goo blog サービス終了のお知らせ 

馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

Canadaからの実習生 --その2--

2006-04-30 | How to 馬医者修行

 Canadaからの実習生にすぐに聞かれたのは「どうしてこの病院にはテクニシャンがいないの?」

海外の動物病院にはテクニシャンと呼ばれる人たちがいて、看護師の仕事や、あらゆる雑務、ところによっては麻酔までこなしている。

AAEPの学会でもテクニシャン部門があって、少しわかりやすい講演がおこなわれていたりする。数年前京都で開かれた世界獣医歯科学会でも覘いてみたら、若い女性がほとんどだったが、皆熱心に聞いていた。

 日本では大動物の分野ではテクニシャンと呼ばれる人たちはほとんどいない。獣医師ひとりが往診で対応しているのが現状だ。

しかし、これからは大動物の診療施設でもテクニシャンを雇うようにした方が良いだろう。雇用条件や資格制度など難しい面もあるが、とりあえずは「手伝ってもらいたい」仕事は充分にある。

日本でもAHT(Animal Health Technitian)と呼び始めているが、小動物しかやらないのなら Small と付けてもらわなければいけないと思う。

                      - 

Canadaからの実習生に聞いたのは、「Canadaの大学家畜病院やテキサスの開業診療所とどこが違う?」

「いろいろ違うけど、向こうではディスポーザブルのものを使うことが多くて・・・・」

「コストや手間だけを考えればディスポにした方が良い物もあるかもしれない。しかし、それは大量のゴミを発生させ環境問題をひきおこす。」

「そうね。私も獣医医療は環境問題で有罪だと思う。」

と言ってました。

私の回答は正直なものだったかどうか・・・・・・

                      -

 GLOBAL STANDARDと呼ばれるAmericanizeされたスタイルがなんでも理想ではない。私達は自分達の目的をはたすために、自分達の事情にあったやり方を進めていけばいいのではないだろうか。

テクニシャンの存在は、獣医師とテクニシャンの待遇の格差が作り出す物だし、大量のディスポ製品の消費は広い国土をゴミ捨て場としても使うことから来ている。

USAのやり方は理想ではない。

                     -

 彼女に聞いた。

「Canadaの人は、Canadaを独立国だと考えているか? USAの一部だと思っていないか?」

「う~ん。人によっていろいろかもしれない。」

                                              -


Canadaからの実習生

2006-04-29 | How to 馬医者修行

Kate_2 去年の夏、カナダから学生が臨床実習にやって来た。

カナダも英語圏で、獣医学は日本より進んでいる。それで、本当にうちでの実習でいいのか事前にメールでやり取りしたのだが、日本でfood animalのExternshipを修了したいと言う。

他に日本の実習生も来ていたのだが、馬の臨床に関する知識の差は歴然だった。

彼女はテキサスの開業医の診療所でも実習したことがあり、馬臨床の実践的な知識も豊富だった。

開腹手術をしていて、引きずり出した腸管の部位がどこかわかるか質問する。実習生どころか新人獣医師にも答えられないのに、彼女は「私に聞いてるの?左腹側結腸でしょ」

これじゃあ、日本の獣医学、獣医学教育、獣医臨床レベルが情けないじゃないか!

                       -

 私の英語論文をチェックしてもらった。英語文法だけではなく、内容についても間違いや弱い部分を指摘された。

 日本の獣医科学生に日本語論文を見せても、堂々と「ここがおかしいのではないか」「もっとこう書くべきではないか」と指摘できる学生はいないだろう。

                       -

 彼女はヴェジタリアンだった。卵や牛乳、魚は食べる。宗教上の理由や、家族的な背景かと聞くと、違うと言う。ある日、動物を食べなくても生きていけるのではないかと考えた。それでやってみて、大丈夫なまま今日に至っている。とのことだった。

 BSEの騒動の中での日本の対応を知って、Food animalの実習は日本でやってみたいと考えたのだそうだ。

 大規模で、個体管理より群管理で、ある面ブロイラーのように飼育されるあちらの肉牛生産とは違った日本の和牛生産を彼女はどういう風に感じたのだろうか。

                      -

 昨年シアトルでのAAEPに彼女もやってきた。卒業後どうするのか訊ねたら、なんとバンクーバ郊外でいきなり開業するという。

 馬の歯科を中心にやっていきたいという。

 何考えてんだ。馬の歯医者はごつい男でさえ握力がもっと必要だと思う仕事だ。

しかし、彼女にはしっかりした将来展望があるようだった。大都市郊外には結構馬がいる。しかし、その地区には開業医が少ない。開業しながら大学で博士号を取り、動物行動学の勉強を続けたい。

 日本の獣医科卒業生諸君。君達はしっかりした将来展望を持っているか?

