馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

プラチナリング

2008-09-30 | その他外科

11_2 当歳馬の喉嚢真菌症の内頚動脈結紮・マイクロコイルによる塞栓術。

内頚動脈にカテーテルを挿入してx線撮影。12_2

カテーテル内のワイヤーが舌骨の頭頂側へ到達していれば、内頚動脈に挿入されていることを確認できる(左)。

 あとはカテーテル内に入れておいたマイクロコイルをワイヤーで押し出せば良い。

カテーテルから押し出されたマイクロコイルは動脈内で丸まる(右)。

血栓を作りやすいように細かな毛まで生えていて、やがて大脳底の動脈輪からの逆流も防いでくれる(左)。

Photo   と、書けば簡単なようだが、このカテーテルとマイクロコイルの扱いはけっ こう難しい。

カテーテルにマイクロコイルを仕込む時、

あるいはカテーテルからマイクロコイルを押し出す時に失敗すると、

マイクロコイルは丸まってしまい、Photo_2

やり直してカテーテルに入れることはできなくなる(右)。

マイクロコイルはプラチナでできていて、と~っても高い。

失敗して出てきてしまったプラチナリングは、実習生にプレゼントした。

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ドキドキするのは、高価なカテーテルを脳へ行く動脈に送り込む手技じゃなく、

妙齢の女性にプラチナリングをプレゼントすることさ(笑)。

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句集 「北の獣医師」

2008-09-28 | 図書室

 豆作先生の自費出版句集「北の獣医師」P9280012

北海道の大動物獣医師の四季のおりおりが五七五につづられている。

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 私はやはり馬の診療を詠んだ句に惹きつけられる。

   「病む馬と厩に居れば星流る」

夜、重症馬の診療で厩から離れられない。処置はし尽くしたが、まだ安心できるような容態ではない。夜空を眺めると流れ星。吉兆か、不吉の知らせか・・・・・

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  「死に馬の雪を払うて顔おがむ」

十勝の冬の寒さを知っている者には、寒さ冷たさが伝わってくる句だ。十勝に飼われている重輓馬の大きな顔。その優しく雄大な生き物も死ねば冬の寒さに凍えてしまう。死んだ馬の顔に積もった雪。払って顔をおがめば、生きていた時の想い出も蘇る。心の中で手を合わせている豆作先生の姿が浮かぶようだ。

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  「博労の飽かせぬ話術春暖炉」

出産が始まる春。暖炉に集まる関係者を飽かせない話ができる馬好きの博労さん達はまだ健在なんだろうか。

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  「叱られることまだ知らぬ仔馬の眼」

これはね~仔馬をそばで見たことがある人にはわかるね~。純真無垢ってやつでしょうか。

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  「厩出し若駒雲を蹴り上げる」

若駒は春の季語なんだろうか?私には若駒が蹴り上げたのは夏雲のような気がする。

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  「死に馬に残る体温花の雨」

家畜の死に立ち会う機会が多いのも私達の仕事の定め。死体が凍てついて冬と違い、死んだ馬の体温も残っている。春は出産シーズンでもあるが、死亡事故の多い季節でもある。life and death. 合掌。

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 北の獣医師の生活を俳句で味わってみたい人は豆作先生のブログを見て注文してください。

在庫は・・・いっぱいあるそうです(笑)。

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 今日は先週に続いて若手獣医師の勉強会。

DVDで跛行のヴィデオを観て、午後は下肢の解剖の確認と関節穿刺と神経ブロックの練習。

 獣医師が身につけなければいけない知識や技術は数多い。

臨床の中での経験を積んでいくしかない部分もあるし、本での勉強は自分でするしかない。

しかし、実習する機会はなかなか自分では作れないので、「見てわかる・やってみる」部分を体験する機会が作れればと思っている。

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点状焼烙療法

2008-09-27 | その他外科

Pb280036 競走馬の世界で伝統的に行われる治療法、点状焼烙。

熱したこてで皮膚の上から火傷をするほど焼く。

焼いた痕がきれいに並んでいるのが上手らしい。

強く焼くのが好まれるらしい。

焼烙が適応されるのは、

ソエ(管骨瘤)

