馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

舌骨 その障害

2011-10-31 | 呼吸器外科

舌骨の話から始めたので、咽喉頭のほかの器官へ進むより、舌骨の病気について先に書いておこう。

引き続き Equine Surgery 3ed. より。

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側頭舌骨骨関節症(中耳病)

Temporohyoid Osteoarthropathy(Meddle Ear Disease) 

 側頭舌骨骨関節症は中耳と側頭舌骨関節を構成している茎状舌骨、軟骨性の鼓室舌骨、側頭骨の鱗状部の進行性の疾患である。

幅広い年齢の馬、どんな種類でも、性別によらず罹患しうる。

原因は内耳や中耳の血行性の感染だと考えられており、前述した骨に広がり、それらの骨の肥厚と側頭舌骨関節の癒合を引き起こす。

他の原因として考えられるのは、内耳炎・外耳炎あるいは喉嚢の感染が非感染性骨関節炎へと波及することである。

喉嚢真菌症は同様に骨構造と側頭舌骨関節に及びうるが、この喉嚢真菌症では側頭舌骨関節症の臨床症状は稀である。

 一旦、側頭舌骨関節が癒合し関係する骨が肥厚すると、嚥下、発声、頭と頚の動き、口腔や歯の検査、整歯のときの舌と喉頭の動きにより生み出された力は側頭骨の錐体部の骨折を引き起こすことがあり、結果的に顔面神経(第7脳神経)と平衡感覚神経(第8脳神経)の機能障害につながる。

著しい新骨形成と炎症は、平衡感覚神経の尾側に髄を残している舌咽神経と迷走神経を損傷しうる。

側頭骨錐体の骨折の後、中耳と内耳の感染は脳幹周囲に広がり、さらなる脳神経と脳後部へ及ぶこともある。

(つづく)

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とても変わった病気だ。

骨と関節の病気と言う点では整形外科だし、症状的には神経病で、舌骨そのものは運動器ではなく・・・なんだ? 口腔外科? 本来、内科疾患かもしれないが、治せるのは外科医かもしれないという治療についてはまた今度。

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今日は、3歳馬の腕節の関節鏡手術。

当歳馬の跛行診断。

当歳馬の食道梗塞。

繁殖雌馬の子宮内視鏡検査と子宮内膜シストの破砕。

繁殖雌馬の刺創。

Pa311583


舌骨 上部気道の中で

2011-10-30 | 呼吸器外科

(つづき)

 競走馬では、DDSPを防ぐために舌をしばしば前へ引っ張り下顎へ縛り付ける。

舌は頤舌筋と舌骨舌筋で舌骨に付着している。

ゆえに、舌縛りは咽頭を拡張させうる可能性がある。

しかし、最近の上部気道の空気の流れる仕組みとCTを用いた研究は、正常な馬では舌縛りは舌骨器官を前へ引くことにはならず、咽頭を拡張もさせないことを示唆している。

Pa251569 咽頭の背側壁は茎突舌骨筋により支えられている。

この筋は鼻咽頭の背側壁に垂直に付着している。だから、茎突咽頭筋の収縮は鼻咽頭の背側壁を持ち上げ、拡張させ、支持し、吸気で気道の陰圧が増すときに虚脱が起こるのを防ぐ。

この筋を支配している第9脳神経をブロックすると、咽頭背側の虚脱と運動中の吸気時気道閉塞が起こる。

(図説明。

A 茎突咽頭筋は茎状舌骨に起始しているa。そして幅広く咽頭の背側壁に付着している。

茎突舌骨bの収縮は運動中に咽頭の背側を安定させ拡張させる。

B 茎突舌骨筋が片側だけ収縮したときに左と右の咽頭背側の広がりの違いに注意。) 

 上部気道は刺激されたときに上部気道を拡張させる筋肉が活性化され上部気道が硬くなると数多くの報告がなされている。

たとえば、喉頭の粘膜を麻酔すると、運動中の馬は鼻咽頭虚脱と上部気道閉塞を起こす。

鼻孔を塞ぐと、これらの馬はDDSPも起こす。

このことは、運動している馬では知覚性と運動性の機能が充分に協調されて上部気道の開放性が維持されることを示している。

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このNasopharynx 鼻咽頭の項の最後の一文。

The message to the surgeons is that the upper airway is a finely tuned instruments that can be easily disturbed by disease or surgical intervention.

