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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

限りある身の力試さむ

2008-12-31 | How to 馬医者修行

文永堂出版から、社長名の年末の挨拶と来年の手帳が送られてきた。

社長さんは、50歳を過ぎてトライアスロンを始め、今年はアイアンマンジャパンを完走されたそうだ。

その手紙の中に、江戸時代の陽明学者 熊沢蕃山の句が紹介されている。

     憂きことの なほこの上につもれかし 限りある身の力試さむ

この句は、戦国時代の武将、山中鹿之助によるという説もあるそうだ。

山中鹿之助は

   「願わくば、我に七難八苦(艱難辛苦だったか?どちらが正しいのだろう?)を与えたまえ

と祈ったと言う。

                              -Dsc_0061

私も元トライアスリートだが・・・・好きでトレイニングを積み重ねてトライアスロンに出場するのはともかく、

心配事や七難八苦や艱難辛苦は、勘弁してもらいたい(笑)。

それでも、何事も自らの成長のための試練だと思えば耐えられる・・・・か?

修行=学問や技芸を磨くため、努力して学ぶこと。だそうだから(笑)。

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 年々、1年が過ぎるのが速くなっている気がするが、それもまた歳を重ねた証。

なすべきことの残りと、許される年月の残りが見える年代になってもきた。

大晦日の新聞には、ダーレージャパンファームが西山牧場を買収したこと、日高の観光施設ケンタッキーファームが閉鎖されることが載っている。

世界中を襲っている経済危機の嵐、日本の政治危機、アフリカの政治的・経済的混乱、今年あったろくでもない事件の数々。

恐ろしいのは、それぞれがどこかで、あるいは密接につながっている気がすることだ。

                                  -

Change! We can. 

USAの大統領選を見ながら、この失敗できない時期にふさわしいのは経験があるヒラリーさんではないかと思ってきた。

しかし、オバマ時期大統領の演説が人を引き付けるのは演説のテクニックだけでなく、その主旨にある優しさではないかと言う新聞記事を読んで、少しは期待する気になった。

わが身についても、変えなければいけないもの、変わらず続けていくべきもの、いずれもしっかりやれる来年でありたい。

                           限りある身の力試さんむ。

Dsc_0018


日本「小」動物外科専門医

2008-12-29 | 学会

獣医麻酔外科学会が主体となって、日本小動物外科専門医協会が創られ、認定や研修プログラムが始まっている。

今年の初めに来た文章では日本小動物外科専門医協会は()付きで Japanese College of Small Animal Surgeons となっていた。

ところが、今月来た文章では Japanese College of Veterinary Surgeons となっている。

アレっ?

                             -

獣医外科専門医の認定や研修が必要なのはわかる。

しかし、小動物外科だけを先行させて外科専門医を認定してよいものか。

USAやヨーロッパでも、外科専門医は小動物についても大動物についても卓越した技術と知識を身につけているわけではない。

しかし、USAやヨーロッパでは、学部教育でも専門医教育でも他の動物種についても学ぶのだ。

だから、Veterinary と名乗ることを許されるのではないか。

小動物外科だけについて認定するなら、Small Animal Surgeon と名乗ってもらいたい。

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小動物外科専門医の設立認定医は、「大学の教員を中心に認定する」とあった。

これは何だ?

小動物の開業獣医師の先生方が先行して小動物外科専門医を標榜したいのならわかる。

しかし、獣医科大学の外科系教官が中心にいながら、大動物外科を捨ててしまって良いのか?

自分達が担うべき獣医外科学の一部分に対する責任を放棄しているのではないか?


synovial pad 滑膜パッド?

2008-12-28 | 関節鏡手術

球節が腫れ気味の競走馬。13

2ヶ月休んで、乗り始めたらまた球節が腫れるという。

x線撮影では両前球節の背側(前側)近位(上の方)に骨片らしきものが写る(右)。

が、どうやらこのchipは骨折片ではない。

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Pc250370_2 Veterinary Surgery 37,p613(2008) にリポートが載っている。

Osteochondral Fragmentation in Synovial Pad of the Fetlock in Warmblood Horses.

