馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

Barbaro JAVMAの記事から

2008-03-31 | 整形外科

以前にも書いたが、Barbaroを治療したDr.RichardsonがAAEPで講演した。アメリカ獣医師会雑誌にその講演についての記事がニュースとして載っている。以下、その内容。

Barbaroの主治医が有名競走馬の治療の日々を振り返って

数ヶ月にわたってメディアの嵐の中心にいた馬外科医

 Dr.Dean Richardsonは彼自身の告白によれば大動物の手術ほど公衆の面前で話すのは得意ではない。しかし運命により、Dr.Richardsonは過熱したメディアの中心へ数ヶ月にわたって無理やり押し出された。Barbaroは2006年のケンタッキーダービーで劇的な勝利をあげた馬であり、悲劇的な骨折を起こし、そしてその死は国中の注目を浴びた。

 Barbaroが安楽死されてから1年近くが経った2007年12月1日、Dr.RichardsonはオーランドでのAAEP(アメリカ馬臨床獣医師協会)の第53回年次大会でBarbaroの治療から学んだことについて講演した。
「この症例を治療できる機会を与えられたことさえもが非常に名誉なことでした」と聴衆に述べた。

 2006年5月のプリークネスステークスの出走直後、Barbaroは右中足骨の外顆を骨折した。第一趾骨は20以上の骨片に粉砕し、種子骨間靭帯も裂けてしまった。応急固定が施され、ボルチモアからペンシルヴァニア大学New Bolton Centerへ搬送された。Dr.RichardsonはそこのGerge D.Widener病院の外科のチーフである。

「少なくとも、重症かつ難しい骨折でした」Dr.Richardsonは振り返った。
「骨折の状態から言って・・・・いくつかの方法、例えばキャスト固定や骨にピンを入れた外固定を適用することは問題外だと考えました。」
Dr.Richardsonは27本のスクリューと金属製ロッキングコンプレッションプレートを粉砕した肢に装着し、キャストも併用した。
 
 Barbaroの命を救おうとする中で、Dr.Richardsonは彼自身が報道官としては適任ではないことに気づいた。彼のチームがBarbaroをどのように治療し、生存のチャンスがどれだけあるかだけをできるだけシンプルにメディアに説明した。これらのメディアへの発言の主な目的は馬と人の医療がどれほど異なっているかだった――多くの人、人の医師もがしばしば忘れがちな点で、彼らは人の医師はその骨折をどのように治療するべきかもっと知っていると思っている。
 
 振り返ってみれば、手術はこの経験の中で最も単純な部分であったとDr.Richardsonは言う。
「それは私がさんざんやってきたことであり、私が最も得意とすることです。準備していなかったのは・・・・・報道への対応でした。」そして聴衆にNew Bolton Centerでの立ち見での報道会見の写真を見せた。

「皆さんが多くのリポーターに話す心積もりがあるかどうかわかりません。私は事実だけを伝え、ありのままを話し、シンプルにポイントだけを述べることを意識しました。」とDr.Richardsonは説明した。

 Barbaroを治療した8ヶ月間、Dr.Richardsonは顕微鏡の下ですごさなければならなかった。治療上のすべての決定は審査され、獣医師や多くの人の二次的な意見が述べられた。
「術後のX線画像は世界中に公開されました。香港、イタリア、その他の各地から電話がかかってきて、それはかなりたじろがさせられるものでした。」
 
 Barbaroは手術後6週間は順調に回復した。術創は感染もなく、通常量のフェニルブタゾンにより痛みもなく患肢で立つこともできた。覚醒起立用のプールでの様子も良好だった。良くわかっていながらも、Dr.RichardsonもBarbaroの生存の可能性について希望を抱くことをとめられなかった。
「最初の8週間は問題は表面化しないことを良くわかっていました。長年の経験から知っていたのです。そのことをメディアにできる限り強調して説明しました。しかし、人の子なら期待もしたくなります。私もそうでした。Barbaroの状態はこの時点ではたいへん良好だったのです。」

 7月初旬、Barbaroは患肢をかばい始めた。内固定は不安定さを見せ始めていた。そして、曲がったスクリューを入れ直す決断がなされた。振り返れば、この選択が最終的にBarbaroの死につながったとDr.Richardsonは信じている。
「症例の良くない結果につながった時点を求めるなら、おそらくこの時でした。」とDr.Richardsonは言う。
 