外科医へのメッセージは、上部気道は繊細に調節された器官であり、疾患や外科的介入により容易に傷害されうるということである。

まったく同感だ。(が、外科医はわかっているだろう)

上部気道では、多くの神経と筋肉が微妙に調節されて複雑な動きをして呼吸と嚥下が行われていて、本当は裂いたり、切ったり、焼いたり、縛ったりしたくない。

しかし、調教や競走の具合が悪いと、なんとかしてくれと馬外科医が要望される。

とても難しいことなのだ。


舌骨 その機能

2011-10-29 | 呼吸器外科

Pa251566 その妙な形の舌骨がどのように機能しているかというのはなかなか難しい。

左図と以下の文章はEquine Surgery 3ed.から。

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鼻咽頭は呼吸と同様に嚥下にも関わっており、食道へ食塊を進めるために収縮し、かつ、肺へと肺からの空気の流れを邪魔しないように運動中には拡張しなければならない。

これらの機能は独特の位置にある筋肉により行われていて、一群の筋肉は咽頭の収縮と拡張を行うことができる。

馬におけるこれらの筋肉の正確な機能は完全には解明されていないが、馬と他の動物種での研究において、概要はわかってきている。

 舌骨構造は非常に重要で、舌の根元と喉頭と同様に咽頭も支えている。

舌骨構造の筋肉は次のような仕組みで吸気時に収縮して咽頭を拡張させている。

頤(おとがい)舌骨筋と頤舌筋は吻側・腹側へ、一方胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋は尾側・背側へ引っ張る。

この組み合わせ効果は、茎状舌骨と角舌骨関節を伸展させ、舌骨は腹側へ動き、鼻咽頭は安定しさらには拡張もする(上図)。

DDSPの推奨される手術の1つは、胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の切断である。

この手術の目的は、喉頭蓋を吻側へ動かし、そのことで軟口蓋に咬み合せることである。

先に述べたように、胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の切断は咽頭の拡張を妨げることは明らかで、咽頭の虚脱を促進するかもしれない。

運動中の馬で計測すると、胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の切断は運動中の馬の気道の抵抗をわずかに増やすことが示唆されている。

(つづく)

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大学で講義して、翌日はお隣の獣医師会の講習会に出てきた。

今年のテーマは「馬の呼吸器」。

競走馬の輸送性肺炎、馬の肺胸膜炎、Rhodococcus equi感染子馬のスクリーニング、子馬の間質性肺炎、子馬の気管裂傷、運動中喉頭内視装置、馬の喉頭の軟骨の個体差についての文献紹介、上部気道のLASER手術とたいへん興味深く、勉強になった。

参加者90名とのこと。

こんなに馬医者がいるんだね~。

もっとも本州からの参加者や学生さんもいたようだ。

良い内容なら人は集まるんだね~。


某大学にて

2011-10-28 | How to 馬医者修行

某大学に講義に行ってきた。

日本の獣医科大学で一番教育環境が整っていると言う人もいるらしい大学。

(私は良く知らないし、同意しないけどね)

臨床に進もうかと思っている学生は半数いるか居ないかなのだろうし、大動物臨床に進もうと思っている学生はさらに限られているし、中でも馬の臨床をやってみたいと思っている学生は数人居るかいないかなのだろう。

そういう学生を相手に私のような馬臨床医が講義をするのは・・辛い。

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博物学とか社会的興味を感じて聴いてもらうか、国家試験のための知識を思い出す時間だと思ってもらうか、自分や家族の健康や医療のために役立つ話題を見出してもらうか・・・

今回は40名ほどの学生さんが相手だったので、指名して問いかけて答えてもらった。

あるミュージシャンが言っていた。

「ライヴってさ、1対50じゃなくて、1対1を50組と思ってヤリたいんだよねッ」

って、感心してあやかりたかったんだけど・・・・・玉砕した。と、思う;笑。

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まあ、馬に乗ったことがある学生さんは10人足らず。

ということはほとんど馬に触ったこともないのだろう。

そういう人に馬の骨折の内固定の話や、開腹手術の話をしても、ねエ~

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しかし、道化を演じなくてはならなくても、頼まれれば学生相手に話をするのも一馬医者として義務だとも思っている。

気づいたり、確認したこと。

馬のレントゲン写真を見せて、「これ馬のどこの骨?」と尋ねてもほとんどの学生にはわからない。

骨の名前は、それが前肢(腕)か後肢(脚)か混乱してしまっている学生もいる。

ほとんどの学生はあと1年余りで自分が動物のお医者さんとして資格を持つという意識はない。

生理食塩水って何%の食塩水?」「ブドウ糖って1g何キロカロリー?」「体の水分って何10%?」などという一般常識のような、高校の生物や家庭科(今は「生活」っていうのか?)で習うような、習わなくても知性と教養がある人なら知っているようなことも知らない。

午後はこれから自分が名前を呼ばれて問いかけられると思っていても睡魔に耐えられない;笑。

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馬の臨床の話だから。じゃないよね?

人も犬も牛も、骨の名前などは共通だし、輸液剤なども同じだ。

生理学も薬理学も内科学総論も、基本は動物種で違っているわけじゃない。

やっぱりどっかおかしいゼ。

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P7091202_2 革命思想家、吉田松陰から、革命実行家、高杉晋作へと続く長州の系譜。

吉田松陰も高杉晋作も、人として尊敬できるか、身内になりたいか、もし現世にあって犯罪者にならないか、わからない。

しかし、二人が、持って生まれた天分だけではなく、少なくとも教育により啓発され、偉業をなしたことに違いはない。

その危うさはともかく、間違いなく、奇跡的な・・・・偉業であり、悲喜劇でもある。


近位指骨(趾骨)関節固定術

2011-10-26 | 整形外科

近位指骨・趾骨間関節、つまり第一と第二指骨(趾骨)の関節を傷めてしまった馬ではその関節を固定してしまう手術が治療方法となることがある。

Pa261580Dr.Richardsonに相談したら、手引書を送ってくれた。

実にシンプルに書かれているが、どうしてそうしなければならないかも書かれている。

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Arthrodesis of the Proximal Interphalangeal Joint

