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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

Tieback 後の過外転 over abduction

2008-01-26 | 呼吸器外科

P1220012 喉頭片麻痺の内視鏡所見。

左右の披裂軟骨が不対称に見える。

右(むかって左)の披裂軟骨が開いて息を吸おうとしているが、左の披裂軟骨はまったく動かない。P3090020

こういう状態だと、競走中には左の披裂軟骨は気管に吸い込まれて、気管の入り口を塞いでしまう(虚脱;右図は Equine Surgery より)。馬は苦しくて走ることができない。

P1220014 Tieback(喉頭形成術)とVentriculocordectomy(声嚢声帯切除)をした。

左は手術から約1週間後。

深呼吸しただけで馬の喉頭はこれくらい開く。

全力疾走しているときにはこれ以上開くかもしれない。

右の披裂軟骨は開いたり閉じたりしている。左は糸で固定されて開いたままだ。

息を吸い込むためには良い開き具合なのだが・・・・・・・・

P1220007 牽引が強すぎた、というか予想したより緩まなかった。

左の披裂軟骨は、息を吸っていないときでも開いた(外転)したまま。

1回目の手術から1ヶ月以上経ってこの状態、もうゆるむことは期待できない。

気管には食べ物があって、誤嚥しているのがわかる。

P1220011 手術し直して牽引していた糸を切って抜いた。

1回目の手術のときに、披裂軟骨と甲状軟骨の間を剥がして、牽引された状態で癒着するようにしているので、糸を切っただけではあまりゆるまない。

再度、軟骨の間を剥がして、望ましい程度にゆるませる。

緩ませすぎると1回目の手術前に戻ってしまうかもしれP1220009ない。

その2回目の手術後(左上)。

右の披裂軟骨が開くとこんな感じ(左下)。

これなら競走のときの激しい呼吸にも対応できるだろう。

声嚢声帯も切除してあるので、喉頭の下側にあるべきV字も開いている。

2回目の手術の後、馬は咳もしなくなったし、誤嚥もないようだ。

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 しかし、まだ安心はできない。

調教が激しくなると咳をし始める馬もいる。また、Tiebackした馬は輸送性肺炎も起こしやすい。

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 左右の披裂軟骨が目いっぱい開いて酸素を吸いながら走っている馬と勝ち負けするためには、Tiebackでもかなりしっかり左の披裂軟骨を開かせなければならない。

ただ、開かせすぎると咳や誤嚥が起きてしまう。

しかも、手術中や、手術直後よりは、多かれ少なかれ牽引は緩む。

それを予測して望むよりは強めに牽引しなければならない。

たいへん微妙で、難しい手術なのだ。

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 明日から武者修行に行ってきます。

 しばらく更新はお休みです。


脛骨骨折のプレート固定

2008-01-25 | 整形外科

11 脛骨骨折。12

脛骨骨幹での斜骨折。

頭-尾方向で見ると(右)骨折線の近位には骨片がある。

粉砕していないのは不幸中の幸いだ。

相談して、プレートとスクリューを使った内固定手術をすることにした。

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14 患肢をホイストで吊って、体重を利用して牽引する。

骨折線は簡単には整復できなかった。

この整復のためには骨を持ち上げるリトラクターが不可欠。

そして、整復できたところで、ラチェット式の骨鉗子で骨折線をまたぐように鋏んで固定する(左)。

その状態のまま、骨折線をまたぐようにlag screw (圧迫スクリュー)を入れてずれないようにする。

そして、1枚目のプレートを脛骨頭側外よりに入れる。

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13 もちろんプレートは骨に密着するように曲げておく必要がある。Dscn7455

