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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

乗馬の側頭骨舌骨関節症、と停留精巣

2021-10-27 | 馬神経病学

本州から側頭骨舌骨関節症の治療のために送られてきた17歳の乗馬サラブレッド。

平衡感覚障害は軽度

右の耳の麻痺も軽度

右眼瞼の麻痺は中程度

乾燥性角膜炎中程度

右顔面麻痺は重度。口は開いていて、下唇も麻痺。

舌の麻痺は軽度。

サク癖はひどい。たぶんTHOの要因になった。

                -

右の角舌骨を摘出した。

この馬、ひどくサク癖するせいで頚の筋肉が異常に発達していて、手術台で仰臥にしても頚が完全に伸びない。

それで、底舌骨と角舌骨の関節の位置が、ふつうより尾側にあった。

なるほど、サク癖は舌骨を胸の方向へ強く引張る行動でもあるので、無理な力が舌骨にかかるのだろう。

この馬の角舌骨は太くなり、両端の関節も腫大していた。

茎状舌骨も全体に太くなっていた。

左も側頭骨舌骨関節が大きくなっていた。

                   -

この馬、「いんこう」で去勢も頼まれていた。

健康手帳には何の記載もない。

しかし、17歳の乗馬にしては”ウルサイ”馬で、雄行動もあったのだろう。

AMHも高いので精巣が残っているのは間違いなさそう、とのこと。

手術台上で仰臥にしたら、陰嚢があった辺りに手術痕らしきものがある。

左は間違いなさそう。右も??

北米馬外科専門医の先生が、右は腹腔内から停留精巣を、

左も腹腔内から精巣上体を探し出して摘出した。

おそらく左は以前に体外へ出せた精巣だけを切除したのだ。

獣医師でない人が去勢しようとしたか、完全な去勢でないので、健康手帳にも書かなかった。

獣医師でない人が自分の馬を去勢しても構わないが、健康手帳には記載できないし、

人の馬を去勢して料金をもらったら獣医師法違反だし、

記録を残しておかないと、たいへん面倒なことになる。

                    -

「いんこう」は、「陰睾」だと思っていたら、古い外科の教科書には「隠睾」とある。

cryptorchid は「潜在睾丸」とステッドマン医学英和にはある。

retained testicle とも言う。これは、「停留精巣」かな。

もっとも「陰睾」も間違いではないらしい。けっこう使われているようだ。

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今年は、雑木林の色づきが美しいように思う。

夏は渇水の時期があったが、それ以降は雨が十分に降ったことや、

潮を含んだ風が吹かなかったおかげだろうか。

 

 

 


THO 23頭目?

2021-01-16 | 馬神経病学

2歳馬が発熱し、風邪かと思っていたら、顔が曲がってきた。

抗生剤で治療して解熱したけど・・・・ という症例。

顔面麻痺、左眼瞼の麻痺、左耳の下垂、平衡感覚障害、と症状からは側頭骨舌骨関節症THOだ。

しかし、喉嚢内視鏡検査では右の茎状舌骨は太いものの、左は異常はなかった。

X線撮影では左側頭骨部はモヤモヤしているようにも見えるが判然としない。

こういう症例でCTを撮ってもらいに大学へ行ってもらったこともあるが、CTを撮っても確定診断になるかどうかはわからない。

治療法としては角舌骨摘出手術しかない、と言っていい。

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左角舌骨を摘出した。

ぜんぜん傷んでいなかった。

おそらくこの馬の脳神経麻痺は、側頭骨部の感染が主体なのだろう。

その感染は抗生剤治療で抑えられつつある。

あとは、角舌骨摘出で側頭骨が動かなければ、これ以降のダメージも予防できるはず。

側頭部の感染は、側頭骨舌骨関節炎なのかもしれない。

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午後、おとついから元気食欲不振で、きのうは立てなくなり、死んでしまった4ヶ月齢黒毛の剖検。

ひどい第四胃潰瘍だった。

粘膜が広範になくなり筋層が露出している。

肺はほとんど無気肺。(オレンジピンクの部分だけが含気している)

僧帽弁に水腫があった。

心臓と肺の所見は敗血症だろう。あれだけ消化管粘膜がなくなったら菌が侵入しても不思議ではない。

人工哺乳で育てられていたらしい。

発育や肉付きは良好に見えた。

飲みすぎ、飲ませすぎだったのか・・・・

 


