馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

当歳馬の切歯骨部の破断

2024-07-29 | 歯科・口腔外科

仔馬が上顎切歯骨部をひどく損傷してしまった。

切歯骨部はほとんどちぎれかけている。

下顎とちがって上顎は薄い骨が重なり合ってできている。

少ししっかりした部分が左右に1本ずつあるだけ。

ひどく汚染しているので、抗菌剤を入れた生理食塩液をかけながら鋭匙で擦って洗う。

骨のかなりの部分は変色し、血行を失っているみたい。

上顎切歯骨部は、正中の切歯骨の間から動脈が出ていて左右の歯肉へ血液を送っている。

歯肉はピンクなので血行はあるのだろう。

このままでは整復できないので、一部歯肉を切開して骨を押し込むようにして整復した。

「骨のしっかりした部分」を狙って、キルシュナー鋼線をドリルでねじ込んだ。

鼻から気管挿管してある。

キルシュナー鋼線は本当はネジ山があるものが欲しいところだ。

歯肉を縫合して傷はほとんど閉じることができた。

           ー

驚いたことに、

2週間後、キルシュナー鋼線は1本は抜けてしまったが、傷は良好だそうだ。

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クマも鼻っ面が弱点らしい。

出会ったら鼻っ面に一発・・・・・

無理だと思うけど・・・・その気概だけは持っておきたい;笑

 

 

 


R.equi高度免疫血漿はどのように効果を示すのか?のひとつの検証

2024-07-24 | 感染症

高度免疫血漿で抗体を上昇させてオプソナイズ(抗原に抗体や補体がくっつき食細胞に貪食されやすくなること)されると、

R.equiは貪食されやすくなるのか?

貪食されて殺されるのか?

貪食以外には効果はないのか?

をin vitro で検証した報告が出ている。

Effects of opsonization of Rhodococcus equi on bacterial viability and phagocyte activation

Am J Vet Res 2011 Nov;72(11):1465-75.

Objective: To investigate the effect of opsonization of Rhodococcus equi with R. equi-specific antibodies in plasma on bacterial viability and phagocyte activation in a cell culture model of infection.

Sample: Neutrophils and monocyte-derived macrophages from 6 healthy 1-week-old foals and 1 adult horse.

Procedures: Foal and adult horse phagocytes were incubated with either opsonized or nonopsonized bacteria. Opsonization was achieved by use of plasma containing high or low concentrations of R. equi-specific antibodies. Phagocyte oxidative burst activity was measured by use of flow cytometry, and macrophage tumor necrosis factor (TNF)-α production was measured via an ELISA. Extracellular and intracellular bacterial viability was measured with a novel R. equi-luciferase construct that used a luminometer.

Results: Opsonized bacteria increased oxidative burst activity in adult horse phagocytes, and neutrophil activity was dependent on the concentration of specific antibody. Secretion of TNF-α was higher in macrophages infected with opsonized bacteria. Opsonization had no significant effect on bacterial viability in macrophages; however, extracellular bacterial viability was decreased in broth containing plasma with R. equi-specific antibodies, compared with viability in broth alone.

Conclusions and clinical relevance: The use of plasma enriched with specific antibodies for the opsonization of R. equi increased the activation of phagocytes and decreased bacterial viability in the extracellular space. Although opsonized R. equi increased TNF-α secretion and oxidative burst in macrophages, additional factors may be necessary for effective intracellular bacterial killing. These data have suggested a possible role of plasma antibody in protection of foals from R. equi pneumonia.

目的: 感染の細胞培養モデルにおける細菌の生存率と食細胞の活性化に対する血漿中のR.equi特異抗体によるRhodococcus equiのオプソニン化の影響を調査すること。

サンプル: 健康な1週間齢の子馬6頭と成馬1頭の好中球および単球由来のマクロファージ。

手技: 仔馬および成体のウマの食細胞を、オプソナイズされた細菌または非オプソナイズ細菌のいずれかとインキュベートした。オプソニン化は、高濃度または低濃度のR.equi特異的抗体を含む血漿を使用して達成された。貪食細胞の酸化バースト活性はフローサイトメトリーを用いて測定し、マクロファージ腫瘍壊死因子(TNF)-α産生はELISAを用いて測定した。細胞外および細胞内細菌の生存率は、ルミノメーターを使用した新しいR.equiイノルシフェラーゼコンストラクトで測定された。

