馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

気体で膨らませる関節鏡手術

2006-10-31 | 関節鏡手術

Hpnx0108 当歳馬の距骨外側滑車の離断性骨軟骨症病変を関節鏡で見たところ。

距骨外側滑車は、軟骨がめくれて海綿骨がむき出しになっている。

骨軟骨症の手術は、あまり早い月齢ではやらない方が良いと思っている。

しかし、骨軟骨片が遊離してしまって、関節がひどく腫れてしまうと、いつまでも手術を遅らせていてはすっかり関節包が緩んでしまうし、関節内の他の部位の軟骨Hpnx0109 にも悪影響があるかもしれない。

それで、この当歳馬も手術することにした。

空気で関節を膨らませる方法で行った。

左は病変部を掻爬したところ。

Hpnx0110 気体で膨らませる方法では、血液を洗い流せないのでこうなってしまう。

左は、気体から灌流液に切り換えて、掻爬した病巣を見たところ。

骨軟骨症病変は掻爬し終わって、出血するほぼ健康な海綿骨が見えている。

後は、この部分に結合織性の軟骨が張るのを待つことになる。

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Hpnx0116  右は育成馬の球節の背側(前側)の骨片。

やはり、気体で関節を膨らませる方法で骨片を見つけ、つかみ出すための鉗子を入れたところ。

灌流液の中で見慣れていると、気体で膨らませた状態で見た関節の中は少し様子が違う。

Hpnx0117 しかし、良好な視界が得られれば、鉗子で骨片をつかんで取り出すのは、気体でやっていても液体でやっていても同じことだ。

骨片を取り出した後、気体から灌流液に切り換えて、関節の中を洗浄する。

Hpnx0120左はそのときの様子。

関節を膨らませるのに液体を使っていると、このように関節滑膜の絨毛がひらひらして視界を妨げる。

この球節の背側では、絨毛はそれほど邪魔になっていないが、先日球節の足底側(後側)第一趾骨の骨片を摘出する関節鏡手術では、絨毛が非常に邪魔になった。

灌流液で手術していたのだが、途中で気体に切り換えようかと思ったほどだった。

狭い関節、絨毛が発達している部位、などの関節鏡手術では気体を用いる方法に利点があるかもしれない。

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Hpnx0121 球節の背側の小さな骨片は摘出しないまま競走している競走馬もいる。

しかし、骨折してすぐに診断がついたり、関節液が増量するなどの症状がある場合は手術して骨片を摘出したほうが、良いと考えている。

この馬も、関節軟骨に関節可動方向に走る傷があった(左)。

骨片がある馬には、このような軟骨の傷ができていることが多いように思う。

これはX線撮影では診断することができない。

このように軟骨が傷む状態のままで調教や競走を続ければ、やがては変形性関節症を起こすだろう。

だから、順調に調教や競走を続けている馬の球節にたまたま骨片が見つかったのではなく、骨折してすぐに骨片骨折だと診断がついたり、「腫れる」「痛い」などの症状がある場合は手術して骨片を摘出したほうが良いと考えている。

                           -Pa300009

 先週は関節鏡手術を8頭。

179頭やった去年よりペースは遅い。


眼の血管肉腫 hemangiosarcoma

2006-10-29 | 馬眼科学

Pa230062 この馬の右目はかなり前に腫瘍の増殖で失明してしまっていた。

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 もとは瞬膜と下眼瞼に腫瘤ができて、1年近く経つうちに出血するようになったとのことで診せられた。

そのときバイオプシーした組織では、

「瞬膜の腫瘤 : 独立した円形細胞のシート状の増殖を認める。浸潤細胞には小型リンパ球と異型性の強い大型細胞を認める。

下眼瞼の腫瘤 : 瞬膜の腫瘤と同様、腫瘍細胞の腫瘍性増殖を認める。

組織診断 : リンパ腫。

進行は遅いが、多発性の症例が多く、他の部位における発生が懸念される。」

ということだった。 

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 それから約2年、その間、馬は右目を失明し、衰弱した。

剖検による最終的な組織診断では、「異型細胞が管状構造あるいは列隙を形成しており、典型的な血管肉腫の組織像を示している。」

最終診断 : 右眼瞼および右頬における血管肉腫 Hemangiosarcoma (局所リンパ節への転移を伴う)。

という所見だった。

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 腫瘍はできる場所や、腫瘍の性質によっては完治させることが難しい。

