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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

抗菌剤予防的投与の是否

2025-02-22 | 馬内科学

私が獣医師になったころ、仔馬の死亡率は今より高かったのだろう。

そして今と同じく、感染症による死亡がかなりを占めていた。

細菌学の研究者で、

「新生仔馬に抗菌剤(ゲンタマイシン)を投与すればいいんだよ。

UK(その先生は英国留学の経歴があったらしい)ではやっていることだからね」

と言う人がいた。

いろいろな状況やいろいろな考えがあるだろうが、少なくとも欧米でも新生仔馬に予防的に抗菌剤を投与するという手技は主流にはなっていない。

正常な新生仔馬のほとんど全頭に抗菌剤を投与しなければならないほど新生仔馬の感染症は多いわけではないし、

抗菌剤を予防的に投与すれば耐性菌を増加させ、その抗菌剤が効かない細菌を選択的に残すことになるし、

感染症の初期症状だけを抑えたり、発症を遅らせるだけなら、異常の発見や診断を遅らせることになりかねないし、

無菌状態で生まれた新生仔馬が、正常な腸内細菌叢を獲得して、自力で免疫を確立していく過程を阻害することになる。

               ー

ある地域では、新生仔馬に出血性腸炎が続発したことがあって、仔馬が生まれたらトリオプリムを投与するということが行われていた。

それについては一定の効果があったようだ。

これは例外的な、緊急避難的措置と考えてよいと思う。

               ー

北海道獣医師会雑誌に、田村豊会長が、子牛の呼吸器感染症低減のために行われる「ウェルカムショット(抗菌剤の予防的投与)」について文章を書いておられる。

子牛の農場でウェルカムショットがどれくらい行われているのか私はよく知らない。

その功罪については非常に慎重に判断しなければならないし、

例え短期間に効果を上げているとしても、長期的視点で考える必要があると思う。

               ー

養豚にくわしい獣医衛生学の先生から、「抗菌剤の飼料添加なしでは養豚はできません」と聞いて驚いたことがある。

子牛の農場もそれに近い状態になってしまっている所があるのかもしれない。

しかし、それは予防衛生や個体診療の敗北であり、放棄ではないかと私は思うのだが・・・・・

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NOSAI獣医師がウェルカムショットを行っていて、「目から鱗だった」と田村会長は書いておられる。

「目から鱗」の使い方がちがうと思いますけど。

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主人公は62歳。

バブル期に地上げで活躍した。

今は、居酒屋の店主。

そして、30年前に行方不明になった愛した女を忘れられない。

ハードボイルド恋愛小説、だな。

ミステリーとしても読める。

私には、面白かった。

 

 


日本では馬にエリスロは禁忌

2025-01-24 | 馬内科学

新しく届いた北海道獣医師会雑誌に、馬にエリスロマイシンを経口投与したら抗生物質誘発性腸炎で死亡した事例が短報として掲載されている。

乗馬クラブでの事故で、27歳のサラブレッドが鼻炎の症状を示したためにオーナーが餌に混ぜてエリスロマイシンを与えた。

8日間、2g、1日2回。

この馬は腸炎を起こし、発症翌日に死亡。

他は、この馬の食べ残しを与えられていたサラブレッドたち5頭。

やはり腸炎を起こし、うち4頭が死亡した。

           ー

こんなことが起きるんだな。

馬は抗菌剤に弱い。抗菌剤誘発性腸炎を起こすとかなりの率で死亡する。

エリスロマイシンは注意しなければいけない抗菌剤で、特に日本の馬はエリスロマイシンに弱い

抗菌剤は獣医師の処方がなければ簡単には手に入らない。

このオーナーがなぜエリスロマイシンを選択し、どうやってエリスロマイシンを手に入れたのかは書かれていない。

自分の馬だとしたら違法行為ではないが、馬たちには可哀想な結果になった。

            ー

獣医さんたちは知ってるよね?