ヨーロッパの乗馬馬での報告だが、まあ基本構造はサラブレッドと変わらない。

球節の中、中手骨・中足骨の関節面の端には線維性組織でできたパッドがある。

それは正常なのだが、このパッドが肥厚したり、パッドの中に骨・軟骨組織が作られることがある。 Pc250371_2

x線写真は、ほれっ、おんなじでしょ(右)。

球節が腫れるとか、跛行するとかいった臨床症状と関係するかどうかはわからないと書いているが・・・・

論文の報告者は摘出している。

おそらく、DJD 骨関節症の一事象なのだろう。

Pc250372 論文に掲載された、摘出された破片の病理組織像。

中心に骨があり、

骨の片側は軟骨で覆われていて、

この骨と軟骨の周囲は線維性の滑膜パッド組織で覆われている。

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今回の症例馬は、球節を触診すると、関節液の増量以上に、大きくなった滑膜パッドを触ることができた。

このような状態で、休ませても症状が消えないのだから、関節鏡を入れて関節の中の様子を診断し、処置できる部分は処置してみるしかないだろう。Hpnx0228

関節鏡を入れると、関節面には関節可動方向に走る線状の傷がかなりあった(右)。

Hpnx0230 滑膜パッドは非常に厚く、大きくなっている(左)。

一部は離断して関節ネズミ(遊離体)になっていた。

中手骨の近位側の軟骨は欠損し、関節軟骨に覆われた部分が狭くなっている。

滑膜パッドのほとんどを摘出した。

x線撮影で認めた骨片状のものはなくなった。

球節のDJDがこれ以上進行せず、臨床症状もおさまることを期待したい。

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Pc280391 窓の向こうの

(トイレのですけど)

イルミネーション。

誰だ?場末のスナックみたい。って言うのは(笑)


喉嚢真菌症の治療成績

2008-12-27 | その他外科

Pc250373 日本獣医師会雑誌 2009年 1月号に!

産業動物獣医学会誌の!

新年第一号の原著論文として!

馬の喉嚢真菌症の治療成績が載っている!(笑)

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息子が聞く。「どうしてこの文章を書いたの?原稿料もらえるの?」Pc250377

私「否。お父さんたちは診療していて、知りたいことがあると文献を調べる。自分の診療の役に立つ文献を見つけたときにどれほど嬉しいか。それをヒットという。難しい症例をかかえたときに、一番役に立つのは似た症例の記録なんだよ。」

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別刷りは高いので頼まなかった。

ページ数超過で3万円払った(涙)。

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今日は大腿骨滑車の離断性骨軟骨症の日になった。Pc260395

午前中、左右両側の関節鏡手術。

午後には、別な症例がx線検査で大腿骨滑車の離断性骨軟骨症と診断された。

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とりあえず年内の手術台に乗せる手術予定は終了した。

あとは大掃除して・・・・・は甘いか?

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Pc250390ンタさんは来ましたか?


不当判決

2008-12-25 | 人医療と馬医療

 ここのところ日本獣医師会雑誌には、「解説・報告」として獣医療過誤裁判についてのシリーズ記事「判例に学ぶ」が載っている。 

2008(61)12月号では、輓曳競走馬の喉頭形成術の獣医療事故が取り上げられている。

この獣医療事故や判決については、私は当事者でなく、しかし関係者には知っている方も多く、あえてブログには何も書きたくなかったのだが、「解説」まで書かれるにいたっては、喉頭形成手術を行う者として自分の考えを提示しておきたい。

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 私は、あの判決は不当なものだと思っている。正確な事実の詳細は知らない。

しかし、判決文を読んだだけでも、「いったいどうしてこんな判決になるんだ?」が感想だ。

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その輓馬がその手術以降も稼いだであろう賞金額(784万)や出られなかったレースの賞金額(178万)まで損害賠償額に含まれている。

そのまま競走馬として使えて、そんなに賞金が稼げるなら、喉頭形成手術など依頼しなかったはずだ。

それとも手術すれば100%治ったはずだと考えているのか?

