馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

救急外傷の診察の進め方 「整形外科基本手技」から

2023-11-30 | How to 馬医者修行

イラスト図解・整形外科基本手技

現在のヒト整形外科でどのような手技が行われているか、知るためには良い本だ。

その第一章、診断スキル。

病歴聴取に始まって、脊椎、肩、肘・前腕、手、股関節、膝関節、下腿・足、神経学的所見、

と部位ごとに解説されている。

その最期が、「救急外傷の診察の進め方」となっていて、実践的で面白い。

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まず、患者到着までの準備。

その最初が・・・・

「自分は外傷医であると心がまえする」

・自分の力量、病院の規模や施設、緊急手術対応可能か判断する。

・手順をふんだ診療を心がけ、早期に高次病院へ転送する。

となっている。

これは面白い。

笑っちゃいけないんだろうけど。

そして、現実だし、大事なことだ。

急患来ます!とか、重傷来ます!!とか言われたときに、

まず落ちついて、頭の中で整理して、そして判断すること。

うん、だいじ。

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②は「あらかじめ患者を迎える準備をする」

・standard precaution まず自分の身を守る

・外傷患者は血液や体液が付着している。自分が感染しないように十分注意する。

・忘れないように頭から揃える。帽子、ゴーグル、マスク、ガウン、グローブ、ブーツ。

・救急カート。加温した輸液(リンゲル液・生食)、酸素、マスク、モニターにエコーの準備、X線の手配もしておく。

これは自分と同種の動物を治療するヒト医師には特に重要。

HIV(ヒト後天性免疫不全症候群)や肝炎はもちろんだが、

インフルやコロナもある。

とりあえず、大動物臨床獣医師は人獣共通感染症を特別には警戒していないかも。

ただ、注意は必要だ

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そして、大動物獣医師は、診療中に怪我をしないように注意が必要

私もかつて「家畜診療」誌に、大動物臨床獣医師のための馬の取り扱いについて文章を書いた。

その中で、

まず自分の安全を守ること、を優先するよう述べた。

身勝手ではなく、自分の安全を守れないと、馬の治療も周りに居る人の保障もできないのだ。

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私の最後の夜間一番当番の朝に来たひどい外傷。

そのあと疝痛の依頼もあった。

予定の手術は延期してもらった。

先に疝痛が来院し、診察して入院厩舎で様子を観てもらうことにした。

そして、外傷の洗浄、デブリド、縫合。

3人がかり。

それから、入院厩舎の疝痛馬を開腹。

空腸捻転で切除・吻合することになった。

私は、自分に「外傷医」であると言い聞かすことはない。

 

 

 

 


症例報告のエビデンスとしての価値

2023-11-29 | 学問

EBM

Evidence Based Medicine と言われて久しい。

Evidence に基づいた医療をしましょう、との提唱。

伝統とか、因習とか、迷信とか、習慣とか、推察や憶測ではなく、

確証と呼べる診断に基づいて、根拠と呼べる情報に沿って、信頼しうる診療をしましょう、ということ。

それには、evidenceを残しましょうという部分も含まれるのだろう。

われわれなら、Evidence Baced Veterinary Medicine だ。

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症例報告、症例集積は学術情報としてはレベルが低いと言われがち。

