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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

早春賦

2008-02-29 | 呼吸器外科

  きのう午前中は2歳馬の脛骨外果の骨折。スクリューで固定しようと試みたが、良い位置にスクリュー孔をあけるのが難しい。靭帯を剥がして骨片を露出させて固定するくらいなら、摘出してしまった方が良いと判断した。

 午後、2歳馬の網嚢孔ヘルニア。壊死した空腸末端を切除して、空腸回腸吻合。

 夕方から、繁殖牝馬の小結腸穿孔による腹膜炎。

厳しいことは予測していたが、開腹してみると予想以上にひどかった。

それでも、損傷した小結腸を切除・吻合して、腹腔を徹底して洗浄した。

一度は麻酔覚醒して、術前のエンドトキシンショックも改善されたかに見えたが、徐々に状態は悪化し、5時間後覚醒で死亡した。夜中2時。

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 今日は軟口蓋背方変位 Dorsal Displacement of Soft Palate のTie forward 手術。併せて胸骨甲状筋付着部切除。

 午後は喉頭片麻痺の Tie back。併せて声嚢声帯切除 Ventriculocordectomy 。

 夜、難産。頭位下胎向。枠場で胎向を整復しながら引っ張り出した。

仔馬はまだ生きていた。

 続いて、難産。両前肢と両飛節が産道へ向いてきていた。頭はない。

両飛節から両球節を引っ張り出して、前肢を押し込み、尾位で引っ張り出した。

頭も湾曲した奇形。胎盤も同時に剥がれてきていた。仔馬が先に死んだので、そのまま押し出されて来て難産になったのだろう。

 ゆうべあまり寝ていないので眠たい、力が出ない。

 ぼちぼち春が来たようだ。

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抗生物質誘発性腸炎

2008-02-27 | 馬内科学

 馬に抗生物質を投与していると下痢を起こすことがある。ときには疝痛を伴うひどい腸炎になり、死亡することもある。抗生物質投与をやめると下痢もとまるような場合はいいが、下痢が慢性化し、どうしても止まらないこともある。

抗生物質によって、腸内細菌叢が乱されて悪玉菌が腸内で増えて腸炎がおこると考えられている。

 かつては、テトラサイクリン系の抗生物質が腸炎を起こすことが多く、馬には禁忌とされてきた。

最近では、ロドコッカス感染症の治療に用いられるリファンピン(人の結核用の抗生物質)やエリスロマイシンによる腸炎をよく聞く。

USAではリファンピンとエリスロマイシンの組み合わせはロドコッカス感染症の治療薬として推奨されていたが、日本ではエリスロマイシンは腸炎が多くて使えそうになかった。

 リファンピンによる腸炎はロシアンルーレットのようなもので、

「リファンピン使って下痢になったことなんかないですよ~」と豪語していた獣医さんが、次の年には

「リファンピン投与する仔馬がかたっぱしから下痢する。どうなったんだろう?」と頭を抱えていたりした。

 危ない抗生物質なので、まず1錠やってみましょう。と1カプセル投与したら疝痛と下痢を起こして死んでしまったという仔馬もいた。

結局リファンピンは、菌分離によりロドコッカス感染症と確定診断されて、副作用の可能性より、治療費が安くすむとか治療に成功する可能性が高いというメリットの方が大きいと判断した時だけ、畜主と相談の上で使うべきだろう。

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 セフェム系の抗生物質も投与量によっては抗生物質誘発性腸炎を起こすことがあるようだ。

セファロチンとかセファゾリンなどは、血中濃度の維持が悪くて、本来点滴投与したい抗生物質だ。いたずらに投与量を増やすより、投与回数・方法を考え直した方がいいかもしれない。

セフチオフル(エクセネル)はセフェム系にしては1日1回投与でいい抗生物質だ。これも私たちは成馬で1日1gで使うことが多い。

効く時はその投与量で効くと考えているし、投与量を増やすと腸炎の危険が増すだろうと思う。

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 アンピシリンを成馬に使うのを躊躇する人もいるが、私たちは3g1日2回投与では腸炎は経験していない。しかし、食欲が落ちた馬はいたので、骨折などのストレスがかかっている馬や、種馬などでは気をつけた方がいいだろう。

海外の教科書には6-9gを1日3回などという投与量が載っていたりするが、海外の馬は抗生物質に対する感受性も腸炎の危険性も日本とは違うようだ。

海外の教科書から情報を得るのは大事なことだが、抗生物質の投与量だけは鵜呑みにするのは止めた方が良いと思う。

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 馬は基本的には、ペニシリン系もセフェム系も経口投与では吸収しないとされている。

セフェム系抗生物質を経口投与して腸炎を引き起こした馬もいた。

効果がない治療で死んだのでは馬も浮かばれない。

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 有名な種雄馬が日本で故障して、海外から獣医師が診察に来て、この抗生物質をこれだけの量投与してくれ。と指示したそうだ。