                                                     -

                      

 


子馬の橈骨骨折

2006-04-28 | 整形外科

 数年前のゴールデンウィークのある朝、子馬が骨折したとの電話。ひどいが取り合えず連れて行かすとのこXray_1 と。来て見ると、橈骨が肘の下でボッキリ折れている。

普通ならあきらめる。長い治療期間がかかり、骨癒合しても骨の形状に狂いがおこりやすい。また、反対肢にも負担が大きすぎ、結局、競走馬にするのは難しい。

雌ならなんとか繁殖雌馬にという考えもあるが、この子馬は雄だった。

畜主と相談するが、あきらめはつかない。私の年収の10倍以上する馬だからもっともだ。「先生決めてくれ」

この際、治る率や治療費は別にして、できるだけのことをやりましょう。ということにする。「本当にやるの?」と他の獣医師に聞かれた。

あの頃、プレート固定の道具はそろっていなかった。プレートを曲げるベンダー(メーカー品だと30万以上、国産で15万)、エアドリル(100万以上、これは今は電動ドリルを使っている)、骨折固定鉗子、etc. とりあえず一番長いプレートや器具の滅菌をスタートする。

書庫へ行って本を調べる。この部分のプレート固定の方法を読んだことはあったがやったことはなかった。

Photo_42 整形外科的に難しい要素もあった。骨折端が内側で皮膚を破っていて、汚染している可能性があった。骨折部が肘関節に近くて、近位側を固定するスクリューを十分な本数打てない。しかし、成長期の子馬の成長板(骨端板)をまたいだ固定をすると、骨が成長できなくなってしまう。

手術としては完全に整復しておいて骨鉗子で保持し、小さいスクリューでずれないように固定しておいてからプレート固定すれば良かったのだろうが、道具も経験も不足していた。

Radius55s 昼過ぎまでかかって手術し、手動ドリルでたくさんの穴をあけ、ドライバーでスクリューを何本も締めたので、腕は握力もなくなった。

手術はしたものの、いつプレートを抜けばいいかわからない。2回に分けて1枚ずつ抜くのだが、すると同じ部位を3回も切開することになる。USAの経験豊富な先生達がアドバイスをくれた。

「スクリューの上から刺すように切開し、スクリューを全部ぬいたらプレートの端だけ切り広げて、プレートを引き抜け」

「プレートは筋肉の下にありますが・・・・・?」「かまわない。筋肉を通してスクリューを抜け」

この方法で、同じ部位を3回も大きく切開することは避けることができた。(写真は骨折から約2ヶ月後)P4150025

 しかし、その先生達も競走馬にするのは無理だろうという意見だった。

                    -

 その後、この馬は紆余曲折をへながら競走馬になり、すでに何勝もしている。

 馬の骨折治療の権威 Nunamaker先生は数年前のAAEPで、

   「技術的には、もう馬の骨折が治せないということはない。」

と講演されている。そして、これからの10年は、いままでの10年以上にエキサイティングな10年になるだろうと。

 私も、これからも骨折馬を助けたいと思っている。


kimzey splint

2006-04-27 | 整形外科

 骨折の応急処置のための器具がUSAでは市販されている。

私達が使っている手術台を作っている、馬の獣医師にとって世界的に有名な鉄工所 Kimzey Iron Works 社製。

Standard_splint http://www.kimzeymetalproducts.com/leg_saver_splints1.htm

左は一般的なハーフリムキャストとして使うもの。

蹄を覆って、その荷重を棒を使って近位へ伝えようとする考えを理解していただけると思う。

Longsplint_small

右は子馬用。中手骨、腕節の骨折で使うようにフルリムキャストの長さ、すなわち肘の下からを固定するようになっている。

子馬は橈骨の骨折や、腕節の崩壊も多いからだろう。

(HPからコピーしたのに画像が悪いナ)

買おうか考えたこともあるが、私達のように生産牧場を対象にしていると、子馬用から成馬用までいろいろなサイズを用意しておかなくてはいけないし、往診している先生達が実際に使ってくれるかどうか疑問があって、買っていない。