しかし・・・・・

これは、よく示されるEBMにおけるピラミッド。

対照 control を置けない症例報告はEBMにおける根拠としてレベルが低い、とされるが、

in vitro の実験研究や

論説よりレベルは上。

「論説・専門家の意見」とあるが、成書、教科書もこれに相当する。

症例を報告してもevidenceとして程度が低いと卑下することはない。

臨床において症例とは事実だから、

それは集積して分析できれば横断研究(調査)にもなるし、

群分けできれば症例対照研究にもなるし、

Randomised Controlled Trials  (RCT) の基礎にもなる。

このEBMピラミッドは

医学論文査読のお作法」より。

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職員住宅を引き払い、引っ越しした。

長年使ったタンス類は処分してもらう。

今は地震でも倒れないように大きな家具は固定することが推奨されている。

阪神大震災以降のあちこちでの大地震からの教訓だろうと思う。

金具で壁に固定し、天井に突っ張り棒してあった。

スクリューの長さと本数が、家族を守る愛の印;笑

整形外科骨折内固定に通じるものがあるな。


人工流産後の胎盤停滞のオキシトシン点滴と胎膜注水処置

2023-11-28 | 繁殖学・産科学

人工流産させた繁殖雌馬は、胎盤が落ちず、翌日、牧場でオキシトシンを注射したら前掻きして痛がった、とのこと。

餌は食べたり、食べなかったり。

人工流産から2日目の朝も胎盤が落ちていなかったので、また来院してもらうことにした。

胎盤停滞し、子宮内でエンドトキシン産生菌が増殖すると、簡単に産褥性蹄葉炎になってしまう。

体重は、人工流産前より110kg減った。690→580kg

胎仔は15kgくらいだっただろうか・・・・羊水が100リットル近くあったのだろう。

胎膜がぶら下がっているだけ。

その臍帯の血管に管を入れて微温湯を注入する。

若い先生にやってもらった。

その間にオキシトシンの点滴も始めた。

オキシトシンは筋注や皮下注では15分ほどしか効いていない。

痛みの様子を観ながら、30分や1時間は効かせたい。そのために点滴するのだ。

胎膜に重りもぶら下げた。2.4kg

1時間ほど経ったところで尿膜・脈絡膜を引っ張り出すことができて・・・・

落ちた。

広げて両子宮角までちぎれず排泄されたことを確認した。

残りのオキシトシンも入れて、水はさらに排泄された。

お腹はさらにくびれができた。

この馬は乗馬にしてもらえるらしい。

腹壁が後遺症なく治れば良いけど。

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このメギはさっぱり成長しないんだけど

庭にオレンジ色を残してくれている

 

 


馬の羊水過多の人工流産

2023-11-26 | 繁殖学・産科学

夕方、一旦帰ってから「疝痛の馬が来ます」と呼び戻された。

この1週間疝痛を繰り返し、食欲もあまりない、3回診療した、腹囲膨満し、動きたがらない、とのこと。

6時過ぎ、来院したら、

異常な腹部膨満。

まだ分娩予定まで2ヵ月半あるというのに、分娩間近のような腹囲。

下腹部には腫脹があり、左よりは痛がる。

腹囲が大きすぎて、もう腹壁がもたないのだろう。

私は今まで、胎膜水腫、羊水過多、双胎などで妊娠末期の腹壁が裂け、母馬も死んでしまった例何頭か見てきた。

今回の繁殖雌馬は、まだ分娩予定まで2ヶ月以上ある。

とてもこの腹囲の様子で分娩まで辿りつけるとは思えない。

そして、この1週間の疝痛も、真性の腸閉塞による疝痛ではなく、腹壁の痛みによる疝痛なのだろう。

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訊くと、繁殖供用初年度、次年度と流産、その後2産できたが、第4年度も流産、そして今年度だ、とのこと。

ほとんどまともに妊娠維持できない馬なのだ。

母馬を助けるためには人工流産させるしかない、と伝える。

子馬はいずれにしても助からない。

直腸検査でも、体表からの超音波検査でも胎動は感じられない。すでに死んでいる可能性大。

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子宮頚管を触ってみると、すでに緩んでいて、容易に胎盤に指が届いた。

正常なら、子宮頚管はしっかり締まり、容易には開かず、ピンク色の粘栓が付着しているはず。

胎盤を指で破って人為的に一次破水させた。

大量の薄いピンクの液が出るが、子宮にも腹部にも収縮して押し出す力がないようだ。

シリコンチューブを入れて排液する。が、胎膜が絡んでときどき止まる。

E2ホルモン、PG、オキシトシンを投与してもらう。

子宮の中に手を入れているが、胎仔には手が届かない。

馬は具合が悪そうで、枠場にもたれてしまう。

腹はかなりたるんで余裕が出てきた。

口から泡沫性の流涎。

あとは入院厩舎で様子を観てもらうことにした。

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夜8時、白い袋が出てきた、と連絡。羊膜だ。様子を観ましょう。