USAの成書やネットで調べて、海外で推奨されている抗菌剤を馬に投与しても腸炎を起こすことがある。

抗菌剤誘発性腸炎は、少々の輸液などでは対処できない。

事後の対応のためにもClostridioides difficile調べておく必要がある。

            ー

悲しい事例報告なのだが、啓蒙の意義は大きい。

報告してくれた先生がたに敬意を示したい。

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またマウントレースイへスノボに行った。

平日だったのでガラガラだと思っていたら、地元の小学校、高校がバスで来ていて賑わっていた。

せっかく近場にスキー場があるのだもの、団体でスキー・スノボを教えてもらうのはとても良いことだ。

でも、立って並んで話を聞かされている時間が長いな。

水泳も、自転車も、スキーもスノボも、本を読んでも、話を聴いても上達しない。

もっとどんどん滑らせてやれよ、と余計なお世話を感じていました;笑

馬の臨床もそうかも?

 

 

 


放牧地の馬糞を拾い集める方法 Manure vacuum

2024-08-15 | 馬内科学

もう駆虫剤だけに頼って寄生虫対策をするのは無理だ。

馬回虫がイベルメクチンに耐性を示すことは確認されているし、

葉状条虫も、プラジクワンテルにも、ピランテルにも耐性が現われるらしい。

小円虫は、海外ではすでに駆虫するのが難しくなっている。

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放牧地の馬糞を拾わなければいけない時代になっている。

人手不足の昨今、そんなことできない、という声も聞く。

海外ではこんな機材も開発されている。

Greystone manure vacuum 

紹介され必要性が書かれているのはこちらのHP

HONDAのエンジンが使われている。

日本から手に入れる方法もあるはず。

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ハローがけして、糞便をちらかし、乾燥させて寄生虫卵を死滅させ、不食域を作らせない、という方法もある、と言う方がいるかもしれない。

しかし、これはとても乾燥した気候の地域で、かつ放牧密度が低い牧場なら一定の効果があるかもしれないが、日高の現状では寄生虫対策としては効果がないだろう。

多くの虫卵は乾燥に耐え、特に回虫卵は乾燥、低温・凍結に耐えることが知られている。

日高の気候では、72時間以内に感染能力を持つ仔虫になり、草と一緒に馬に採食されてしまう。

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やはりこれを輸入して普及させるのが良いと思う。

費用と手間がかかるが、馬1頭をダメにしたり、開腹手術が必要になったりすることに比べたら安い。

Steffen Peters talks about Greystone Maxi Vac

 

 

 

 


特発性?血腹症への対応

2024-07-21 | 馬内科学

2歳馬が数日前から不調で、元気食欲不振、腹囲膨満、腹水貯留、とのことで来院。

腹囲はポンポコリン。口粘膜は貧血とうっすらチアノーゼ。

超音波検査では、グレイに渦巻く大量の液体が腹腔にある。血液だろう。

腹腔穿刺するとやはり血液そのもののような腹水が採れた。

腹腔内出血だ。

クレアチニン・BUNが上昇している、との担当の先生からのコメントがあったが、腹腔尿症ではない。

これだけ貧血していると、各臓器の機能が落ちても不思議ではない。

そして、利尿はホルモンで調節されている。

循環血液量が減るショック状態では抗利尿ホルモンが増えて、尿量が減る。

            ー

外傷性とか、感染性とか、原因を不随させて、腹膜炎とか血腹とか腹腔尿症とか病名にされることが多いが、

原因が特定できないと、特発性と呼ばれたりする。

とりあえずは特発性腹腔内出血、あるいは血腹症。

放牧されている馬だと、蹴り合ったりして臓器損傷で大出血することがある。

脾臓が多いのだと思う。

左の横腹に広がっている臓器で血液豊富で、血液を貯めるスポンジのような臓器だから切れると血が止まりにくいからだろう。

肝臓も可能性はある。しかし、肝臓は体の中心部にあり、外的損傷を受けにくい。

中心部にあるので、体表から超音波で見にくい。

特に腹水が多いので脾臓も肝臓も腹壁から離れてしまっている。

脾臓の端には漿膜を持たない数cmの塊があった。超音波デンシティーは低くなく、血腫のようではない。

            ー

貧血の状態から判断してもう全身麻酔をかけるのは危険。

出血はまだ続いている可能性が高い。

そして、外傷性臓器損傷なら止血できるかもしれないが、その可能性は高くない。

腫瘍の破裂なら、止血できようができまいが、予後不良だろう。

それらの説明をして、腹腔ドレナージだけすることにした。

腹腔の血液を抜くことで出血を悪化させる可能性もあるし、腹腔内の血液を感染させて腹膜炎にしてしまう可能性もあるが、なにせ腹囲膨満するほどの量なのでそのまま放置して自然に吸収できるとも思えない。