外科的に完全に摘出することが鍵になることが多い。

腫瘍の性質の診断も大事になるが、病理組織学的にも確定診断が難しいこともあるようだ。

「血管肉腫」も難しい腫瘍のひとつだ・・・・・・


切歯骨骨折を立位で固定する

2006-10-28 | 歯科・口腔外科

切歯骨骨折をワイヤーで固定するのは全身麻酔して行ってきた。

2005年のAAEPで、オクラホマ州立大の外科の教授David Moll先生が立位で行う方法を講演していた。

Pa250080 馬をしっかり鎮静しておいて、

上顎切歯だと眼窩下孔でブロックする。

この孔は図のように指を当てて見当をつけ、指先で触ると蝕知できる。

Pa250079 下顎切歯だとオトガイ孔でブロックする。

この孔も下顎骨をグリグリ触ってみると孔を感じることができる。

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P3140006_1  もうひとつ便利だと思っているのが、

左のStableizer。

馬の保定、鎮静用の道具。

これを着けると上唇がめくれて、切歯骨を見たり触ったりしやすい。

鼻捻子と併用することもできる。

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切歯のめくれかたによってはワイヤーで巻くように締めなくても、プラスチックのコードで縛っておくだけで大丈夫そうなのもいる。

何度か使ってみたのは、右のようなプラスチックのコード。Pa280005_1

 来年からはケタミンも使いにくくなるので、全身麻酔せずに処置する方法を工夫する必要があるかもしれない。


鼻骨(上顎骨)骨折

2006-10-27 | 歯科・口腔外科

Pa130058 何度か書いたが、育成馬は前歯(切歯)をめくってしまうことがある。

純粋に歯だけがめくれているわけではなく、切歯が入っている骨ごと割れているので、一応、切歯骨の骨折ということになる。

しかし、この馬はもっと根元の方で、上顎骨が折れてしまった。

顔をみると明らかに鼻が曲がってしまっている。

X線画像では、臼歯のすぐ前で折れているのがわかる。Pa130052

口を開けてみるとこんな感じ(右)。

上顎骨は正中でも割れている。

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全身麻酔して、鼻を元の位置に、メキメキッと引き戻した。

そのままではまた左へと鼻が曲がってしまうので、切歯にワイヤーをかけて、右の上顎臼歯(106)へ引っ張っておくことにした。

Pa130054 念のため、ワイヤーは2本かけた。

整復固定後はこんな感じ。

Pa130060

とりあえずひどい鼻曲がりになるのは防げそうだ。

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ついでに。

同じような方法で、上顎切歯(前歯)を左右両側で臼歯に引っ張っておくと「カケス」(上顎が下顎より長く前へ出た不正咬合)を治せるそうだ。

「カケス」だと健康に問題があるということはないのだが、やはり売りにくいということはあるようだ。

「カケス」を治したい馬がいたら相談に乗ります。

                       -Pa250075

カケス。


切歯骨骨折

2006-10-26 | 歯科・口腔外科

Photo_148 下顎切歯骨骨折。

「歯がめくれちゃって・・・」と連絡が来ることが多い。

ほとんどが1歳馬。とくに育成場に預けられてからが多いように思う。

馬房で退屈しのぎに馬栓棒などをかじっていて歯が引っかかるとか、かじったまま驚いて怪我してしまうのかなと想像している。

馬房の構造物や備品は、放牧地の牧柵とならんで、馬の怪我の要因なので気をつけたほうが良い。

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Xray_2 Xray_3歯だけがめくれていると乳歯だし、取ってしまっても問題ない。

しかし、馬主のいる馬であったり、売買の都合もあるので、たいていは

「治るものなら戻してください」

と言われる。

X線画像ではこんな感じ。

歯がめくれただけでなく、切歯骨が折れているのがわかる。

この馬の場合は永久歯(401)も折れてしまっている。

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Photo_149 Photo_151全身麻酔して、切歯を巻くようにワイヤーを回して固定した。

ワイヤーはしばらくすると歯茎に埋まって見えなくなる。

永久歯が生えてくるのに邪魔になるだろうから、切歯骨と歯がくっついた頃にワイヤーは抜いた方が良いだろう。

もちろん、あまり早くに無理して抜くと、歯が取れてしまう。

全身麻酔しないでもできることもある。

そのためのテクニックはまた今度。

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Pa250069 Pa250070きのうの朝は冷え込んだ。

車の窓が凍っていて驚いた。

霜が降りていた。

寒くなるぞー

Pa250071 Pa250073陽が差して風さえなければ

日中は暖かい。

晩秋。

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Pa250078