は「パウロが1章から8章まで教えてきた義認、聖化、栄化の総まとめ」と書いています。信仰によって義と認められた者に、神が賜わった揺るがない保証が、これでもかこれでもか、というように、ここに詰まっています。
パウロはここで、自らに確かめるように、いくつかの質問をしています。「誰が私たちに敵対できるのか」、神はほんとうにすべてのものを恵んでくださるのか」、「訴え、罪に定めるのは誰か」、「キリストの愛から引き離そうとするのは誰か」。これらの質問への答えは、すべて「いいえ」です。
信仰によって義と認められた者は、決して安穏とした歩みをしているのではありません。自分では祈ることができないほどの窮地に追い込まれ、追求され、苦しめられ、迫害され、剣で脅されて死に直面します。ありとあらゆる者が寄ってたかって、神の愛から私たちを引き離しにかかるのですが、できないのです。
「圧倒的な勝利者」とは、すべてが自分の思いどおりに行くということとは違うのです。