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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

覚醒起立しそうな馬を抑え込む方法

2024-03-26 | 麻酔学

馬を全身麻酔して、その覚醒、起立のphaseは最も事故が起こりやすい。

まだ寝ていてもらいたい馬が、体を起こそうとしたとき、

馬を押えつける必要がある。

そのときの方法。

写真はEquine Anesthesia から。

馬を抑えているお方は、その本の著者でもあるDr.Muir .

でっかい、たくましい人だった。

          ー

この方法を知らないと、頭、首、体を押さえようとしてしまう。

しかし、馬が横臥から伏臥になろうとする力に人は対抗できない。

この方法は、首を押さえるだけでなく、馬が頭を下向かせる力にだけ、人の背筋で抵抗するのだ。

馬は頭を下向かせられないと伏臥になれない。

          ー

武道の技もこの原理を用いたものがある。

相手の指をこちらの手で制御する。

相手の手をこちらの腕で制御する。

相手の片腕をこちらの両腕で制御する。

相手の首をこちらの体幹で制御する。

          ー

ただ、馬が本気で立とうとしたら、この方法で抑え込むのもかなりの筋力と体重が要る。

レスリングだって、柔道だって体重で階級分けされている。

試合も競技もない合気道は・・・・ひたすら修練を積む。

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横山大観の絵だそうだ。

私が通勤路にいつも観るような光景なのだが・・・

私にはとても描けない

 

 

 

 


周りの助けを呼ぶことの大切さ

2024-03-08 | 麻酔学

5日齢の子馬が膀胱破裂のようだ、との診療依頼。

子馬は立っていて、一般状態は悪くない、とのこと。

腹腔穿刺して腹腔の尿を排泄させ、乳を飲ませないようにして来院させるよう指示する。

臍から尿が漏れていた子馬だとのこと。

新生子馬の膀胱は臍へつながっている。

その部分で腹腔へ破れて尿が腹腔へも漏れているのかもしれない。

           ー

来院して、子馬は抱えられながら歩いて診療室へ入ってきた。

現地での血液検査の結果では血清カリウム値6.0mEq/l。

「カリウム6になると心臓止まることがあるよ

14G留置針で腹腔穿刺するが腹水は順調には抜けない。

腹部膨満しているが、腹水を抜き、点滴して電解質を補正し、etc.とやっているより、手術に移った方が良いと判断した。

点滴しても、尿は腹腔へ漏れてしまう。

腹水が順調に抜けないのでは、腹囲膨満はひどくなる。

            ー

ケタミンを使いたくないのでマスク導入で吸入麻酔に入る。

手術台上で半横臥にして、私は手早く開腹手術を始めた。

腹腔からは尿があふれ出す。

腹圧が急激に下がるので注意が必要な状態になる。

しかし、尿毒症をストップさせ、電解質異常を補正するために主体となる処置だ。

そして、温めた生理食塩液を腹腔へ入れて、捨てて、を繰り返す。

腹腔の尿を洗い出し、体に溜まったカリウム、UN(尿素態窒素)、クレアチニンを捨てる。

            ー

そこで心停止。

私は心マッサージを始める。

一旦心拍が戻ったので、検査室に居る他の獣医師を呼びに行く。

3人がかりで、輸液、心マッサージ、エピネフリン投与で、心拍の様子を観ながら対応する。

輸液は、25%ブドウ糖とボログルコン酸カルシウム液、そして等張電解質液

           ー

やはり臍付近で尿膜管の残りと膀胱の先端が壊死して、そこから尿が腹腔へ漏れていた。

膀胱の先端部と臍を切り取って、膀胱の先端は縫合閉鎖する。

開腹手術創は少し大きくなるが、臍があった部分も含めて閉腹する。

           ー

何度か心停止したが、その都度復活した。

           ー

麻酔中に異常があったとき、麻酔医は声を出してヘルプを呼ぶことが大切。

心停止でも、呼吸停止でも、命にかかわる異常があったときに1人ではとても対応できない。

突然持ち場を離れて聴診器を取りにいったり、

突然1人で心マッサージを始めるのではなく、

周りの助けを呼ぶこと、がまずすべきこと。

心肺蘇生の講習会でも習うことだ。

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名前がよく知られている割に、うちの周りでは多数派とも言えないシジュウカラ。

集団の強みを発揮すればスズメたちに対抗できるのかも・・・・

 

 