 この時点までは術部は健全だったとDr.Richardsonは説明した。しかし、2回目の手術の後、感染が起こり、その部分をきれいにし、関節を治す3回目の手術が必要になった。Barbaroの具合が悪くなったその日をDr.Richardsonは覚えている。安全に覚醒起立用のプールへ入れたが、麻酔から醒めて歩くのは困難だった。Barbaroはいつもはすばやく覚醒したが、その日は違っていた。
「その日は非常に長く、憂鬱な日でした。この時点でたいへんな問題を抱えていることがはっきりわかっていたからです。」とDr.Richardsonは振り返った。

 その後すぐ、Barbaroの左後肢に問題が起きた。蹄葉炎であることが判明した。Dr.Richardsonは蹄が失われていることを知って、BarbaroのオーナーであるRoyそしてGretchen Jacksonと率直な話合いを持った。

 「状況は非常に悪く、あらゆる意味において悲劇的で、できることは何もないことを話しました。」Dr.Richardsonは努力を止めるべき時であることを示唆した。
「正直に言って、誰も安楽死の決断をできなかったのです。私たちはBarbaroの馬房の前に立っていて、Barbaroはそんなことはおかまいなしの様子に見えました。私達は皆、見解を述べ、そしてBarbaroが最後に意見を述べたのです。私達は治療を続けることを決めました。」
 治療継続の決定を受けて、Dr.Richardsonは感染した肢の蹄壁を切除した。「心に留めておいて下さい。左後肢を治療している間も、右後肢は正常という症例とは違うのです。」

 Dr.Richardsonは2006年の8月のヴィデオを見せた。蹄壁切除の手術から約4週間後のもので、Barbaroは短い距離を歩いて草を食べた。秋の間、そうすることができた。「Barbaroは本当に幸せな馬でした。この時点では間違いなく治療を止めなければならない理由などありませんでした。」
 最初の事故による骨折は良好に治癒し、キャストがついにはずされた。Barbaroは1ヶ月以上の間、患肢に完全に体重をかけることができた。しかし、ひどい蹄底膿瘍が右後肢に起こり、Barbaroの好調さは徐々に失われた。さらに悪いことには左の蹄はさらに崩壊し、両前肢も蹄葉炎を起こした。Barbaroを安楽死させる厳しい決断の時だった。
 Dr.Richardsonは、彼は何度も訊ねられたと言う。なぜ続けたのか? 馬房に1頭で閉じ込められている間も、Barbaroはほとんどの時間を楽しくすごした。Barbaroにはセンターで第一胃切開を受けた乳牛Mochaのような友達がいた。Barbaroは注意深く見守られ看護された。Mrs.JacksonはBarbaroに毎日新鮮な青草を運んだ。

 さて、Dr.RichardsonがBarbaroとの時間から学んだことは何だったのだろう? ひとつは、馬の臨床についてなにも知らない人たちは、彼らがBarbaroを救えると考えたことだ。Dr.Richardsonが受けた数え切れないほどの示唆の多くは奇妙なものだった。例えばヨルダン川のようないろいろな聖地の水を飲ませることや、大西洋の水に肢を浸すとことの勧めもあった。Dr.Richardsonは19世紀の医学書やJames Herriotの本のページを同封した手紙も受け取った。

 これらのことからDr.Richardsonは馬の獣医師の治療は他の医療とは違うことをどれだけ強調してもしすぎることはないことを思い知らされた。

 しかし、全てが批判されるべきものではなかった。Dr.Richardsonは人々が非常に情け深く成れることも知った。何千ドルもがBarbaro基金に寄付された。New Bolton Centerを取り巻くフェンスには快復を願うポスターが貼られ、Barbaroのためにはニンジンの籠が届けられ、スタッフにも御馳走が毎日送られてきた。「あふれるほどのお見舞いは驚異的でした。」Dr.Richardsonは言った。「それは本当に、本当に驚くべきことでした。ほとんどの人は馬の所有者ではありませんでした。」

R.Scott Nolen


牛白血病 対策が必要だ!