8時20分、羊膜が破れた、と連絡。

羊水が抜けて子宮が小さくならないと、胎仔に手が届かないだろう。まだ様子を観ましょう。

夜10時、様子を訊くと馬は痛がらずに伏臥している、踏ん張る様子もない、とのこと。

自力で胎仔を押し出すことはできなそうだ。

朝まで待つと、子宮内と産道が乾いてしまうだろう。

厩舎へ行って産道から腕を入れると、胎仔の頭と肢2本に届いた。

肢に産科チェーンをかけて引っ張ってみるが簡単には出せそうにない。

もう一人の当番獣医師をヘルプに呼んで、診療室の枠場へ馬を移した。

子宮弛緩剤を投与し、子宮内へ産道潤滑剤をたっぷり入れて、頭にも産科チェーンをかけて、両前肢と一緒に牽引して娩出させた。

胎仔がまだ小さかったので出せたが、もっと大きい妊娠期だったら出すのはもっとたいへんだったかもしれない。

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この母馬はもう繁殖供用しない方が良い。

まともに妊娠維持してまともに分娩できる可能性はかなり少ない。

羊水過多がどうして起きてしまうのかわからない。

胎盤が正常に造られない、あるいは胎盤が正常に機能しないのだろうと思う。

子宮内膜に問題があるのかもしれないが、初年度の妊娠から流産しているので、加齢や後天的ダメージによるとは考えにくい。

本来、母体にとって”異物”である胎仔や胎盤を維持できることの方が不思議なのであって、

それがどうしてうまくいかないのか解明することは難しいことなのかもしれない。

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がんばって残っていた庭のリンゴ

 

 

 

 


牛医療の現状と展望

2023-11-25 | How to 馬医者修行

日本獣医師会雑誌の2023年11月号の「産業動物獣医療の現状と今後の展望」と題された論説の紹介のつづき。

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産業動物の獣医療では、

獣医師の不足、

獣医師の高齢化、

新規獣医師の参入減少、

診療効率の低下、

収支の悪化、

代替獣医師の確保の課題

が顕在化していて、特に家畜飼養頭数の少ない都府県(道は抜かれているよ!)で顕著、と書かれている。

これは異論はない。

北海道は「家畜飼養頭数の少ない都府県」から外されているが、北海道においてもマンパワーの低下は感じられる。

そして、家畜診療所収支の悪化。

人件費をかければ獣医師は雇えるし、もっと人件費をかければ雇用でも、卒後研修もできるかもしれないが、診療所勘定が赤だとそうはいかない。

15年前の平成20年度(2008年度)までNOSAI家畜診療所の診療割合は70%を超えていたが、令和3年度(2021年度)は58.6%まで低下しているのだそうだ。

グラフによれば、開業もその他(他団体、家畜保健衛生所、大学など)もシェアが増えている。

地域の開業の獣医師も高齢化し廃業してきたはずだが・・・・

家畜保健衛生所や大学がそれほど地域の大動物診療を本気で請け負っているとは思えない。

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栃木県、東京都、大阪府、和歌山県は以前からNOSAIの家畜診療所がなく、令和5年4月からは静岡県もNOSAI家畜診療所を廃止した、とのこと。

石川県、京都府、和歌山県、島根県、徳島県、高知県、長崎県は家畜保健衛生所が家畜の診療を行っている。

離島・中山間地等の遠隔地や、診療効率の低い地域に対して獣医療の提供と維持に多大な貢献をしている・・・

とあるが、現実には毎日往診して診療しているとは思えない。

数日おきの診察と置き薬の配布がせいぜいではないだろうか。

(実際とちがっていたら御免なさい。あくまで私の推測です)

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私はNOSAI職員として働いてきたので、「先生のところは国営診療所だから」と言われることがある。

たしかに、家畜共済は国の法律に基づいて運営されているし、私が働いているのはNOSAIの直営診療所だが、倒産することのない国営や地方自治体所有とはちがう。

経営が成り立たなくなれば、人は雇えなくなるし、廃止・撤退・倒産しうる。

全国的には、以前から無”獣医”地域はあったのだし、それは広がりつつある。

北海道は家畜の頭数が多いので、NOSAI直営診療所がシェアを占めてきたが、それも厳しくなっている。

NOSAI北海道はあまりに広域化、大規模化されすぎて、経営・運営はとても難しくなった。

経営感覚、コスト意識が薄れれば、NOSAI北海道の直営診療所もたちまち成り立たなくなるだろう。

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この著者は、「産業動物診療の未来を考える」として、

(1)獣医師の雇用確保

・新卒の雇用

・中途採用の雇用

(2)職場環境の整備

(3)遠隔診療

を挙げておられる。

「展望」ではあるかもしれないが、未来への提言としては私はこころもとないと感じる。

それは著者自身も感じておられるのではないだろうか・・・・

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私は北海道で大動物診療に身を置きながら、全国のこういう牛の診療の現状についてまとめたデータを知らなかった。

多くの獣医さんや牧場、農場の方もそうではないだろうか。

まず現状を知って、それぞれの立場で将来への展望と、建設的な方策を考えていただきたい。

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ゆうべは雪もちらついた。

今朝は冷え込んでいた。

ゆうべは人工流産させ胎仔を引っ張りださなければならなかった。

今朝は、ひどい外傷の急患に、疝痛の開腹手術。

突然寒くなって人も馬も堪えるのかも。