その繁殖雌馬は土曜日の夕方、「収牧しようとしたら様子がヘンで・・・」ということで来院した。
異常に興奮し、四本肢で飛び上がりそうになったり、体をこわばらせたりすると言う。
口粘膜はチアノーゼ。上唇全体が腫れていた。少し鼻血もでていた。
それで居て心拍は40台。
血液検査では大きな異常は無かった。
超音波画像診断で、腹腔、胸腔に著変認めず。
鼻道から喉頭の内視鏡検査では、鼻出血が咽喉頭壁に付いていたが著変認めず。
血ガスで酸素分圧が低いようだったので、入院厩舎で酸素吸入を2時間ほどした。
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翌日曜日は様子は落ち着いたようだった。が、頭は下がり、沈鬱。
血液生化学検査を全項目やったが、ビリルビンが少し高めくらいで、SAA(血清アミロイドA;急性炎症の指標)も0。
上唇の腫れは顎の方へ広がった。
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飲まず喰わずなので、持続点滴を始めた。
3月分娩予定。
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診療室へ連れて来て、再度超音波検査。
喉嚢内視鏡検査では、右の喉嚢の奥の壁に腫れて、赤くなった部位があり、鉗子で触れると痛がった。
顎も押し方によっては身を震わせるくらい痛がる。
外傷性にどこか頭か顎の奥を傷めたのかもと思い始めた。
X線撮影では顎の骨折、頭部の大きな骨折は無し。
持続点滴は3日間で終了した。いつまでも輸液しているわけにはいかない。
が、水を飲まないなら水分を与えなければならない・・・・
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沈鬱、動きを嫌う症状は痛みによるようだと判断し、フルニキシンは連日投与していた。
フルニキシン投与後は少し食欲を見せるようだった。
鎮痛効果を期待してブトルファノールを使ってみた水曜の夜、歩様蹌踉となったのでデキサメサゾンを投与した。
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木曜、鼻や顎の腫れはかなりひいた。
頭は水平くらいに上がるようになった。
しかし、左右へは頭を動かせるものの、頭を下げたり、挙げたりができない。
昼から倒れて起きなくなった。
ときどき起立意欲は見せる。苦しそうではない。
夕方、鼻カテーテルを入れて電解質液を10リットル投与。暴れるので危なかった。
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早朝も起立していない。昼前は、鼻翼開帳した呼吸で苦しそう。
1週間経過を観たが、良くなってはおらず、もう24時間起立不能なので、あきらめることにした。
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解剖場で、後頭骨と第一頚椎間を穿刺して脳脊髄液を採ろうとしたが、脳脊髄液はまったく出てこなかった。
これはどこか傷めて脳脊髄液が漏れてしまったんだな・・・・・
後頭骨部での脊髄腔。
硬膜の外側に出血がある。
後頭骨右側。
顆傍突起が折れていた。
そこから喉嚢や周囲の筋間に出血がある。
喉頭骨と第一頚椎、第一頚椎(環椎)と第二頚椎(軸椎)の関節は傷んでいるようだった。
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頭部や頚椎のひどい骨折をして、即死したり、そのまま起立不能になる事故はけっこうあるが、
今回の馬は、ひどい骨折まで行かず、頭頚部を傷めたのだろう。
最初はひどい痛みの症状を示し、数日後から徐々に脊髄液が漏れた症状を示したのだろう。
診断が難しい症例だった。