馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

大動物臨床「獣医師を育てる」

2010-09-30 | How to 馬医者修行

P9290548_3 北海道新聞に「仕事に挑む」として、「獣医師を育てる」が連載されていた。

取り上げられているのは、帯広畜産大学石井先生。

(この記事の紹介では、名前を伏せても仕方ないよね)

石井先生の活躍はよく知っているつもりだったけれど、

学会などで顔を合わせるだけで普段の仕事、とくに学生さんの指導風景や内容などは知らなかった。

大動物の臨床獣医師として第一線で働いてこられ、重輓馬の調査研究も行ってこられた石井先生が、学生さんを指導している様子を記事で読んで、たいへん嬉しく、心強く感じた。

P9300549_2 日本の獣医科大学は先生の数が少なくて、

それぞれの専門の先生が居ないことが多く、

とくに大動物臨床では、

臨床をできない先生が、

患畜も来ないところで形だけ教えていることもある。

しかし、石井先生のような熱意を持った大動物臨床の経験豊富な先生が指導してくれることは、きっと学生さんたちの刺激になり、知識になり、大動物臨床獣医師になる人には一生の土台になることだろう。

それこそ専門家養成大学としての果たすべき役割ではないか。

それこそ道東にある帯広畜産大学の存在価値ではないか。

                        


上腕骨遠位のSHⅡ骨折の尺骨切断による修復

2010-09-29 | 学問

 上腕骨の骨折を手術で助けることはあまりできない。

54頭の上腕骨骨折で13頭手術し、3頭が生存したとの文献もある。

13頭のうち3頭は遠位骨端の骨折だったが、1頭も助かっていないそうだ。

遠位部はとくに内固定しにくいのだろう。

 その難しい骨折を、尺骨を切断することで骨折部にアプローチし、LCP(ロッキングコンプレッションプレート)で内固定して治すことができたことが報告されている。

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Distal Humeral Salter Harris (Type Ⅱ) Fracture Repair by an Ulnar Osteotomy Approach in a Horse

上腕骨遠位のSalter HarrisⅡ型骨折の尺骨切断アプローチによる修復の1例

           Veterinary Surgery 39 (2010) 729-732

目的:上腕骨遠位のSalter Harris Ⅱ型粉砕骨折を尺骨切断でアプローチしLCPで修復したことを報告すること。

研究のデザイン:症例報告。

動物:上腕骨遠位をSalter HarrisⅡ型骨折した3ヶ月齢のスタンダードブレッド雌子馬。

方法:x線撮影とCT検査を行って手術計画の参考にした。尺骨切断によりアプローチし、7穴のブロードLCPと圧迫スクリューにより修復した。

結果:上腕骨遠位の骨折は尺骨切断によりうまくアプローチし内固定することができる。

結論:尺骨切断アプローチは容易にでき、上腕骨遠位のSHⅡ型骨折を修復できる。

臨床的関連:馬の上腕骨遠位は尺骨切断により容易に到達することができる。LCPにより、予後が悪いとされていた難しい骨折を修復できる。

                          

あのBarbaroを治療したDr.Richardsonのグループの報告。

上腕骨は厚い筋肉に覆われているのでアプローチしにくい。おまけに、遠位部は後ろに尺骨がそびえている。

それなら一旦、尺骨を切ってしまって肘関節を開けて、上腕骨遠位を内固定してから、尺骨もプレートでつなぐ。というのが、報告された方法。

小動物では行われているが、馬は小動物よりはるかに筋肉が発達しているので、馬に応用するとは思いもしなかった。

尺骨が折れただけでもたいへんだというのに・・・・

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Dr.Richardsonには12月2日夜、静内で講演してもらうことになっている。

獣医師だけでなく、多くの馬関係者に、

「今、馬の骨折がどこまで治せるか」

の話を聴いてもらいたいと思っている。

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今日、肘が壊れた当歳馬が来た。

なんとか命は助けられるだろうと思ったが、

競走馬にならないなら要らない。というオーナー側の判断だった。

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電子投稿

2010-09-28 | How to 馬医者修行

海外の雑誌に論文を投稿した。

以前のように、封筒にプリントアウトした論文を入れて投稿することもできるが、はっきりと「オンラインで投稿することをお勧めする」とHPに書いてある。

手順がうまくいくかどうか不安だったが・・・・・

思ったより順調に投稿できた。

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審査員を指名できるのも面白い。

審査されたくない人も指名できる。

誰が審査しているかわからないようになっているから、遠慮なく言いたいことが言えて、公正な判断ができるという面もある。

仲間うちや、顔見知りを指名すれば掲載採用されやすくなってしまうかもしれない。

しかし、そこは編集責任者もしっかり見るということなのだろう。

「あの先生はいつも意地悪なコメントをしてくる」とか、

「あいつにだけは因縁つけられたくない」とかも考慮してくれるということ、かな?