 近位指骨(趾骨)間関節の関節固定の適応には、難治性の骨関節症、重度の骨軟骨症、外傷性脱臼、繋の関節を含めた骨折がある。

この関節の動きは限られているので、関節固定により通常は跛行はなくなる。とくに後肢で、高いレベルで運動しない馬では良好な結果が期待できる。

 いくつかの手法がこの関節の固定手術に用いられて成功してきた。

関節を貫く2本のスクリュー、3本のスクリュー、それに短いDCPを併用すること。

内固定は切皮しても行えるし、最小侵襲法でも行うことができる。

私の考えでは、現在最良の方法は特別製の3穴のLCP(ロッキングコンプレッションプレート)と関節貫通スクリューを併用する方法である。

骨関節症が進行したり、関節周囲の骨増殖がひどい馬では、この方法を最小侵襲法で行うことができる。

APROACH

蹄冠部から15mmのところを横に切開し、縦は第一指骨の中央近位までを切開した、逆T字型皮膚切開を行う。この切開は皮膚と皮下織だけにとどめ、伸腱を露出させる。新しいメスを使って、逆V字型に骨の表面まで切開する。メスで逆V字を剥がし、遠位へめくる。側副靭帯も関節の両側で切断する。関節軟骨をすべて除去する。私は関節の形状を保つようにボーンソウ(骨鋸)で表面を削るのを好む。露出した軟骨下骨を格子状に浅く削る。この格子状の刻みを入れることで3.2mmドリルを位置決めし、両側の関節面に浅く(1-3mm)8-10mm間隔で穿孔するのが容易になる。

FIXATION

正中にプレートを当てて、関節貫通スクリューが干渉しないことを確認する。ドリルは遠位の関節面の掌側から中央よりへ通さなければならない。そのことで、第二指骨の掌部を関節貫通スクリューが固定することができる。このことは2つの理由で重要である。1つは、関節の掌側をまず圧迫し、次いでそれに抵抗するように背側にプレートの牽引を働かせる。2つは、スクリューを掌側へ向けて挿入することで重大な失敗の一つである舟嚢組織へドリルしてしまうことを避けることができる。小型の馬では、2本の5.5mmスクリューが適しているが、大型の馬では私は3本か4本のスクリューを使うことを好む。全ての滑り孔を開けておいてから、ネジ山孔へと穿孔する。あまり正中へ向けてドリル穿孔しないように気をつけないとプレート固定のスクリューに当たるかもしれない(プレート固定用のスクリュー3本のうち2本は位置を変えられない)。ネジ山孔を開けて、測って、タップを切って、充分に締める。プレートの左右に少なくとも1本のスクリューを入れてからスクリューを締めるのが良い。

 スクリューを締めたら、プレートを骨に沿うように曲げる。遠位の丸い孔用にドリリングして、5.0mmロッキングヘッドスクリューを入れる。プレートは鉗子か指で骨にしっかり押し当てて、注意深く締める。つまり、全力ではない!次のスクリューを入れる前にスクリューを目一杯締めるとプレートが回転してしまう。通常は5.5mm皮質骨スクリューをプレートの真ん中の孔にユニバーサルドリルガイドを使って最大負荷位置で入れる。このスクリューを最後に締める前に、遠位のLHSを完全に(あなたができる限り)締める。皮質骨スクリューを締めることで関節の背側を圧迫することができ、プレートを骨に押し付けることになる。プレートの近位の孔に5.0mmLHSを向こう側の皮質も貫くように入れる。

 PMMAに抗生物質を混ぜて、プレートの孔とプレートの横や下のあらゆる空間を満たす。関節腔にPMMAが入らないようにする。全てのスクリューの締まりをチェックする。腱をVicryl1(あるいは同様のもの)で十字縫合かnear-far-far-near縫合で閉じる。逆T字の皮下織を縫ってから皮膚を2-0monocryl(あるいは同様のもの)でかがり縫いする。私はいつもはキャストを巻く間にリムパーフュージョンする。キャストはいつも通り正常に負重した肢勢で巻く。

 馬がキャストに耐えられるようなら4-6週間着けておいてから除去する。もしキャストに問題があるなら、立位で巻き直すことができる。固定は非常に強固で安定しているので、もしキャストずれが起きたらたいへん早期にはずすことができる。ほとんどの馬で関節固定は3-4ヶ月で進行し運動を増やすことができる。普通は6-9ヶ月で使役に戻ることができる。

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Pa231557 練習した。

どこが肝心で、どこが難しいか、やってみるとわかる部分がある。

頭で考えているだけでは、実際には思うようにいかない。

そして、練習していても、本番は練習どおりにはいかない。

この年になっても初めてのことがあり、練習して上達できるなら楽しく嬉しいことだ。