腹底に32Frのトロッカーカテーテルを装着した。

がポタポタしか廃液されない。腹底では血餅になっているのだろう。

            ー

2日後、その馬は死亡した。

他所で剖検され、肝臓には大きな腫瘍と思われる塊がいくつかあり、大網には小さな血腫状の塊が大量にある写真を見せてもらった。

おそらく血管肉腫だろう。

            ー

Equine Acute Abcomen 3rd ed.には、腹膜炎と腹腔出血(血腹)の診断と治療、という章がある。

馬の急性腹症のひとつの分野であり、項目になっているわけだ。

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米原万里さん著、「ロシアは今日も荒れ模様

前にも読んだか?などと思いながら、楽しく読めた。

私たちはロシアのことをいくらかでも知った方が良い。

ゴルバチョフからエリツインへという時代までの話が多いのだが、プーチン・ロシアを理解する役にも立つように思う。

ロシアでは平均寿命が短くなったんだ!

最近?のロシアビジネスマンはウォッカを飲まないんだ!

そして、ロシアとロシア人についてのジョーク満載。

笑ってる場合じゃないのかもしれないんだけどね・・・・・


繁殖牝馬の原因不明の腹膜炎

2024-07-17 | 馬内科学

繁殖牝馬が数日前から発熱し、治療をしていたが腹水が増量している、とのことで来院。

腹水の白血球は14,000 /μl で、腹膜炎としてはひどくない。

しかし、腹膜炎は腹膜炎。

原因を特定し、有効な治療ができないと致命的だ。      

           ー

開腹手術して腹膜炎の原因を探り、腹腔洗浄して腹腔の汚染を除去し、腹膜炎のコントロールをすることにした。

助けられるかどうかわからないが、開腹手術せずに死亡したら「開腹手術していれば助かったかも」という思いが残るだろうから。

           ー

腹水はひどく増量していた。

膀胱破裂ではないことは、内視鏡検査で確認済み。

腹底近くの回腸が発赤、フィブリンの付着が一番ひどかった。

回腸から空腸を最上位へ辿ったが穿孔などはなかった。

胃も触る範囲で異常なし。

盲腸、大結腸、小結腸にも腹膜炎の原因になったような損傷はなかった。

子宮、直腸を骨盤腔で探るが、腹膜炎の原因になったような痕はなかった。

腹腔内を生理食塩液19㍑で洗浄し、ドレインを装着して手術終了。

           ー

腹水の細菌検査は陰性だった。

入院せず、翌日から牧場で治療を続けてもらったが、手術から10日あまりで死亡してしまった。

手術後は1度も発熱しなかった。

剖検では、腸管の漿膜にひどいチアノーゼがあり、あちこちの腸管の癒着が見られたが、腹膜炎の原発となった部位は不明。

原因不明の腹膜炎、としか言いようがない。

こういうことが起こりうる、ということだけ記憶にとどめておきたい。

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馬の腹膜炎が必ず予後不良かというとそうではない。

われわれは分娩事故としての子宮穿孔による腹膜炎は、開腹手術による子宮損傷部の修復と、腹腔洗浄、そしてドレナージの反復で治療成果を挙げている。

多くの腸管手術、特に結腸捻転整復などの腹腔内を多少なりとも汚染させる手術は、多かれ少なかれ腹膜炎を起こしているのだろう。

しかし、癒着などの問題が起こることの方が少ない。

開腹手術後の術創感染から腹膜炎を起こした症例があった。原因菌はStaphylococcus aureus 。

厳しいだろうし、生存しても癒着が起こるだろう、と思っていたが、治癒し、その後も疝痛を起こさなかった。

空腸上部に小さい穿孔があって腹膜炎を起こしていた繁殖牝馬が居たが、その症例も生存した。

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タウシュベツ橋梁

どういうわけか最近人気があるらしい。

滅び行くものへの郷愁か。

保存しようという動きもあるようだが・・・・

無理だろうし、崩れるにまかせた方が良いと思うな。