馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

人在・人材・人罪そして人財

2007-08-31 | How to 馬医者修行

 私がいる業界も、就職、転職、転属など人事が流動化した方が活性化するのではないかとは思っている。

やる気がある人が、やりがいのあるポジションへ行って、やりたい仕事ができるなら、その方が望ましい。

しかし・・・・・

 大学の教員もUSAのように5年契約・更新制にする。といった方法も検討されているようだ。しかし、短期に人の評価を得る仕事しかできなくなる。などの反対意見も多いと聞く。

また、社会全体が流動化しているのならともかく、大学の教員だけを不安定な職にしては、優秀な人材はその大学から出て行ってしまうだろう。

働く者としては安定も望むことの1つだから。 

 だとしたら、われわれの業界も、必要な人間をよそから引き抜いてくるのではなくて、職場が一番考えなければいけないのは人を育てること、人が育つ環境を整えることなんじゃないかと思う。

もちろん環境をあたえられた者が努力することも大事。

                               -

 人在;人がいるだけ。

 人材;働いている人。

 人罪;いない方がましな人。

 人財;宝!

                               -

P8300009 朝夕は涼しくなってきた。

P8300012 河口には釣り人が集まっている。


14万キロ

2007-08-29 | How to 馬医者修行

 本州のとある県で牛の臨床獣医師をしていた方が、診療車の年間の走行距離が14万キロだったと聞いて・・・・・

涙が出そうになった。「よく頑張りましたね」と。

 時間当たりの平均走行距離では、50km/hがせいぜいだろう。すると、14万キロ走るということはそれだけでも2800時間働いていることになる。

臨床獣医師はタクシーやトラックやバスの運転と違って、車の運転そのものが仕事ではなくて移動手段にすぎない。目的地に着いてからが本当の仕事だ。

大動物臨床獣医師がほとんどいない地域に配属されて、まだ臨床経験が乏しいのに、酪農家を回るとよろこんでもらえたそうだ。

人工授精をし、大学で1-2度習っただけの手術をこなし、乳量の多くない酪農を指導し・・・・・・

家へ帰らないで車で泊まって、早朝、搾乳が始まる時間になるとまた酪農家へ行くことがしばしばだったそうだ。

                             -

 会社としてはそんな酷い労働条件で社員を働かせてはいけないんじゃないかとか、

働く方もそんなに働いては車の運転も危ないし、過労死しかねず、ほめられることじゃないとか、

考えなければいけないことはあるかもしれないが、

それだけ打ち込めるのは、毎日にやりがいを感じられたからだろう。

すごい。

と思って、「よく頑張りましたね」と言って、涙が出そうになった。

                             -

 ある事件から、会社はマスコミからも消費者からも袋叩きにあい、そのグループ企業は解体・離散した。

事件のさなか「私だって寝てないんだよ!」と記者に言い返して反感を増幅させた社長が思い出される。

あの社長は、会社の末端で1年に14万キロ走りながら地域の酪農を支えていた社員の生活や努力を知っていただろうか。

会社のブランドは業界から抹殺されたが、その若い獣医さんの頑張りはその地域の酪農家の記憶に残っているだろう。

その日々を誇りにして良いよ。Nさん。

                                                                   -

                               -

P8290004 ひまわりは夜も咲いている。


倒着 DOA

2007-08-28 | 急性腹症

 私も含めて、馬医者のカルテには誤字が多くて笑ってしまうのだけれど(ホントは笑ってる場合じゃないか?)、来院つまり到着したことを「倒着」と書いた人がいる。

しかし、本当に来院した時には倒れてしまっていると、意味が通じてしまって、造語なのかと思ったりする。

 昨夜の来院畜もそうだった。

来院したときには倒れていて、もう息をしていなかった。

DOA Death On Arrival  到着時死亡。

                              -

 馬の結腸捻転は、発症して2-3時間で死に至ることがあるようだ。

