尺骨は肘の後にあって、体重は支えていないが、肘を引き上げ、肘関節を伸ばすための働きをしている。
筋肉で引っ張るためのレバーの役割をしている骨なので、壊れてしまうと、肘を引き上げることができず、腕節を伸ばして立つことができなくなる。
左は繁殖牝馬の尺骨骨折のX線像だが、生産地で遭遇する尺骨骨折はほとんどが、子馬だ。
他の馬に蹴られて折れるのがほとんどだと思っている。
年に数頭、尺骨骨折のX線写真を見せられる。
すぐに手術を決断するわけではなく、数日は経過を診て、骨折線が開いてこなければ手術をしなくても骨癒合することが多い。
しかし、尺骨頭に近い部位の骨折ほど開いてくることが多いようだ。
開いてしまった骨折線を整復して内固定するのは、開いていない骨折を内固定するよりは難しくなる。
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この子馬は肘関節へ骨折線が抜ける位置で骨折した。
数日経過を診たが、骨折線が開いてきたので手術することになった。
子馬の尺骨骨折では、プレートでただ頑丈に内固定すれば良いというわけにはいかない。
骨折線には圧迫をかけた方が速く、良好に骨癒合することが知られているのだが、金属で固定している間、尺骨は成長できない。
それで橈骨と尺骨の成長に差ができてしまう。
肘関節の後側は尺骨でできているので、そこにずれがおきてくる。
内固定で骨折線を圧迫すればなおさら尺骨の成長を阻害することになる。
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プレートを止めるスクリューも、尺骨だけにとめて、橈骨まで挿さない方が良いと最近は考えられている。
上の症例も、基本的にはその考えで内固定したが、尺骨は薄い骨で、とくに子馬の場合とても弱い。それで1本のスクリューは橈骨へ入れて止めざるを得なかった。
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整形外科のテキストには、尺骨骨折の内固定は12週間で取り外すことになっている。
子馬の場合どうするか書かれた馬小児整形外科の教科書はまだない。
経過を追ったX線写真で骨癒合の状態を見て、プレートをはずす時期を決めた。
プレートは骨に埋まりかけていた。
1本のスクリューは抜くときに折れた。相当力がかかっていたのだろう。
折れたスクリューを抜くための道具もあるのだが、骨の孔を拡げなければならず、残しても問題ないと判断した。
肘関節には大きなずれを作らずにすんだようだ。内固定のときに骨折線をもっと圧迫するようにすれば骨癒合は速いだろう。しかし、その分、尺骨は短くなってしまう。
プレートを早く抜けば、抜くのも楽だし、尺骨の成長を阻害する期間も短くできる。しかし、骨癒合は完全には終わっていない時にプレートを抜くことになる。
手術するかしないか。どのくらい圧迫をかけて内固定するのか。いつプレートを除去するのか。
症例ごとの微妙な判断であり、馬整形外科医が決めるしかないのだ。
馬小児整形外科の教科書は、まだ、ない。