結果: オプソナイズされた細菌は、成体のウマ食細胞における酸化バースト活性を増加させ、好中球活性は特異的抗体の濃度に依存していた。TNF-αの分泌は、オプソニン化細菌に感染したマクロファージで高かった。オプソニン化は、マクロファージの細菌生存率に有意な影響を及ぼさなかった。しかし、細胞外細菌の生存率は、R.equi特異的抗体を含む血漿を含む培養液では、培養液単独の生存率と比較して低下した。

結論と臨床的関連性: R. equiのオプソニン化に特異的抗体を豊富に含む血漿を使用すると、食細胞の活性化が増加し、細胞外空間での細菌の生存率が低下した。オプソナイズされたR.equiはマクロファージのTNF-α分泌と酸化バーストを増加させたが、効果的な細胞内細菌の死滅には追加の要因が必要になる可能性がある。これらのデータは、R. equi肺炎からの子馬の保護における血漿抗体の役割の可能性を示唆している。

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どうやら高度免疫血漿を投与することで、R.equiはマクロファージに貪食されやすくなるし、

マクロファージや好中球内で殺されやすくなるし、

細胞内でも死にやすくなる、らしい、たぶん、きっと、かも、という報告。

野外調査での、R.equi高度免疫血漿の予防効果と一致するように思われるし、

その機序を裏付けるものだ。

しかし、高度免疫血漿でオプソナイズしたR.equiは、マクロファージに貪食されてすべて死滅しました、という結果ではない。

これも、野外調査での結果と一致する。

効果はあるはず。しかし、過剰な期待はできない。

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層雲峡・銀河の滝。

冬になるとこの高さと水量がある滝が凍って氷瀑になる。

20代の頃、凍ったこの滝を登りに2回来た。

馬鹿?

ディック・フランシスは馬業界を舞台にした推理小説で馬関係者にも知られている。

彼が著作の中でこう書いているそうだ。

一国を滅ぼすのに、若い世代に危険を冒すことはばかげていると教えこむくらい手っ取り早い方法はないーー

(『飛翔』菊池光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)

 


尺骨骨折のminimally invasive plate removal

2024-07-21 | 整形外科

尺骨骨折をプレート固定した当歳馬が順調に治ったようなのでプレートを抜く。

発症と手術から7週間後。

プレート固定手術後、1週間前後は痛みと橈骨神経麻痺様の跛行があった。

骨折線はプレート固定でほとんど見えなくなっていたが、3週間後のX線画像ではまた見えるようになっていた。

骨折部には吸収が起きた後、骨形成される。自然な治癒経過だ。

尺骨頭部はともかく、遠位へいくほど筋肉の下になる。

それでも、大きく切開せずminimally invasively にプレート抜去したい。

穿刺切開でプレートスクリューを抜いていく。

スクリュードライバーが金属に当たる感触、スクリュードライバーがスクリューヘッドにハマる感触。

必要なときにはゲルピー開創器で傷を広げてスクリューヘッドを見る。

スクリューが刺さっている方向の記憶と勘もだいじ。

抜けました。

固定部が脱灰していることに注意。

曲っていた一番近位のスクリューが折れないか心配したが、大丈夫だった。

頭-尾方向も問題なし。

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いまだにこの自在鉤の仕組みが理解できない。

生活の中の物理学。

お魚は重くなきゃだめなのか?

何キロの鍋まで耐えられる?

