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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

抗菌コート縫合糸

2010-05-29 | その他外科

P5180246_2 海外では抗菌剤をコーティングした縫合糸が市販されている。

左は学術雑誌に載っているそのコマーシャル。

術創の感染は、獣医外科医も術後管理をする獣医師も気にするところなので、

これはいいかもしれない。と思った。

P5180247_2なにせ、菌を塗ったシャーレーの上にこの糸の切れ端を置いておくと、その糸の周りだけは菌が発育しないってんだから・・・・

(右)

効果絶大かと思いきや、そうでもないかもしれない。という研究報告が、

獣医学分野で指折りの権威ある学術誌 Equine Veterinary Journal に載っている。

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Difference in incisional complications following exploratory celiotomies using antibacterial-coated suture material for subcutaneous closure : Prospective randomised study in 100 horses.

皮下織縫合に抗菌コート縫合糸を使った探査的開腹手術後の術創のトラブルの差:

             100頭の馬における計画的無作為研究

                 Eqine Vet J. 42 (4) 304-309, 2010

研究実施の理由

術創のトラブルは、疝痛馬の正中切開による探査的開腹手術後の大きな問題である。術創の問題は不快感と入院の長期化と回復の遅れと治療費の増大を引き起こす。ゆえに予防方法の研究には正当な理由がある。

目的

馬の正中切開開腹手術後に、皮下織の閉鎖に用いた抗菌剤(triclosan)コートされた2-0ポリグラクチン910糸の臨床的効果を調べること。

方法

探査的開腹手術を行った100頭の馬をランダムに2群に分けた。対照群ではコーティングされた2-0ポリグラクチン910(Vicryl)を皮下織の単純連続縫合に用いた。調査群では、抗菌(triclosan)コーティングされた2-0ポリグラクチン910(Vicryl Plus)を用いた。

術後は伸縮性の粘着バンデージを巻いて、交換し、術創は術後24-36時間と6-9日に研究のプロトコールを知らされていない獣医師が評価した。

調査した項目は術創の疼痛、浮腫、包皮/乳房の浮腫、滲出、ヘルニア形成、癒合不全である。

結果

抗菌コートされた縫合糸は100頭の馬で、術創のトラブルを減少させなかった。

結論

100頭の馬の腹部正中切開創で、抗菌コートされた縫合材を用いることによる有益な効果は明らかでなかった。

潜在的関連性

馬の探査的開腹手術の腹部正中切開創における抗菌コート縫合材の効果の欠如と、観察された望ましくない効果は、このような縫合材が恒常的に使われる前に、さらなる臨床的調査が必要であることを示唆した。

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う~ん、興味深い。しかし、メーカーにはショックな研究報告だろう。

