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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

妊娠末期の膀胱破裂

2022-03-31 | 急性腹症

分娩予定日の繁殖雌馬が、朝から震えている、とのことで夜になって来院。

超音波検査で腹水があるようだが、なにせ妊娠子宮が大きくて腹水の量を把握しにくいし、腹腔穿刺しても子宮に刺さってしまいそう。

はっきりした疝痛症状はないが、食欲がない。

直腸検査すると、胎児は骨盤腔まで迫っていて、あまり動きがない。

しかし、子宮捻転はなさそう。

膣に手を入れると、子宮頚管はやや緩んできている、とのこと。

しかし、乳房の腫脹や産道の緩みはほとんどなく、すぐ分娩しそうにはない。

            -

その段階で、私は「診て下さい」と呼ばれた。

膀胱に内視鏡を入れてみよう。

と、膀胱の腹側に裂孔がはっきり見えた。

裂孔の辺縁もはっきり見える。

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さて、どうする。

膀胱を縫合修復するには、膣底を切開して膀胱を膣内に逸脱させ、膀胱を縫合するのが良いと思っている。

しかし、自然分娩させる前にそれをやると分娩中に膣の縫合部が裂けて腸管が出てくる可能性がある。

そうなると母馬の命にかかわる。

尿道括約筋を切って、膀胱を引っ張り出して縫合閉鎖する方法もある。

しかし、それでは尿道括約筋を再建できず、尿膣になりやすい。

尿膣には尿道延長術で対応する方法もあるが、まだ若い繁殖雌馬なので尿道括約筋を切ることはしたくない。

今の状態だと帝王切開したのでは子馬はまず助からない。

まだ出生の準備ができていないからだ。

しかし、子馬の活力も落ちているかもしれない。胎動が乏しい。

膀胱が破裂していると腹腔へ尿が漏れ、尿毒症になるし、さらには腹膜炎が起きることが多い。

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牧場は、はっきり子馬より母馬を大事にしたい、とのこと。

しかし、私は可能性があるなら子馬も母馬も助けたい。

尿道カテーテルを入れると、大量の尿が出始めた。

膀胱の裂孔が大きく、腹圧も高いので、腹腔に漏れた尿も排泄されるのだろう。

これなら1日2日は様子を観れるかも。

その間に分娩したら、膀胱を縫合すれば良い。

あるいは、分娩徴候が出たら帝王切開して、それから膀胱を手術すれば分娩で傷んでいない膣から手術できる。

入院してもらい、馬の状態を観察してもらうことになった。

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私は翌日から連休。

帝王切開も、膀胱破裂の修復も、新生仔管理も、私が居なくてもやってもらえる。

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エッセイストにしてカヌーイストの野田知佑さんが亡くなった。

享年84歳。

私は野田さんの本を手に取ったのは遅かったが、とても影響を受けた。

野田さんが本で語るのはカヌー旅のことだけではない。

自分の生き方を貫くことの生きづらさや、自然保護と行政との折り合いとか、人との交流と距離のとりかた、だったりする。

カヌー犬、ガクの活躍はあまりに有名で、野田さんの犬の扱いにも大いに影響を受けた。

探検家としての活動も一流のものだと思う。

誰もやらなかったことをやり、一分野を創り出した。

文章が上手で、読んでいてとてもここちよい。

それは、氏の膨大な読書量からも来ていたのだろう。

少年や、若者に対する思いは、氏の自らの体験から来ている。

「若いときはつらいだろう。自分が何者かわからないからだ。」

「大いに苦しんだらいい。」

こんな言葉は、自分に誠実に真剣に生きてきた人しか言えないと思う。

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Dukeが逝ってしまった年、野田さんともお別れすることになった。

それもまたなにかの縁かもしれない。

 

 

 

 


