馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

最悪の蹄葉炎 sinker

2009-10-31 | 蹄病学

蹄葉とは、蹄骨を蹄壁に貼り付けている組織。

馬の体重は蹄骨にかかるが、蹄骨の裏側が体重を支えているわけではない。

蹄骨が蹄壁にしっかり貼り付けられているために、体重は蹄壁を経て、蹄全体で受け止められている。

(馬に蹄鉄を履かせると、荷重はほとんど蹄鉄つまり蹄壁下面だけで受け止められる)Pa250024

 しかし、蹄葉がその機能を果たさなくなると、蹄骨は蹄壁から剥がされてしまう。

蹄骨は深屈腱で引っ張られているので、蹄骨の前側が落ちるように蹄の中で回転する。

これがローテーション。

(右・右下;図はAdams' Lameness in Horseより)

これは、反回時に、蹄壁を蹄骨から剥がそうとする力が、蹄尖部に一番かかるためでもある。

 ところが、蹄壁の蹄尖部だけでなく蹄壁側面も含めて蹄葉が破壊されると、蹄骨はローテーションをおこさず、蹄の中で、荷重がかかるままに沈み込んでしまう。Pa250022

これが、sinker シンカー(沈下型)と呼ばれる蹄葉炎だ。

蹄壁の厚さは18mm以下のはずなのだそうだ。

平均で14.6mm。

他には蹄冠部から蹄骨の伸筋突起の距離を測る方法もある。

馬ごとの蹄のサイズの違いを補正するために、他の計測部位との比率で判定する方法も報告されている。

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  計測してみた。

あまりに蹄が痛くて挙げられない肢もあったし、

台の上にうまく蹄を置けない。

カセットが蹄と離れているので、拡大されて写っている。

12 左後肢が一番痛いようだった。

で、右後肢は台を踏ませることができなかった。

どの蹄もローテーションはほとんどないが、

蹄冠部が陥凹しているのがx線画像でもわかる。

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Lfrf 左右前肢蹄の外貌。

蹄冠部を観察するために毛刈りした。

最初は背中を丸めて集合姿勢だったそうだ。

後肢の蹄の方が痛かったのだろう。

前肢蹄が痛いと前肢を前に置いて後肢に体重をかけようとするはずだ。

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Lhrh 後肢蹄。

蹄冠部は破れて出血している。

蹄骨が沈んで行くので裂けてしまったのだろう。

痛み止めを投与していたが、一歩も動けなかった。

痛みの表現で「生爪を剥がす」というが、

まさにそれなのだろう。

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蹄葉炎の治療・蹄管理で、ローテーションを抑える方法はいくつかある。

・蹄尖部を過削する。

・ヒールアップする。

・反回を助けるレールシュー。

・蹄踵部で負重できるようにエッグバーシューやリバースシュー。

・深屈腱切断手術。

しかし、蹄葉のどの部分も蹄骨を蹄壁に着けていられなくなったシンカー型蹄葉炎にできることはほとんどない。

強いてあげれば蹄底で蹄骨を支えるためのアドバンスドクッションサポートやスタイロフォームの利用だろうか。

それも四肢の脱蹄が始まっているのでは効果がないだろう。

安楽死が人道的な処置である病態もある。


仙腸関節脱臼との遭遇

2009-10-30 | その他外科

Pa260017 腕節の剥離骨折で手術に来た競走馬。

これは馬の腰を右前、肩のあたりから観た写真。

良く観ると右の腰の一番高いところが出っ張っている。

触ると背線より右の腸骨の仙結節が突出しているのがわかる。

過去に、右の仙腸靭帯を伸ばしてしまったのだろう。

「この馬、腰が悪かったことなかったですか?」と訊ねると、

「いや、腰悪かったのさ」と厩務員さん。

「左の腰が悪いって言われたんだけどね」

「?」

どちらの後肢とも言えない様な後躯の不調だったのではないだろうか。

仙腸靭帯を伸ばしてしまっている、つまり仙腸関節脱臼の馬は、気をつけてみていると結構いる。

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Pa020800 こちらは別な馬の解剖体。

仙腸関節脱臼の馬ではない。

(クリックすると大きくなりますが、見慣れている獣医さんだけどうぞ)

骨盤を腹側から見ている。

仙椎は外してある。

左右の腸骨に仙腸関節があるが、きれいに外せているのは向かって左、つまり馬の右の仙腸関節。

関節というより非常に頑丈に靭帯で張り付いている(いた)。

左の仙腸関節は外そうとしたら仙椎横突起の一部が剥がれるように割れてしまった。

こんな丈夫な結合だが、傷めて伸びてしまったり、外れてしまうことがあるのだ。

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興味があって、以前の記事を読んでいない方は以前の記事もどうぞ。


大動物臨床獣医師の仕事と生きる喜び

2009-10-29 | How to 馬医者修行

北(海道)大に呼ばれて、獣医学部2年生から5年生までを対象に、生産地での馬の診療の実際と獣医師としての生きる喜び!?について話して来た。

自分の仕事を紹介することは、1分でも、5分でも、1時間でも、4時間でも、それなりにできなければならないのだろうけど、

要領よく自分の仕事を紹介し、生きる喜びについて簡単に話すのは私にはなかなか難しい。

映画館のような立派な講堂の主に後の方に座った学生さん達。

80人も居なかったように思う。

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他の2名の先生の講演も聞かせていただいた。

これは私にとってはたいへん楽しく、有意義だった。

女性獣医師として働き、寿退職されたが、いずれまた復職したいという若い先生の話。

東北で30年、牛の臨床を続けてこられたベテランの先生の話。

山形の大動物臨床のレベルが高いことは聞いていたが、このような先生が牽引し、支えてこられたのだなとわかった。

チームで楽しくやりがいを感じながら働いておられる様子がうかがえて感心した。

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札幌へ行く道、高速道路から見える木々が色づいていて綺麗だった。
あいにくの天気だったが、柏の赤茶色、柳や白樺の黄色、楓の赤、カラマツの黄金、そしてそして・・・
大学の構内もすっかり秋の風情で、まあこんな一日もたまには良いや。
と日記には書いておこう(笑)。
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第3中手・足骨骨幹完全骨折の外科治療 3