長い骨の骨折ではできるだけ長いプレートを使って、プレートにかかる力を分散させることがセオリーになっている。

しかし、成長期の骨では骨端にある成長板をまたぐ内固定をすると骨が成長できない。

この場合、骨折線より遠位にはプレートのネジ穴4つ分の長さしかなかった。

だから、近位側に5つ穴が来るようにして9穴のプレートを使った。

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15 16 2枚目のプレートを脛骨の内側に入れた。

脛骨の断面は三角形をしていて、頭側内側と外側にプレートを入れ易い。

筋肉の力で骨折線は圧迫されているのでコンプレッションはかけなかった。

プレートを1枚にしてキャスト(ギプス)やトマススプリントを併用する方法も考えたが、脛骨骨折はキャストでは充分に固定できない。

完全な整復ができているので、プレートを2枚使えば術後キャストなしで大丈夫だろうと考えた。

骨片があった部分は、骨が欠損しているが、X線写真ではわからない。骨折の整復とともに骨片の位置も修復されたようだ。

こういう骨片は、あらかじめ大きな骨体にスクリューで留めておくことが推奨されているが、この症例ではアプローチしにくい尾側に骨片があったので放置することにした。

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P1230005 患者さんは5ヶ月齢,、牝の黒毛和種子牛。

体重120kgでした。

肥育素牛として40-50万円で取引されるそうだ。

家畜共済加入畜だし、手間と経費をかけても助かるなら価値があるだろう。

おいしい餌を食べて丸々太る日々をすごしてもらいたい。

   


めたぼ IR

2008-01-24 | 馬内科学

  メタボリックシンドロームが急に注目された要因には、男性ではウェスト85cm以上。というスクリーニングの基準に自分が該当する人が多かったからではないだろうか。

とくに日本では、内臓脂肪が悪者だと考えられている。内臓脂肪は腹囲と相関するので、ウェストが大きいのはイカン!ということらしい。

内臓脂肪の害では、例えば腸間膜の脂肪は肝臓へ脂肪酸として流れて、肝臓での中性脂肪合成につながり、これが高脂血症を引き起こし、それが動脈硬化の要因になる。ということらしい。

内臓脂肪によらず、肥満による脂肪の蓄積は脂肪組織の炎症を引き起こし、炎症性サイトカインが放出され、全身の脂肪組織へのマクロファージの遊走が起こり、これが動脈硬化につながる。ということらしい。

内臓脂肪を悪者にするは日本でその傾向が強く、世界的には皮下脂肪も問題だと考えられている。

                               -

 メタボリックシンドローム(代謝症候群)と呼ばれるのは、肥満、高血糖、高血圧、高脂肪血症から糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血につながっていくからだが、この状態の基本にはインスリン抵抗性 IR と呼ばれる状態がある。

インスリン抵抗性というのは、糖尿病の治療やコントロールにインスリンを用いても血糖を下げにくい状態のことだ。

インスリンは血糖値を下げるために膵臓から分泌されるホルモンだが、標的臓器である骨格筋・脂肪組織・肝臓で、その感受性が低下してしまう。

インスリン抵抗性が引き起こされる要因には肥満があると考えられている。

その仕組みはよくわかっていないが、肥大した脂肪細胞からの遊離脂肪酸、炎症性サイトカインTNF-αの分泌過剰、そして脂肪細胞からのアディポサイトカイン(生理活性蛋白質)分泌が低下することなどがしくみとして考えられている。

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 馬は糖尿病はほとんどない動物だ。

しかし、最近は馬でもインスリン抵抗性と考えられる状態があるとされている。

馬がインスリン抵抗性状態だと、蹄葉炎をおこすことがあると考えられている。

また、育成期に血糖値が不安定になるような飼料をあたえすぎると、離断性骨軟骨症をはじめとする成長期の整形外科的疾患(DOD)の要因になると考えられている。

過度の肥満や、それに伴うインスリン抵抗性は馬にとっても望ましくないわけだ。

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 脂肪乳剤を静脈内投与することで馬にインスリン抵抗性状態を実験的に引き起こすことができることが報告されている。逆に、1週間毎日30分軽度の運動をさせることで、インスリン抵抗性が改善されることも報告されている。

よういにインスリン抵抗性状態に陥るし、改善することもそれほど難しくない。ということだろう。

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カロリー摂取も、体脂肪も、運動も「適度」が大切ということではないか。

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                               -

P1230001お尻に「頭(HEAD)」って書くのは止めた方がいいんじゃないの?