屈腱炎、

骨関節炎(変形性関節症;degenerative joint disease)

などなど・・・・・

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焼絡がどういうメカニズムで治療効果を発揮するのか・・・・

もしなんらかの効果があるとすれば、末梢神経を焼き切って痛みを感じなくすることだろうとRooney先生は考察している。

(日本語版「馬の跛行」はこの「細かい神経」のfineを「りっぱな」と誤訳している)

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かつて、英国ではジョッキークラブが研究費を出して、屈腱炎に対する焼烙治療が効果があるかどうか調査が行われた。

その結果、なんら効果を認めない。という結論になり、それ以降は焼烙治療は動物虐待だとされるようになった。

ただ、海外でも点状焼烙 pin firing は特定の地域と個人によっては行われているようだ。

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wikipediaによれば

Pin firing is the treatment of an injury by burning, freezing, or dousing it with acid or caustic chemicals. This is supposed to induce a counter-irritation and speed and/or improve healing. This treatment is prevalent in equine veterinary books published in the early 20th Century, however many present-day veterinarians and horse owners consider it barbaric and a cruel form of treatment.

「点状焼烙」は火傷させたり、凍傷をおこさせたり、酸やアルカリの薬品をかけて、傷つける治療法である。

この治療法はさらなる刺激を与え、治癒を早くしたり改善させようというものである。

この治療法は20世紀はじめに出版された馬の獣医学書に記載があるが、

現在の多くの獣医師と馬主はこの治療法を野蛮で残酷な治療法だと考えている。

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P9250397 P9250398 シオン、紫苑、オニノシコグサ(鬼の醜草)の花盛り。


MRSA

2008-09-23 | labo work

  MRSAとは Methicillin-resistant Staphylococcus aureus ; メチシリン耐性黄色ブドウ球菌。

多くの抗生物質に耐性を示す細菌で、近年は人の病院で院内感染の原因菌として問題になっている。

お年寄りや、免疫抑制剤を使っている人や、大手術で抵抗力が弱っている人や、新生児などにこの菌が感染すると、抗生物質が効かないので治療が難しいのだ。

人医療では1961年にイギリスで初めて報告された

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 獣医領域では、牛の乳房炎から分離された報告が最初だ。

牛の乳房炎では抗生物質が多く使われているので、日本でもMRSAが分離されるのではないかと監視されていた。

馬の医療では個体価格の高さから、牛医療以上に人体薬も含めて多種の抗生物質が使われる傾向にある。

しかし、世界的に馬からのMRSAの分離の報告はなかった

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 ところが、1989年から1991年にかけて13頭の繁殖雌馬の子宮頚管スワブからMRSAが分離された

なんとうちの検査室で。

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 その後、研究者の熱心な追跡調査で以下のことが判明した。

関連していたのは1箇所の種馬所の種雄馬であった。

種雄馬の生殖器、種場所の環境、従業員からはMRSAは分離されなかったが、1頭の種雄馬の繋の皮膚病変からMRSAが2ヶ月以上にわたって分離された。

繋から分離されたMRSAは、繁殖雌馬から分離されたMRSAと同一の性状を示したので、種雄馬の繋のMRSAが種場所の環境を汚染し、交配に来た繁殖雌馬に感染したと思われた。

おそらく、種雄馬の繋の皮膚病変には人からMRSAが感染したのだ。

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 先日、北海道産業動物獣医学会で馬からの Staphylococcus aureus の分離についての報告があった。

MRSAはほとんど分離されていなかったが、1例だけ仔馬の肺炎から分離された。

(実は、これもうちの検査室で分離された。しかし、検体が持ち込まれただけで私達はこの仔馬には触れていない。)

