分娩予定日の繁殖雌馬が、朝から震えている、とのことで夜になって来院。
超音波検査で腹水があるようだが、なにせ妊娠子宮が大きくて腹水の量を把握しにくいし、腹腔穿刺しても子宮に刺さってしまいそう。
はっきりした疝痛症状はないが、食欲がない。
直腸検査すると、胎児は骨盤腔まで迫っていて、あまり動きがない。
しかし、子宮捻転はなさそう。
膣に手を入れると、子宮頚管はやや緩んできている、とのこと。
しかし、乳房の腫脹や産道の緩みはほとんどなく、すぐ分娩しそうにはない。
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その段階で、私は「診て下さい」と呼ばれた。
膀胱に内視鏡を入れてみよう。
と、膀胱の腹側に裂孔がはっきり見えた。
裂孔の辺縁もはっきり見える。
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さて、どうする。
膀胱を縫合修復するには、膣底を切開して膀胱を膣内に逸脱させ、膀胱を縫合するのが良いと思っている。
しかし、自然分娩させる前にそれをやると分娩中に膣の縫合部が裂けて腸管が出てくる可能性がある。
そうなると母馬の命にかかわる。
尿道括約筋を切って、膀胱を引っ張り出して縫合閉鎖する方法もある。
しかし、それでは尿道括約筋を再建できず、尿膣になりやすい。
尿膣には尿道延長術で対応する方法もあるが、まだ若い繁殖雌馬なので尿道括約筋を切ることはしたくない。
今の状態だと帝王切開したのでは子馬はまず助からない。
まだ出生の準備ができていないからだ。
しかし、子馬の活力も落ちているかもしれない。胎動が乏しい。
膀胱が破裂していると腹腔へ尿が漏れ、尿毒症になるし、さらには腹膜炎が起きることが多い。
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牧場は、はっきり子馬より母馬を大事にしたい、とのこと。
しかし、私は可能性があるなら子馬も母馬も助けたい。
尿道カテーテルを入れると、大量の尿が出始めた。
膀胱の裂孔が大きく、腹圧も高いので、腹腔に漏れた尿も排泄されるのだろう。
これなら1日2日は様子を観れるかも。
その間に分娩したら、膀胱を縫合すれば良い。
あるいは、分娩徴候が出たら帝王切開して、それから膀胱を手術すれば分娩で傷んでいない膣から手術できる。
入院してもらい、馬の状態を観察してもらうことになった。
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私は翌日から連休。
帝王切開も、膀胱破裂の修復も、新生仔管理も、私が居なくてもやってもらえる。
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エッセイストにしてカヌーイストの野田知佑さんが亡くなった。
享年84歳。
私は野田さんの本を手に取ったのは遅かったが、とても影響を受けた。
野田さんが本で語るのはカヌー旅のことだけではない。
自分の生き方を貫くことの生きづらさや、自然保護と行政との折り合いとか、人との交流と距離のとりかた、だったりする。
カヌー犬、ガクの活躍はあまりに有名で、野田さんの犬の扱いにも大いに影響を受けた。
探検家としての活動も一流のものだと思う。
誰もやらなかったことをやり、一分野を創り出した。
文章が上手で、読んでいてとてもここちよい。
それは、氏の膨大な読書量からも来ていたのだろう。
少年や、若者に対する思いは、氏の自らの体験から来ている。
「若いときはつらいだろう。自分が何者かわからないからだ。」
「大いに苦しんだらいい。」
こんな言葉は、自分に誠実に真剣に生きてきた人しか言えないと思う。
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Dukeが逝ってしまった年、野田さんともお別れすることになった。
それもまたなにかの縁かもしれない。