整形外科医に必要な能力なんだけど;笑

 

 

 


特発性?血腹症への対応

2024-07-21 | 馬内科学

2歳馬が数日前から不調で、元気食欲不振、腹囲膨満、腹水貯留、とのことで来院。

腹囲はポンポコリン。口粘膜は貧血とうっすらチアノーゼ。

超音波検査では、グレイに渦巻く大量の液体が腹腔にある。血液だろう。

腹腔穿刺するとやはり血液そのもののような腹水が採れた。

腹腔内出血だ。

クレアチニン・BUNが上昇している、との担当の先生からのコメントがあったが、腹腔尿症ではない。

これだけ貧血していると、各臓器の機能が落ちても不思議ではない。

そして、利尿はホルモンで調節されている。

循環血液量が減るショック状態では抗利尿ホルモンが増えて、尿量が減る。

            ー

外傷性とか、感染性とか、原因を不随させて、腹膜炎とか血腹とか腹腔尿症とか病名にされることが多いが、

原因が特定できないと、特発性と呼ばれたりする。

とりあえずは特発性腹腔内出血、あるいは血腹症。

放牧されている馬だと、蹴り合ったりして臓器損傷で大出血することがある。

脾臓が多いのだと思う。

左の横腹に広がっている臓器で血液豊富で、血液を貯めるスポンジのような臓器だから切れると血が止まりにくいからだろう。

肝臓も可能性はある。しかし、肝臓は体の中心部にあり、外的損傷を受けにくい。

中心部にあるので、体表から超音波で見にくい。

特に腹水が多いので脾臓も肝臓も腹壁から離れてしまっている。

脾臓の端には漿膜を持たない数cmの塊があった。超音波デンシティーは低くなく、血腫のようではない。

            ー

貧血の状態から判断してもう全身麻酔をかけるのは危険。

出血はまだ続いている可能性が高い。

そして、外傷性臓器損傷なら止血できるかもしれないが、その可能性は高くない。

腫瘍の破裂なら、止血できようができまいが、予後不良だろう。

それらの説明をして、腹腔ドレナージだけすることにした。

腹腔の血液を抜くことで出血を悪化させる可能性もあるし、腹腔内の血液を感染させて腹膜炎にしてしまう可能性もあるが、なにせ腹囲膨満するほどの量なのでそのまま放置して自然に吸収できるとも思えない。

腹底に32Frのトロッカーカテーテルを装着した。

がポタポタしか廃液されない。腹底では血餅になっているのだろう。

            ー

2日後、その馬は死亡した。

他所で剖検され、肝臓には大きな腫瘍と思われる塊がいくつかあり、大網には小さな血腫状の塊が大量にある写真を見せてもらった。

おそらく血管肉腫だろう。

            ー

Equine Acute Abcomen 3rd ed.には、腹膜炎と腹腔出血(血腹)の診断と治療、という章がある。

馬の急性腹症のひとつの分野であり、項目になっているわけだ。

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米原万里さん著、「ロシアは今日も荒れ模様

前にも読んだか?などと思いながら、楽しく読めた。

私たちはロシアのことをいくらかでも知った方が良い。

ゴルバチョフからエリツインへという時代までの話が多いのだが、プーチン・ロシアを理解する役にも立つように思う。

ロシアでは平均寿命が短くなったんだ!

最近?のロシアビジネスマンはウォッカを飲まないんだ!

そして、ロシアとロシア人についてのジョーク満載。

笑ってる場合じゃないのかもしれないんだけどね・・・・・


高度免疫血漿によるR.equi肺炎予防の総括

2024-07-18 | 学問

高度免疫血漿投与で仔馬をR.equi肺炎から守れるか?予防できるか?

総括的文章が昨年Equine Veterinary Journal に掲載された。

Transfusion of hyperimmune plasma for protecting foals against Rhodococcus equi pneumonia

Equine Vet J 2023 May;55(3):376-388

The bacterium Rhodococcus equi causes pneumonia in foals that is prevalent at breeding farms worldwide. In the absence of an effective vaccine, transfusion of commercial plasma from donor horses hyperimmunised against R. equi is used by many farms to reduce the incidence of pneumonia among foals at farms where the disease is endemic. The effectiveness of hyperimmune plasma for controlling R. equi pneumonia in foals has varied considerably among reports. The purposes of this narrative review are: (1) to review early studies that provided a foundational basis for the practice of transfusion of hyperimmune plasma that is widespread in the United States and in many other countries; (2) to summarise current knowledge of hyperimmune plasma for preventing R. equi pneumonia; (3) to provide an interpretive summary of probable explanations for the variable results among studies evaluating the effectiveness of transfusion of hyperimmune plasma for reducing the incidence of R. equi pneumonia; (4) to review mechanisms by which hyperimmune plasma might mediate protection; and (5) to consider risks of transfusing foals with hyperimmune plasma. Although the weight of evidence supports the practice of transfusing foals with hyperimmune plasma to prevent R. equi pneumonia, many important gaps in our knowledge of this topic remain including the volume/dose of hyperimmune plasma to be transfused, the timing(s) of transfusion, and the mechanism(s) by which hyperimmune plasma mediates protection. Transfusing foals with hyperimmune plasma is expensive, labour-intensive, and carries risks for foals; therefore, alternative approaches for passive and active immunisation to prevent R. equi pneumonia are greatly needed.