THO 22頭目

2020-08-03 | 馬神経病学

1週間ほど前から、左の鼻が麻痺した8歳の繁殖雌馬。

下唇も麻痺している。

舌は麻痺していない。

左耳は位置がやや低いが動く。

左上瞼は動かず、乾燥性角膜炎を起こしている。

嚥下は問題なく、食べているし、水も飲めている。(でも腹囲は大きくなかった)

運動障害、平衡感覚障害はない。

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地元で喉嚢内視鏡検査も、側頭骨舌骨関節周囲のX線撮影もしてくれている。

左喉嚢内の茎状舌骨は太くなっていて、関節部も腫大していた。

左側頭骨舌骨関節症で間違いないので、すぐ左角舌骨摘出手術にとりかかる。

                 -

で、とれました。

顎が狭く、喉が深く、リンパ節が腫れていたので、手こずるかな、と思ったが、

角舌骨は変形もなく、関節も傷んでいなかったおかげか、出血もこの手術としてはたいへん少なく済んだ。

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この馬はサク癖はしていない。

発症原因・要因は不明だ。

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ギボウシ。

花より葉っぱが見ごたえがあるのかもしれない。

もともと日本の林の中などに生えていたらしい。

海外でもガーデニングで人気があるそうだ。

 

 

 

 


頚椎症腰痿の頚椎関節固定手術 part3

2020-06-29 | 馬神経病学

頚を切り開いても、骨は見えてこない。

筋肉を剥がして骨が見えても、何番目の頚椎かはわからない。

X線撮影して、確認する。

12孔のブロードLCPを使うことになった。

完成形。

1歳馬の頚椎はとても柔らかい。

そして対側皮質を貫くわけにはいかない。

LCPを頚椎に押し付けるために皮質骨screwが入っていて、

抜けてこないようにLocking cancellus screw が入っていて、

残りはLocking Head Screw が入っている。

さすがに頚椎基部を腹-背方向で撮影するのは厳しい。

しかし、LCPはちゃんと正中に乗っかっている。

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懸念したとおり、覚醒起立はとても悪かった。

立とうとするようになっても後肢がちゃんと使えない。

腰が上がったこともあったが、前肢が開いてしまった。

Anderson Sling でぶら下げると苦しいのか立とうとしなくなる。

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翌朝、馬は自力で立ち上がっていた。

歩ける!

水をグビグビ飲んだ。

青草をバリバリ食べた。

日本人馬外科医による頚椎関節固定の1頭目だ。

なんとか症状が改善されてほしい。

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巣は完成している。

卵を産んだのかどうか・・・わからない。

どうしてそこに居る?

飛び交っているのは二羽だけではないように見える。

なぜ?

 

 

 


頸椎症腰痿の頸椎関節固定手術 

2020-06-27 | 馬神経病学

頸椎症 Cervical Vertebral Stenotic Malformation or Myelopathy による頚髄変性から腰痿症状を示す馬はとても多い。

私たちは例年50頭前後のX線撮影を行う。

「治療法はありません」と説明してきた。

欧米では、頸椎の関節固定手術が行われている。

その手術の評価については以前に書いた。

          ー

多くの症例の場合、治療はお勧めできないし、諦めた方が良いと思っている。

しかし、この馬だけでもなんとかならんの?

ダメ元でもやってみる方法はないの?

という状況もありうる。

種付けさえできれば十分な経済価値がある種雄馬とか、

なんとか軽い運動だけできるなら生かしておいてもらえる馬とか、etc.

手術手技としては、「やってみることはできます」としておきたかった。

現在のところ、腰痿の馬にできる治療はそれだけで、北米やヨーロッパではすでにそれぞれ1000頭以上が手術を受けている。

今は、馬外科学の成書にも記載がある。

          ー

で、チャレンジ、することになった。

私は自分ではやらない;笑

もう新しい手技を身につける歳ではないし、身につけたところで馬外科医としての老い先は知れている。

若い優秀な人たちに頼む。

文献を調べ、経験者にメールを送り、余所へ話を聞きに行き、器具を購入し、準備を進めてくれた。

解剖体で何度も試行、練習した。

          ー

患者さんも、CTと脊髄造影の検査に行ってくれた。

C5-6, C6-7(第5-6、6-7頸椎)の関節突起が大きくなった椎孔の狭窄で手術による予後が良いタイプではない。

馬はときどき起立が困難になるほど症状は強い。

          ー

そして、決行の日が来た。

(つづく)

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疎にして、野にあれば、密ではない。

粗にして野だが卑ではない