70日齢になる子馬。
発熱し、元気がない。
両眼の前眼房にフィブリン凝集物ができてしまった。
血液検査で強炎症像がある。
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呼吸器症状はない、との稟告。
私が観ると、毛艶が悪く、痩せ気味で、腹部は膨満気味に見える、けど・・・・
両飛節が関節液増量しているが、跛行はない。
腹腔内膿瘍が疑われるので、腹部超音波検査。

腸管のように見えるが、蠕動がない。腸壁が不均一、内容が動かない。

腸内容にしては、液と粥状物のように見えない。塊状のものもある。

やはり腸管ではないのだろう。

見えていたのは、腸付属リンパ節の化膿だった。
中の膿はクリーム状。
腹腔内膿瘍というと、ひとつ、あるいはいくつかの塊を思い浮かべるが、あまりに数が多く、わりと大きさがそろっているので、腸管との区別が難しかった。
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飛節の関節液増量は、非細菌性免疫介在性の滑膜炎によるものだったのだろう。
重度の感染症や炎症性疾患では起こることがある。
全身性の炎症性サイトカインの暴走が局所でも症状を起こすのだろう。
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肺も超音波で診たが、はっきりした肺膿瘍は確認できなかった。
しかし・・・・

左肺の横隔膜面に径7cmの肺膿瘍。
この30年、超音波装置は画質が進歩し、値段が安いポータブル装置は獣医師が1人1台持ち歩けるようになった。
ロドコッカス肺膿瘍の検出にも成果をあげている。
丁寧に肺表面をスキャンすれば左右の肺の胸膜面のほとんどの部分(後葉)を描出できる。
しかし、胸膜面側表面に出ていないロドコッカス肺膿瘍は超音波画像診断装置USでは検出できない。
横隔膜面にだけある肺膿瘍も描出できない。
ロドELISAとの関係で言うなら、USで肺膿瘍を検出できなくても、このような症例ではELISAは”陽性”になるのが正しく、望ましいのだ。
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私は、30代の頃、死亡畜焼却場へ持ち込まれる子馬のほとんど全ては自分で解剖するようにしていた。
何の連絡も依頼もなかった子馬も、骨折の子馬も、突然死の子馬も、消化器病の子馬も、全部だ。
死因を確かめるだけでなく、必ず肋骨を切り、肺を取り出し、手で触ってみて、肺の内部にしこりや膿瘍がないか確認していた。
膿瘍があったら、他の部分の解剖が終わってから、写真を撮り、切開して細菌分離材料を採材し、大学へ記録とともに送っていた。
その結果は学術報告になっていて、91頭ということになっているが、実際に私が解剖したのはそれよりはるかに多い。
忙しい繁殖シーズンの最中に剖検し採材するのはたいへんだった。
解剖場へ走って行き、腰をかがめながら子馬を剖検し、写真を撮って、細菌分離材料を採材し、それらを持って降りてきて、冷蔵庫、冷凍庫へ入れ、まとまったら箱に詰めて送らなければならない。
昼休みや食事の時間を削らなければならないこともしばしばだった。
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子馬を解剖したら、肺は手で圧迫してみてしこりがないか確認する必要がある。
表面から観てもわからない内部の膿瘍やしこり(膿瘍痕)が見つかることがある。
膿瘍痕はいろいろで、結合織だけに置き換わっていたり、少量の乾燥した膿を含んでいたり、膿はまだクリーム状だったりする。
肺を丁寧に割を入れてもせいぜい1cmか2cmにスライスするだけだ。
それでは、小さい病巣を見逃すのだ。
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私はロドコッカスは敗血症性の病態は起こさないと考えている。
体のあちこちに膿瘍は作るが、脾臓、腎臓、肝臓、心臓など血流量が多い臓器からロドコッカスが分離されることはないと信じている。
私が解剖した子馬は、各臓器も採材したが、膿瘍以外からはロドコッカスは分離されていない。
膿瘍がある子馬を解剖しても、解剖の最初の方に膿瘍を切ってみたりせず、要領よく各臓器を外して採材してから、膿瘍や化膿巣を切開するようにしていたからだ。
剖検していて膿瘍があったらすぐ切開したくなる気持ちはわかるけど。
それから採材を頼まれた臓器を切ったのでは、採材した切片が汚染してしまう。
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剖検してロドコッカス感染の病巣を見つけた子馬の1/4は他の病気や事故で死んだ子馬だった。
それらの子馬は肺に膿瘍を持っている。
完全に披嚢されていて、肺膿瘍以外の部分は健康なピンク色をして、十分に含気している。
異常呼吸音もないだろうし、
咳もしないだろうし、
気管洗浄してもロドコッカスは分離できないかもしれない。
膿瘍が肺胸膜面にあれば、超音波画像診断装置で検出できるが、肺膿瘍が肺実質に埋もれていたり、横隔膜面だけにあったら超音波では診断できない。
肺膿瘍を持った子馬をロドELISA検査したら、その結果は陽性、つまりOD値0.3以上になるのが望ましい。
その子馬が、呼吸器症状がなく、丁寧に聴診しても異常呼吸音がなく、咳もせず、超音波検査で膿瘍が見つけられず、気管洗浄液も白血球を多く含んでおらずロドコッカスが分離されなくても、だ。
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多くの子馬を解剖していた年月、私は毎日、血液検査結果にも目を通していた。
炎症像の強さ、ロドコッカスELISA値もかなり記憶にあったので、
肺炎で死んだ子馬でなくても、
「この子馬は、肺膿瘍がありますよ」と予言して、ほらね。
ということがしばしばあった。
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ロドコッカス感染症子馬を早期に見つけるのも、
陳旧化膿瘍を持つ子馬を診断するのも、
悪化するか、それとも自力でロドコッカス感染を乗り越えていける子馬か判断するのも、
簡単なことではない。
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毎年、私が手を焼いているのはこいつ。
シラカバの若葉を食い荒らす。
良い防除方法はないものか・・・・