2009-10-28 | 整形外科

第3中手・足骨骨幹完全骨折の外科治療のつづき。

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考察の一段落。

緊急処置の最も重要な点は、解剖学的に正常な位置に折れた肢を固定すること、馬を落ち着かせること、そして骨と軟部組織への損傷を最小限に抑えることである。

この調査のほとんどの症例は、来院時には軟部組織に中程度から重度の腫脹があった。

McClureの研究(1998)と同様に72%の症例はギプスなどの外固定が施されていたが、約50%の症例では肢の固定は不適切なものであった。

軟部組織が傷ついていないことが骨折治癒に重要であり、第3中手・足骨骨幹の完全骨折では、不適切な応急処置をすると輸送中にさらに軟部組織を傷つけてしまうことは広く知られている。

症例数の少なさと、骨折のタイプ分けや骨折治療の技術のような、混入してくる他の要因のために、結果と、応急処置あるいは軟部組織の腫脹の間に明瞭な関係が認められなかったのかもしれない。

しかし、今回の研究の症例では、高いパーセンテージでお粗末(poor)な応急処置が行われていた懸念がある。

第3中手・足骨の骨折は比較的不動化が容易である。

もっと努力して、骨折症例を二次診療機関へ依頼するときの応急処置の質を改善する必要がある。

                          

このレポートの一覧表では、21症例のうち、応急処置について、記録なしが1、不適切が10、適切が6、完璧(excellent)が4、となっている。

逆にみれば、2割の症例が完璧な応急処置をして運ばれてきたことはスイスの馬獣医師のレベルの高さを物語っていると思う。

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Radial_fx 左は仔馬の橈骨骨折。

それも近位部なのでキャスト(ギプス)や副木でうまく応急処置するのは難しい。

この仔馬は、鎮静剤を投与して板の上に寝かせ、人が押さえつけたまま運ばれてきた。

それでも骨の端が皮膚の一部を傷つけていた。

プレートを2枚使った内固定手術をして助けることができ、

競走馬になって何勝もした。

肢をブラブラさせたまま歩かせて来たら、骨が皮膚から飛び出し、汚染して助けられなかったかもしれない。

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このブログにも骨折の応急処置について何度か書いてきた。

骨折馬のキャスト

整形外科的緊急時の肢の応急固定

Robert Jones Bandage

参考にしていただければと思う。

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来年、12月にペンシルバニア大学のDr.Richardson先生に来てもらい、馬の骨折について講演、実習してもらう予定になっている。

馬の骨折をどこまで治せるのか、話していただけるだろうと今から楽しみにしている。

そして、治せるかどうかは馬整形外科医だけでなく、応急処置の優劣にもかかっているのだ。

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第3中手・中足骨骨幹完全骨折の外科治療 2

2009-10-27 | 整形外科

「第3中手・足骨完全骨幹骨折の外科治療」のつづき

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20歳!のウォームブラッド種(症例4)の第3中手骨のタイプⅡ開放横骨折は、3.5mmの圧迫スクリューとブロードDCPとブロードLC-DCPと24本の皮質骨スクリュー(5.5mmと4.5mm)で固定された。

この馬は治療に反応しないインプラントの感染により、手術から2ヶ月後安楽死しなければならなかった。

しかし、骨折部位に贅骨形成の徴候はない。

つまり、整復固定は見事にうまく行っているということだ。

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Pa260022 9歳のポニー(症例1)の第3中手骨骨幹の粉砕骨折は、複数の圧迫スクリューと、背側に当てられた11孔のナローDCPと、4.5mm皮質骨スクリューで修復された。

横断固定キャストを5週間にわたって装着した。

6週間後にはこのポニーは外固定なしで、楽に負重することができた。

近位種子骨の肉芽様の外観と、第3中手骨と第1指骨近位の骨量減少に注意。

ポニーとは言え、粉砕骨折が治せるのだ。

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Pa260023 10歳のアイスランド種(症例2)の、第3中手骨の非開放性骨幹部斜骨折は、4.5mmナローDCPとDCSプレートで修復された。

手術3ヵ月後、骨折線はまだはっきり見える。

インプラントの除去後(13ヵ月後)のx線画像では、完全な骨折治癒が認められる。

背側プレートの、最も遠位の2本のスクリューは破損し、完全な除去はできなかった。

ほぼ完璧な骨癒合と思われる。折れたスクリューが抜けなかったことなど問題ではないだろう!

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Pa260024 2ヶ月齢のウォームブラッド種(症例17)の第3中手骨のタイプⅡ開放バタフライ骨折は、2枚の3.5mmブロードDCP(獣医用)で修復された。

感染のため骨癒合は遅れ、腐骨形成と骨髄炎がある。

感染は、抗生物質によるフラッシュの繰り返しと、リージョナルリムパーヒュージョン regional limb perfusion により成功裡に管理できた。

プレートは手術6ヶ月後に除去され、仔馬は完全に回復した。

すばらしいっ!

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考察の最後の一文。

In conclusion, complete diaphyseal McⅢ/MtⅢ fractures in horses can be repaired successfully using internal fixation techniques with plates and screws.

結論として、馬の第3中手・足骨骨幹の完全骨折は、プレートとスクリューを用いた内固定により成功裡に修復することができる。

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しかし、もうひとつ重要なことがある。

(つづく)