 この調査報告でも指摘されていたが、馬から分離されるコアグラーゼポジティブ-ブドウ球菌(血漿を固める性質を持っていて微小な膿瘍を作るので治療しても治りにくい。Staphylococcus aureus ;黄色ブドウ球菌がその代表)を調べると、馬由来ではなく人由来と思われる型を示すものが多い

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 カナダでの報告によれば、MRSAの分離・感染歴のある牧場群では、12%の馬と18%の厩務員の鼻腔からMRSAが分離された。しかし、感染歴がない牧場では分離率は馬は0%、厩務員で5%であった(Weese JS 2005、JAVMA 226 589-583)。

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 世界で最初と思われる馬からのMRSA分離事件の経緯や、

2005年のカナダから報告や、

さきの北海道産業動物獣医師会での報告を考え合わせると、

馬医療で気をつけなければいけないのは、まず、人が保菌しているMRSAを馬へ感染させないことのようだ

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 海外では、牛の乳房炎からMRSAが分離されている。これも牛と牧場従業員との間の伝播が懸念されている。

また、最近はセフェム系抗生物質の乳房炎軟膏が多く使われている。

セフェム系抗生物質はペニシリン系抗生物質よりMRSAを選択しやすいとされている

安易に牛にセフェム系抗生物質を使わない方が良い。

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 私は、馬の診療においても、セフェム系抗生物質は使われすぎていると思っている。

海外では、動物医療では用量・用法外のセフェム系抗生物質の使用を禁止している国もある

つまり、人体用セフェム系抗生物質を動物に使用できないし、動物用セフェム系抗生物質も承認されている以外の対象動物・対象疾病・用量・用法での使用は禁止されているのだ。

日本もそうならないように、獣医師が自ら節度を持って使うべきだろう。

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 とりとめのない文章になった。言いたいのは、

・MRSAについて監視が必要だ。

・人から動物への伝播・感染に気をつける必要がある。

・抗生物質の使用、とくにセフェム系抗生物質の使用は慎重にすべきだ。

 MRSAが「よく」分離される検査室からの警告だ(笑)。

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922 ヒメジョン。

これも帰化植物。

 

 


外弧と内弧 in & out

2008-09-22 | 蹄病学

 外弧歩様とは外へ振り出して着地するような歩様。

実際には、肢は内側へ振られているので、英語では winging-in と表現される。in 内なのだ。

外弧歩様をするのは外向姿勢の馬、X脚の馬に多い。

 内弧歩様とは内へ踏み込んで着地する歩様。

肢は外へ振られているので、英語では wing-out と表現される。out なのだ。

パドリング paddling とも呼ばれる。カヌーやボートを漕ぐときは外を振るからだろう。

内弧歩様をするのは内向姿勢の馬に多い。

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 この日本語と英語の外弧がinで、内弧がoutの混乱は、しばしば誤訳を引き起こすようだ。

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 なんども紹介しているRooney先生の「馬の跛行」の蹄に関するエピソードも誤訳になっている。

そのエピソードは・・・・・

フランスの優秀な馬がアメリカへ売られたが、「外弧歩様」がひどいので、蹄の内側を過削するようにしたが、すると肢軸が変わってしまってひどい跛行をするようになった。

削蹄をもとにもどして、跛行がなくなった。内向の馬を無理に矯正してはいけなかった。

という話。

 これも、原文ではこの馬はpaddledと書かれているので、「内弧歩様」と訳すのが正しかったのだ。

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 内向で、

 外蹄尖で反回し、

 外側に弧を描いて動くのは、

 日本語では「内弧」。

しかし、これも日本語がマズイんじゃないだろうか・・・・・

今さら、日本語の用語の意味を逆転させるわけにもいかないだろうから、

wing-out とか paddling とか表現した方が良いかもしれない・・・・

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P9220377 P9220378 道端の名もない花・・・・名もない花はない。

タデ類でしょうか?

アキノウナギツカミかな?