めたぼ 肥満

2008-01-24 | 馬内科学

Photo 最近、よく言われることだが、メタボリックシンドローム。

要注意の基準として、男性ではウェストが85cm以上であることがあげられている。

それが厳しすぎるとか、いやそうじゃないとか議論もある。しかし・・・

ウェストサイズは内臓脂肪と相関があることがわかっている。

内臓脂肪が多いことはそのこと自体が成人病、生活習慣病、血管病、糖尿病などの要因になることもわかってきた。

それでウェスト85cmという、かなりの人がひっかかってしまう基準が提唱されている。

図、ほかのネタ元は以下。

http://www.uralynet.com/ms/msgl.htm

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 さて、話題にしたいのは私の腹回りではなくて(笑)・・・・・

私たちは年に何十頭かの馬の開腹手術をし、百頭以上の馬の解剖をする。

そして、腹腔の脂肪の量に驚くことが少なくない。

10年前、20年前にくらべると明らかに生産地の馬のボディーコンディションBCSは高くなっている。

それが「改善」「向上」なのかどうか、考えてみる必要があると思う。

                               -

 私は生産地にいても馬の繁殖管理にはほとんどタッチしていないし、栄養管理や飼養管理についても素人だ。

ただ、素人なりに「過剰な体脂肪の蓄積が望ましいわけがない」と思っている。

馬にどういう栄養をどれだけ与えることが望ましいか?などというのは、いくら研究して議論しても、結果が出るものではないだろう。

それは、人のメタボリックシンドロームの基準について、専門家でも意見が分かれるのと同じだろう。

メタボリックシンドロームを専門にしているお医者さんでも、自身がウェスト85cm以上の「ちょいメタ」であり、

「それは適度な体脂肪の蓄積で、病気になりにくい、そして病気になっても耐えられる体なのだ」と考えている先生もいるようだ。

まして、繁殖雌馬だと、毎年受胎させる。大きくてよい子どもを産ませる。ということが優先されるし、

高血圧や糖尿病や心臓病が問題になっているわけではないので、

「太っていて何が悪い?」という人もいるだろう。

しかし、やっぱり、太りすぎは良くないと思うのだ。

(つづく)

と言いながら昨夜は宴会だった・・・・・・・・


むいてる?むいてない?

2008-01-22 | How to 馬医者修行

 ときどき若い人に「どうして(馬の)獣医師になったんですか?」と聞かれるので書いておこう。

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中学3年生のとき職業適性試験?のようなものがあった。

いくつもの質問に答えると、結果が送られてくる。

結果はいろいろな職業分野への興味と自信がレーダーチャートになっていた。何角形だったか忘れたが、どの分野に志向性があるか示すようになっていた。

中学3年生の私は・・・・・・ほとんどの分野の仕事をする自信はある。

しかし、自信にくらべると興味がない。

という結果だった(笑)。

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 別な結果表示では、数多くの職業が業種別にまとめてあり、むいてる・むいてない、が書かれていた。

私はほとんどの仕事にむいているという結果だったが、二つだけむいていないになっていた職業があり、それは甲種船員(機関士ではなく航海士)と獣医師だった(笑)。

そのころ私が漠然と進もうかと思っていたのは、商船大学と獣医学科だったので、この結果にはチョッと驚いた。

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 しかし、今にして思えば、獣医師だって同じようなタイプの人がそろっているわけではないし、類型的な獣医師を造るのが良いとは思えない。

獣医師の仕事もイメージも時代とともに変わってきたし、変わっていくだろう。

そんなこんなを職業適性試験を作っている人や会社が、獣医師についてまで理解しているとは思えない。

私は今の仕事を気に入っているので、あの職業適性試験の結果を無視して(笑)良かったと思っている。

しかし、自信過剰なガキだったんだな~、今もか?!