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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

頻回疝痛馬の結腸捻転 3

2011-08-31 | 急性腹症

P8251373 床の上で撮った臓器の写真は好きではない。

それで、両肺を乗せられるサイズの青い板を用意してあるのだが、さすがにこの結腸ははみ出してしまい乗せられない。

結腸捻転馬の結腸の色調はいろいろで、一番多いのは紫色になるタイプで、駄目なのがわかりやすい。

ついで多いのは、白っぽくなるタイプ。

浮腫性の肥厚ばかりが強いこともある。

それから乾燥したように赤くなるタイプ。これは意外に損傷がひどいように思う。

それらの色調は漿膜面から観たものなのだが、漿膜面の色調はさほど悪くなくても、骨盤曲の切開創から観た粘膜の色調がひどく悪いこともある。

腸管では粘膜の血流が最も血流が盛んで、酸素要求量も多いのだろう。

虚血におちいったときも粘膜が一番速く損傷を受け、壊死を起こす。

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P8251378 この馬の結腸も外側の色調はひどくないが、粘膜は全長にわたって壊死している。

腹側結腸(写真の上側)はまだ赤みがあるが、背側結腸の粘膜はもう灰緑色をしている。

粘膜は腸内の細菌やエンドトキシンが体内に入ることを防ぐバリヤーでもあるので、大きな面積の粘膜が壊死した腸管を温存すると、術後経過は非常によろしくない。

発熱が続き、白血球数は減少し、馬は沈鬱で、いくら輸液しても脱水が改善されない。

その点でも、重症の結腸捻転では結腸を切除したほうが術後経過は良い。

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P8251375 問題は虚血性損傷を起こした部分を全て摘出することはできないことだ。

結腸捻転ではたいてい結腸基部から盲腸と入れ替わるように捻じれていて、結腸の基部も虚血性損傷を起こしている。

しかし、結腸基部は術創外へ出せないので切除できない。

それで、上写真のように粘膜が壊死している部分で切除して吻合することになる。

残した部分が壊死せずにすむかどうかは、祈るしかない。

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この10年、結腸切除して助かった馬が今も何頭か生きているし、JRAで競馬出走した馬もいる。

小腸の虚血性損傷では「疑わしきは切除する」が原則となっている。

手術後に禍根を残さないように、怪しい部分は切除し、健康な部分同士を吻合する。

結腸も・・・温存することで予後が怪しくなるなら積極的に切除吻合すべきかもしれない。

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天を驚かし地を動じて

闇将軍の大刀を奪いえて手に入れるが如く

仏に逢うては仏を殺し

祖に逢うては祖を殺し

         「無門関」第一則趙州狗子より。

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Dsc_0552


頻回疝痛馬の結腸捻転 2

2011-08-30 | 急性腹症

結腸固定術は腹底に結腸を癒着させて捻転しないようにする手技だ。

しかし、繁殖雌馬では妊娠子宮が腹底を占めることになり、妊娠末期になると毎週のように疝痛を示すようになった馬が数頭いる。

すでに結腸固定術をした馬は100頭をはるかに超えているので、colopexy後、妊娠末期に疝痛を繰り返す馬はそれほど高率ではない。

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しかし、結腸捻転の手術前から疝痛を繰り返していた馬だということになると、colopexyするのに不安を感じる。

もともと結腸の動きが良くなく、盲腸や結腸でガスが張りやすかったり、便秘をしやすい馬の結腸を腹底に癒着させることになる。

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結腸捻転の再発防止策としてはもう一つ方法がある。

それは、結腸を亜全摘してしまうこと。

結腸が無くなれば、捻転することはなくなる。

そして、結腸を切除するなら亜全摘した方が良いとされている。

中途半端に残すと、残した結腸が捻転した例があるらしい。

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P8251371_2  切除できるのは盲結腸襞より遠位側、大結腸の70%とされている。

それより基部は術創外へ出せない。

切除した部分を計ってみると19kg。

体重の約4%に当たる。

臓器を摘出する手術は止血に充分な注意が必要だ。

止血が不十分だと出血で死んでしまう。

(つづく)

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Dsc_0555河島真規子画伯「約束の橋」


頻回疝痛馬の結腸捻転

2011-08-29 | 急性腹症

P6040276 しょっちゅう疝痛を起こす馬が居る。

さく癖するからとか、便秘しやすいとか、ガスが張りやすいとか、状態はいろいろなのだが、いつか開腹手術するはめになるだろうと思わせる。

しかし、「またいつもの疝痛か?」という見方もあるので、開腹手術適応の判断は慎重にしなければならない。

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疝痛常習馬の中には、結腸の動きが悪かったり、よく食べる馬で徐々に結腸の容積が大きくなったりしている馬がいるように思う。

結腸の通過・消化の能力以上に食べてしまうので、動けなくなって捻転してしまうのだろうと思う。

繁殖雌馬(のように長年放牧管理されている馬)は、年齢がいくほど肝臓の右葉が小さくなるのだそうだ。

盲腸や結腸に圧迫されるからだと考えられている。

牛飲馬食というが、馬が食べる量は自らの肝臓の形を変えてしまうほどなのだ。

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馬の結腸はヘアピンのような形をしていて、U字型に往復している。P6010427