朝、馬房で死んでいるのが見つかって、解剖してみると結腸捻転であることもある。

疝痛がひどいので、すぐに開腹手術できるところへ運び、診察もそこそこに開腹手術しても結腸が壊死していて助けられないことがある。

他の動物にはこのような病気はそうそうない。

元気だったのに突然具合が悪くなって数時間で死んでしまうような病気はそうそうない。

馬という動物が抱えている弱点なのかもしれない。


夏の終わりの一日

2007-08-27 | 日常

 今日は競走馬の第三中手骨骨折。なんと両側だった。

その後、昼夜放牧している1歳馬の外傷。

おかげで、昼休みもないまま、競走馬の第四中手骨骨折の摘出手術。

その後、当歳馬の尺骨骨折のプレート固定手術。

どういうわけか今年は尺骨骨折が多い。

夕方、腸炎の子馬が入院。

学生の臨床実習は2班が帰って、第3班がやって来た。

女子学生がいなくなると・・・・・・・むさ苦しいナア~(笑)。

                            -

P8250001 終わりが見えた夏に咲いたひまわり。

こぼれた野鳥の餌が芽をだして、咲いた。

来年の餌になるかな?


セールとOCD

2007-08-25 | 整形外科

 DOD Developmental Orthopedic Disease 成長期の整形外科的疾患という概念が、馬の獣医学分野で最近よく唱えられる。

子馬、育成馬の整形外科的疾患はなんでも含まれそうな名前だが、たとえば感染性の関節炎や骨髄炎などは含まれない。

 成長期の骨は軟骨の中や下で盛んに造られるのだが、その軟骨が骨になる仕組みがうまく行かないことによる問題をDODと呼ぶからだ。

                               -

Ocd 左のX線写真は飛節軟腫の馬。

脛骨中間稜に離断性骨軟骨症OCD OsteoChondrosis Disscecansがある。

もっとも良く見られるDODだ。

P4210052 右の写真は、大腿膝蓋関節の離断性骨軟骨症。

正常な軟骨に覆われていなければならないのに、軟骨が下の骨から剥がれてしまっている。

軟骨の下で骨が造られるしくみがうまくいかない。軟骨ばかりが分厚くなる。軟骨が下の骨から浮き上がる。そのうち割れて剥がれる、めくれる・・・・・

良く見られる部位は、飛節、大腿膝蓋関節、球節の矢状稜、肩関節など。

                         -

 OCDはできる部位によって症状も予後も大きく異なる。

飛節によく見られる(脛骨中間稜の)OCDは最もよく見つかるOCDだが跛行することはまずない。

症状は関節液の増量だけであることがほとんどだし、関節鏡手術による摘出で予後も良好だ。

競走馬になる上でほとんど問題にならない。

中間稜にOCDがある馬も、OCDがない馬に比べて出走回数、獲得賞金などで遜色がないことも報告されている。

しかし、未だにセールでは敬遠されてしまうことが少なくないようだ。

買う側は選ぶ権利があるのだが、OCDがあるから馬全体の「骨が弱い」と考えるのは間違っている。

                          -

 しかし、OCDもできる部位によっては跛行するし、程度によっては手術しても完治させるのは難しい。

肩関節のOCDや、大腿膝蓋関節の重度のOCDはその程度を慎重に判断する必要がある。

しかし、肩や膝のX線写真まではレポジトリーされることは少ない。

                          -

 セールの前に行われるレポジトリーにしても、セールの後に行われるX線撮影にしても、最も発見される可能性が多いOCDは飛節のOCDだろう。

JBBAに招聘されたDr.Rodgersonにケンタッキーではどうしているか聞いたが、

「レポジトリーが必要なセールに出す予定の馬は1-2月頃にあらかじめX線撮影することが多い。もしOCDが見つかれば手術してセールに出す。」

ということだった。

レポジトリーの撮影でOCDが見つかってももう手術は間に合わないし、キャンセルするとセール主催者もキャンセル馬が増えてしまう。

レポジトリーで要求されるのと同じだけの枚数のX線撮影をあらかじめしておくというのはたいへんな労力になるが、確率の高い飛節だけはX線撮影をしておくべきかもしれない。

まして、飛節が腫れたことがある馬などは要注意だろう。

                                -

 ざっと数えてみた。

7月以降、セールにまつわるX線撮影でOCDが見つかって手術した馬は10頭を超えている。