クッション蹄鉄・接着装蹄の是非について、青木先生から直々にコメントをいただいた。
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私も、パッド蹄鉄や接着蹄鉄を完全否定するつもりはありません。ケースバイケースでの活用は、有用です。私が言いたいのは、「馬の身になって考える」という一見、真摯な対応に引きずられ、それらを安易に応用するケースが多すぎることです。そして、それがむしろ弊害を招くことを恐れるからです。トラブルを抱えた馬に対処するとき、何も方策を講じないよりは、何か目に見える処置をとりあえず行っておこう。そんな風潮が横行する現状に、警鐘をならしたく、ついつい講義では、やや大げさに「ナンセンス」という持論を展開してしまいます。
(青木先生はクッション蹄鉄を放り投げておられた;笑)
今は、高分子化学の発達で以前では考えられなかった様々な素材が入手可能です。これらを活用して、装蹄技法にも新たな技術を導入することに何ら問題はありませんし、むしろ積極的に取り込むべきだと思います。が、そこには熟慮と科学的な根拠が常に求められることを、特に装蹄師には知っておいてもらいたい。それが私の思いです。
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さて、青木先生のコメントを理解するためには、バイオメカニクス!の基礎知識が必要。
左のグラフは、馬が速足で走っているときの蹄にかかる垂直方向への力を測定したもの。図はJRA総研の研究成績からお借りした。
蹄が着地すると棘のような小さなピークが見られる。これが着地によるインパクト(衝撃)による力。
それから肢にはるかに大きな力がかかっていく。これがロード(荷重)。
このように、馬の肢にかかる負担は、インパクト(衝撃)よりもロード(荷重)の方がはるかに大きいということをふまえて、青木先生のコメントを私なりに要約してみた。
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2mm程度の厚さのパッドでは、インパクトを緩衝できても、ロードは緩衝できません。もちろん多少の緩衝効果はありますが、その程度の緩衝性は、馬ではほとんど意味を成しません。
一方、2mmのパッドとは違って、馬場のクッション性はロードに対して大きな軽減効果を発揮しています。
ロードは、そのアシに加わる体重に速度を乗じた運動量だからで、固い路面に蹄が着地すると、それまでの蹄の移動速度がいっきに0になり、蹄は路面上に急停止します。このとき、アシには大きな衝撃が加わるだけでなく、ロードは急カーブを描いて、いっきに最高値に跳ね上がります。これに対して、砂などの路面では、蹄は地面に潜りながら停止します。衝撃も小さくなり、またロードの立ち上がりも遅くなります。その結果、ロードのピーク値もやや下降します。
2mmのパッドでは、このロードの急激な立ち上がりをほとんど抑えられないのです。
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また、蹄と蹄鉄の間にクッション素材をはさむと、蹄と蹄鉄とのゆるみを招きやすく、パッドを常用している馬は蹄壁の下部がぼろぼろになりやすいという悪影響も起こります。
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次に、人のジョギングシューズから馬の蹄や蹄鉄を考えることついて、
ヒトのアシは皮膚と皮下織と筋肉と靱帯で趾骨や踵骨を包んでいて、蹄角質という天然の緩衝材を持っていません。だから、固い路盤を走るには、衝撃緩和機構を搭載したナイキのシューズも必要でしょう。
しかし、馬は蹄を持っていて、蹄角質は天然自然の靴として衝撃緩和能も付与され、さらに蹄の内部には跖枕(セキチン)と呼ばれるナイキにもまねの出来ない弾力材を取り込んでいます。
2mmのパッドで緩和されるよりも、さらに効果的な緩衝能を蹄自体が備えているのです。
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写真はBigbrownの左前蹄。Fran Jurga's Hoof Blogより。
裂蹄はインパクト(衝撃)が原因だと思い込んでいる装蹄師や獣医師が多いが、実はそうではなく蹄機が原因です。
接着装蹄は負重時に蹄が広がる蹄機を多少なりとも妨げます。
Bigbrownのクッション蹄鉄の接着装蹄がうまくいっていても、それは接着装蹄が蹄機を妨げるという、本来は望ましくない効果がBigbrownの蹄には良い方向に働いた結果かもしれません。
クッション蹄鉄による衝撃緩和の効果の実証例としては扱えないでしょう。
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青い字の部分は青木先生からいただいたコメントを私が要約したもの。黒字は私の記載。
赤字・下線はここぞポイントだろうというhigの強調(笑)
いずれの部分も文責はhigにあります。