喉頭形成術の成功率が100%近いなどと言う馬外科医はいない。

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手術は2回目の喉頭形成手術だった。

1回目の手術を行った大学病院では、「2回できる手術ではない」と言って、2回目の手術を断ったそうだ。

そのことで関係者は2回目の手術の難しさを知らされたはずだし、2回目の手術を引き受けた獣医師も説明したはずだ。

そして、懸念されたとおり、癒着や結合織の増勢で手術は難しかったのだろう。

説明されていない予想外の結果とは言えないのではないか。

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喉頭形成術は、非吸収性の糸で披裂軟骨筋突起と輪状軟骨を結紮する手術だ。

私は喉頭形成の術創化膿の経験はないが、傷の化膿や漿液腫の形成は考えられうる併発症とされている。

そして、その場合も適切な処置を行えば、異物である非吸収糸を抜いてしまわなくても化膿は抑えこめることがほとんどだろう。

4月半ばに行った手術で、4月下旬か5月上旬に術創が腫脹したので、5月から7月ころに切開して排膿したとされている。明らかに、術部の感染、化膿の経過や処置としては遅い。

手術する馬を術創が完治するまで入院や通院させられれば、手術する外科医は安心だ。

しかし、それは飼い主側の手間や費用を考えるとできないことが多い。

それが、馬の手術が置かれている現状なのだ。

術後経過が思わしくないことが手術した者に連絡があったのかどうかは記載されていない。

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「解説」の中には手術の器具やガーゼの遺残事故を防ぐために、器具やガーゼを数えておくことや、x線撮影に写るガーゼの使用が提案されている。

しかし、この喉頭形成術の事故は針を残したのであって、術者は針が残ってしまったことを認識していたはずだ。

認識していながら抜けなかったか、組織に損傷を与えて抜くよりはそのままにした方が良いと判断したのだろう。

器具を術創に知らずに残してしまうこととは本質が違っている。

x線に写るガーゼの使用も馬の体腔の手術では解決法にならない。

馬の体腔を写すにはかなりのx線量が必要で、そのx線量だとガーゼに仕込んだわずかな金属糸は写らない。

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獣医療でも、過誤が問題になると、人医療の対応や判例が参考にされる。しかし、同じような手技でもかけられるコストがまったく違う。

同じような手技の手術で人医療と馬医療の値段を比べて見るといい。

馬医療は薬の量は体重換算で10倍前後必要なのに、同様の手技の値段は数分の一から十数分の一だ。

人医療からくらべると省力化し、手技を省き、人医療から考えればリスクのある医療行為をするしかない。

人医療なみのコストを畜主側が負担できるか?望むか?

望ましい結果が出なかった時だけ、人医療を参考に、獣医師に責任を負わせないでもらいたい。              

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この判例の馬は、披裂軟骨炎を起こしたようだ。

術創が化膿しなくても、喉頭形成術後に披裂軟骨炎が起こることはある。

この症例で術創の化膿と披裂軟骨炎の因果関係があったと断定はできないのではないか。

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文献的な報告でも、失敗例や併発症の報告は、成功例の報告より少ない。

誰も、自分の失敗例や併発症症例について報告を書きたくないからだ。

だから成功率は実際より高く報告される傾向にある。

発表されて注目されるが、他所で実践されるようになると報告されたような結果が出ず、行われなくなった手技や方法はいくらでもある。

喉頭片麻痺で競走に勝てない馬を勝たせるようにする治療の第一選択肢だと多くの馬外科医が考えている。

しかし、喉頭形成術は、さまざまな併発症の可能性がある手術なのだ。 

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この症例は呼吸障害が安楽死の判断のもとになったようだ。

その対処法として披裂軟骨切除は選択肢にならなかったのだろうか?

また、披裂軟骨炎による呼吸障害が問題なら、永続的気管切開で生きながらえさせることができる。

気管切開したまま種雄馬として飼養することもできたのではないか?

損害賠償額には種雄馬としての価値822万余円が含まれている。

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判決文には化膿を表現して「じゅくじゅく」と書いてあった。

「じゅくじゅく」などと表現するしかない者が、獣医療行為の是非を獣医学的に正しく判断できるのか?

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今回の「解説」記事には参考文献が示されている。その数21。

馬の喉頭形成術そのものについての文献は・・・2,3しか挙げられていない。

喉頭形成術を行おうとする馬外科医はその10倍以上の数の文献を読んで努力し勉強しているだろう。

喉頭形成術が文章で書かれているようにはいかないことも知っている。

裁判官や、「解説」を書いた方は、馬外科医なみに喉頭形成術について知識を得たのだろうか?

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以前に輓馬の喉頭形成術をやったこともあるし、この判決の後も数件の輓馬の喉頭片麻痺について相談された。

しかし、1頭も引き受けていない。

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Pc250386

 メリクリ!