「日本ではそんな投与量は必要ないし、危険だ」と説得して指示に従わなかった獣医さんがいたが、正解だったろうと思う。

海外の獣医師の指示通り投与して腸炎を起こして死にかけた種雄馬もいた。

日本の馬がどうして抗生物質に弱いのかはわからない。

しかし、シャトルで日本に来ている馬も抗生物質に弱いとすると、その馬固有の細菌叢の感受性の問題ではないのかもしれない。

ミネラルが少ない飲み水のせいか、草の種類のためか、あるいは・・・・・・

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ブログ2周年

2008-02-26 | How to 馬医者修行

 2006年2月26日に始めたこのブログ。

無事?2周年となりました。

読んでくれている皆さん、コメントをくれた方々、ありがとうございます。

馬の臨床というマイナーな分野をテーマにしたブログですが、ぼちぼち続けていきたいと思います。

  2年間のアクセス数 406,556

  2年間の記事数 543

  2年間のコメント数 2,449

でございます。

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今日は飛節の離断性骨軟骨症 OCD の関節鏡手術の予定だったが、1歳馬の疝痛が急患で来たので予定変更。

その後の喉の内視鏡検査もずいぶん待たせてしまった。申し訳ない。

そんなこんなで寄生虫駆除をテーマにした講習会には誰も行けずじまい。

 今日から某B 調教T 施設C の先生が研修に来られた。

今年は、このあと大阪の乗馬施設の先生と、福島の調教施設の先生と、関東の競馬場の先生と、某競馬開催団体の先生が研修に来られることになっている。

研修に来られる先生方から私たちも学びたいと思っている。

職場内でも、団体内でも研修の機会を作りたいと思っている。

進歩が必要だ。

前へ!

 


ロドコッカス感染症は減ったか?

2008-02-24 | 感染症

P7190001 P7190002 久しぶりに雪が降った。

トラクターも出して除雪したが、もう雪の下の地面が凍っていないので、土を掘ってしまう。

たいした量でもないし、すぐに融けそうなのでほどほどで止めた。

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 先日の会議で、家畜保健所に昨年13頭のロドコッカス Rhodococcus equi 肺炎で死亡した仔馬が搬入されたと聞いて驚いた。

診療センターの検査室での血液検査、気管洗浄液からの菌分離、解剖場へ搬入される仔馬、いずれをとってもロドコッカス感染症による死亡仔馬は減ったと考えていたので驚いた。

血液検査をして早期診断に努め、細菌分離して確定診断に努め、早期治療で治療に成功している牧場と、

発見が遅れ、感染子馬が撒き散らすロドコッカス強毒株に汚染され、それでも治療費をかけたくないので放置している牧場とでは、すっかり感染率も、発症率も、死亡率もちがってしまっているのかもしれない。

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 ロドコッカス感染子馬は、痰や糞便で多量の病原性ロドコッカスを撒き散らす。

隔離したり、治療したりしないで放っておくと、直接ほかの仔馬に感染するし、厩舎やパドックが汚染されて後から生まれてくる仔馬の感染源になる。

去年、肺炎で具合の悪い仔馬を放していたパドックは、今年生まれた子馬を初めて外にだすパドックではないですか?

それは、ロドコッカスで汚れたところへ、感染しやすい生まれて1ヶ月以内の仔馬を入れて、わざわざ感染させているようなものです。

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 ロドコッカス感染仔馬を減らしたかったら、感染子馬を早く見つけて、早く治療して、牧場からこの菌を減らすしかありません。

治療費をかけたくなくて放っておくと、ほとんどの仔馬が感染し、そのうち何頭も死ぬようになります。

異常の早期発見のために血液検査を用いるなら、以前は使えなかった炎症マーカーSAAが以前使ったフィブリノーゲンやαグロブリンより鋭敏なので、以前より効率よく感染子馬を発見できるはずです。

 


n=1

2008-02-23 | 学会

 臨床獣医学の学会では、研究発表として症例報告が行われることがある。

しかし、条件を整えた実験結果や、大規模な調査の発表に比べて、症例報告の学術的価値は低く扱われる。

症例を扱う場合は、症例数 n がその価値に関わってくる。

とくに一つの症例だけの報告 n=1 は、「1例報告だから」と言われてしまうこともある。

1例報告は、好結果が出ようが、残念な結果に終わろうが、たまたまそうなった。偶然そうだった。という面がついて回るので、報告された事象を評価しにくいのだ。

 ただ、臨床獣医学にとって、症例はまさに実践であり、目的である。

スポーツで、「試合ほどすぐれた練習はない」と言われるように、症例から学ばなくては臨床の進歩はない。

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 昨年のAAEPの講演・発表のDVDを3枚ほど買った。

http://www.verandatapes.com/category.cfm?Category=91

1枚はDr.Dean W. Richardson による Lessons from Barbaro と題した特別講演。

獣医師向けの講演なので、Dr.Richardson 自身も断っているように、今までマスコミには流されなかった手術部位の写真などもあるし、整形外科学的な検討もされている。

発表されていたx線写真だけから想像していたよりひどい骨折と損傷だった。

蹄葉炎も想像していたよりひどかった。

そして、報道で聞いていた以上に積極果敢な治療が行われていた。

 手術やキャスト交換のたびに安全な麻酔覚醒のために使われたプール。

内固定に使われたロッキングコンプレッションプレート、5.5mm皮質骨スクリュー。

関節固定術につかわれたBone saw と関節内のドリリング。

自家海綿骨移植、抗生物質入りのペースト。

蹄葉炎の予防と治療のための特殊な蹄処置、蹄葉炎になってからの積極的な蹄壁の切除。

 私たちが準備もしていないものばかり。

しかし、別な世界の話ではない。

同じ馬の臨床分野での話なのだ。

私たちも学ばなければならない。Lessons from Barbaro.                            

USA、いや世界中が注目した1症例。 

n=1だが、Lesson は複数形だ。

Cap051