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Big brownは今年中の引退を決めている。
蹄が持ちそうにない。というのがその理由の一つなのかどうか・・・・・私は知らない。
もう6~7年前でしょうか、私がナチュラルフーフケアを勉強し始める以前、ジーン・オブニック氏のナチュラルバランスシュー(EDSS(Equine Digit Support System))の理論を勉強していたのですが、そこでやたらと言われていた事がHeel First Landing (蹄踵先着)の重要性でした。当時、実家の育成牧場にいた私は蹄のことを勉強するため、多いときで5人の装蹄師さんに育成馬の装蹄を頼んでいたのですが、意見は様々でした。蹄先先着が良いという人は居ませんでしたが、一般的だったのがFlat Landingが望ましい、という意見でした。あるイベントの際、青木先生に直接お聞きしましたら、先生は「それは、あまり重要ではない。常歩でどう着こうが、速度が速くなれば皆踵から着く。常歩で故障は起きない。」というような回答をくださいました。その時は、なるほどそれもそうだ、と納得したのですが。
しかしその後、育成馬を調教中に自分の前を走る馬をじぃ~っと観察していましたら、常歩に限らず、速歩、駆歩まで蹄先先着している馬が可也居ました。(駆歩といっても軽いハッキング程度ですが、それ以上は動体視力が追いつかずスーパースローカメラが欲しくなりました。)確かにギャロップでは、皆蹄踵先着するのかも知れませんが、少なくともハッキングまで馬によって着き方に違いがあるということは、スピードは遅くとも負担の違いが有るのでは?という疑問が残りました。
数年がたち、ナチュラルフーフケアを勉強しだしてまたしても、Heel First Landing の重要性が非常に強く言われ以前の疑問が蘇ってきたのですが、今の私はHeel First Landing の信者になりつつ有ります。数年前にこのことを考え出したとき、育成場に居た馬片っ端から舗装の上を歩かせて見たところ40頭ほど居た馬ほぼ全てが、蹄先先着かFlat Landingでした。(このときは前肢しか見ていませんでした!)しかし、1頭だけ踵から着く馬がいたのですが、それは牧場で従業員の練習用に飼っていた半血種であまり削蹄しておらず、踵が伸びていました。
つい最近まで、私もFlat Landing がもっとも望ましく、何処か先に着くところが有るとすれば、そこが蹄の高いところで削る必要が有るか、反対が低くなりすぎている、と考えていました。しかし、馬が蹄の何処から地面に着くかは蹄の何処が高いか低いかだけでは決まらないものだと最近分かってきました。最も望ましいのはFlat Landing ではなく、Flat Loading であるということ。今回のhig先生のブログ内容の -このように、馬の肢にかかる負担は、インパクト(衝撃)よりもロード(荷重)の方がはるかに大きい・・・の一文からはっきり感じました。
ナチュラルフーフケアを勉強していての内容ですが、曰く一般的飼育環境に置かれている馬たちは生まれてからの成長環境が、地面が平らで柔らかい、運動が基本的に少ない等の理由から跖枕や蹄軟骨の蹄後内部組織の発達が身体の成長に比べ著しく遅れ蹄叉周辺が刺激に対し過敏になり、後をかばった蹄先先着の歩様をし始める。事実生まれたての仔馬は蹄踵先着で歩いています。当才馬たちは遊びながら身体と蹄を発達させていきますが、後肢のほうが前肢よりもよく使う為後肢の蹄後内部組織の方が前肢のそれより発達していることが多く、実際私がBTCで乗りながら数多くの馬たちの蹄の着き方を見ていると、ごく数頭ですが、蹄踵先着している蹄の殆どが後肢のものでした。
蹄には本来衝撃緩和機能が備わっていますが、それが正しく機能しているとは限りません。外縁に2mmのクッションがついていることよりも、蹄叉のサポートを増やし馬が自ら衝撃緩和機能を最大限に引き出す方が方向性としては正しいのではないでしょうか。
すみません。また長くなってしまいました。
蛭川徹
丁寧なコメントありがとうございます。いくつもの課題が含まれていると思います。
走る馬を後から見ていて着地を判断するというのは至難の業でしょう(笑)。
蹄のLoadingについては、青木先生の講演に蹄への荷重がどのように移動するかのデータが出てきます。蹄中央で荷重が始まり、そのポイントは蹄踵側へ移動し、荷重は最大になり、そして急速に蹄尖へ抜けていく。おそらくどの馬も走行スピードが上れば、これ以外の荷重方法では走れないのではないでしょうか。
natural hoof careはたいへん興味深いです。ただ、サラブレッドの現役競走馬ははだしでは調教や競走に耐えられません。馬としての最高速度を要求されるサラブレッド競走馬、それを目指さなければいけない育成馬にとって、どのような蹄が理想か考える必要がありますね。hoof blogにもあるダービー出走馬のりっぱな蹄叉の写真が載っていました。装蹄していても、とくにダートなどでは蹄底や蹄叉も荷重を受けているのではないか?が今の私の疑問です。蛭川さんの考えていることに近いですか?