2008-03-25 | 牛、ウシ、丑

P3190007 ある日の血液検査の塗沫標本。

白血球数が明らかに多いのがわかる。

(獣医師以外のひとへ ; 血液の一滴をスライドグラスに塗って、染色液で染めます。血液中の細胞が染まって、顕微鏡で見て分類します。核がないのが赤血球。紺色に染まる核を持っているのが白血球です。白血球はリンパ系の細胞と骨髄系の細胞に分けられます。骨髄系の細胞の代表、好中球の成熟度や、リンパ球との比率などにより、感染症の程度などを推測することができます。)

P3190008 さらに顕微鏡の倍率をあげると・・・・・・

白血球の中で多いのはリンパ球であるのがわかる。

核が丸く、ベターと染まっていて、細胞質は青っぽい。

しかし、そのリンパ球はおかしい。

普通のリンパ球より大きく、形、質感とも不ぞろいで・・・・・・・

腫瘍細胞化している。

牛白血病だ。

                               -

 成牛型の牛白血病はウィルス性疾患であることが知られている。

感染したからといってすぐに発病するわけではなく、感染牛のごく一部が発病してリンパ節が腫れ上がり、末梢血に異常なリンパ球が増える。

牛白血病を減らすためには、牛白血病ウィルスに感染しないようにするしかない。

そのためには、牛白血病に感染した牛を処分すること。感染牛からの感染を防ぐこと。

 感染しているかどうかは、抗体検査で調べることができる。しかし、牛白血病ウィルスに感染しているというだけでは家畜共済の廃用にはならない。

だからといって感染牛を放置し、なんの対策もしないでいると、感染牛から吸血昆虫や、消毒しない注射器を使い回しする獣医師や(怒!)、直腸検査手袋などでも他の牛に感染が広がるとされている。

                              -

 国によっては、国をあげて牛白血病対策をして、牛白血病フリー宣言をしている国もある。

日本は届出伝染病に指定されているだけで、清浄化を目指した対策は採られていない。

                      しかし!

放置して、牛群の何割もが感染牛になってしまったら、もう淘汰などできないだろう。

 もちろん、検査して、感染牛がわかってもその牛を転売してはいけない。

牛を買って来る時は、牛白血病に感染していないことを確かめるべきだろう。

しかし、牛の流通で牛白血病をチェックする仕組みも作られていない。

 牛白血病への対策が、農場、地域、都道府県、国レベルで必要だと思うのだが、いかが?

                             -

 最近は、道外から牛を導入することも増えているのだが、そのことが牛白血病を増やしているという懸念もある。http://news.kogenta.ciao.jp/?eid=615291

牛を売る側の責任はないのか?!

牛を買う方は当然、注意しなければいけないだろう。

                            -

                            -

あとは雑談、雑学。

白血病というのは、本当は骨髄で血液系の腫瘍細胞が増える病気を呼ぶ。

そういう点では牛白血病は、リンパ節で腫瘍細胞が増えているので、厳密な白血病の定義には当てはまらない。

牛白血病は、本来はウィルス性牛リンパ肉腫とでも呼ぶべきだ。と思うのは私だけか?

                             -

牛白血病は腫瘍を引き起こすスローウィルス病(感染して何年もかけて病気をつくるウィルスによる病気)なのだが、ウィルスだけでなく他にも腫瘍を引き起こすことがわかっている物がある。