片方が腹側結腸で馬が立っている状態では下側にあり、骨盤曲で折り返して、片方は背側結腸で上側になる。

しかし、結腸の基部以外はどこも腹壁に固定されていない。

腹側結腸が下にあり、背側結腸が上にあるのは、腹側結腸の方が太くて重いことと、基部近くでは腹側結腸に盲腸が盲腸結腸襞でくっついているからだろう。

しかし、結腸が最も太くなるのは背側結腸の最終部分で、よく食べる馬ではこの部分に大量の内容が入っている。

そして背側結腸が重くなりすぎると、盲腸や腹側結腸を押しのけて沈み込むように変位・捻転してしまうのではないだろうか。 

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P6150454 最近は、結腸捻転を起こした馬は結腸固定術 colopexy をすることにしている。

colopexyしないと、結腸捻転を再発する率が20%近くあるからだ。

以前、理由があって(妊娠末期だったからとか、畜主が同意しなかったとか)で、結腸捻転を2回起こした馬が3回目を起こす率を算出したことがあったが、30%を超えていた。

結腸捻転は突発事故のように起こるのではなく、結腸捻転を起こしやすい馬がいるのだ。

では、結腸固定術 colopexy には問題はないのか?

(つづく)

                      /////Dsc_0561

ディマシオ美術館で。


夜間当番

2011-08-28 | 日常

重症馬が入院している夜の夜間当番は気が重い。

決まったことだけしていれば良いというわけにいかない。

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術後イレウスで、4時間ごとに胃が膨満し、胃カテーテルを入れて胃内容を抜いて減圧してやらないといけない子馬。

夕方4時20分に胃カテーテルで減圧したので、次は夜9時と思っていたら8時過ぎに呼ばれる。

次は0時ということにして、起きていようと思うが眠たい。

また胃カテーテルを入れて、胃液を抜いて帰ってきて、朝5時まで眠ろうと思うが、今度は目が冴えて眠れない。

数時間眠ったと思ったら、明け方4時40分に点滴の不調で呼ばれる。

夏の夜明けは早い。

胃拡張の症状はないが胃カテーテルも入れてみる。

ほとんど胃内容逆流なし。

あれっ? 術後イレウスは改善傾向かも!

血液検査をするときのうは56%だったPCVが44%に下がってる。

閉塞は解除されたのだ。

 爽やかな夏の一日が過ごせるかもしれない。

眠たいけど・・・・

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Dsc_0733


関節鏡手術ことはじめ 5 挑戦

2011-08-26 | How to 馬医者修行

腹腔鏡手術に慣れていない外科医が、前立腺ガンの摘出手術を腹腔鏡手術で行おうとして患者を死なせてしまった医療過誤事件があった。

その外科医達に、技術的な未熟以前の問題があったようだが、私にはその外科医達の新しい技術を身につけたいという意欲や功名心もいくらかは理解できる。

患者を材料に挑戦されたり練習されては患者はたまったものではないし、

事件になると社会も医療者を袋叩きにするが、

新しい技術への意欲や、挑戦や、競争や、功名心無しには医学も獣医学も今ほど発達して来なかっただろう。

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本当はできる先達に教わりながら、うまくできないときは手助けしてもらいながら、経験を積むのが望ましい。

しかし、現実には講習会などほとんど開かれていないし、「できる人」がいるところでしか知識や技術や経験を修得できないのでは、その技術も世に広がっていかない。

「やってみる」

という部分は必要なことでもあるのだ。

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ただ、経験がないか、あるいは乏しいと、自分にできるかどうか、どんな難しさがあるかもわからない。

それが難しい点だ。

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17種子骨頂部の骨片骨折。

術前のX線画像でも、骨片は関節面にはないのだろうと予想していた。

しかし、慢性的に球節の腫脹と違和感を繰り返すとのこと。

関節鏡を入れてみるがやはり関節面には骨片はない。

このあたりかと思うところに針を刺してX線撮影してみるが、骨片はもっと繋靭帯の中に埋まっている。

112 繋靭帯の、どう考えてもこのあたり、と思われる部分をバナナナイフで切開すると、骨折した部分と思われる陥凹部があった。

その辺りをさぐって、さらに針を刺して、またX線撮影してもらう。

骨片は骨折した部分から引きちぎられて変位してしまっている。

もっと関節面から離れた、もっと近位にあるはずだと見当をつけておいて小さいロンジュールで探査して、繋靭帯の線維の中に海綿骨の塊を見つけた。

12_2 ちぎるように引っ張り出して、

X線撮影。

骨片はなくなった。

完全に種子骨から離断し、関節面にも出ていない骨片を摘出する意味がどれくらいあるのかわからないが、この骨片があるために症状が消えないと思う必要はなくなり、X線画像はすっきりした。                     

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きのうは午前中競走馬の腕節の骨折の関節鏡手術。

その途中で繁殖雌馬の疝痛の連絡。

来院すると立っていられないほどひどく、鎮静剤も効かない。

即開腹。

時間をずらしてもらって、午後は種子骨骨折の関節鏡手術。

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今日で、今月の関節鏡手術は30頭を超えた。