度々不必要に長いコメントになってしまいすみません。
実を言うとNatural Hoofcare を4年前アメリカで初めて知ったときの私の印象も、「興味深いけれど、競走馬には無理だな」と言うものでした。そのため、それ以来特に意識する事が無かったのですが、昨年秋恥ずかしい事ですが自分の馬の1頭が蹄葉炎を発症してしまい、慌ててネットを調べなおし(そもそも、蹄葉炎の治療法方の1つとして知ったもので)それまでの自分の知識と組み合わせながら、治療しました。この件をきっかけに、より深く勉強しだしましたら、「競走馬には、関係が無い」と線を引いていたことを見直すことになりました。蹄葉炎がどうとか、蹄鉄を履くとか履かないでなく、正に青木先生の研究(バイオメカニクス)そのものが、内容の中心だったからです。決して、現在の装蹄方法等を否定しているものではなく(確かに一部のナチュラルフーフケア・プラクティショナーは蹄鉄を完全否定していますが・・・)数え切れない数の解剖と、実践、そして多くの大学教授等の研究等をベースに確立されて来て、現在も進歩を続けています。
以前、hig先生のセンターからお預かりした16歳の馬の肢を解剖させて頂きましたが、やはり跖枕は年齢にも関わらず、本来あるべき軟骨の様なナイキに物真似できない弾力材とは程遠く、未熟でただの脂肪の固まりの様でした。私は何も競走馬から蹄鉄をはずしてしまおうと考えているわけではなく、ナチュラルフーフケアがいうところの衝撃吸収、エネルギー分散、蹄の生体力学を本来の形で機能させることで、より丈夫で故障しにくい馬がもしかしたら造れるのではないか、と考えているのです。そのため、競走馬においては調教が強くなってきて鉄を履くまでの期間と競馬場から帰ってきて身体も蹄も休養するリハビリ期間に、ナチュラルフーフケアの削蹄方法やブーツ、充填剤等の使用が、より健康で丈夫な蹄作りに一役買うのではと思っています (アメリカとイギリスでは裸足の競走馬が出てきている様ですが、絶対グリップのハンデは有ると思います)。
蹄のエネルギー分散ですが、舗装の上では蹄鉄を履いた蹄は100%外縁負重になります。ダートでは勿論、外縁、蹄底、蹄叉、蹄支も負重します。その割合は(ダートの深さにもよりますが)裸足と比べると外縁の割合が少々多くなります。蹄のLoadingについての青木先生の講義を私も受けた事が有りましたが、現実的に難しいと思いますが、足場の違いと、常歩時の着地の仕方の違いも考慮にいれたデーターが知りたいところです。
育成馬に装蹄するまでの期間、休養に帰ってきた馬のリハビリ期間に、できるだけ馬の本来の蹄の形状と機能を回復させてやる。そのことが競走馬として装蹄する上でも望ましいのではないか。同感です。
現実には、故障して競馬場から私のところへ連れてこられる競走馬のほとんどが、long-toe/underrun-heelになっています。競馬場での蹄管理に問題はないのか、つぶれてしまった蹄踵を回復させるにはどうすれば良いのか、知りたいところです。
そのために馬の蹄は本来どのような機能を持っているのか理解することは不可欠でしょう。narural hoof careにはその可能性を感じます。
つぶれてしまった蹄踵を回復させる方法を紹介します。
http://www.ironfreehoof.com/step1.htm このページの刷毛の写真の説明ですが、踵を今以上に低くせず、かつ今以上につぶさないための方法として heel bevel (踵を後に向って斜めに削る)があります。無論これは、1度に治してしまおうというものではなく、2週間位ごとに少しずつ削っていきます。驚くべきは、この削蹄を施して15分ほど歩かせると蹄踵の角度がすでに変わり始めてくることです。私の見たDVDでは11度の角度の変化がありました。
無論 long toe が踵を前方に引っ張る物理を解消する為に、break over を本来あるべき場所までさげる事も重要です。
http://www.hoofrehab.com/end_of_white_line_disease.htm#Navicular
こちらのページにはナビキュラー症候群について書かれていますが、蹄後内部組織の発達について大変興味深い内容が書かれています。私がBTCで乗っていて見つけた蹄踵先着する馬の後肢の跖枕は明らかに他の馬のそれに比べ発達していました。
underrun-heelを回復させるための削蹄方法は、刷毛(ハケ)の写真での説明は良くわかりました。これは実際にやろうとするとheel back(蹄踵の位置を尾側へずらす)とは逆になりかねないようにも思いますが、蹄尖を落としながら、徐々にやればheelを起こすことができるのでしょう。面白い。
ナビキュラーについての記載は今度ゆっくり読んでみます。写真や図なしで英文だけで理解するのはチョッと荷が重いです(笑)。
しかし、これらの蹄叉、蹄支、digital cushion、蹄軟骨など蹄踵の構造を判断するという考え方は、真偽のほどはともかく、日本では取り入れられていないのではないでしょうか・・・・