蕨;ワラビもそのひとつ。

大量に食べると牛は膀胱腫瘍になりやすくなる。

遺伝子を傷つけて腫瘍化を引き起こすのだろうから、そんな物を好んで食べない方が良いと思っている。

うまいんだけどね。

山菜も一年に一度、季節を味わうだけにしておいた方がいいのかもしれない。

P3220011


馬外科医修行

2008-03-24 | How to 馬医者修行

Ca360083 日曜日の午後、診療がなかったので、スクリュー固定の練習。Ca360085

4.5mmのドリル穿孔。

3.2mmのドリル穿孔。

カウンターシンク。

デプスゲージ。

タッピング。

スクリュー挿入。

これが最も基本的なスクリュー固定、ラグスクリュー(圧迫スクリュー)法。

人がやっていると手順も、スクリュー位置もわかるが、自分でやってみると難しい。

 Ca360084                            -

  こちらでは下肢の神経走行の確認中。

神経ブロックや掌側指神経切断のために、神経走行を把握しておく必要がある。

            -

昔に比べれば、器具も施設も整った。

馬獣医学分野の教科書や文献そしてインターネットからの情報も得やすくなった。

しかし、勉強したり、練習する暇な時間は少なくなったかもしれない。

昔は、誰もできる人がいなかったので、本で調べて、練習してやってみるしかなかった。

今は、かえって症例で経験を積みにくくなっている。

やはり、自分で勉強して、練習して、経験を積んでいくという本質は変わっていない。

                                                                    -

P3240013_4 3月は妙に暖かかった。

今日は寒かった。


IT環境

2008-03-23 | How to 馬医者修行

P7250024 ブログを書いているIT環境。

いちおうADSLです。

無線LANでつながれたノートパソコンです。

ソファーで子どもが寝ていると・・・・・こうなります。

こどもが寝静まった後は、暗闇の中で・・・・・

大丈夫。ブラインドタッチできますから(笑)。

            -

ブラインドタッチができるかどうかは、たいへん大きな境目です。

パソコンで文章を打つのはたいへんなようですが、ブラインドタッチなら紙に字を書くより早く打てます。

                                                                -

P3190014 tubed foal


整形外科的緊急時の応急固定の寓話

2008-03-21 | 整形外科

整形外科的緊急時の肢の応急固定。堅いな~。しかし、これに関して思い出話を書いておこう。

獣医師の数が多い診療所では他の獣医師の話からも学ぶことができる。

もちろん文献や成書から学ぶのとは、客観性や正確度が違うが、同じ環境での症例についての話は非常に参考になる。

ANECDOTE ;逸話、逸事、秘史、秘話、things unpublished (記載されていない事象)、も臨床家にとって貴重なものだ。

                              -

 仔馬の橈骨骨折の症例が運ばれてきた時は、仔馬は立てないように押さえつけられて来た。

橈骨近位の骨折だったので、これは正解だったかもしれない。

もし、正しく応急処置しようとすればフルリムキャストを巻いて、肢が外へ開いてしまわないように肩まで添え木を伸ばす必要がある。

そんなものを用意しているよりは、押さえつけて手術できる所へ運んだのが助かった要因の一つだろう。

                              -

 種雄馬の第一指骨骨折は、蹄尖まで覆う正しいハーフリムキャストをして、発症翌日来院した。

気性の激しい種雄馬で、正しくキャストを巻くのは簡単ではなかったはずだ。

骨折は第一指骨のほぼ全長にわたっていた。

完全に割れてしまっていたら・・・・・予後不良だったかもしれない。

                              -

 仔馬の第一指骨の近位成長板損傷の離開はキャストをして来院したが、発症から数日経っていた。

オーナーが手術するかどうかの決断に数日かかった。

結局、馬の症状を見ていて手術するしかないと決断したようだった。

プレートで固定する手術をしたが、結局、感染して駄目になった。

手術したときにはキャスト擦れで皮膚が破れて化膿していた。それは手術後の感染の元になっただろう。

発症して、すぐに手術していたらと残念だった。

                             -

 脛骨近位の成長板離開の連絡を、休日に出かけた先でもらった。

翌日に手術することにして、その日帰ってきてからT字プレートや器具を用意した。

成長板離開は over ride (騎乗;骨折部が筋肉の収縮で縮んで短くなってしまうこと)しないで済むことが多いが、脛骨近位の成長板離開でも周囲の損傷がひどくなる前に早く手術することが望ましいと成書にも記載されている。

                             -

 今まで、何頭も上腕骨骨折や大腿骨骨折を診てきた。

予後不良と判断して安楽死しても、できるだけ解剖場で骨折部位を確認して、治療するとしたらどのような内固定ができたか確かめるようにしている。

しかし、発症から時間が経っている例では、骨折した肢で馬をぶら下げても騎乗を整復できないことがある。

上腕骨や大腿骨を取り巻く筋肉の収縮はそれほど強い。

そして、上腕骨や大腿骨の骨折を有効に固定できる応急処置はない。

発症からできるだけ早く、騎乗変位しないうちに、X線検査と手術ができる施設へ運ぶしかない。

ひどく変位していなければ、治療できる可能性があるかもしれない。

                            -

 たいていのひどい骨折は、牧場も診た獣医師もあきらめてしまう。

そして、応急処置もされずに運ばれてくることが多い。

「駄目だと思うんだけど、一応持っていかせるから・・・・」

馬が骨折したようだと連絡を受けたら、x線撮影と必要な応急処置をできる用意をして駆けつけるようにすれば、助けられる馬も増えるだろうと思う。

                            -

                            -

P3200015 tubed foal.