MRSAとは Methicillin-resistant Staphylococcus aureus ; メチシリン耐性黄色ブドウ球菌。
多くの抗生物質に耐性を示す細菌で、近年は人の病院で院内感染の原因菌として問題になっている。
お年寄りや、免疫抑制剤を使っている人や、大手術で抵抗力が弱っている人や、新生児などにこの菌が感染すると、抗生物質が効かないので治療が難しいのだ。
人医療では1961年にイギリスで初めて報告された。
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獣医領域では、牛の乳房炎から分離された報告が最初だ。
牛の乳房炎では抗生物質が多く使われているので、日本でもMRSAが分離されるのではないかと監視されていた。
馬の医療では個体価格の高さから、牛医療以上に人体薬も含めて多種の抗生物質が使われる傾向にある。
しかし、世界的に馬からのMRSAの分離の報告はなかった。
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ところが、1989年から1991年にかけて13頭の繁殖雌馬の子宮頚管スワブからMRSAが分離された。
なんとうちの検査室で。
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その後、研究者の熱心な追跡調査で以下のことが判明した。
関連していたのは1箇所の種馬所の種雄馬であった。
種雄馬の生殖器、種場所の環境、従業員からはMRSAは分離されなかったが、1頭の種雄馬の繋の皮膚病変からMRSAが2ヶ月以上にわたって分離された。
繋から分離されたMRSAは、繁殖雌馬から分離されたMRSAと同一の性状を示したので、種雄馬の繋のMRSAが種場所の環境を汚染し、交配に来た繁殖雌馬に感染したと思われた。
おそらく、種雄馬の繋の皮膚病変には人からMRSAが感染したのだ。
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先日、北海道産業動物獣医学会で馬からの Staphylococcus aureus の分離についての報告があった。
MRSAはほとんど分離されていなかったが、1例だけ仔馬の肺炎から分離された。
(実は、これもうちの検査室で分離された。しかし、検体が持ち込まれただけで私達はこの仔馬には触れていない。)
この調査報告でも指摘されていたが、馬から分離されるコアグラーゼポジティブ-ブドウ球菌(血漿を固める性質を持っていて微小な膿瘍を作るので治療しても治りにくい。Staphylococcus aureus ;黄色ブドウ球菌がその代表)を調べると、馬由来ではなく人由来と思われる型を示すものが多い。
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カナダでの報告によれば、MRSAの分離・感染歴のある牧場群では、12%の馬と18%の厩務員の鼻腔からMRSAが分離された。しかし、感染歴がない牧場では分離率は馬は0%、厩務員で5%であった(Weese JS 2005、JAVMA 226 589-583)。
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世界で最初と思われる馬からのMRSA分離事件の経緯や、
2005年のカナダから報告や、
さきの北海道産業動物獣医師会での報告を考え合わせると、
馬医療で気をつけなければいけないのは、まず、人が保菌しているMRSAを馬へ感染させないことのようだ。
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海外では、牛の乳房炎からMRSAが分離されている。これも牛と牧場従業員との間の伝播が懸念されている。
また、最近はセフェム系抗生物質の乳房炎軟膏が多く使われている。
セフェム系抗生物質はペニシリン系抗生物質よりMRSAを選択しやすいとされている。
安易に牛にセフェム系抗生物質を使わない方が良い。
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私は、馬の診療においても、セフェム系抗生物質は使われすぎていると思っている。
海外では、動物医療では用量・用法外のセフェム系抗生物質の使用を禁止している国もある。
つまり、人体用セフェム系抗生物質を動物に使用できないし、動物用セフェム系抗生物質も承認されている以外の対象動物・対象疾病・用量・用法での使用は禁止されているのだ。
日本もそうならないように、獣医師が自ら節度を持って使うべきだろう。
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とりとめのない文章になった。言いたいのは、
・MRSAについて監視が必要だ。
・人から動物への伝播・感染に気をつける必要がある。
・抗生物質の使用、とくにセフェム系抗生物質の使用は慎重にすべきだ。
MRSAが「よく」分離される検査室からの警告だ(笑)。
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ヒメジョン。
これも帰化植物。