決まった年齢の馬が骨折する競馬場や育成牧場では用意しておけば役立つのではないだろうか。

           -

 もう一つ安価な方法がある。

キャストをはずすときにきれいに半分に割ってはずし、それを倉庫にでも置いておくと応急処置用に使える。

丈夫な針金で縛れば結構な強さになる。

キャストで固定しておきたいし、傷の処置もしなければいけない腱損傷などの症例で、キャストをつけはずししながら管理したことがあったが、使い勝手はよかったようだ。

 海外の病院で倉庫を覘いて「何だこれ?」と思ったら、馬用のスプリント(副木)やキャストや義足だった。

              備えあれば憂いなし。


結腸亜全摘

2006-04-26 | 急性腹症

Hc_1Photo_52  結腸捻転で結腸の虚血性壊死が進行し、左のようになってしまうと、結腸を温存して助かると考える馬外科医はいない。

「残念ですが、助けられません」と言うしかない。

ただ、ひとつ方法がある。結腸を亜全摘し、腹側結腸と背側結腸を吻合するのだ。

しかし、かなり厳しい状態であることに違いはない。

こういうふうになってしまっているときは、全身状態もひどく悪く、また汚染させずに結腸を吻合するのは不可能に近い。

Photo_53 Photo_54

チャレンジするなら、結腸動脈を3重にしっかり結紮する。浮腫を起こした組織の中にあるので用心が必要だ。

腹側結腸も背側結腸も一気に切ってしまう(左)。

助手は結腸が腹腔内へ戻ってしまわないようにしっかり持つ必要がある(右)。

術者は手早く、なおかつ糞汁が漏れないように、浮腫をおこして肥厚した結腸同士を吻合する。Connellと呼ばれる縫合法が適しているとされている。

Hc_2 結腸捻転はたいてい盲腸も巻き込んで結腸の根元で起こるので、結腸の根元も傷んでいる。しかし、最も根元の部分は切除できない。

幸運にも結腸の根元が傷んでいないか、あるいは傷んでいても壊死を免れるかは症例による。

いずれにしても重症になると、結腸を温存するより切除・吻合したほうが生存率は高くなると考えている。

重症の結腸捻転の場合、結腸を温存すると手術後数日全身状態は著しく悪化し、抹消血中の白血球数は極端な減少を示す。

しかし、今まで結腸を切除した症例では、その程度が軽かった。

損傷している場合は切除する。という小腸捻転の場合の原則は、結腸についてもあてはまるのだ。

                   -

 ただ、悪化してしまっている全身状態を立て直すのは非常に厳しい。だいたいPCVが60%を越えて生きていられるのが不思議なのだ。

採血針を通りにくい血液がどうやって抹消の毛細血管を通過しているのか?

循環血液量の減少はショックと呼ぶべき状態になっている。壊死した組織からのカリウムは心臓を止める。過剰なカリを排泄するための腎臓は脱水のために働かない。乳酸アシドーシスは全身の機能を失わせるレベルだ。電解質の異常は筋肉の機能を奪い、覚醒後も立つことができない。

結腸切除の手術中に死んだ馬もいる、覚醒室で死んだ馬もいる。入院厩舎まで歩いていった後、死んだり肢を折った馬もいる。

しかし、結腸切除して助かった馬は、切除・吻合しなければ助からなかった馬なのは間違いない。

一番上の2枚の写真の壊死した結腸の馬も、それぞれ結腸切除し生存した。

                   -

Photo_55 この2歳馬は某有名種馬の全兄弟で、USAから輸入されてきた。彼女はこの馬についてUSAからやって来た。

疝痛で運ばれてきて、開腹手術したがひどい結腸捻転だった。

「普通ならあきらめる。しかし、特別な馬なのはわかる。やれるだけのことをやってみるか?」

結腸を切除・吻合したが、術後36時間立てなかった。

その頃は吊起帯も用意していなかった。

立ちそこねて、股関節をいためたようだった。

立てないまま、その頃一つしかなかった覚醒室を占拠していた。「あなた達があきらめない限り、僕らは最後まであきらめない。でも、手術しなければいけない他の馬が来たら、そのときはあきらめてくれ。」

二晩目の夜が明ける頃、馬は自分で立ち上がった。「さあ今のうちに入院厩舎へ移そう!」

その後すぐに、別な疝痛馬が運ばれてくる連絡が入った。立つのが後1時間遅れていたら安楽死を決断するしかなかった。

 入院厩舎まで馬を歩かせたとき、雨があがった夜明けの空には虹がかかっていた。

「虹の橋のたもとには幸せのポットが埋まっているって言うのよ」と彼女が言った。

                 -

 ほっぺスリスリは、退院して牧場でのリハビリ中の写真。

 その後、紆余曲折を経て、この馬は競走したのち繁殖雌馬になった。

 彼女は事情があって牧場を離れた。

                 -

余話。

この手術からかなり経って、彼女が骨折したと聞いた。彼女のハズバンドに聞くとなんとあの馬に蹴られたのだという。

「どうして!あんなになついてたのに!」

「わからない・・・・・・そう、they are women (あいつら女だから)」