この冬は事故が少ない、そして海獣の本

2022-03-26 | 図書室

今年は分娩時期の事故が少ないようだ。

難産も少ない。

1月2月に流産の難産が来たのと、数頭ひどい難産があったくらいで、帝王切開も1頭かな。

難産の一番多いパターンは、前肢の屈腱拘縮で腕節が伸びないために起こる。

焼却場へ運び込まれる奇形や腱拘縮の子馬も少ないように思う。

分娩に伴う消化管破裂の事故も少ないように思う。

分娩前後の疝痛による開腹手術も少ない。

とても良いことだ。

理由はわからないのだけど、気候のことくらいしか思い当たらない。

この冬は、冬型の気圧配置が安定していた。

北海道の太平洋側は、雪が積もるのが記録的に遅かった。

12月はほとんど雪が降らなかった。

1月に入って雪が降った後も、日本海側は記録的な積雪量になったが、太平洋側は好天が続いた。

しかし、放牧地の雪はなくならなかった。

例年、厳寒期でも寒波がゆるんで雨が降ることがあるのだが、この冬は雨は降らなかった。

放牧地に氷の池ができるようなことはなかった。

ひどい冷え込むこともなかった。

2月後半から3月にかけては何度か低気圧の通過で雪が降ったが、ひどいドカ雪ということもなかった。

そして、順調に暖かくなってきた。

           -

もう3月も終盤なので、4-5割の出産は終わったのではないだろうか。

今年を見ると、天候が安定していることが事故の少なさにつながるのではないかと思わされる。

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獣医師にして国立博物館の研究員である解剖学者さん。

彼女の専門はイルカ、クジラ、シャチ、ジュゴン、マナティ、アザラシ、オットセイ、トド、ラッコといった海洋性哺乳類。

飼育も難しく、だからもっぱら研究はストランディングと呼ばれる海岸に打ち上げられた彼らのサンプリングと解剖ということになる。

標本としても貴重なのだそうだ。

その学問と研究や、博物館の世界も今まで知る機会がなかったので興味深かった。

難しく書かれていないで、明るく軽い語り口なので読みやすかった。

写真や挿絵も多く、楽しい本になっている。

海獣を調べることで、海、そして地球の環境についても考えさせられる。

ビニールやプラスチックはもう使うのをやめないといけないよね。

あるいは完全に変質して分解される物質を開発しないと。

だけどそんなことができるのだろうか・・・・・

 

 

 


腹腔が糞で汚れても助けられるか? 2 ペニスによる直腸裂

2022-03-24 | 急性腹症

種付けでペニスが直腸に入ってしまい、直腸に穴があいてしまった、との連絡。

午後1時半頃の事故で、来院したのが午後4時だった。

直腸に手を入れてみると、手が入るほどの穴が直腸の背中側に開いていて、その周りが糞便でザラザラしている。

「予後は悪いですよ。やるだけやってみてくれということならやってみますけど・・・」

と説明したら、「やってみて欲しい」とのこと。

           ー

尾椎硬膜外麻酔して、肛門括約筋を浸潤麻酔して12時方向で切開した。

直腸の背中側が10cmほど裂けているのが見える。

長柄の持針器で0 monocryl で縫合した。

           ー

腹腔内も汚染しているので、開腹しての腹腔洗浄もしなければならない。

手術後、直腸を通過する便を減らすためにも結腸切開した方が良い。

引き出された大結腸の表面の炎症はひどくはない。

わずかに赤く、わずかに血管が充血している程度。

骨盤腔には糞塊があった。

できるだけ掻き出して、あとは生理食塩液を入れてチューブで洗い出すことを繰り返す。

サイホン式で流すと崩れた糞便が流れ出る。

吸引した液にも植物繊維が浮く。

目で見える汚れがなくなるまで50リットルほどで洗浄を繰り返した。

腹腔にはドレインを留置した。

            ー

翌日、馬は平熱で、ひどい白血球減少はなかった。

夕方、退院し、翌日からは牧場で抗生剤全身投与、腹腔ドレナージと洗浄、抗生剤腹腔内投与を続けてもらう。

第5病日、再来院してもらった。

平熱、しかし腹水の白血球数は39,000。

直腸に手を入れると、縫合部はわかるがしっかりしている。

直腸周りは狭く感じる。

絶食中だが、柔らかい便が少量出ているそうだ。

少しずつ、食べさせ始めてもらうことにした。

第5病日の腹水の培養は陰性だった。

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ロシアという国は民主国家だったことはない。

日露戦争で日本が戦ったのは帝政ロシアだ。

皇帝の農民の扱いはひどかった。

やがて革命が起き、社会主義国家となったが、それはたちまち独裁国家と圧政にすりかわった。

ソビエト連邦が崩壊し、自由主義国家になったように思えたが、プーチンの独裁国家になった。

20年も支配者で居続けると、周りにはイエスマンしかいなくなり、自分で自分をコントロールできなくなるのだろう。

ロシア国民も気の毒ではある。

しかし、自分たちの国だ。

その人それぞれの責任?がある、というのは酷か・・・・

 

          

 

 

 