皮下織ではなく腹壁に用いたらどうかとか、

外傷などの汚染した傷の縫合に用いたときにどうかとか、

他の研究や報告が待たれるところだ。

P5290269_2


盲腸破裂

2010-05-28 | 急性腹症

P5280240_2 分娩後数日の繁殖雌馬が疝痛を示し、約1日の経過で死亡。

盲腸が破裂していた。

写真は盲腸のたしか外側紐。

一部は粘膜だけが破れて漿膜下に憩室になっている。

その他に破れてしまっている部分もあった。

今月だけでも盲腸破裂による死亡馬が数頭運ばれてきている。

純粋な分娩事故、つまり分娩時に子馬に蹴られることだけでも起こるのかもしれないが、盲腸破裂の多くは葉状条虫の寄生と関係していると考えている。

P5280246_2 葉状条虫の寄生場所は盲腸。

大量寄生すると盲腸が腫れあがったり、盲腸の動きが悪くなったり、盲腸が膨満したり、弱くなって破れやすくなったりして、破裂につながるのではないかと思っている。

葉状条虫の駆虫薬ビチン製剤シルナックペーストは製造中止になってしまった。

しかし、プラジクワンテルを含んだエクイバランゴールドやエクイマックスが販売されている。

プラジクワンテルは、ビチンにあった疝痛や下痢の副作用はない。

良い駆虫薬があっても使わないと意味がない。

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P5270238_2 P5270239_2


第三中手骨の螺旋状亀裂骨折

2010-05-27 | 整形外科

Mc3stressfx110 現役競走馬。右前肢がかなり痛いとのことで来院。

普通は関節部から触診、x線撮影するが、中手骨部が見慣れない腫れ方をしている。

x線撮影すると、螺旋骨折の亀裂があった。

背内-掌外方向で撮影しても(右)、Mc3fr114

Mc3fr112

  背外-掌内方向で撮影しても(左)、

骨折線が第三中手骨骨幹部に伸びているのが見える。

が、実際に骨折線がどのように走っているのかを立体的にとらえるのは非常に難しい。

Mc3fr17内側顆からの螺旋骨折の可能性も考えて球節部も撮影したが、球節部には骨折線は見えない。

致命的骨折に悪化してしまう可能性もあったが、全身麻酔で手術すると覚醒が危ない。

確実に固定するためにはプレート固定だが、外科侵襲が大きくなって競走復帰が難しくなる。

安静にしてもらい、数ヶ月で治癒した。

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今日も現役競走馬の跛行診断。

1頭の競走馬には多くの関係者が居る。

長期休養を要するような状態では、客観的確証を得てきちんと診断をつけ、記録を残しておくことも大事なことだ。


季節の移ろい

2010-05-26 | 日常

朝、出勤すると2歳馬が疝痛で来院したところ。

他に1歳馬の外傷縫合中。

そこへ新生子馬が来院し、立てないので早く診て欲しいという。

予定の手術は延期してもらうことにして、手分けしてこなす。

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繁殖シーズンはピークを過ぎて、

疝痛のシーズンと、

昼夜放牧の外傷のシーズンと、

セールのレポジトリーのシーズンへと遷るようだ。

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他に1歳馬の跛行診断。

1歳馬の飛節の関節鏡手術。

1歳馬の腰萎のx線撮影。

当歳馬の疝痛。P5260232_2


子馬の踵骨骨折

2010-05-24 | 整形外科

P3270095_5 生後1ヶ月あまりの子馬。

気性の悪い母馬に蹴られたらしい。

ほとんど肢を着けなくなってしまった。

右飛節が腫れている。

踵骨の外側に傷もある。

x線撮影して踵骨骨折が判明した。

P3280101_2 踵骨は飛節の後ろに大きく突き出ている。

体重を支える骨ではないが、腓腹筋に引っ張られることで飛節を伸展させるとき使われる。

また浅屈腱が踵骨の先端に付着していて、左の図のように、後肢の関節(膝、飛節、球節)の連動性に役立っている。

後肢の動きに重要な役割を果たしているのだ。

踵骨が機能しないと運動能力に差し障る。

早く痛みがとれないと、子馬は反対肢が参ってしまいやすい。Calcanealfx12

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プレート固定するにはいくつか考えなければいけないことがある。

・子馬特有の骨の柔らかさ。しっかりスクリューが効くかどうか。

・x線写真で観る以上に粉砕していることがある。Calcanealfx11_2

・踵骨頭には成長板がある。これを跨いでスクリューやプレートで固定すると成長を妨げてしまう。

・踵骨頭には浅屈腱が付着している。これを傷つけたり剥がしてしまうわけにはいかない。

・子馬の内固定手術は感染しやすい。感染するとスクリューやプレートを取り除くまで感染が治まらない。

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P3270096 踵骨の外よりを曲線に切開すると骨折線が見えた。

皮膚の下に筋肉がないので、骨を露出するのは難しくない。

踵骨頭部は内側近位へと変位している。

飛節は伸展させた方が、踵骨に牽引力がかからない。

P3270098_2 折れた部分は大きくないので、たくさんのスクリューで固定するわけにはいかない。

成長板を跨がないように固定したい。

T字プレートでは、薄くて内側への変位に耐えられないかもしれない。

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Calcanealfx13 変位した踵骨頭部に骨鉗子をかけて牽引する。

外へ捻るようにするとほぼ完全に整復できた。

普通ならこれで、骨折線を跨ぐように圧迫スクリューでまず固定する。

しかし、この骨折はスクリュー1本で仮止めできるかどうかわからない。

Calcanealfx14 それで助手にこの状態を保持してもらって、3孔ナローDCPを踵骨の外面の足底側よりに留めた。

コンプレッションもかけた。

次いで、2孔ナローDCPを踵骨の外面の頭側に留めた。

どのスクリューもセルフタップのスクリューをタップを切らずに入れた。

P3270100_2  骨折線は圧迫され、しっかり固定された。Calcanealfx15

あとは、感染しないか。

浅屈腱を外面へ留めている靭帯を剥がさざるをえなかったので、浅屈腱が脱位しないか。

スクリューとプレートが力に耐えられるかどうか。

反対肢がもつか(曲がってきたりしないか)。

また親馬に蹴られないか! などが問題だろう。

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2孔や3孔のプレートなど使うことがないかもしれないと思っていたが、役に立った。

これ以上長いプレートは入れる場所がない。