このブログを書き始めた頃には、関節鏡手術を始めてから14年が経っていて、飛節のOCDや腕節の骨片骨折のような数が多い部位は珍しくないので、かえって記事にしてこなかった。
しかし、数が多い症例についてほど、きちんと知っておいてもらった方が良い。
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関節内に小さい骨片骨折が起こったときに、早いうちに骨片を摘出してしまった方が良いのは、骨片があると関節が変形性関節症(骨関節症、DJD)を起こすからだと考えて良い。
腕節はカスタネットのような蝶番関節で、橈骨手根骨関節と、手根骨間関節が開くように動く。
関節が閉じているとき、つまり馬の肢が伸びて、体重を支えているときは、骨の関節面どうしが体重や走るための荷重を受け止めている。
しかし、馬が高速で走ると、肢には非常に大きな荷重がかかり、球節は沈み込み、腕節は反り返る。
こうなると、腕節を作っている骨の端どうしが強くぶつかりあうことになり、骨が耐えられなくなると縁が欠けてしまう。
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右の写真は、手根間関節。
馬は仰向けに寝ているので、下が橈側手根骨、上が第三手根骨。
この上下の骨がお互いにぶつかり合い、体重を支え、もっと大きい荷重がかかったときには、骨の端に強い力がかかる。
この馬は、下側に見える橈側手根骨は割れなかったが、
上側の第三手根骨が傷んでいる。
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もっと灌流液を入れて関節を膨らませて、第三手根骨を見たのが右。
骨片はまだ元の位置にくっついているが、完全に割れてしまっている。
塊状に割れていることもあるし、グズグズと崩れるように砕けていることもある。
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その骨折片を摘出し、割れた部分のボロボロの骨を削った後が右。
金属の管を入れて、灌流液の流量を増やして関節の中を洗っている。
関節の中の骨は白い関節軟骨に覆われているが、割れたところは中の海綿骨がむき出しになっている。
関節の中に軟骨のくずと、海綿骨のくずを入れた研究があって、軟骨のくずを入れても関節は強い反応を示さなかったが、海綿骨のくずを入れるとひどい骨関節症(DJD)を起こしたそうだ。
関節の中の骨片骨折を放っておくと骨関節症を起こす大きな理由はそこにある。
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すこし離れて、最初のように、橈側手根骨と第三手根骨を見ている。
第三手根骨の、橈側手根骨とぶつかる部分が欠損したのと、海綿骨がむき出しになっているのがわかる。
一番負担がかかる部分が割れてしまったので、あとは他の部分で体重を受け、荷重に耐えてもらわなければならない。
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右は橈側手根骨と第三手根骨の奥にある手根骨間靭帯。
カスタネットのゴムに当たる部分。
切れてしまってはいないが、毛羽立っていて、伸びて緩んでいる。
この靭帯が傷んでいることが腕節の骨片骨折の要因になり、予後にも関係すると言う馬外科医もいる。
競走馬の骨折はまったくのアクシデント(突発事故)とは言えないことが多い。
さまざまな損傷が積み重なって、ついには骨折につながると考えても良いかもしれない。
だから
今はたいへん数多く行われている腕節の骨片骨折の関節鏡手術だが、
手術後はきちんとリハビリ期間をとって、骨や関節軟骨や靭帯が修復され、関節の炎症が治まり、関節液の性状が良くなってから調教を開始する必要がある。
骨片が飛んだ。取ってしまえば元通り。とは行かない。
傷ついた関節軟骨はもう完全に元には戻らない。
青白く半透明で、水分を含みやすく、クッション性に優れ、非常に滑らかなガラス軟骨はもう再生しない。
毛羽立った、白い、透明感のない、バサバサの線維性軟骨しか再生しない。
しかし、その線維性軟骨が海綿骨を覆うのにもだいたい4ヶ月かかる。
だから
それまでに騎乗運動を始めてしまうと、海綿骨の粉が関節内に飛び散り、関節は炎症を起こし、関節軟骨はさらに傷み、関節液は滑らかさを失って、あちこちに骨棘や骨膜が出てくる。
関節はついに固まって動かなくなることで痛みを感じずに、体重を支える最低限の役割だけを果たそうとするようになる。
そうなってはもう走れない。
この大事な1・2ヶ月を急いでどうするの?
1・2ヶ月早く復帰したところで、またすぐ壊れたのではどうしようもない。
いたずらに長く休ませようとは言ってない。
腕節の骨片骨折は関節鏡手術後4ヶ月間は乗らないほうが良いと、
18年間に1000頭手術してきた経験で言っているだけだ。