Rhodococcus equiという細菌は、世界中の生産牧場に蔓延し、子馬に肺炎を引き起こしている。

有効なワクチンがない状況で、R. equiに対して高度に免疫されたドナー馬からの市販の血漿輸血は、この病気が蔓延している多くの牧場で肺炎の発生を減らすために多くの牧場で行われている。

R.equi肺炎を抑制するための高度疫血漿の有効性は、報告によってかなり異なっている。

この記述総説の目的は、

(1)米国および他の多くの国で広く普及している過免疫血漿の輸血の実践の基礎を提供した初期の研究を総括すること。

(2)R.equi肺炎を予防するための高免疫血漿に関する現在の知識を要約すること。

(3)R.equi肺炎の発生率を減らすための高度免疫血漿の輸血の有効性を評価する研究間のさまざまな結果の考えうる説明の解釈的な要約を提供すること。

(4)高免疫血漿が防御を媒介する可能性のあるメカニズムを検討すること。

(5)子馬に高免疫血漿輸血するリスクを考慮すること。

R. equi肺炎を予防するために仔馬に高度免疫血漿を輸血する行為を支持する証拠の重みはあるが、輸血する高度免疫血漿の量/用量、輸血のタイミング、高度免疫血漿が防御を媒介するメカニズムなど、このトピックに関する知識には多くの重要なギャップが残っている。

仔馬に高免疫血漿を輸血することは、費用がかかり、労働集約的であり、子馬にリスクを伴う。

したがって、R. equi肺炎を予防するための受動的および能動的免疫の代替アプローチが非常に必要とされている。

            ー

ワクチンがない現状では、高度免疫血漿投与による予防は多くの牧場で行われているし、それなりに成果をあげているのだろう。

しかし、あまりにも費用と手間がかかりすぎる。

そして、効果は投与すればほぼ発症しない、などというほど鮮明なものではない。

新生仔馬に相当量の血漿輸血を行うのはショックなどのリスクがある。

別な方法が欲しいものだ。

という結論。

             ー

異論はない。

1990年代からかなり使われてきたR.equi高度免疫血漿投与。

効果はあるが、決定的なものではない。

R.equi肺炎を減らし、おそらく重症化も防ぐが、投与した仔馬でもかなり発症する。

             ー

多くの仔馬に投与するのではなく、感染仔馬、発症仔馬に治療目的に選択的に使えないか?

おそらく期待できるほどの効果はない。

投与しないよりはした方が良いかも知れないが、潜伏期間があり、症状を現しにくいこの病気の性質から言って、感染の非常に初期に投与するのは難しいし、

発症した仔馬はかなりの免疫応答をしている。

そこへ高度免疫血漿を投与しても、治療効果はさほど期待できない。

これだけ高度免疫血漿についての調査・研究が行われているが、治療効果について云々した研究や調査報告はない。

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R.equi強毒株の病原性は、膿瘍を作り、膿瘍の中は血行がないので免疫成分も届かず、抗菌剤も届かないことが1つ。

膿瘍ができてからでは、免疫成分の血中濃度を上げても効果は出にくい。

もう1つの病原性は、免疫細胞に貪食されても殺されずに生き残ること。

これについても、高度免疫血漿と言えども、細胞内での殺菌力を改善する成分は含んでいないのだろう。

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だから、今は、多発牧場をなんとかしたいなら、多くの仔馬に生後できるだけ早く、予防的に高度免疫血漿を十分な量(おそらく2㍑)投与するという使い方をするしかない。

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よ~く考えよう

だいじなことです。