腹腔が糞で汚れても助けられるか? 1 分娩による直腸破裂

2022-03-23 | 急性腹症

私が居ないときに来た症例。

分娩中に直腸が破れ、肛門から腸が出てきたのだそうだ。

すぐに来院し、直腸は開創器を入れたら肛門括約筋を切らなくても縫合できたとのこと。

そのあと開腹手術し、腹腔内を洗浄した。

腹腔内には植物繊維が確認された。

            ー

その馬は、もう術後治療も終了し、発熱もなく、経過良好とのこと。

私も以前に分娩中に直腸穿孔した馬を直腸を縫合修復して助けたことがある。

その時は幸い腹腔内に糞塊は漏れなかったようで、開腹しての腹腔洗浄はしないで済んだ。

その症例は、北海道獣医師会雑誌に短報として掲載されている

自分自身でも記憶はあいまいになっていくので、記録を残しておくのはだいじなことだ。

もちろん同様の症例を経験する後生の獣医師にも役に立つ。

            ー

糞便で腹腔が汚染される、されている、ことはしばしばある。

胃破裂もそうだし、

小腸穿孔もそうだし、

盲腸便秘で盲腸が破裂することもあるし、

胎動で結腸が破裂することもあるし、

異物による穿孔、腸間膜裂による壊死、で小結腸の内容が漏れることもあるし、

直腸も、直腸検査、分娩、種付け中のペニスの誤挿入、などで損傷することがある。

子馬でも、胎便除去の失敗、浣腸、などで直腸穿孔がおきることがある。

ひどい腹膜炎が起こると予後は悪い。

今まで、小腸穿孔した馬が助かった記憶はあるが、腹腔内に糞便や植物繊維が目視できる症例はあきらめてきた。

            ー

特に、胃内容や小腸内容とちがい、大腸の内容は含まれる細菌の量が桁違いに多いのだろうと思う。

細菌は胃酸でかなりが殺されるし、胆汁は胃酸を中和するが腸内細菌以外は発育が抑制される。

小腸内容は液状あるいは粥状のままどんどん送られる。

しかし、盲腸や結腸は発酵槽で細菌の増殖に適した環境になっている。

そして小結腸では水分が失われ濃縮される。

だから、大腸内容による腹腔汚染は、胃液が漏れたり、小腸内容が漏れるより腹膜炎は重篤になるし、予後は悪いのだろう。

            ー

さて、直腸便で腹腔が汚染された馬が本当に助かるか、

長期に生存し、繁殖供用に耐えられるか。

もし、助かるならその程度はどこまでか?

注目してみていきたい。

          /////////////////

あちこちに相棒の思い出が残っている。

居ないことが、ただただ寂しい。

 

 

 


お別れ そしてペットロスのこと

2022-03-09 | ワンコ修行

逝ったのが金曜日で、土曜日曜と安置して、月曜日に町の火葬場で骨にしてもらった。

このペット火葬場はたいへん助かる。

この季節だと埋めてやるために地面を掘ることもできない。

1頭ずつ焼いてもらえる。

・・・でもゴールデンレトリーヴァーだと肢を曲げていてぎりぎり。超大型犬は厳しいかも。

仏様になった相棒。

第二頚堆だ。のど仏と近い場所にあるが、のど仏は軟骨だから焼けてしまうので別物。

仏様の頭に見えるのは第二頚堆歯状突起。ここ馬でよく折れるのよ。

          -

宗教心はないが供養してやることは喪失感を癒してくれる。

先立ったペットは、虹の橋のたもとで飼い主を待っていてくれる、という話も慰めになってくれる。

泣きたいときは泣き、悲しいときは悲しむだけ悲しんだ方が良いのだろう。

          -

相棒が残していった大量の毛。わが家では”どぅくげ”と呼ばれている。

そのうち娘がフェルトにしてマスコットを作ってくれるそうだ。

          ー

帰ってきても、相棒は居ない・・・・

そのことを受け入れることもたいせつ。

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飼い主のペットロスに対応してあげるのも獣医師の守備範囲なのだそうだ。

しかし、獣医師にできるのかな、と思う。

獣医師と飼い主をつないでいた動物はもう居なくなっているのだし、

獣医師は人の精神衛生について学んではいない。

          ー

ペットロスでひどく落ち込み、ふつうの生活が営めなくなってしまう人も多いらしい。

核家族化で家族の死を経験することが少なくなり、

近所づきあいが希薄になって近所の親しい年寄りが亡くなる経験も持たなくなっていることも関係するかもしれない。

          -

ペットが死んだことを認めることができなかったり、

ペットの死を誰かのせいにして悲しみを怒りに代えたり、

病気に気づいてやれなかった、安楽殺するしかなかった、充分に供養してやれなかった、と自分を責めたり、

落ち込んで飼い主自身が健康を害したり、生活が営めなくなったりする。

          -

悲しいときには泣いていいし、おおいに悲しんだらよいのだそうだ。

想い出を話し、それで悲しくなるならまた涙すればいい。

ひとりなら思い出をつづり、あるいは写真を見返せばいい。

少し元気が出たら、新しいことを始めるのもいい。

          -

私は、獣医師として経験してきたことで救われているかなと思う。

たくさんの馬が死ぬのを診てきたし、

生き物が死ぬのは誰のせいでもないし、誰かを責めても詮無いことだし、

死が生命活動の終わりだということも理解している。

いつかまた犬と暮らしたい。

相棒を心の中で見送って、相棒が想い出になったら、だ。