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まあ、投稿しても道半ば。

どんな審査結果が返ってくるか・・・・

P9280539_2


anhidrosis 無(発)汗症

2010-09-27 | 学問

今年の夏は遅くまで暑かった。

熱射病が来院するかと思ったが、典型的なのはなかったように思う。

北米が暑かったかどうか知らないが、USAの馬医者達はanhidrosis 無汗症についてディスカッションしていた。

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馬の無汗症は慢性的に汗をかかないか、あるいは汗が極端に少ない状態で、

突然起こることもあるし、ひどく発汗する状態の後に起こることもあるし、徐々に汗をかかなくなることもある。

臨床症状は、汗が少ないかあるいはまったく汗をかかなくなること、高体温、呼吸数増加、食欲不振、水分摂取の減少、脱毛、被毛失沢、沈鬱、である。

terbutaline(テルブタリン;交感神経作用薬で、相対的にβ2作動活性が強く、主に気管支拡張薬または早産防止薬として用いる)による発汗テストが診断に用いられてきた。

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かなりの率で無汗症の馬が居るようなのだが、私は診たことも、相談されたこともない。

以前にその暑さについて書いたことがあるフロリダ大学からの報告。

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      An epidemiologic study of anhidrosis in horses in Florida

         フロリダにおける馬の無汗症の疫学的調査

      Eric B.Johnson, Robert J. MacKay, Jorge A. Hernandez

            J Am Vet Med Assoc 2010; 236: 1091-1097

目的-フロリダにおける馬の無汗症の罹患率を明らかにし、関係する要因を調べること。

デザイン-横断的、症例調査

方法-質問を構成し、牧場の所有者あるいは管理者に送って、馬の無汗症の診断と、無汗症に関係する要因があるかどうか調べた。

調査した牧場、馬、それぞれのレベルでの要因の頻度を、無汗症の馬・牧場と、無汗症でない馬・牧場の間で比較した。

結果-牧場ごとには無汗症は11%で発生していた。馬ごとには2%に無汗症を認めた。

フロリダ中央部と南部では、北部の牧場に比較して、無汗症のオッズはそれぞれ2.13、4.40倍であった。

ショウや乗馬指導に使われている馬は、牧場に居る馬に比較して無汗症のオッズはそれぞれ5.26、15.40倍であった。

動物レベルでは、品種(サラブレッドと温血種)、生まれた地域(USAの西部あるいは中西部)、無汗症の家系、が明らかに無汗症発症に関係していた。

結論と臨床的関連-本研究はフロリダの馬の無汗症の罹患率と要因について新しい情報を提供する。

家系的に無汗症になりやすい馬は、高温・高湿の気候で運動させる前に、無汗症についての獣医師の診断を受けるべきだ。

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MacKay先生にはフロリダ大学へ研修に行ったときにお世話になった。

その頃は内科の准教授だった。

「マケイン?」「MacKay!」「マッケイ?」「MacKay!」「マッカイ?」「Ya! MacKay!」

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無汗症は、高温・高湿の気候への反応として分泌されたエピネフリンによる汗腺の刺激が延長した結果として起こる生理現象として記載されてきた。

汗腺は血中の高エピネフリン濃度に適応し、結果として感受性が鈍くなる。

この現象は涼しく、湿度の低い気候で休養することで元に戻りうる。

最近では、水分チャンネルのaquaporin-5が馬の無汗症の病因として働いているかもしれないと考えられている。

無汗症の馬は内科的な管理と、運動をひかえてやること(あるいは運動させないこと)が必要である。

無汗症の馬を無理に運動させると、高体温による多臓器不全を含めたひどい続発症が起こる可能性があり、場合によっては死亡する。

                            

な~るほど。

サラブレッドは無汗症になりやすい品種なのだが、北海道で放牧だけされていたのでは無汗症は発症せずに済むのかもしれない。

本州ではどうなのだろう?


SSI低減 歴史 ハルステッド

2010-09-25 | その他外科

SSIの低減には、今は手術用手袋が不可欠だ。

人の手は完全滅菌できないが、滅菌した手袋をすれば外科医の手指による汚染を防ぐことができる。

手術用手袋を初めて作らせたのはハルステッド(1852-1922)というアメリカの外科医だったようだ。

ゴム製でグッドイヤー社が作ったらしい。使い勝手はよくなかっただろうが・・・・・

外科医の手指からの感染を防ぐというよりは、消毒薬で外科医や看護婦の手指が荒れるのを防ぐためだったようだ。

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 外科医の手指が患者を汚染してることを警告したが受け入れられなかったゼンメルワイス、

 外科処置での消毒の重要性を提唱したリスター、

 手術用手袋を考案したハルステッド、

彼らの時代を経て、現在の消毒・滅菌を取り入れた外科手術の手順が出来上がっている。

しかし、EBMにもとづいたCDCやWHOのガイドラインは、また少し違ったものなのだ。

まだまだ検証と工夫が必要だと思う。

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P9240533_5 オータムセールのレポジトリー。

1歳馬の腰萎のx線撮影。

血液検査。

競走馬の腕節剥離骨折の関節鏡手術。

2頭の入院馬は帰っていった。