コロナの影響

2021-08-26 | 麻酔学

馬の麻酔薬がいよいよ手に入らなくなった。

人工呼吸器につないだコロナ患者に使うので在庫がないらしい。

動物用も手に入らない。

製造ラインは共用なんだろうか。あるいは、原料がないのか。

                 -

麻酔に使う睡眠誘導剤も手に入らなくなった。

やはりコロナ医療に使われるかららしい。

                 -

手術用の手袋もかんたんに破れるのが納品された。

苦情を言ったら、どうやら原料が手に入りにくくなり品質を落としているらしい。

コロナ禍で、衛生用品、医療消耗品が大量に消費されているからだそうだ。

こちらは手術用ではない手袋。同じ製品のサイズちがいなのだが、明らかに色が違う。

黄色が濃いのは伸縮性が劣る。

しかたがない、コロナのせいだ。

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きのう午後に来たのはブルトンの種雄馬。

包皮に数ヶ月前から腫瘍らしき塊ができた。

種付けにも影響する。

立位でできるかと考えていたらしいが、ぶら下がった塊だけでなく、包皮内にも塊状の増殖がある。

全身麻酔して摘出・切除することになった。

高齢ではないが、肥満で、運動不足で、サラブレッドより心臓や肺は小さい。

そして使いたい麻酔薬はない。

覚醒は問題なかったが・・・・・


吸入麻酔ことはじめ

2019-04-25 | 麻酔学

私が今の職場で勤め始めた1985年頃、馬の長時間手術はハロセンの吸入麻酔器でやっていた。

吸入薬ハロセンは呼吸抑制が強くなく、自発呼吸が続くので人工換気 ventilation なしで麻酔状態を維持できる。

モニターは何もなかった。

そのうち心電図と呼吸はモニターするようになったのだったか。

もっとも吸入麻酔頭数自体が、年に20-30頭くらいだっただろう。

           ー

馬の麻酔の研究はJRAが熱心にやっていて、そのリポートから麻酔中の輸液の必要性を知って、私も実践しようとしたら、先輩獣医師に、

「必要ない」「誰が費用を負担する」

と言われた。ような時代だった。

           ー

生産地研修に来られたMZN先生が、

「オレは麻酔の専門家や」と言って、人工換気による吸入麻酔のメリット・デメリットを講義してくれた。

とてもわかりやすく、いまだに私の吸入麻酔理解の基礎になっている。

           ー

私が関節鏡手術を始めたのが1992年。

初年度から30頭ほど関節鏡手術したし、年々増加した。

安定した、安全な吸入麻酔が必要だと感じていた。

しかし、その頃JRAのトレセンで使われていた人工呼吸器はメカニカルなものでトラブルが多い、とも聞いていた。

USA製なので故障が起きると修理に時間がかかり、そのためにJRAでは予備の麻酔器も用意していた。

資金も置き場所もなく、業者から遠いこちらではそれでは困る。

           ー

麻酔外科学会で関節鏡手術の講演をしに行ったら、人工呼吸器がついた吸入麻酔器が展示されていた。

”動物用”となっていて、「馬にも使えるか?」と訊いたら「使えます」との返事。

「本当に使えるか? 生産地では、50kgの子馬から500kgを超える成馬まで使いたい。」と言ったら、

「やってみないとわからない」と言う。

展示場へMZN先生を連れて行って、どうでしょう?と観てもらったら、

「トレセンへ持ってこい。試験してやる。」と業者に言ってくれた。

           ー

1年ほど経って、

「できたぞ。子馬から競走馬まで麻酔できるようになった。」

と電話が来た。

やはりヒト用を動物用にアレンジしただけでは成馬には使えず、

換気量を大きくし、チューブなどを太くすると死腔が大きすぎて子馬にはよくないので、

子馬にも使えるように、と考えて改良してくれたとのこと。

その吸入麻酔器を導入したのが、1995年頃だったろう。

             ー

吸入麻酔剤はハロセンからイソフルレンになった。

イソフルレンは、ハロセンに比べると循環抑制が少ないので、麻酔中の口粘膜の色が悪くならずピンクなのが驚きだった。

しかし、呼吸抑制が強いので、麻酔担当者が人工呼吸器で換気して管理することになる。

自発呼吸とちがって圧をかけて空気を送り込んで肺を膨らませるので、肺胞の圧が高くなり血管を押しつぶす。

血圧もモニターしなければならないし、動脈ガスもモニターしなければならない。

当初は、吸入麻酔器の上に乗っかった呼気吸気中の麻酔ガス・酸素・二酸化炭素をモニターしていた。

動脈ガスはポータブルのカートリッジ式血ガスモニター装置で測っていた。

             ー

振り返れば、人工換気の吸入麻酔器を導入してから四半世紀だ。

その麻酔装置自体は今でも働いてくれている。

今では年間400症例近いだろう。

馬の外科の進歩と普及は、安全で安定した麻酔に負うところが大きい。

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冬が終わっても薪stoverの薪仕事に終わりはない。

また来冬にそなえて薪を準備しないと。

 

 


麻酔覚醒起立時の水平線の効果

2019-04-07 | 麻酔学

今度は、青いガムテープで、覚醒室の壁に水平線を引いて、麻酔の覚醒起立の質が良くなるか観察している。

さあ、どうだ?

なんか前より良い気がするんだけど。

前より悪いということはない。

前よりはるかに良いということもない。

しかし、前より良いような気がする。

                 -

あとは、また斜めの線をひいて、馬を覚醒起立させてみたい。

それで傾いたほうへ倒れることが多くなるなら、麻酔覚醒起立時の馬が壁の線の水平や傾きに影響を受けている確証になるだろう。

しかし、それは実験馬でないうちの患畜ではできない。

実験馬で馬を麻酔することがある方、やってみませんか?

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新装版 殉死 (文春文庫)
司馬遼太郎
文藝春秋

「坂の上の雲」を読み終えてしまった昂奮の中で読んだ。

司馬遼太郎師は、日露戦争後あまりにもてはやされ、軍国主義教育に利用された乃木への疑念があったのだろう。

しかし、批判、糾弾する書になっていないのは、歴史作家としてさすが。